第1話 船長と少年?
SFを書こうと思って書いたんですが、SFになっているのか自分でも微妙です。
また、この物語を楽しんでいただけたら幸いです。
連合暦(NC)三一五年五月二三日、日付が変わってすぐの事だった。
今思えば、この日のわたしは、少し気が大きくなっていたのだろう。普段なら気にも留めなかった事に、わざわざ関わりを持ってしまった。
ファンデル星系主星ファンデル。
繁華街から道一本外れた路地で、数人の男達がボロを纏った人間を痛めつけていた。
どこの星でも目にする光景。何も珍しい事ではなかった。見て見ぬ振りをするのが常であり、わたしとしてもあまり関わりたくない事だった。
たまに、正義感を発揮する者もいるが、最後まで面倒を見切れなければ、関わるべきではないとわたしは思っていた。
それに首を突っ込んでも、何も獲る物は無いと十分に理解はしていたし、その事も経験済みだったはずなのに、気が付けば彼らの元に近づいて止めていた。
「やめろ!」
制止の声は、男達を驚かせるのに十分だったらしく、彼らは一様に動きを止めて振り返った。わたしを見る彼らの顔が、明らかに見下したような感じだった。
自慢ではないが、わたしの外見は強そうには見えない。
顔つきも鋭い方でもなく、迫力があるようにも見えない。まったく平凡な顔で凄んで見せても、だいたいは小バカされるだけだった。それが判ったのだろう、彼らは一斉に躍り掛かって来た。
ただ一つだけ外見とは別に、わたしには特別な力がある。
普段はまったく役に立たないが、こういう状況においては大変効果のある力だ。
つまり、わたしは意識的に身体能力を、一時的に常人の一〇倍まで引き上げる事が出来る。それで襲って来る彼らの拳や蹴りを、避ける事が出来るようになる訳だ。
「加速」
わたしは右手を握り込んで、小さく魔法の言葉を紡ぐ。
瞬間、全ての動きがスローモーションに感じる。
彼らの間をすり抜けて、呆けた顔のまま座り込んでいた浮浪者を、引き起こしていた。その細い腕に舌打ちをしたいくらいだった。
「逃げるぞ」
浮浪者の眼がまん丸になった事を眼に捉えるが、荒事が苦手なわたしは、そんな事を気にはしていられない。
暴力沙汰になりそうな時はいつも逃げていた。
逃げ出したわたし達に、男たちの動きが一瞬だけ止まってしまっていた。その間に浮浪者を引っ張って路地裏を駆ける。
どこをどう走ったかは憶えていなかったが、追いかけて来る気配は無かったから、うまく彼らを引き離せたのだろう。
わたしは大通りに面した路地で、引っ張ってきた浮浪者を改めて見た。すると浮浪者は、不思議そうな顔でわたしを見返してきた。薄汚れた顔なのに、不思議と引き付けられるものがある。
「ありがとう」
浮浪者の声を聞いた時、わたしは思わず眼を見張ってしまった。声変わりする前の少し高い子供の声だった。
わたしが勝手に思い込んでいただけだったようで、その人物は浮浪者ではなく浮浪児だった。薄汚れている顔で良く見ないと判らないが、年の頃なら一六ぐらいだろう。
「気にしなくていい。気まぐれだから」
溜め息にも似た言い方になってしまった。早くも後悔が湧き上がってくるのを自覚する。
「それよりも、子供がこんな所で何をしている? 帰る家があれば帰りなさい」
自分で言っていても、説得力のない言葉だと思ってしまった。
「帰る家はないよ。家出じゃないから」
関わっていて無責任だが、これ以上関わりたくはなかった。
気まぐれを起こした事が憂鬱になり出していた。わたしはポケットから金を出して、浮浪児の手に乗せる。
「それだけあれば、四、五日は大丈夫だろう。後は自分で何とかしなさい」
「施し?」
「いいや違う。キミにもそれなりの誇りがあるだろう。気まぐれでもキミを引っ張って来たのはわたしだからね。子供のキミをこのまま放り出すのは忍びない」
浮浪児は手の上の金を見てから、わたしに顔を向けて言う。
「ボクを買う?」
「はぁ?」
何を言われたのか一瞬分からなかった。しかし、次の瞬間に理解して怒りを覚えてしまう。自分の顔が険しくなって行くのが判った。
「わたしをバカにするのか。これでもわたしは交易人だ。人買いは絶対にしない」
ビクッと怯えたように浮浪児は一歩後退っている。
ハァ……。 溜め息が出てしまった。
わたしとした事が大人気ない。子供相手に何をむきになっているのやら。
「好きな所に行きなさい。わたしは、ここで別れる」
それだけ言って、わたしは浮浪児に背を向けて大通りへと歩き出した。浮浪児が後を付いてくる気配は無かったので少し安心していた。
ファンデルの宇宙港に、わたしの船が駐機している。
二〇〇メートル級小型貨客船ヴァルキリア。白亜の船体に赤のストライプが入り、船首には戦乙女をあしらったアートが描かれている。ヴァルキリアがわたしの家でもある。
航宙船は、大別して三種類ある。垂直型と呼ばれる昔ながらの打ち上げ方式を取る航宙船。水平型と言われる滑走路を使用して離着陸をする航宙船。そして、大気圏には降下しない宇宙型と呼ばれる航宙船である。
ペンディキュラ型の多くは、物資輸送の貨物船であり、ホゾタリティ型は旅客船や貨客船に多い。モスフィア型は軍の艦船がそれである。
トレイダーの使用する貨客船でも、小型船や中型船は大気圏に降りるが、大型船になるとさすがに大気圏には降りてこられない。大型船には降下用のシャトルが搭載されるのが普通であった。
自由交易人。
聞こえは良いが、その実は個人運営の輸送業だった。わたしも多分にもれず、フリートレイダー連盟(FTC)に加入している。
連合には大小様々な連盟があるが、中でも一・ ニを競うのが、トラブルコンサルト連盟(TCC)とフリートレイダー連盟の二つである。
フリートレイダー連盟は、連合中にネットワークを持ち、仕事を斡旋してくれる。加入していれば仕事にあぶれる事はない。そのため、多くのトレイダーが加入し、また利用していた。
FTCの斡旋を受けるも自由、受けないのも自由。斡旋を受けると、利益の二割を斡旋料としてFTCに収めなければならない。それを良しとしない者は、自分で仕事を探し出すしかない。
わたしも何度かはFTCの斡旋で仕事を請け負ったが、二割の斡旋料を収めても十分に懐の潤うものだった。しかし、交易人としての誇りが、FTCからの斡旋だけで仕事をする事を許さなかった。自分をただの輸送屋に落す事になる。多くの者はFTCの斡旋を二割、残り七割を自分で勝ち取っている。
FTCはあくまで斡旋という態度を崩さず、自主性を個々に任せていた。FTCに関して不穏な噂は聞かなかったが、依頼主が裏切り行為を行うと、その報復は熾烈を極めていた。合法的に社会的に抹殺される。
それはトレイダーも例外ではなかった。
今回、わたしはアスケイド星系からファンデル星系まで、物品の輸送をFTCから斡旋を受けていた。それが終わり、次の仕事を探すためにファンデルに留まっていた訳なのだが、懐も少し潤っていたので、気が大きくなっていたのだろう。
普段のわたしなら、絶対にしない事をしてしまった事に後悔があった。それが、頭痛に変わったのは、ヴァルキリアの操舵室に入った時だった。
入り口で立ち止まったまま、わたしは自分の眼を疑っていた。ありえない事が目の前で起こっている事に、思考が付いていかない。
操舵士席の少し手前で、白い歯を見せて笑っている浮浪児の少年が立っていた。
「どうして……」
それしか言えないわたしに、浮浪児の少年は笑顔のまま言った。
「好きな所に行け、そう言ったから。好きな所に来たんだ」
それがどうして、わたしの船の操舵室になるのか理解できない。そんな心情が分かったのか少年は言う。
「船長がボクを助けてくれたから来たんだ。中途半端は良くないよ。最後まで面倒を見てくれないと、ボクが困る」
いったい何が困るのかは分からないが、間違いなく厄介事を抱え込んだ事だけは判った。何としても無かった事にしたいと思うのは、わたしの身勝手だろうか。
「まっ、待ちたまえ、わたしはキミを助けた覚えはない。それに面倒を見る気もない」
「船長、それは無責任だよ」
「無責任……」
あまりといえばあまりの言葉に、息をするのも忘れそうになってしまった。
「船長はボクを助けたんだ。気まぐれだろうと何だろうとね。助けたからには、最後まで助けないといけないよ。それが嫌だったら、初めから助けなければいいんだ」
確かに、少年の言う事には一理あると思うのは、わたしだけだろうか。
「おかげで、ボクは行く所が無くなってしまった。だから、船長の所に来るしかないじゃないか」
少し困ったような顔で言う少年に、返す言葉無くなってしまった。
しかし、ここで納得してしまう訳には行かない。そうなるとわたしが困った事になる。ここは退くべきではない事は十分に解かっていたが、返す言葉が出てこない。
「そう言う事で、やっかいになるよ。船長」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ。それではわたしが困る」
やっとの事で言えたのは、それだけで他に言い様が無かった。
「どうして?」
首を傾げる少年に、わたしは必死になっていっていた。
「キミは未成年だろ。ご両親の許可も無く連れるのは良くは無い。それに、この船はわたし一人で運営している。他に人手は要らない………」
「船長。何か光っているよ」
唐突に、少年はわたしの話を遮った。
少年が指差す方を見ると、通信システムが緊急呼び出しのサインを出していた。
「ああ………」
少しだけ迷ったが、結局は通信システムを起動した。
「ヴァル。繋いでくれ」
「ハイ。船長」
すぐに通信モニターに、魅力的な笑顔を浮かべる若い女性が映し出される。
『こんにちは。ライフォード船長』
「やあ、イリーナ」
『まだ、ファンデル星系にいらっしゃるようでしたら、至急の輸送が一件ありますので、受けていただけないでしょうか』
世間話も無く、すぐに仕事の斡旋に入る事は、FTCのオペレーターにしては珍しい方だった。 大概は時間の無い場合が多く、そのほとんどがスケジュール的にあまり余裕がない。
トレイダー達は、その斡旋は受けたくはないと思っていたが、受けておけばFTCからの信用が上がり、大口の斡旋を受けやすくなるため悩む者も多かった。
「どんな仕事?」
わたしが答えるよりも早く、少年が横から口を出して来た。イリーナは薄汚れた少年を怪訝そうに見たが、それだけだった。
『あなたは?』
「船長の良い人」
わたしは顎が外れそうになる。それはイリーナも同じようで、呆けた顔を見せてしまっていた。
イリーナの珍しい顔を見てしまったが、わたしは否定をしなければならない。
「なっ、何を言うんだ。キミは!」
「船長がボクを買ったんだ。だから、ボクは船長のものだよ」
悪びれずに少年は言う。
「違う! 誤解だ!」
イリーナの瞳が怖かった。通信モニター越しでも、ハッキリと判るほど、眼が据わっている。
『私は、ライフォード船長の個人的趣味に付いては、何も言う事はありませんが……』
イリーナの声が低くなっていた。
これは良くない前触れだと判っていたが、どんな言葉を労しても無駄な事は容易に想像できる。これは、少年に誤解を解くようにしてもらうしかない。
「キミも人聞きの悪い事を言うのは止めてくれ。わたしはキミを買った覚えは無いし、同性愛者でもない」
少年は一瞬、キョトンとした顔でわたしを見た。そして、驚いたように少年の眼が見開かれ、ついでキズついたような顔に変わる。
「船長。ボクは女だよ」
今度は、わたしが驚いてしまった。
何か言うべきなのだろうが、言うべき言葉が見つけられない。言葉に詰まったわたしを、少し非難めいた眼で見てきた。
「船長はボクの事を男だと思っていたの? それはあんまりだと思う。プロポーションには多少の自信があるのに、見て判らなかったなんて。ひどすぎるよ。船長の目は飾り物なの?」
見て判るようだったら、初めから判っている。
そう言いたかったが、今さら言っても意味の無い事は解っていた。しかも、マントのような物で身体の線を隠している姿を見て、女だとは判る訳が無い。
『少女を買った訳なのね。ライフォード船長』
いまやイリーナの声が、地に響くように聞こえるのは聞き違いか。そう思いたいと願いつつも、わたしはイリーナの顔が見られなかった。
「そうだよ、お姉さん。だから、ボクは船長のものなのに、船長はボクを追い出そうとするんだ。これって、ひどくない?」
『あなたの言う通りです。船長は責任を取るべきです』
「お姉さんも、そう思うでしょ」
頷いて少年、いや、少女はわたしを見てニッコリと笑った。その笑顔が、してやったりと見えるのは、わたしだけではないはずだ。断じてそうだ。
『ところで、あなたの名は?』
「ボクはヴィヴィアン・ランスロウ。ヴィーと呼んで」
『ビィ?』
「違うよ。ヴィーだよ」
『そう。ヴィーね。私はイリーナよ。よろしくね』
「うん。よろしく」
そして、イリーナは重々しく言った。
『私はライフォード船長が、そんな事をする方だとは思ってもいませんでした。また、FTCとしてもライフォード船長に対する認識を改めなければなりません。近日中にFTC本部から出頭命令が出るでしょう。釈明はその時にでもしてください。以上です』
それっきり通信モニターは沈黙した。
わたしは自分の置かれた状況を正確に理解している。ただ、釈明も何も、どうすれば良いのか判らない。判っているのは、困った事になってしまったと言うことだけだった。
「キミは、わたしに恨みでもあるのかい?」
この状況に陥らせた原因の少女を、恨めしげに見るしか出来なかった。
「うん。あるよ」
あっさりと頷く少女に、わたしは思わず叫んでいた。
「どんな!」
「ボクを捨てた」
絶句してしまったわたしに、少女はさらに言う。
「中途半端な助け方しかしなくて、追い出そうとしたから」
「それで、こんな仕打ちをするのかい?」
「ボクは、船長に取り憑いてしまう事にしたんだ」
取り憑かれてしまったわたしは不幸なのだろう。
なぜ、こんな目に会わなければならないのか。神様に祈った事の無いわたしが、受けなければならない報いか?
それならばこれは、とても意地が悪いではないか。確かに信仰心などは、ほとんど無いわたしだが、それでもこれは、この状況はひど過ぎないか。
「船長。シャワーを借りるね」
わたしが不幸なだけか。それとも何かの悪意が働いたのか。
わたしは、悶々と自分の思考に落ち込んでいたらしく、時間が経つのも忘れていた。
「船長。また光っているよ」
声は聞こえていたが、それが意味のある言葉には聞こえていなかった。それほど頭を抱え込んでいたようだった。
『ヴィー……なの?』
「そうだよ」
『そうして見ると少女よね』
「船長は、どういう眼をしていたんだろ」
『で、ライフォード船長は?』
「心、ここにあらず。のようなんだけど」
『困ったわね。言い忘れていた仕事の事なんだけど……』
「しょうがないなあ。ちょっと待ってて、こっちに呼び戻すから」
突然、柔らかく熱いのもが、口に押し付けられた。何だと眼を瞬かせると、金色の光が目の前に溢れていた。
ではまた、次回をお楽しみに