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船長と魔女  作者: 樹 雅
第1章  魔女の望み
15/18

第15話 船長と魔女

 ブランダ星系第五惑星ク・クーレ。少ない大地の一つに宇宙港がある。大陸がほとんどないク・クーレでは、施設が地下に作られている。観光地で訪れる者が少ないク・クーレの宇宙港は閑散としていた。


 わたしとヴィーが到着ロビーに出て行くと、すぐにドクタ・カツラギ夫妻に気がついた。片手を上げて笑顔を浮かべるドクタ・カツラギの横に、静かな微笑を浮かべるカレン夫人がいる。良くも悪くも対照的な二人は目立っている。


「呼び出して、悪いな。ライフォード。歓迎するよ」

「何も無い所ですが、ゆっくりとして行って下さいね」

「ドクタ。用があったから呼び出したのでしょう」

「おお、そうだ。でもまあ、ゆっくりとして行け」

「ドクタ。わたしは……」

「ああ、判っている。が、それはわたし達の家に着いてからだ」


 始終ニコニコしているドクタ・カツラギに、嫌な予感を覚えてしまった。しかし、わたしとしても、ヴィーの事をお願いするつもりだったので拒否は出来なかった。


「わたし達も数日で、ここを引き払い実験都市の方へ移る事になっている。引越し前で家の中がゴチャゴチャしているが、許してくれ」

「はぁ……」

「ねぇ、ドクタ。レインは?」

「すぐ会えるよ、ヴィー。キミ達は驚くかもしれないが……」

「何がですか?」

「それは、会ってから自分の眼で確かめる事だよ、ライフォード」


 やはりドクタ・カツラギは笑っている。夫人も静かに微笑むだけで何も答えてくれなかった。

 やがてドクタの家に着くと、いきなり玄関が開いて小さな女の子が飛び出して来た。一直線に突進してヴィーに飛びつく。慌ててヴィーは、足を踏ん張って倒れないようにしていた。


「ヴィー姉さん!」


 女の子は笑顔を見せていた。そして、その笑顔をわたしも向けてくる。


「船長!」


 その女の子はレインだった。年相応の笑顔で、わたしにも抱き付いてくる。片膝を着いて抱き止めていたが、言葉が出てこなかった。

それはヴィーも同じ様で、ポカンとしたまま動こうとはしなかった。レインが離れてお辞儀をする。


「お久しぶりです。お世話になりました」


 何か言わなければと思うほど、言葉が出ない事があるのだと、今さらながらに思ってしまった。 レインの変わり様は、ヴィーが変わった時以上の衝撃をわたしにもたらした。


「「レイン!」」


 わたしとヴィーの声が重なった。そして、立ち直ったのはヴィーの方が早かった。嬉しそうな笑顔をレインに向けて手を取っている。


「良かったね。本当に嬉しい」

「ヴィー姉さんのおかげです」


 ヴィーとレインは再会を喜んでいる。その二人の姿を少し唖然としながら見ていたわたしの傍に、ドクタ・カツラギが近づいて来た。


「驚いたかね」

「ええ、驚きました」


 振り返るとドクタ・カツラギ夫妻は微笑んでいた。


「レインは、この一月あまりで変わったよ」


 ドクタ・カツラギの言う通り、一ヶ月前とは大違いだ。一ヶ月前は感情の無い人形のようで、瞳だけが時たま感情の光が見えるだけだったのに、今では年相応の女の子のように感情を表し瞳も活き活きとしている。


「いったい、どうやったんですか。見違えるようになっています」

「わたし達は特別な事は何一つとしてしていない。ただ、自然と触れ合わせ、レインの質問に答えただけだ」


 微笑んだままドクタ・カツラギは首を振っていた。


「それに、ノーマもいましたからね」

「さあ、中に入ろう。レイン、ヴィーを中に案内しなさい。船長達は二・三日は滞在するから、時間はあるよ」


 レインは元気良く返事をすると、ヴィーの手を引いて家の中に向かった。ヴィーの方がレインに押されているように見えるのは、わたしの気のせいではないだろう。わたしが同じ様にされたら、やはり押されたようになってしまうと思っていた。

 リビィングに落ついたわたし達に、冷たい飲み物を運んできたのはレインだった。トレイに載せたグラスを落さないように、慎重に運んでくる。

その様子をハラハラして見ているのは、わたしとヴィーの二人だけだった。ドクタ夫妻は笑って見ているだけだった。

 その日は、ただレインの変化を、わたしとヴィーは嬉しく思いながらも、戸惑っていただけだった。


 その夜遅くに、わたしの休んでいた部屋に、ヴィーが顔を出した。少し疲れたような顔をしていたが、嬉しさが浮かんでいる。


「疲れたようだね」

「うん」


 ヴィーは答えながら、部屋のベッドに横になる。わたしは机を借りて改修を施したヴァルキリアの仕様書を、改めて読み通していたところだった。


「まいったよ。レインが離してくれないんだ。やっと寝たから出て来られた」


 そう言いつつもヴィーの顔は嬉しそうだった。


「でも、嬉しそうだよ、ヴィー」


わたしが、そう指摘するとヴィーは素直に答えた。


「うん。ボクは嬉しい。船長もでしょ」

「そうだな。わたしも嬉しいよ」


 同意するしかない。レインの変化は、歓迎するべき事だと思っている。ドクタ・カツラギに預けたのは正解だった。


「でもね……」

「でも?」

「うん……ボクは……スー……」


 そのままヴィーは、ベッドで寝息を立てていた。


「おやおや、困ったな」


 正直な感想だった。わたしは何所で休めばいいのだろう。部屋にあるベッドはヴィーが占領してしまった。わざわざ起こして割り当てられた部屋に、戻すのは忍びなく思ってしまっていた。

結局、わたしは床で寝る事にした。さすがにベッドでわたしも休む訳にはいかない。それこそ、ドクタ・カツラギに何を言われるか判らない。


 翌日、ヴィーはレインに連れられて朝早くから出かけていた。何でも近くの入り江にノーマがいるそうだ。


「安心したか、ライフォード」

「何の事でしょう、ドクタ」

「レインの事だ」


 真っ直ぐにわたしを見て、ドクタ・カツラギは言う。


「わたしの呼び出しを受けたのは、レインの事を気にしていたからだろう。キミはレインの事が無ければ、私の呼び出しは受けてはいなかったはずだ」


 見透かされていた訳だ。わたしは、ちょっとだけ返す言葉が見つからず、口を開いたら溜め息がでてしまった。


「認めましょう、ドクタ」


 やはりかとドクタ・カツラギの首が振られる。そして、少し非難めいた瞳でわたしを見てきた。降参するように、両手を上げるとドクタに言い訳をしていた。


「あー、ドクタの事を疑っていた訳ではないです。長年、トレイダーをやっていると、自分の眼で確かめない事には気が済まないんですよ」

「まあ、そうだろうな」

「いや、だから、勘弁してくださいよ。その瞳は」

「生まれつきだ」


 いったい何時の時代の返答だ?


「でも、まあ、キミには感謝している」


 ドクタ・カツラギの言葉に、わたしは首を傾げてしまった。ドクタに感謝されるような事はしていなかったはずだし、その事に心当たりは無かったからだ。


「レインは、とても優秀な生徒だ。久しぶりに教師に戻ったようで、わたし達も嬉しいからな」

「そんなに優秀ですか?」


 もちろんだとドクタ夫妻は、揃って楽しそうに微笑んで頷いている。


「教え甲斐がある。教えた事は、貪欲に吸収して自分の物にしている。私達が驚いているくらいだ」

「でもねぇ」


 とカレン夫人は困ったように笑った。


「吸収しすぎたようで、一〇才の女の子にしては、言葉遣いが出来すぎたのよ」


 確かにその通りだと思う。再会した時の驚きは、言葉遣いにもあったから、二重の衝撃だった。

レインのこの一ヶ月の生活ぶりを、ドクタ・カツラギ夫妻から聞いている内に、ヴィーとレインが戻ってきた。

 ヴィーの姿を見てわたしは「おやっ?」と思った。珍しく、と言うよりわたしが初めて見るヴィーのワンピース姿だった。淡いクリーム色で、左側に水色のストライプが一本は入っていた。


「船長。あの、どうかな? 変じゃない?」


 わたしの前で両手を広げて、一回りして見せるヴィーにわたしは顔が綻ぶのを自覚した。


「良く似合う。うん、良く似合っているよ」

「そう。船長にそう言って貰えると、ボクも嬉しい」


 嬉しそうにヴィーは微笑んだ。その微笑みはわたしに元気を分けてくれる。


「キミも、そういう顔が出来るようになったんだ」


 少し感心したようなドクタ・カツラギの言葉に、わたしはまた、首を傾げてしまっていた。そういう顔とは、いったいどんな顔なんだろう。


「なるほど、キミを変えたのは時間だけではないようだ」

「何の事です?」

「自分では気が付いていないとは、いやはや困ったものだ」

「だから、何の事です?」


 わたしとドクタ・カツラギの言葉に、カレン夫人は優しい微笑を浮かべ、ヴィーとレインは首を傾げている。


「今のキミなら大丈夫だな」


 一人で納得しているドクタ・カツラギに、わたしは戸惑っていた。


「わたしがキミを呼び出したのは、頼みたい事があったからだ」

「何でしょう?」

「一つ、メッセージと品物の輸送を頼まれてくれないか?」

「それは構いませんが、わたしは後、二ヶ月ほどはトレイダーとしての営業は出来ないのですが」


 三ヶ月の資格停止中に、仕事を請け負う訳にはいかない。それこそ、資格剥奪の憂き目に遭ってしまう。


「いや、トレイダーとしてのキミに頼みたい訳ではないんだ」

「どう言う事ですか?」

「レオン・ライフォード個人に頼みたい事なんだ」


 わたし個人に頼みたい事? それは……。


「仕事を頼むわけではないんですね?」

「その通り。教え子同士が結婚する事になったのだが、わたしは海底都市計画のために、ここを離れるだけの時間が取れない。そこで、わたしの替わりにキミに結婚祝の品とメッセージを届けて欲しいのだが」

「そのくらいは構いません。ドクタはわたしの恩人ですし、レインの事でもお世話になりましたから、お礼代わりと言っては変ですが、そのくらいの事は個人的に引き受けましょう」


 恩返しになるのなら、わたしは構わなかった。

ドクタ・カツラギに恩を返す機会はなかなか巡って来ないだろう。わたしとしてもドクタの申し出は、些細な事であり、たいした手間ではない。


「で、何所の誰に渡すんです?」


 ここでドクタ・カツラギは少しだけ言い淀んだ。


「エルリア星系……」


 なっ? 

信じられないように、わたしはドクタ・カツラギを見てしまった。


「主星エルリア、フルマルクシティ。渡す相手は……」


 ドクタ、それは……。


「シンディ・ライフォード。キミの妹さんだ」

「ドクター!」


 思わずわたしは立ち上がって叫んでいた。その行動にヴィーは、一瞬だけ身を竦ませ、レインはヴィーの背に隠れていた。

 あくまでもドクタ・カツラギは、わたしを静かな瞳で見ている。


「キミが故郷を出て一三年だ。もうと言うか、まだと言うかは判らないが、一度ぐらいは故郷の地を踏んでも良い頃だろう」

「わたしは、戻ろうとも帰ろうとも思ってはいません」

「わたしもだ、ライフォード。戻れとも帰れとも言ってはいない。過去の事を水に流せとも言わない。それはキミが決める事だ」

「…………」

「ライフォード。レインが変わったのは、なぜだと思う?」


 わたしに答えられる訳が無い。


「根付く大地を、足をつける地を見つけたからだ。そこに自分がいる。ここに来て、レインはそう感じて、自分から知りたいと思ったからだ」

「それが、わたしと何の関係があるんです」

「キミの故郷は、キミに大きな傷を与えた。全てを知っている訳ではないが、わたしもその事を知っている。故郷に足を向ける気がしないと言う事も判っている」

「判っておられるのなら、なぜです?」

「エルリアはキミが生まれ育った大地だ。その事は、決して消す事の出来ない事だ。足をつける大地が無ければ、人は生きてはいけない。キミが星々を渡る者であっても、足をつける大地は必要だ」

「いいかしら、ライフォード船長」


 静かな声でカレン夫人が、わたしに問い掛けてきた。ドクタ・カツラギと一緒で、拒否しても無駄な事は解かっている。


「どうぞ」

「この人とあなたが、どんな事を問題にしているのかは判りませんが、シンディはあなたの妹です。一言お祝いを言うのは間違っている事ですか?」


 カレン夫人の言う事は間違ってはいない。それは、わたしも認めるしかない。しかし、わたしの家族は……。


「シンディは、いや、家族はわたしを恨んでいるでしょう。わたしのために、世間に後ろ指を差されたはずです。そんなわたしが、ノコノコと出て行けるはずがない」

「いいえ。それは違います。家族だからこそ、あなたを許すはずです。現にシンディは、主人があなたのを知っている事を知ったら、あなたの事を心配して聞いていました」


 シンディは、あの時はまだ一二才だった。弟のマイクにいたっては一〇才だ。何があったのかは、理解できる年ではなかったはずだ。

たぶん両親は、わたしは死んだのだと言っているに違いない。

シンディがドクタ・カツラギの教え子だったとは知らなかったが、ドクタからわたしの事を聞いたのなら、生きていると知ったのなら、会いたいと思ったのだろう。今まで、ドクタと連絡を取れなかったから。だが……。


「カレン夫人。家族だから許せない事もありますよ。あの当時、ドクタに助け出されるまでのわたしは、メチャクチャでした」


 あまり人には話したくない事だった。話していて楽しい事でないし、わたしにとってはすでに過去の事。ただの思い出にしかならない。

そして、踏み込んでもらいたくはない思い出でもあった。だが、今までの言葉では、ドクタ・カツラギ夫妻は納得出来ないだろう。ある程度の事を知っているドクタ・カツラギが言い出した事だ。


「わたしは……」


 チラッとヴィーを見てしまう。ヴィーは大丈夫とでも言うように、笑って見せた。そう、あのわたしを魅了する笑顔を浮かべてくれる。

それが、わたしに力を与えてくれる。


「ヴィーに言わせると魔法使いなんだそうです。ある事故で手に入れた力です。『加速』の呪で、身体能力を常人の一〇倍まで引き上げる事が出来ます。この事はドクタも見ていましたから、知っているはずです」


 ドクタ・カツラギは重々しく夫人に頷きかけている。

夫人は、あらまあ、と言うように驚いて見せたが、それだけだった。興味があるような瞳ではなかった二人の様子に、わたしは苦笑せざるを得ない。

まったく、たいした人達だ。


「いい気になって力を見せびらかし、メディアを騒がせ、バケモノ扱いされました。そして、モルモットとして実験した学者達を、わたしは幾人か殺しています。まだ、一三年です。当時の事を覚えている者も多いはずですよ」

「ご家族に迷惑をかけたくない。そう言う事なのですね」


 不思議とわたしは笑う事が出来た。


「そうではないのです。両親が一番初めに、わたしをバケモノと呼びました」


 そう言った途端に、ヴィーが抱き付いてきた。

ドクタ・カツラギ夫妻は、苦い顔――この事はドクタ・カツラギも知らなかったらしい――で眼を見張っていた。レインにいたっては理解が出来ないようで、首を傾げている。

レインは、それで良いとわたしは思っていた。こんな事は理解しても、気分が悪くなるだけだ。


「だめだよ、船長」

「ヴィー……」

「家族を恨んじゃ、だめだ」


 必死になるヴィーに、わたしは髪を撫ぜて笑顔を見せる。


「わたしにとっては、もう昔の事だよ。今さら恨みはないな」


 全てが敵に見えたあの当時は、家族さえ敵だった。

それを変えたのは宇宙であり、星々を渡る人達だった。そして、わたしも星々を渡る者だ。


「ドクタがきっかけを与えてくれて、わたしが選んだわたしの生き方、わたしの故郷は宇宙であり、ヴァルキリアがわたしの家。星々はわたしにとっては、寄港地にしかならない」


 わたしはドクタ・カツラギ夫妻を見て続けた。


「それが、今のわたしです」

「星々を渡る者か……その寄港地の中にはエルリアは無いのかね?」


 ドクタ・カツラギの言葉に、絶句してしまった。

無いとは言えない。エルリアもまた星々の一つだからだ。


「ドクタ……」


わたしは何も言い返せなくなっていた。


「それで良いのではないのかね。故郷に帰るのではなく、寄港地の一つとして寄るのは、星々を渡る者ならありえるのではないのかね」


 ドクタ・カツラギの瞳は、一三年前のあの時と同じだった。

わたしを救い出し、宇宙へ送り出した時と同じ瞳と口調。わたしは、それに抵抗する術を今だに持たない。

 諸手を上げるしかないわたしは、気が付いたら溜め息を付いていた。


「ドクタ。レオン・ライフォード個人として、シンディ・ライフォードへのメッセージと品物の受け渡しを引き受けましょう」

「済まないな。無理をさせる」


 軽くドクタ・カツラギはわたしに頭を下げる。こう言うところが、わたしには真似の出来ない事だった。そして、適わないと思う事だった。


「船長……」


 心配そうなヴィーに、わたしは安心させるように頷いて見せた。


「ドクタ。わたしも一つお願いがあります、。よろしいですか?」

「何だね?」

「ヴィーの事です」

「船長?」

「ヴィーを預かってくれませんか?」

「船長!」


 驚いたように、ヴィーがわたしを見上げてきた。


「わたしといるよりは、今はまだ、ドクタと一緒にいた方が良いと思いますから」

「嫌だ。ボクは船長といたい!」


 首を振るヴィーに、わたしは宥めるように言うしかない。


「キミはまだアンバランスだ。今のままでは良くない。ドクタは、キミの行く道に必要な事を教えてくれる方だ。わたしでは教えられない事を教えてくれる。わたしもかつて、ドクタに道を示してもらった。今のわたしに到るために必要な事も教えてもらった。ドクタなら、キミに必要な事を示してくれる」

「嫌だ。船長!」

「ライフォード。ヴィーの事を引き受けるのは、わたしとしては問題は無いが、それは必要な事なのかね?」

「ええ、このままではヴィーは壊れてしまいます。わたしは、それを見たくはありません」


 意味が解からないように、ドクタ・カツラギは首を傾げていた。

肝心な事を言わずに説明する事は、無理があるのは判っている。しかし、その事を言う訳にはいかない。

ドクタ・カツラギ夫妻なら、話しても変わらない事は知っていたが、どうしてもわたしは話す気にはなれなかった。


「船長。船長はボクを捨てるの? ボクを救ってくれたのは、他でもない船長だよ。なのに!」


 見上げてくるヴィーの瞳が濡れていた。わたしはヴィーの顔がまともに見られなかった。見てしまうと次の言葉が言えなくなりそうだった。


「ひどいよ!」

「ヴィー。わたしではキミを救えない。わたしは、自分さえ救えなかったんだ。ドクタに出逢えなかったら、わたしはここにはいなかっただろう」


 情け無い事に、わたしはヴィーを救う事が出来ないと思っていた。


「ボクは救われたいんじゃない! ボクはもう救われているだ!」


 ヴィーは首を振って叫んでいた。


「船長が救ってくれたんだ!」

「だめだ、ヴィー。わたしではキミを壊してしまう。キミを壊したくない」


 言ってしまってから、わたしは失言に気がついた。


そして、同時にヴィーをドクタ・カツラギに、預けようとした事の本当の理由に気が付いてしまった。

ヴィーの年齢と魔女ヴィーの事を理由にして隠していたわたしの本心。


「船……長……」


 ヴィーの顔に理解が広がり、嬉しそうな微笑が浮かぶ。


「済まない、ヴィー。わたしは身勝手だ。キミはわたしといてはいけない」

「どうして!」


 わたしは、ヴィーに顔を向ける事が出来なかった。


「ドクタ。ヴィーの事をお願いします」


 少々複雑な顔でドクタ・カツラギ夫妻は頷いてくれた。カレン夫人は、ヴィーとレイン

を呼んで奥の部屋へ向かった。


 わたしはソファーに座り込んで顔を押さえてしまった。


「ライフォード……」


 ドクタ・カツラギがわたしを呼ぶが、顔を上げる事が出来なかった。恐ろしく自分が動揺している事が判っていた。


「キミはヴィーが大事かね?」


 静かに問い掛けてくるドクタ・カツラギに、わたしは返す言葉が思い浮かばない。黙ったままのわたしに何を見たのか、ドクタは言う。


「あの娘は、キミといた方が良いのではないかね」

「わたしは……ヴィーを壊さないでいる自信が……ないんです……」


 自然と言葉を紡いでいた。わたしのいつわざる本心。ヴィーをわたしの手許から離しておきたい本当の理由。気が付いたらドクタ・カツラギに話していた。


「わたしは、あの娘を大切に思っています……情け無い……本当に……わたしは……」


 頬が濡れるのを感じた。涙が溢れて頬を伝わってくるのが判った。

なぜ、涙が出てくるのか自分でも不思議だった。悲しい訳ではないのに、どうして涙が出てくるのだろう。

 そんなわたしの肩に、ドクタ・カツラギは何も言わずに手を置いてくれた。


「今から、ここを離れます……これ以上は……」

「そうするのが、良いかもな……」


 静かにドクタ・カツラギは頷いてくれた。

 そうする事しか思い浮かばなかった。ひきようだと言われても仕方が無いが、わたしは自分が、ここまで情け無い事となるとは思ってもいなかった。 


慌しくヴァルキリアの出航準備を整えて、すぐにク・クーレの衛星軌道まで上がった。


「ヴィー、航……」


 思わず言ってしまってから苦笑を、いや、自嘲するように笑ってしまった。自分から別れて来たはずなのに、ヴィーを頼ってしまっていた。

改めてはヴィーの存在が、わたしの中でいかに大きかったのを実感してしまった。


「エルリア星系ね。今出すわ」


 聞こえてはならない声が耳に届いた。瞬間的に操舵士席から、立ち上がって振り返っていた。自分の瞳に信じられなかった。


「どうして……」


 間抜けな事にわたしは、その言葉しか出せなかった。












 少し前の地上では、ク・クーレ宇宙港の展望台で宇宙に上がっていくヴァルキリアを、ドクタ・カツラギ夫妻とヴィーとレインが見送っていた。

 じっとヴァルキリアの光跡を見ていたヴィーは、吹っ切れたような顔で、ドクタ・カツラギ夫妻を振り返って言う。


「ドクタ。ごめんなさい」


 なぜ謝るのか判らなかったドクタ・カツラギ夫妻は、揃って首を傾げていた。


「ドクタの配慮は嬉しいけど、ボクはやっぱりあの人といたい」


 うんと頷いてヴィーは笑う。


「ボクはあの人を選んだ。あの人の傍以外は考えられない」

「ヴィー?」

「それをライフォードは望んではいないから、キミをわたし達に預けたのではないかな」


 ゆっくりと、ドクタ・カツラギはヴィーに言う。


「うん。今はまだね。でも……」

「ヴィー?」


 不思議そうな声が、ドクタ・カツラギの口から漏れる。風が渦巻いて、ヴィーの黄金の髪を広がらせた。ヴィーは一度、空を見上げてからドクタ・カツラギ夫妻に顔を向けると笑った。


「ボクの心が、あの人を求めている」

「君はそれで良いのかね。ライフォードが望んでなくても」


 ドクタ・カツラギは言うが、反対にカレン夫人は、ヴィーに笑顔を見せた。


「行きなさい、ヴィー。心が求めているのなら、私達と一緒にいても良くはありませんよ」

「カレン」


 嗜めるような夫に夫人は、笑ったまま首を振っていた。カレン夫人の言葉にヴィーは頷いていた。そして、ヴィーの気配が変わった。


「ドクタ。黙っていたけど、話しておくわ。私は放浪の民の魔女よ」

「それは、驚いたね」


 少しも驚いていないドクタ・カツラギの声に、ヴィーの笑顔が深くなる。


「さすがに、あの人の恩人だわ、ドクタ」

「やれやれ、わたしは恩を売った覚えはないのだがね」


 首を振って嫌そうな顔になったドクタ・カツラギに、カレン夫人が笑って言った。


「困っていた人をほって置けなかっただけよ」

「レインは、私と違う呪を持つ魔女なの。私の妹の事をお願いします、ドクタ」

「なるほど、魔女や魔法使いと言うのは、そう言う者達の事なのか」


 納得したようにドクタ・カツラギは頷いて見せる。

 ヴィーの身体が、少しだけ宙に浮く。


「レイン」

「ヴィー姉さん」


 少し泣きそうな顔で、レインはヴィーを見上げていた。


「二年……二年すれば、あなたも逢えるわ」

「ヴィー……姉さん……」


 驚いた顔でレインは、ヴィーを見返してしまっていた。ヴィーはレインに、頷きながら言う。


「どんなに離れていても、レインは私の妹よ」



 その言葉とともに、一瞬の内にヴィーの姿が消える。後には風が渦巻いて消えた。













 ヴィーが、わたしを追ってきたのは容易に想像が出来た。だが、いったいどうやって、ここまで来られたのか理解が出来なかった。


「『瞬間移動モンポート』移動系最上位呪。大陸間ぐらいは移動が出来る呪よ。直線距離は、こちらの方が近いから」


 説明してくれる魔女ヴィーの顔は、少しバツが悪そうだった。そんな魔女ヴィーの顔を見るのは初めてだった。そんな力を持つヴィーを誰が引き止められると言うのだろう。これでは、閉じ込めておいても無駄だなと思ってしまった。


「私は……私の心があなたを求めている。私は自分の心に嘘がつけないわ」

「ヴィヴィアン」

「はい」

「わたしは……」 


何と言うべきだろう。わたしはヴィーに言うべき言葉が見つけられない。

そして、わたしはヴィーを否定する事も出来ない。なによりもヴィーがわたしの傍にいてくれる事を嬉しく感じていた。


「……いまさら、戻れと言っても無駄だね……」


 無駄な足掻きをしていると自分でも思っていたが、そう言うのが精一杯だった。







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