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踏み出す一歩  作者: 吉川明人
8/9

晴れゆく空

 夕方になって制服を着替えた大嶋先輩が病室にやってきてくれた。なんだか改まっちゃて、ちょっとハズかしいわね。

 もうかなぼーは帰っちゃってるし、二人きりだし。

「……大丈夫か、なんて、入院してる者に失礼だな。具合どうなんだ?」

「良好ってわけにいかないけど、もし同じくらいのケガで入院してる人と比べると、スッゴくいいらしいわ。

 ほんとはあと三回手術の予定だったんだけど、回復してるからって、取りやめになりそうみたいだから」

「そ、そうか……よかったな」

「それより、よかったのは大嶋先輩のほうよ。あのままだったらどうしようかと思ってた。今の先輩に会えてスゴくほっとしてる」

「あ、ああ……あのときは……悪かったな。

 俺も田中みたいになれてたらよかったんだけど……」

 先輩のイミシンな言葉……。

 わたしは黙って続きを促す。

「……高校に入ってすぐ、腰と膝を痛めたんだ。俺はバスケットで高校推薦入学したから、バスケができなくなったとたん学校にとって用なしって扱いでな。

 勉強についていけないわけじゃなかったけど、俺の居場所とか、俺自身の拠り所がなくなったように思えて、どんどんイヤになって。

 ……気づいた頃にはお前がせっかくきてくれた時みたいになってた。

 あのとき無視したのは、もうバスケができなくなった俺に、これからバスケができる田中のことが、羨ましくて……あのときはただ苛立たしくて、それに気づかなかったけどな」

 そうだったんだ。先輩が一番苦しんでるときに、寄りによってわたしが浮かれて報告にいっちゃったんだ。

「ごめんなさい。先輩の事情も知らないで、わたし自分のことばかりで浮かれちゃって……」

「いや……今日、俺のこと感謝してるって言ってくれたよな。俺も田中に感謝してるんだよ」

「大嶋先輩が? どうして……」

「よくあるだろ、ドラマなんかで落ち込んでるくせに、そのはけ口が見つけられずヤケ起こしてるやつの前に、昔の一生懸命の自分を重ねられるやつが現れてもう一度がんばってみようかって思うくさいストーリー。

 まさか、俺もそうなるなんて思ってもみなかったけど。あれから時間はかかったが、今の自分にできる精一杯のことやっていこうって思えたのも、あのとき田中がきてくれたおかげなんだ。まあ、こんなこと言えるほどカッコイイ人生じゃないけどな」

「ううん! そんなことない! 先輩カッコイイよ。今の先輩はわたしの憧れてたままの大嶋先輩だよ」

「……そう言ってくれると、またがんばれそうだな」

「うん! がんばって先輩、わたしも精一杯がんばるから」

「そんな田中は……先に断っておくけど、俺はもう結婚してるし子どももいる。できちゃったってやつなんだけどな。

 一度だけ言っておきたい。あのころ、俺は田中のことが……」

「だめ! それ言われると、憧れの先輩のままでいられなくなるから……」

 だって、いまさら言われてもどうしようもないっしょ。それならただ、わたしが一方的に憧れてたってほうがいいじゃない。

「……分かった。俺はあのころ田中の精一杯のところに憧れていたんだ」

「うん。わたし、がんばるね」

「俺もな。まだ二十歳そこそこの俺が言うにはおこがましいかもしれないが、最近になってこう思ってる。

 どんなに苦しくても、毎日毎日一歩ずつでも前に踏み出さなければ進めない。だから毎日必ず新しい一歩を踏み出すように努力する。

 あのころの田中のようにな。お前もまた、そうしてくれ」

「うん。約束する」

 やっぱり先輩はあのころと変わらないまま輝いてた。

 帰っていった大嶋先輩と入れ違いに仁狼君と鈴乃ちゃんがやってきた。


「おーーーっす、智恵元気か! 遊びにきたぞ! おっ佳那、もうきてたのか」

「……うん」

 あれ? かなぼーったら、帰ったって思ってたのに、今までどこにいたのよ?

「智恵ちゃん、具合どう? もう熱っぽくない?」

「だいじょうぶよ鈴乃ちゃん、それより昨日先生から教えられたんだけど、わたしスッゴく治りが早いらしいの!

 このぶんだと障碍は残らないだろうし手術も受けなくて済みそうだって。まあ……さすがに激しいスポーツはムリみたいだけどね」

「ほんとに? よかったぁ」

「おう! そりゃよかったぜ。なあ順崇よしかた

 え? 順崇君?

 仁狼君の言葉に黙ってうなずく順崇君。

 気づかないあいだに順崇君が仁狼君たちのうしろに立ってた。

 びっくりしたけど、うん。長いあいだ先輩と会ってなかったから忘れてたけど、やっぱり順崇君って、先輩の雰囲気に似てていいわ。

「智恵〜〜〜! さっき廊下で先生に会って話聞いたわよ!

 ちゃんと歩けるようになるんだって? 奇跡の回復力なんてさすがわたしが見込んだだけあるわ、さしずめ猛獣なみってところね」

 わたしに負けない大声で舞貴が入ってくる。

 まったく、あんたってば一番病院に似合わない女ね。似合ってるころなんて想像もできないわよ……したくないんだけどね。

「誰が猛獣よ舞貴! あんただって見込みのない病気から回復したんしょ? おたがいさまじゃない」

「わたしの場合は心のほうよ。そ! とってもデリケートにできてるのよ誰かと違って」

「何がデリケートよバリケードのくせに」

「おう、それは俺も賛成だな」

「仁狼まで! うう、そんなこと言われたら、わたしは涙のカスケードよ」

 いつもどおりに騒いでる舞貴だけど、これでも昨日まで冗談一つ言ってなかったっけ。やっぱ、心配してくれてたんだな。


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