第4話 船長と依頼主
そして、事は起きた。
操舵室にエスリックが、ハンドガンを片手に押し入って来た。エスリック以外に四人。四人が四人ともハンドガンを構えていた。
この時、わたしとヴィーは、航路の再検討をしていた。
「何の真似です?」
わたしは、務めて冷静に彼らを見返していた。
「おまえに任せて置けないから、こうなった。船を渡してもらおう」
「何の冗談ですか、エスリックさん」
「下衆なトレイダーを使うからこうなる。初めからこうしておけば良かった。我々の手でやっておけば良かったものを、バカな上司がトレイダーを使うと言い出したから、こんな手間が掛かる」
エスリックの事情は解からないが、そのせいでわたしは、厄介事に手を出していた事が理解できた。
相手はエスリックを含めて五人。
ハンドガンさえなければ、わたし一人でもどうとでも出来る。どうするかと彼らを見ると、三人ほどがわたしを見ていない。彼らが見ているのはヴィーだった。しかも、その顔は物欲しそうである。
忘れていたが、ヴィーは美少女の部類に入る。浮浪児だった頃とは、天と地ほどの差である。
「その女は好きにしていいんだな」
念を押すような男の声に、怒りを覚えたが、ヴィーは平然とした様子で、男達を見ていた。そして、ニッコリと笑う。
「おまえ達が束になっても、ボクと船長には適わないよ」
一瞬だけ男達は顔を見合わせ、そして笑った。エスリックも小バカにしたようにヴィーを見ていた。
「常識が解かっていないようだな」
「いいえ。十分に理解しているわ」
落ち着いたヴィーの声を、不思議に思ってしまった。
わたしが、荒事が苦手な事はヴィーも知っているはずだ。それなのにどうしてだろうと思ってしまった。
「仕方がないから教えてあげましょう」
不思議な微笑をヴィーが浮かべた。
それは、わたしが初めて見るヴィーの妖艶な微笑だった。
「私と船長は、魔女と魔法使い(ウィザート)。さて、あなた方は魔女に勝てるかしら」
口調も変わっていた。妖艶な大人の女性の声と調子。それは一六の少女の出せる声と調子ではない。
エスリックと男達は唖然としたが、やはりゲラゲラと笑い出した。
「頭のおかしな女は……」
溜め息と共にエスリックは呟いている。
わたしは、その事に驚ろくと同時に、まさかと思ってしまった。
ヴィーの雰囲気が全然別の物に変わっている事に気が付いていないとしか思えない。あからさまに異質な雰囲気を纏っている事が見えていないようだった。
それは、衝撃を与えるのと同時に、呆れさせるのに十分だった。
「ヴィー」
ゆっくりとわたしはヴィーに呼びかける。
「キミが魔女なのはこの際だ、認めよう。だが、わたしは魔法使いではないよ」
ヴィーの微笑が深くなる。
その微笑みはとても美しく……なぜ、わたしはそう思うのだろう?
「嬉しいわ。ライフォード船長」
言葉とともに瞳が和んでいたヴィーに、わたしは首を傾げていた。
なぜだろう。なぜ、ヴィーはここに、わたしの船にいるのだろう?
その疑問を、わたしはヴィーに聞いていた。
「ライフォード船長。私がここにいるのは、あなたのため」
「わたしのためかい?」
「そう。私はあなただけのためにいるわ」
「喜んで良いのかな?」
「あら」
ヴィーは少し拗ねた顔になる。
「喜んでくれないの?」
返答に困る事を聞いてくるものだ。わたしとしては、一六の少女の言葉を素直に嬉しいと答える訳にはいかない。
「無駄話は、そこまでにしろ」
エスリックが割って入ってくる。ゆっくりとヴィーは彼らを見て言った。
「少し、黙っててくれない?」
「なにを――」
エスリックの声が変に途切れた。彼らの顔に驚愕が張り付き、血の気は失せている。
何が起こったのか、解からなかった。驚愕を顔に貼り付けたままのエスリック達と艶然に微笑むヴィー。わたしの気に入らない状況だった。
「ヴィー」
「なにかしら、ライフォード船長」
「キミは本当にヴィーか?」
今のヴィーは一六才の少女には見えない。また、持ち得ない雰囲気を纏わりつかせている。
それを確かめたかったから、そんな質問をしていた。
「そうよ。他の人に見える?」
笑いを含んだような言い方に、わたしは薄ら寒いものを感じた。
「いいや」
とわたしは首を振っていた。
なぜなら眼の前に佇むのは、ヴィーの他ならない。
「確かにキミはヴィーだろう。だが、わたしは気に入らない」
「私がイヤなの?」
「ああ、そうだ。今のキミはイヤだな」
「あら、どうして?」
小首を傾げて見せるヴィーは妖艶すぎた。わたしは、それが気に入らない。今のビィーはヴィーらしくない。
「今のキミでなくても、わたしとヴィーで乗り切れる。キミは出てきて欲しくないな」
少し不思議そうな顔でヴィーはわたしを見つめて来る。
「確か、ライフォード船長は荒事が苦手ではなかったかしら?」
そうだと認めるのは簡単な事だが、それをここで言う訳にはいかない。言えば、このヴィーはこのままだろう。直感的にわたしは理解してしまった。
「キミはわたしを魔法使いと言ったね。魔法使いは、ただの人に負けるのかね?」
わたしの答えが気に入ったのか、ヴィーの顔に再び微笑みが広がった。
「この程度の相手には、負ける事は無いわ」
「なら、キミの出る幕ではないよ。今はね」
「今は、なの?」
「そうだ。五・六年もすれば、否応無くキミに会えるだろう。だが、今のヴィーにはキミはまだ早い」
なぜ、こんな言葉が出たのか、わたし自身も不思議だった。もしかして、と思う事はあったが、それは、とてもではないが認めたくない事だった。
「では、私を本気にさせないでね、ライフォード船長」
「それはわたしに言う事ではないよ。それこそ、その言葉はヴィーに言うべきだよ」
「それは無理よ」
「無理?」
わたしは首を傾げてしまった。反対にヴィーの微笑が深く、慈しむように変わる。
「私は、ライフォード船長のためなら、いつでも本気になるわ。特に命が関わる時は、全力を出す事を気にしないわ」
この言葉で、このヴィーがなんなのかが解かってしまった。そして、同時に不思議に思う事もある。
「なぜ、わたしなのかな?」
「私がライフォード船長と居たいから。ライフォード船長は違うの?」
違うと答えても、そうだと答えても同じ事だろう。しかし、その言葉でこのヴィーが納得するとは思えない。
「キミが居たいだけヴァルキリアにいるといい。わたしとしても優秀な航宙士は手放したくは無いから」
「あら。航宙士としてなの?」
「情け無い事にね」わたしは肩を竦めて続ける「扶養家族を持てるほど儲かっていないんだよ。キミが、効率を上げて儲けさせてくれ」
ヴィーと話している間も、エスリック達は身動き一つしなかった。
「ところで、あいつらはどうして動かないんだい?」
「私が魔法で麻痺させたからよ」
「それは凄いな」
「驚かないのね、ライフォード船長」
「いいや。十分に驚いているよ」
驚いてはいたが、わたし自身の力を考えると、不思議な事ではないと思えていた。それに、ヴィー自身が言ったではないか、魔法でと。
「では、聞くが。わたしの命は、今、危ないのかね?」
思わずヴィーは瞬きをしていた。
「わたしだけでも、彼らを取り押さえられるよ。わたしは、そこまで弱くは無いつもりだが。それでもわたしの命が危ないのかな?」
「それなら、私でなくとも出来るわね」
ヴィーは、自然な笑顔をわたしに見せる。
それは、わたしの知っているヴィーの笑顔だった。同時にエスリック達が、恐怖に引き攣ったようにハンドガンを向けてきた。
「ヴィー。隠れていろ」
「大丈夫なの?」
まだ不安そうなヴィーの答えだった。
わたしとしては、もう笑うしかない。
ヴィーの詮索を後回しにしたのは、わたしだからツケを払うのもわたしだろう。
そして、右手を握り込み、魔法の言葉を紡ぐ。
「加速」
右手を開き、次の魔法の言葉を紡ぐ。
「障壁」
わたしが、荒事が苦手なのは面倒くさいからで、決して弱い訳ではない。だてに一〇年以上もトレイダーをやって来た訳ではない。
二人打ち倒した時、三人目と四人目が、ハンドガンを向けてくる。訓練で叩き込まれた動きだった。
エネルギー弾が、向かって来ても怯む必要は無い。障壁に当たると、エネルギー弾は虹色に瞬いて消滅した。驚愕が二人の顔に浮かぶが、彼等が次の行動に移る前に、二人を打ち倒していた。
ものの一〇秒と経たずにわたしは、四人の男達を昏倒させた。
ただ一人エスリックは、何が起こったのかが理解できずにボー然とした表情で立っていた。ヴィーも、呆気に取られたような顔でわたしを見ていた。
「ヴァル。拘束具をもって来い」
忠実なアシストロイドは、素早く拘束具を持って姿を現した。それを受け取って四人の男達を拘束する。その間もエスリックは、ただボー然と立っていたままだった。
「さて、エスリックさん。お話を聞きましょうか?」
わたしが声を掛けると、エスリックは怯えたように、顔を引き攣らせて飛び上がった。
「お……おまえらは、何者だ!」
「ただのトレイダーですよ」
呆れたように答えたわたしに、エスリックは目を剥いて叫んだ。
「嘘だ! こいつらはプロの傭兵なんだ。おまえ達が適うわけがない!」
プロの傭兵。
そんな者まで雇って船を奪おうしていたのか、と驚いてしまった。傍らでヴィーも目を丸くしている。
それにしても、プロの傭兵が聞いて呆れる。たぶん、彼らは三流なんだろう。一流であれば犯さないミスを最初から犯していた。
一流ならば、操舵室に入って来た時に、有無を言わさずにわたし達二人を殺すか、拘束して船倉にでも放り込んでいる。あとは、さっさと船を出して目的地へ向かう。その方が簡単に目的を達成できる。わたしが指揮官なら、その方法を取る。
「ヴァル。FTC本部と回線を継げ」
操舵室の壁に張り付いたまま、エスリックは動こうとはしなかった。
「ツナガリマシタ。船長」
通信モニターが瞬いて、イリーナが映し出されるが、わたしはそちらに目も繰れずに言う。
「イリーナ。今回の依頼を徹底的に洗い直せ」
『何があったのですか?』
「傭兵まで雇って船を乗っ取ろうとした。依頼主がだ」
『どう言う事でしょう?』
「さあな。犯人達は拘束して床に転がしているが、エスリックなら、そこの壁に張り付いている」
『ライフォード船長。その者達は、まだ生きているのですか?』
少し信じられないようにイリーナは聞いて来た。
それは、そうだろう。普通は乗っ取りが失敗すれば、軍隊でもない限りエアロックから放り出しても、どこからも文句は出てこない。
「依頼主だからな。そっちに確認を取ってから決めようと思った」
『解かりました。その者達は港湾監理官に引き渡して下さい。全員です。背後関係を調べてもらいます。ところで、時間はどのくらい残っていますか?』
「二日ほどだな。それ以上になると期日には無理だ」
ヴィーの眼が驚いて丸くなるのが、眼の端に見えた。
ヴィーと航路の再検討をした時には、一日の余裕が残っていた。それを更に、一日増やしてわたしが言ったものだから、驚いているようだった。
わたしが小型船に拘っているのには理由がある。
たしかに、大型船であれば、実入りは良くなる。一度の航宙で、莫大な利益を上げられるが、速度や人間関係などの理由から小型船から乗り換えていない。
また、ヴァルキリアが良い船であり、とても気に入っていたので、ますます乗り換える気がしなかったのも事実だった。
大半のトレイダー達は、独立してしばらくは小型船で航宙して、中型船に乗り換え、そして最終的には大型船に乗り換える者が多かった。
『解かりました。四〇時間以内に、必ず連絡します。それまでは待機していてください』
「了解だ。それと、もう一つある。実験生物として、今、ヴァルキリアに一〇才ぐらいの女の子が乗っている」
『どう言う事でしょうか? ライフォード船長』
理解していないイリーナの問い掛けに、わたしは苦々しい思いだった。
FTCでも把握していなかった事に、声が硬くなって来るのを自覚していた。
「エスリックが言った。一〇才ぐらいの女の子に、これは実験生物だ、とな。今回の依頼、裏があるぞ。見落としたFTCには悪いが、わたしは気に入らない。それ以前に乗っ取りまで企む奴らだ」
『申し訳ありません。ライフォード船長』
「これが、エスリックの独断であればまだいいが……」
『財閥の意向であれば、FTCとしても考えなければなりません』
わたしの言葉にイリーナは頷きながら答えた。
「組織力で劣るFTCとしては?」
『ライフォード船長。トレイダーにはトレイダーの誇りがあるように、私達にも私達の誇りがあります。FTCの誇りに掛けて行動するだけです』
とても怖く落ついたイリーナの答えだった。
「では、連絡を待っている」
イリーナは一礼をして通信モニターが―から消えた。
まったく、面倒な事になってきたものだ。FTCの依頼でなければ、わたしの裁量でどうとでもカタを付けられるのに、それが出来ない。これがFTC経由の依頼の面倒くさいところだった。
「船長……」
躊躇いがちにヴィーが呼んでいた。
言いたい事は判っていた。そして、わたしもヴィーに聞かなければならない事がある。しかし、 それはもう少し後でも問題なかった。
「判っているよ。先にエスリック達を港湾管理局に引き渡してからだよ。落ついて話した方がいい」
「う…うん」
「ヴィー。港湾管理局に連絡を入れてくれないか」
それからまた、バタバタと時間が過ぎて行った。エスリックを引き取りに来た港湾監理官は、わたしの顔を見るなりイヤそうな顔を見せ、溜め息を付いて肩を竦めていた。
その表情は何か言いたそうであったが、結局は何も言わずにエスリック達を引き立てて港湾管理局に戻っていった。
これで、この星系ではわたしの名はブラックリストに載ってしまうだろう。寄港中に三度もトラブルを招いた者はリストに乗ってもおかしくは無い。
寄港しにくくなるのは、トレイダーとしても不利益この上ない。