トレーニングその1
「ごめんね、毎日手伝ってもらって」
シオンの置き土産の一つであるだだっ広い空間で、僕は剣を構え、対峙していた。
「別にいいですよ、私たちのためでもあるんですから」
「そうだ。むしろ感謝してるぐらいだぞ」
相手はアイリスとノエル。彼女たちもまた、各々の魔武器をその手に持って、僕の隙を油断なく観察していた。
二人には、僕が頼みこんで以来毎日付き合ってもらっている日課がある。
模擬戦だ。僕たちは仲の良い友人としてではなく、全力で相手を倒そうとする戦士として向き合っているのだ。
理由は二つある。
一つはまだ見ぬ敵の存在。今更ながら、僕は勇者としてみんなを守る必要がある。それなのに、魔神と戦ったあの日、僕は守られた。彼に全てを押し付けて、彼に全てを託して時間稼ぎしか出来なかった。
それが悔しかった。
僕はまだ弱い。人間として最強の座にいても、それで甘んじていては、永遠に彼の隣には立てないと知った。だから少しでも強くなろうとあがいているのが、理由としては一番大きい。
二つ目はシオンの存在。間違いなく最強である彼は宣言した。邪魔をするのなら僕達であっても例外なく力ずくで排除する、と。恐らく全世界の生物が一斉にかかっても勝てない彼を止めるために、僕は、いや僕達は、強くなる必要があるのだ。そのためにも、この特訓である。
「……ありがと。そろそろ始めようか、かかってきなよ」
僕の髪がなびく。威嚇程度に少し魔力を放出したからだ。
少しは特訓の成果もあるのかもしれない。まだ満足できないけどね。
彼女たちの顔がこわばる。でも僕は知っている。彼女たちがこれぐらいで怯むほど弱くはない。
それを証明するかのように、何本かの光の矢が尾を引いて飛んでくる。
僕は眩いばかりに自己主張してくるそれらを視界に収め、光が来ていない安全地帯に体を滑り込ませた。
「――予想通りだ!」
頭上から声。考えるよりも早く、前方に転がり込んでこれを回避。
「遅いよ。それじゃ僕に届かない」
僕は誰もいない場所に着地したノエルを挑発する。これに乗ってくれれば楽だったんだけど、彼女はそんなにバカじゃない。静かに隙を探していた。
「どこ見てるんですか?」
首を動かすと視界いっぱいに広がる白。慌てて首の力だけを使って避ける。僕の首は急な反応に対応が間に合わず、鈍い音を奏でた。
「隙だらけです」
瞬間、全方位に矢が現れる。これは、まずい。
僕は嫌な汗が流れていると自覚しながら、剣を縦横無尽に振り払う。それだけで、光の山は消滅していった。
「まだ、終わってない!」
いつの間にか接近していたノエルの剣の進攻を阻み、同時に膝を横から踏み抜く。
「――予想通りだよ」
厭味ったらしく言いながら、膝をついたノエルの顔を殴り、飛ばした。
加減はしない。お互いに全力を尽くすと約束しているのに、こちらだけ手を抜くなんて、彼女たちに失礼だ。例えノエルが鼻血をダラダラと流して悶えようが、この手は止まらない。
僕は当分動けないであろうノエルから標的を移した。
「ッ!?」
アイリスが息を呑んだと分かった。だからと言って、僕のすることは変わらない。
続々と光の矢が僕の行く手を遮るが、意識を外していない今当たるはずもなく、足止めもろくに出来ていなかった。
「これで僕の勝ちだ」
僕はアイリスののど元に剣を突き付け、そう宣告した。
「……残念です。また勝てませんでした」
「簡単に勝たれても困るけどね。僕も二つ名持ちなんだし」
僕はアイリスの言葉に苦笑いしつつ、未だに転がりまわっているノエルに歩み寄る。
「苦手だから応急手当ぐらいにしかならないよ」
彼女の鼻に手を添えて、僕の手は光り出した。
「スマンな、毎日治療してもらって」
「いいよ。もとはと言えば僕のせいだしね」
「違いますよ。私たちが弱いからです」
アイリスが言ったことを否定しようとして、僕は動けなくなる。
「レイトは私たちと模擬戦を終えた後も一人で残ってますよね。それはどうしてですか? 私たちじゃ相手にならないから、じゃないんですか?」
彼女の目は赤く充血していて、目じりからは大粒の液体がとめどなく流れていた。
彼女は泣いていた。
「違う、僕はアイリス達に感謝してる。相手にならないのなら、そもそも君たちに頼まないよ」
「そうですね、レイトが自分を考えての行動ならその理由も納得できます。でもレイトが私たちに頼むのは、自分ではなく私たちのためなんじゃないですか?」
今度は僕の口まで動かせなくなる。
「……やっぱり、ですか。もういいですよ」
アイリスは口の中で小さく何かを呟いた。すると、ノエルの体が浮き上がり、同時に僕の手に灯っていたものとは比べられないほどの光量で、彼女の顔を覆った。
月並みな感想だけど、凄いと思った。これは全部アイリスが操作している魔法だ。そして、呆れるほどの技術が必要な治癒魔法と光属性には不得手の浮遊魔法を一緒に使っている彼女はオーバーランク所持者と同等、あるいはそれ以上の技量を持っている。
伊達に両親がオーバーランクをしているだけはある。その能力は確かに彼女の遺伝にも引き継がれているのだ。
僕が感嘆している間に、アイリスは踵を返し部屋を出て行った。
ごめんね。本当なら追いかけるのが正解なんだろうけど、せっかくのウォーミングアップを済ませたんだから、今は追いかけられない。
「ドッペルゲンガー、グラビティ」
僕は心のうちでアイリスに謝りながら、魔法を二つ発動させた。
重力を倍加させるものともう一つ――
「おっと! 危ないな。少しぐらい待ってくれないのかな」
容赦なく襲いかかってくる影から距離をとりつつ、僕は悪態をついた。
もう一つは自分を殺す分身を作る魔法だ。
彼の近くにいて理解したことが一つある。彼は自分の命をそこらへんの石ころより軽く見ている。だから常人では死んでもおかしくない無茶な鍛え方も出来るし、反動を考えない強力な技を生みだせる。
僕があの境地に立つためには、命を顧みない訓練を積むしかないのだ。
だから僕は自分の魔法で自分を殺す。もしくは自分の手で自分を殺す。これを繰り返す。
超えてみせる。彼女を守るためにも、シオンの命を奪うためにも、無敗の剣帝程度の雑魚を倒す。
僕の覚悟に応じるように、影が動き出した。




