1-1 あるレストランからの脱出
そのレストランは何かがおかしかった。いや、正しくは何もかもおかしかった。
招待状で招かれた客を出迎えたのは傲慢な店主と頼りないボーイ。テーブルの上には呼び出しのベルはあれどメニュー表もナプキンもない。あるのは1つの封筒、無機質なバインダー、無地の白紙とボールペン。
入口の扉が閉められて現れた店主がはなった一言。
「地獄のレストランへようこそ」
どうやら客である私たちは同時に食材でもあるようだった。それを回避するには遅れている料理人が到着するまでの時間にこのレストランから脱出しなくてはならない。
生か食材としての死か。
あるレストランからの脱出が始まった。
そのような体で始まったのはSTRAPという団体が行っている生の脱出ゲーム、通称『生ゲー』だ。
ネットユーザーなら1度くらいは脱出ゲームというものに触れたことがあるかもしれない。パズルや暗号を解いて閉じ込められた空間から脱出することを目的に作られたゲームの総称だ。それを現実の世界で再現させたのが生の脱出ゲームであり、この業界での最大手になるのが『STRAP』という団体が行っている『生ゲー』である。
木南真哉は社会人1年目の青年である。小さい頃からクイズとかそういったのが好きだった真哉は大人になった今でもそれだけは変わることなく、現在でもクイズ番組などは欠かさず見ている。
そんな真哉がこの存在を知ったのはある推理マンガと『生ゲー』のコラボイベントだった。元々そのマンガを読んでいた真哉がそのイベントを知り、パズルや暗号といったものに拒否反応を示さず、むしろ好物センサーが警報を鳴り散らかしたのを覚えている。
1人で不安だったが、実際に参加してみたところ――トリコになってしまった。
今の所参加した5回中クリアできたのは0回。時間制限があり、毎回設定に凝っているため多分に前回の反省が生かされていないため毎回あと1歩、2歩手前で失敗していた。
そして今回の『あるレストランからの脱出』にも参加しており――
ゲーム終了まで残り3分――
冷たい女性のアナウンスが流れる。同時にほんのそこまで迫っているかのような地獄からの声になっていない音が流れた。
「えーっと、これはどの暗号を使うんだ?」
テーブルを囲む6人。ゲームはテーブル単位で挑戦し、概ね6人で1チームになる。今回6名のうち初参加が2名、2回目が3名、一番経験しているのが真哉だった。経験値の多さから自然とリーダー係になっている。
状況的に最後の問題であろう紙。
冒頭には『この問題を解いたら完敗宣言するしかないでしょうね。』の一文が書かれている。その下にはレストランのメニューとその使用食材の説明書きが書かれている。ただ、バックプリントで数字がランダムに書かれており、おそらくこの数字を利用するであるのはわかるのだが、肝心の解き方がわからなかった。
ゲーム終了まで残り1分――
思考回路は停止しているが、時間だけが過ぎてゆく。
「数字の暗号って、覆面算の他にあったっけ?」
「ないですよねー」
「数字の順番に……は、文章にならないか」
「えー、全然わからないー」
このままでは食材になってしまう。死ぬのは嫌だ。徐々に大きくなる地獄からのBGMにそんな思いが頭の片隅に生じて完全に集中できていなかった。いや、もう集中などのレベルではなかった。
ゲーム終了まで残り5――4――3――2――1――0
カウントがゼロになったその瞬間に地獄からのBGMは鳴りやみ、別のテーブルからは「かんぱーーい!」という声。
しばらくしてから周囲は暗転して何も見えなくなった。