謎の反応
「いや……逆なんだ。微細骨折がきれいさっぱり治ってる。
それどころか膝の軟骨も明らかに再生し始めているし、ヘルニアもこのままなら自然に完治しそうだ。
こんなこと……普通はありえない。もう少し検査の必要はあるけど、手術はしなくていいかもしれない」
「え?」
「このままの調子で完治すれば、バスケットボールのような激しいスポーツはムリでも、日常生活には何の支障もないくらいまで回復が期待できるよ。
もっとも、まだ本当にそうだとは言いきれないけどね」
かなぼ〜! 理屈抜きで直感した。
わけが分からないけど、あの子、前に何かしてくれた。あの子だけじゃない。仁狼君も何かしてくれたっけ?
「智恵ちゃん、せっかくだから精密検査受けて調べてみないか?
もしこのメカニズムが判って学会で発表すれば、スゴいことになるかもしれない」
「ええ〜〜〜! それってわたしの体もっと調べたりしなくちゃいけないんでしょ? やだ! 先生スケベ!」
「そうじゃなくて純粋に学術的にだね……」
「ぜえ〜〜〜ったいにイヤ!」
たぶん検査しても原因は分からないわ。これはほんとに特別なのよ。かなぼ〜や仁狼君がいてくれたからこそ……。
で、それは人に知られちゃいけないようなこと……。
「ううーん、しょうがないなあ、せっかく人類が救われるかも知れない機会なのに」
「わたしにはイヤな機会よ」
「分かった。だけど治療に必要な検査はきっちりさせてもらうぞ。
でないと自信を持って退院させられないからな」
「必要な検査だーっていって、実は精密検査するなんてことしないでよ」
「分かってるって。そのあたりのことは、うちの病院倫理監査役の眼科部長がうるさいんだ」
惜しがる先生が去ったあと、わたしは胸がドキドキしてた。
ひょっとしてもう一つの夢まであきらめないでいいとか? 期待していいの?
「……ちい、ぐあいどう?」
次の日の夕方、いつもどおり、かなぼ〜がやってきた。
「かなぼ〜! ちょっと、どういうことか教えなさい!」
わたしの声に少しだけ体そらすだけの反応して、右に頭かしげるいつものしぐさ。
「なんだかよく分かんないけど、わたしスッゴく治ってるらしいの!
あんたこのあいだ何かやったっしょ? 何やったのかちゃんと教えて!」
「……ちょっとだけ、ちから借りたの……ちいの足、早く生活できるくらい治るようにって」
またわけの分からないこと言いながら、いつもみたいに首かしげながらベッドに近寄ってくる。
「……でも、あたしだけじゃないよ。みんな早くちいが治るよう、いっぱいちから使ってたよ」
「はああ〜、なるほどね。ようするに一生懸命祈ってくれてたってことね。
聞いたことあるわ、病気の人に向かってたくさんの人が一生懸命祈るとフツーより治りが早くなったり、手遅れの状態から奇跡的に回復したりする場合があるとかする、あれね。
ありがと、みんなで祈っててくれたのね」
「……んんんーーー」
照れてるのか、かなぼ〜は悩むとこじゃないのに悩んでる……。
「いいっしょ? 結果オーライ。とにかくわたしの夢かなうかも知れない可能性がでてきたんだし、悩んでないで少しでも早く治ってみせるわ!
リハビリくらい二十四時間でもやってのけるわ!」
「……がんばり過ぎると、また体コワスから、あんまりしないほうがいいと思う……」
「冗談よ、冗談に決まってるっしょ? この子はすぐ本気にするんだからぁ〜!」
「……んんんーーー」
ちょっと困らせ過ぎたっけ?
「……あ、そいえば、ちいに会いたい人いる」
いきなりかなぼーが言いだす。
まったく、この子突然よね。
「誰?」
「……ちいに会いたい人」
「だから誰よ!」
「……まだココにいない。だけど、もうすぐ通るから会えると思う……」
はいはい、分かったわ。いつものあんたの『わけ分かんないけどそうなる』発言よね、それ。
「いつまで待つのよ?」
「……もうすぐ。もう少し……ほら、きた」
開けっ放しの扉の向こうの廊下を通りかかった人の姿に、わたしは思わず息を飲む。
「あああーーー!」
思いっきり声上げて叫んでた。
その声に通りかかった人も驚いてこっち見る。
「せ、先輩?」
「ひょっとして、田中……か?」
ちょっとバツ悪そうにわたしの名前呼ぶその人は……あの、バスケの大嶋先輩……。
「やっぱり先輩だ!」
「おまえ……入院してたのか。どうしたんだ?」
先輩はあのときの怖い姿じゃなくて、メンテナンス会社の制服着てた。
「どうってことないわ。ちょっとバスケやり過ぎて、足が一生使えなくなったらしいの。
でも、治りがスゴく早くて、歩けるくらいにはなりそうだって」
明るく答える言葉に、先輩は複雑な表情を浮かべる。
「あ、でもほら。わたしはこれほどバスケに一生懸命になれたからいいって思ってるわ。
あのときの先輩のおかげよ、感謝してる。ほんとに……感謝してる」
「あ、ああ……」
興奮して何言っていいのか分かんないまま、思いつくこと一方的に言うわたしに、先輩はうつむいてそう言っただけ。
だけど、よかったわ。
恐いままじゃなくて。
……それにしても、最近のメンテ会社の制服っておしゃれよね。なんてったって先輩が着てるんだもの、何着ても似合うわ。
「今、仕事中なんだ……終ってから少し寄ってもいいか?」
「え?」
先輩の意外な一言。
「もちろんよ。大嶋先輩ならいつでも大歓迎よ」
「そ、そうか。じゃああとでな」
「がんばってね、先輩」
笑顔で送り出すわたしに、先輩は笑顔で出ていった……。
さーてと、問題はかなぼーよね。どうしてあの子こんなこと知ってるのよ。大嶋先輩とのことはあの子と出会うずっと前のことなのに!
「さあ! 白状しなさいかなぼー! どうしてあんたが先輩のこと知ってるの?」
痛いの我慢しながら、久しぶりにビシッとかなぼーの顔、指差して問い詰める。
「……ちいの中のとっても大切にしてるとこに、いつもあの人いたから……それで、今日来たら、通りがかってたから、こっち来てもらったの」
「だからあ〜、わたしに分かるように言いなさい!」
「……んんんーーー、ちいはあの人キライ?」
「キ、キライなわけないっしょ」
「……へへ、よかった……」
……分かった分かった、もう聞かない。
あんたにゃ理屈はムリなのね。