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船長と魔女  作者: 樹 雅
第1章  魔女の望み
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第5話 船長と魔法


 一段落ついたところで、ヴィーを連れてヴァルキリアの食堂に向かった。キッチンで、二人分の飲み物を用意してヴィーの向かいに腰を下ろす。


「飲みなさい」


 素直にヴィーは、マグカップを受け取って一口飲んだ。


「おいしい」


 少しヴィーの口元が綻んだ。


「さて、キミに聞いておかないといけない事がある」

「うん。そうだね。ボクも話さないといけない事があるから」

「まあ、確認しておかなかったわたしが悪いのだが……」


 ヴィーが首を振ってわたしを止めた。


「違うよ、船長。それはボクのせいなんだ」


 今度は、わたしが首を傾げてしまった。ヴィーのせいとはどういう事なのか、判らなかった。とてもバツの悪そうな顔で、ヴィーが見てくる。


「船長が忘れていた訳ではないんだ。ボクが、その方向に意識を向けないようにしておいたから、船長は確認しようとは思わなかったんだ」


 ヴィーの話は理解できなかった。首を傾げたままのわたしに、ヴィーは頭を下げていた。


「ごめんなさい。ボクの事を、詮索されたくなかったんだ。一度見ただけだったから、自信が無くて……でも、今は大丈夫」


 今のヴィーの言葉も、理解する事は無理だった。言葉が足りないとしか思えない。思わずわたしは溜め息を付いてしまった。


「ヴィー……頼むから、わたしに解かるように言ってくれないか。それだけの言葉では、わたしには理解が出来ない」


 ヴィーの顔が、キョトンしたようになった。そして、首を傾げながら言う。


「船長。魔女と魔法使いって、知っている?」


 もちろん、言葉と意味は知っている。

しかし、それはお話の中や伝説の中でしか存在しない。それが常識だった。わたしが、そう答えると、ヴィーの眼が丸くなった。


「いや、だって、さっき……」

「?」

「ボクの事を魔女と認めると言わなかった?」

「ああでも言わないと、あのヴィーは引っ込まないだろう」

「いや、でも……」

「わたしは、あのヴィーが気に入らない」

「いや、でも……」


 解かっている、とわたしはヴィーに笑って見せる。


「あのヴィーもキミなんだろう」

「うん。そうなんだけど……船長はキライ?」

「ヴィーらしくないからね」

「ボクらしくない? でも、あれもボクなんだけど」

「解かっている。だから言ったと思うが、まだ早いとね。聞いてはいなかったのかい?」

「えーと……どうして?」

「魔女としての力が前面に出てくると、ああなると思ったからだよ。わたしは、キミの言う魔女は知らないが、そうとしか思えなくてね」


 ヴィーの顔に微笑みが広がった。


「やっぱり、船長は解かっているんだ」


 嬉しそうに言うヴィーに、またも首を傾げてしまった。

いったいわたしに、何が解かっていると言うのだろう。聞いたほうが早いと思い、その通りにヴィーに聞いていた。


「船長も魔法使いだから、魔法を理解しているんだよ」


 わたしが魔法使いだって? 

ますます訳が解からなくなってきた。気が付けば、わたしは溜め息を付いていた。


「ヴィー……わたしは魔法使いではないよ」

「自分で気が付いていないだけだよ。船長は間違いなく、魔法使いだよ」


 そうヴィーに言われても、認める訳にはいかない。自分が、たたの人だという事は良く解かっていた。

 そんなわたしに、ヴィーは笑顔を見せて言う。


「船長は、さっき二つの魔法を使った。一つはボクを助けた時と、彼らを捕まえた時。同じ種類の魔法を使っていた。もう一つは、エネルギー弾を消滅させた時の魔法」

「あれは魔法でも何でもない。単なる特殊能力だよ。たしかに、わたしは常人の一〇倍まで身体能力を上げる事が出来る。そして、力場を発生させてエネルギー弾を消滅させる事が出来る。でも、それは魔法の類いではないよ」

「そうじゃないんだ。魔法は、発動のコマンド・パターンと発動の言葉コマンド・ワードを使って発現する力の事なんだ。船長が使ったのは、移動ポート系下位呪ロイル加速ブースト』と言われる魔法と、動防テレンデ系上位呪ハイル障壁ガルト』と言われる魔法なんだ。知らなかった?」


楽しそうに笑うヴィーに、わたしは何も答えられなかった。

たしかに、わたしは力の発動に『加速』の言葉と『障壁』の言葉を使う。また、その言葉で無ければ発動はしないし、同時に右手を握り込んだり、開いたりしない限り力の発動は無い……ヴィーの言う魔法とは……。

唐突に、わたしは魔女が何なのか理解した。しかし、それは証明が出来ても、科学的には解明されていないはずだ。


「そうなんだよ、船長。一般的に言う能力者の事を、ボク達は魔女または魔法使いと呼んでいるんだ。誰でも持っている訳でも、誰にでも使える訳でもないからね」


 そう言う意味で言うのなら、わたしは確かに魔法使いになるだろう。

だが、わたしのこの能力は先天的な物ではない。ある事故がきっかけで身に付いた物だ。欲しいと思っていた訳ではないが、この能力で随分と助けられたのも事実だ。


「わたしの能力は先天的ではないが、それでも魔法使いなのかね?」

「そうだよ。使えるか、使えないかの違いでしかないから。能力が使えるのなら魔女なんだ。それが、後天的でも同じ事なんだ」

「ヴィーは、先天的な魔女なのかね」

「うん。ボクが初めて力を使ったのは、三才の時だったらしいんだ」

「三才?」


驚いて聞き返してしまった。


「うん。でも、ボクの両親は、ボクの力を押さえ込んで使えないようにしたんだけどね」


 三才ではそうするしかないだろう。

一般家庭で言うと、ハンドガンを三才児に持たせるようなものだ。周りに多大な被害をもたらすか、自分を殺してしまう事になるからだ。

危なくて仕方がない。わたしでも同じ事をすると思う。


「意識して使えだしたのは六才ぐらいになってからだよ。その間に、ボクの両親は力の使い方を教えて、ボクが上手く使えるように準備していたんだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。キミの両親も魔女なのかい?」

「うん。そう」

「そのご両親はご健在なのかね」

「うん」

「それなのに、キミは家に戻らなくていいのかい?」


 その時、浮かんだヴィーの微笑みは、こののち数度しか見る事の出来ない静かな深い微笑だった。

今のヴィーでも、さっきのヴィーでない。この年頃の少女が決してする事の出来ない深みのあるものだった。


「船長。ボクが家を出たのは一〇才の時だよ。それ以来、ボクは一人で生きてきた。どんなに思っても、家に帰る訳にはいかないんだ」

「どうしてだね?」

「ボクは異端だから」

「異端?」

「船長。先天的な魔女は、個人差はあるけど、能力が使えるようになるのは、大体一〇才から一二才ぐらいなんだ。それも最初は物を手元に引き寄せるぐらいの力しかないわ。私は三才で、ベビーベッドを浮かせて動かした」


 わたしは溜め息が出てしまった。


「両親は強すぎる私の力を封じ、物事を理解出来るようになるまで、力を使わせないようにしたわ」

「強すぎる力は良くない。自分の力を理解できるまで、キミを封じ込める事にはわたしも賛成するよ」

「どうして? 私はすでにいるのに?」


 艶然と微笑むヴィーが聞いてくる。


「わたしはキミが気に入らないと言ったのを覚えているかい?」

「ええ、もちろんよ。よければ、その理由を教えてくれないかしら?」

「キミはヴィーを壊すからさ」

「私が私を壊す? 可笑しな話ね、ライフォード船長」

「知っているかは解からないが、人は心と身体のバランスが取れなくなると壊れるんだよ。今のキミはアンバランスだ。その上、キミは強いからね」


 ヴィーの顔が、深い嬉しさが滲む笑顔に変わる。


「解かってくれて、とても嬉しいわ」


 わたしは全然嬉しくなかった。

とても認めたくない事を認めなければならない時、人は憮然とするのだろう。


「キミはヴィーであり、ヴィーではない。ヴィーと離れる事も無い」


 憮然とする理由はまだ他にもある。

まったくもって、悔しい事だ。このヴィーがいたから、今のヴィーがいる。更にわたしは、このヴィーも魅力的に思えるから、なお悪い。


「わたしはキミに礼を言わなければならない」


 わたしの言葉に、ヴィーは首を傾げていた。


「私が気に入らないのに、礼を言うの?」

「そうだ。それとこれとは別だからね」


 そう言ってわたしはヴィーに頭を下げる。


「ありがとう。ヴィーがどんな時を過ごして来たかは判らないが、並大抵の事ではなかったはずだ。キミがいたから、ヴィーは自由だったのだろう。その事に対しては、わたしは礼を言うよ」


 ヴィーの瞳から涙が溢れた。


「ライフォード船長は、私が嫌い?」


 ゆっくりとわたしは首を振っていた。嫌いであれば、とっくにヴィーを放り出している。


「キミとヴィーは、時間を掛けなければいけないと思う。その時間を、わたしが作ってあげよう」

「ライフォード船長」


 ヴィーは静かな瞳でわたしを呼んだ。


「私には、故郷と呼べる場所が無いわ。元々私達は放浪のプジアールと呼ばれる者なの。そこにさえ私の居場所は無かった。だから、出て行くしかなかったわ。それが一〇才の時よ」


 静かに話すヴィーに、わたしは目が離せなくなっていた。


 放浪のプジアール


そう呼ばれる人達がいる事は、わたしも知っていた。彼らは、故郷と呼べる惑星を持たず、宇宙を移動して星々に立ち寄る人達だった。


「それから私は、さまざまな場所を渡り歩いたわ。私を理解してくれる人を捜して……。その人の居場所が私の居場所。その人の行く道が私の道。その人の命が私の命。その人の傍にいる事が私の望み」

「待て、ヴィー……」


 わたしの言葉はヴィーの言葉で遮られた。


「私を理解して受け入れてくれなければ、意味は無いの。ライフォード船長は、私を気に入らないと言うけど、私を受け入れてくれた。私にとって、それが一番大事な事なの。それ以外は、私にとって意味を持つ事ではないわ」

「いや、だが、わたしはキミを受け入れた訳では……」


 ゆっくりとヴィーは首を振っていた。

そして、笑顔を浮かべる。それは、ヴィーの笑顔であり、ヴィーの笑顔ではなかった。わたしが初めて見る自然な笑顔だった。


「私とヴィーのために時間を作ってくれる。それで、私は十分なの」

「あー……」


 言うべき言葉が無くなってしまった。

時間を作ってあげようと言ったのは本心だ。何よりもヴィーは、このままでは良くないと思っていたから。


「だから、私はあなたの傍にいたい」

「ヴィー、わたしは……」

「ライフォード船長。私は、答えて欲しいとは思わない。でも、覚えておいて。私はあなたのために存在する。あなた以外の人のためには存在したくないわ」


 と、ヴィーがいきなり真っ赤になって俯いてしまった。突然の変化に、わたしは戸惑ってしまう。


「ヴィー?」

「う……うん」


 恥ずかしそうに、上目遣いで見てくる。


「もしかして、今までの事は解かっているのかい?」

「うん。ボクも見て聞いているから……」


 その事に思い付かなかったわたしは何なのだろう。ヴィーは自分で話していたし、意識を失っていた訳ではない。


「船長。あの……今のはボクの本心だから。それで……」

「ヴィー」


 わたしは名を呼んでヴィーの言葉を止める。

 放浪の民か……わたしも同じだな……。


「わたしは一四の時に、命に関わる事故に遭った」


 ヴィーの眼が丸くなった。


「それまでは、平凡な日常が続くと思っていた。普通に年を取り、普通に家庭を作り、死んで行くものだと……それが、あの事故で引っ繰り返ってしまった」


 この事故は、わたしの学校の仲間を数多く死なせ、生き残った者は何かしらの後遺症が身体と心に残った。

わたし一人だけが、日常生活に差し障るような後遺症も無く健康体だった。あの力も後遺症と言えば後遺症かも知れないが、他の者達よりも随分と恵まれていたのだろう。マスコミは、わたしの事を奇跡の生還とまで報じた。そして……。


「それからしばらくして、わたしはこの力に気が付いた。初めは危ない目に会った時だったが、その内に意識的に使えるようになったよ」


 わたしの口調に何かを感じたのか、ヴィーは黙ったまま静かに見つめてくる。

わたしにとっては、人には話したくはない思い出だったが、ヴィーには話しておきたいと思った。


「いい気になっていたんだな。それに気がつかずに、わたしは力を振り回しただけだった。結果は……キミも経験したかも知れないが、気味悪がられ無視された。それだけなら良かったが、最後にはバケモノと罵られ、人体実験のモルモットにされた」

「船長……」


 気遣うようなヴィーに、わたしは笑って見せる。


「もう、昔の事だよ。その後、わたしは故郷を飛び出した。さいわいルイフルのおやじさんに拾われて、トレイダーとして生きられるように鍛えてくれたからね」


 今はもう、懐かしい思い出しかない。わたしは、その事を後悔していないし、今の生活も気に入っていた。今さら、故郷に戻ろうとも帰りたいとも思ってはいない。


「ヴィー。わたしも放浪の民と言えば、放浪の民と言えるかも知れないよ」


 首を傾げてしまうヴィーに、わたしは笑ってみせる。


「星々を渡り歩いて生活しているからね。その意味では放浪の民だね。わたし達トレイダーは」

「船長は故郷の星に家族がいるの?」

「いるよ。両親と妹と弟がね。もう、ずいぶんと連絡は入れていないけどね」

「寂しくない?」

「ヴィー。キミは寂しいのかい?」

「少し……うん。少しだけ」

「そうだね。寂しくないと言えば嘘になる。だけど、故郷が恋しいかと言うと、そうでもない。懐かしさはあるが、それだけだね」


 今の今まで、考えてもいなかった事だ。あらためて故郷に対して思うのは、懐かしいという思いしかなかった。一〇数年と言う時は、わたしを少し変えたのだろう。




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