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踏み出す一歩  作者: 吉川明人
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気づかない希望


 なんて落ち込んでると、その鈴乃ちゃんが仁狼君と一緒にお見舞いにきてくれた。

「……聞いたぜ。もうバスケできないんだってな」

 仁狼君が言いにくそうに尋ねる。

 ……そうか、まだそこまでしか知らないんだ。じゃあ二人がもっとびっくりすることなんて、わざわざ教えなくてもいいわね。

 できるだけいつもどおりふるまっておこうじゃないの。

「ま、ね。ちょっとばかしムリし過ぎちゃったわ」

「だけど智恵ちゃん……このギプスの範囲、それとお母さんからまだあと三回手術しないといけないってこと聞いたけど」

 仁狼君のほう意識しながら鈴乃ちゃんが小さな声で聞く。

 はああ〜〜〜。鈴乃ちゃんなら話さなくても分かるんだろうね。なんせ父さんがお医者さんだし、本人も医学部志望なんだし……。

「そうよ、あとたった三回じゃない。パッパと済ませばすぐよ、すぐ。それさえ終ればもう終りじゃない」

 そう、もう終り。それ以上もう何もできないってこと……。

「おう、おまえならパッパと終りそうだな」

「そう! パッパと終ってパッパと済ます。これがわたしのやり方よね」

「俺には何もできねぇが、とにかくケガが早く治るようにがんばれ」

「がんばれったって、何をどうがんばればいいのか、分からないっしょ?」

「そりゃそうだな。だけど……おまえやっぱりまたバスケやりたくねぇか?」

 仁狼君は唐突に、わたしの一番痛いとこ突く。まいったね、こりゃ。

 そりゃあそれができれば一番なんだろうけど、現実にできないっしょ? そんなことなんてもう……。

「せっかくだけどいいわ。できなくなったことにいつまでも未練感じてないで、今のわたしにできること探すほうがよっぽど大事っしょ。

 そうしないとこの先の人生暗いじゃない」

 やあね、わたしってば。こんなになってもまだ強がれるなんて。わたし自身こんなに強いなんて考えもしなかった。

 それとも、相手が仁狼君や鈴乃ちゃんだからかね?

「そりゃ、そうなんだが……だったらもし仮に本当にケガが治って、またバスケが続けられる方法があるとすれば、おまえどうする?」

 仮に……なんて、考えるだけムダだわ……そんなこと、考えたくもない。

 ほんとにそんなことができるなら……。

 ほんとにそんなことできたとしても……。

「そんなのあっても今さら頼んだりしないわ。わたしにとってバスケは一生の思い出にすることに決めたの。

 わたしはわたしなりに精一杯、後悔しないほど本気で打ち込んだわ……結果的に体がついてこれなかっただけ。

 でも……少し不自由になったわたしの体は、不自由だからこそ一生バスケのこと忘れられない体になったの。

 わたしの不自由さはわたしが本気でバスケに打ち込んだ証明よ。後悔は、してない……し……」

 二人に見られないよう背中向けて、わざとまっ赤に染まる夕焼けの沈む太陽の光感じながら、頬に伝う涙かくして答える……。

 仁狼君が気づいてるか気づいてないか……それはどうでもいい。

 わたしにとってバスケは、ほんとに本気のことだったし、今も過去形なんかで話したくないものだもの……。


「智恵、ちょっと俺の左手見てみろ」

「……な、何よ左手って。何もないじゃない」

 すばやく涙ぬぐって、振り返って強がるわたしの目の前に、仁狼君の手が突き出されてた。

「何のつもり?」

「いいからしばらく見てろ」

「智恵ちゃんお願い……」

 何なのよ、鈴乃ちゃんまで。

 分かったわ、しばらく見てるわよ……何かのおまじない?

 こんなの聞いたことないけど。あれ? そういえば以前、かなぼ〜に同じことしてなかったっけ?


「……まあ、初めはこんなもんか」

 しばらくして左手を引っ込めた仁狼君がつぶやく。

「こんなもんって何よ!」

「気にするな。気休めだが何とかなるだろ」

「わけ分かんないわ。これからは気休めのお見舞いにくるなら手土産の一つも持ってきなさい」

「へいへい、どうせ色気より食い気だろ」

「あんですって!」

「こ、今度くるときは、やのよろしのおまんじゅう買ってくるね」

「やった! さすが鈴乃ちゃん。期待してるわ」

「言ったとおりじゃねぇか」

「ぶーーー!」


 仁狼君が帰ってからしばらくして、かなぼ〜が高足さんに連れられて病室にきてくれた。

 どうしてわざわざ連れられてきたのか聞くと、「……ココ、困ってたコ、たくさんいるから」って。

 そりゃあ病院なんだから困ってる人はたくさんいるだろうけど。

「……ん〜〜〜、違う。そゆコじゃなくて、たくさん困ってたコがたくさんいたから……」

 あんたは言ってることが分かんないわ。人じゃなかったらなんだって言うのよ。も〜、こんな時に通訳してくれる修仁君は来てないの?

「……それより、ちい……バスケット、もうできないの?」

「あ……、あはは……なんか、そうらしね。わたしちょっとハリキリ過ぎたみたい!」

「……ちい……」

 おかしくってしょうがないのに、素でまじめなかなぼ〜の顔見てると、もっとおかしくなっちゃうじゃない。

 ……だけど……。

「そ、そんな気にしなくていいっしょ! ちょっと趣味の一つができなくなるだけじゃないの」

「……そんな簡単なのじゃ、ないよね? ちい……いっしょ懸命だったのに……」

「あー! あー! そこ! 暗くなってる! だいたいわたしがバスケができなくなるだけのことで落ち込んでるなんて思われることが心外だわ。

 わたしは確かにこれまでバスケ一筋に見えたでしょーが、それだけじゃないのよ!」

「……ちい」

 ふだんはとってもニブイかなぼ〜にもやっぱり隠せないかね? それともこの子とは長いつき合いだし、隠せなくなってるのかもね……。


「ねえ、かなぼ〜」

「……ん?」

「あんただから聞きたいんだけど……わたし、ムリしてるように見える?」

「……んーーー。見える。いつものちいじゃない。

 ……スゴく悲しんでるの感じれる」

 はあ……やっぱり隠せないのね……。

 それになんであんた、こんなときだけは鋭くなるのよ。

「……でも、それだけじゃないよ。悲しいのと同じくらい、希望がわき上がってるの感じれる」


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