プロローグ
俺は世界が嫌いだ。
漫画でよくある表現に、「世界は残酷だ」なんてあるけれど、俺は牙を向けられたことがないので分からない。
でも、普通に平凡に生きるだけでも思えてしまう。
世界はひどく無関心だ。
そのくせ、一部の人だけには全力で力を貸す、そんな世界が嫌いだった。
……あの日までは。
その日は、アイツが珍しく一人で帰るからと言うから、嫌々ながらも一緒に帰っていた。
俺の名前は如月 シオン。どこにでもいる、一般的な脇役だ。
「紫音、どうしたんだい?凄く疲れたような顔になっているよ。」
今日だけであんなに色んなトラブルに巻き込まれて、疲れないほうが珍しいと思う。
こいつの名前は二階堂 亮。
文武両道で顔もよく、ハーレムまで築いている。所詮主人公と呼ばれている人種だった。
「別に、ただの考え事だ。」
ついでに俺はコイツのことが大嫌いだ。
コイツは、人類みな兄弟! みたいな事を平然と言える性格だ。
しかも、困っている人というにはかなり偏った性別なのだか、見かければ自分の能力を超えていようがすぐ助けに行こうとする。
嫌いな奴とはいえ、知り合いがリンチに遭うのを放っておけるほど冷酷でもない俺は、亮の代わりに事案を処理していた。
亮の性格だけならまだいいのだが、コイツと一緒にいるとチンピラとよく遭遇する。
この常盤市は治安が悪い事で有名な町だ。だからチンピラ自体は見慣れている。
だが、コイツと一緒にいると、勝ち目のないナンパで相手を困らせているチンピラとの遭遇が多いのだ。
当然ながら、亮がその女性を助けに入り、俺がチンピラを蹴散らす。その後は主人公らしく俺が助けた女性とのフラグを亮は立て、俺はチンピラの恨みを買っていく。この展開が毎日の如く続くのだ。
誰だってコイツの事が嫌いになると思う。
俺の将来の夢は、コイツと違う場所でコイツを知らない環境で生きていくことだ。
密かに俺が何度めかも分からない覚悟を決め直しながら、コイツの話に適当な相槌を打っていた。
このときまではあんな事が起こるとは、予想すらしていなかった。
「「!?」」
突然亮の足元が光りだした。
いやよく見ると、漫画に出てくる魔方陣のようだ。
これがうわさに聞く異世界召喚か、本当にあるんだな。
俺は冷静にこの状況を見極め、他人事のような感想を抱いていた。
求められているのは俺の隣にいる主人公であって、俺のような脇役ではないと知っている。
蚊帳の外にいるのに反応するなんて、かなり恥ずかしいだろう?
「頑張れよ、亮。」
俺は亮から少し離れつつ別れの挨拶を一方的に投げた。
嫌いな奴と二度と会う事がないと思うと、嬉しく思えた。きっとこの時の俺は、最高の笑顔を浮かべていた事だろう。
今となってはなぜ逃げなかったのか? と後悔の念に駆られている。
「何を言ってるの?紫音も来てよ。」
……え? なんでお前俺のズボンを掴んでるの?
呼ばれてるのはお前だぜ?俺関係ないじゃん。
俺はこれから平凡に生きるんだからさ。
お前に巻き込まれる余裕はないんだよ。だから、
「はなせ―――――!!」
そのまま、俺たちは光に包まれていった。