敵前逃走
黒羽本家からの脱出を始めた透たちだがわずか1分後には敵と遭遇していた。
その敵は黒く禍々しい気配を発する剣を持ち
赤く光る眼に憎しみを宿した赤髪の彼女
つまりは勇者、黒羽 仁の幼馴染である赤井 萌はたった1人で透たち7人を圧倒していたのだった。
「おっかしいなあ。彼女ってこんなに強かったっけ?」
「『勇者の聖剣』の力で従者として強化されているにしても強すぎる気がしますね」
「ということは他の要因があるってことでしょ。あの赤い目とか禍々しい剣とかがそうじゃないかと思うけど」
「いや、あの眼は相手を威嚇するためにカラーコンタクトを入れたとかじゃないですか?」
「………それはねえだろ」
………透たちは圧倒されていた。
しかし彼らはまるでなんでもないかのように普段通りの会話をする。いつものように笑い。仲間のボケに変わらずツッコむ。
まるでそうしなければやっていられないかのようにぎこちなく、無理やり雰囲気を出していく。
「敷地内からはあと1キロってところですかねー?」
「だがこやつを相手にしながら1キロ走るのは相当な危険を負うことになるぞ」
「逃げてる途中に別の敵に見つかったら目も当てられないもんね」
だが透はだからこそ逃げるべきだと考えていた。どのみちこのままでは彼女1人に全滅する可能性がある。
それを防ぐにはここから逃げるのが一番いい手であるように思える。
とくに誰かが赤井の足止めをすれば他の6人はなかなか高い確率で無事に逃げ切ることができるのではないだろうかと思う。
そしてそう思ったのなら行動するのが雪白 透の人間性だった。
「蓮、この転移用の魔道具を君に預けるからみんなと一緒に先に逃げてくれ」
「なに言ってるの透君!?」
「貴様1人でこいつを倒せるというつもりか!!」
「1人で倒せるならみんなと力を合わせてそうしているよ。まあ1人で倒せないにしたって足止めくらいならできるからさ。そうやってみんなが先に僕の家に転移したなら僕も全力で逃げるよ」
透のその発言に納得した者はその場にはいなかった。しかしそれがそれなりにいい手だということは不幸にもと言うべきかみんなわかってしまったのだった。
そして透はそのことによりできた一瞬の迷いを逃す人間ではなかった。すかさず赤井に『流星』で攻撃をし、敷地の奥の方へと走っていく。
それを赤井は追いかけ、結果的に透を囮にしてしまった蓮たちはそれぞれ頼られなかった悔しさと自分の無力さに怒りながら敷地の外へと走り出したのだった。