将来の不安
「すいませーーーん。わたしが引き止めてたんです!」
わたしの大声に看護師さんもびっくりしてる。ん、でもまだ本調子じゃないわ。これくらいの声じゃコートいっぱいに指示出せないのよね。
「いえいえ、田中さんのお話に楽しんでいたのはわたしですよぉ」
動じてないマイペースな高足さんが体温計を受け取って、表示してある数字を見たとたん……。
「あ!」
びっくりしながら声を上げる。
何? 何? どうかしたの?
マイペースの高足さんを驚かせるなんて……。
「ほらほら、田中さん。さっきよりお熱下がってますよぉ。
どんどん良くなっていってる証拠ですね〜〜〜」
「は、はいーーー(ふう……)」
なんだかこの人って、疲れるわ。
結局わたしに出された診断は、あと三回も手術してから少しは歩けるようにリハビリを続けること……一生のあいだね。
それでも足だけで立つことはできないらしい。うまくいっても両手に松葉杖ついての移動くらいならできるって。
聞きたくない、聞きたくないけど……逃げることができない。逃げる足がないわたしにどうすることもできない。ただお医者さんの言うとおりに治療受けて、リハビリするだけ。
死ぬまで一生、永遠に。
ショックで……あまりにショックで眠れそうにないと思ってたけど、まだ麻酔の影響が残ってるのか、夜更けになる頃にはさすがにわたしも眠りに入った……。
次の日は下半身の痛みで目が覚めた。
昨日手術したとこジンジン、ズキズキして、ただ寝てるだけでも痛くて痛くてしょうがない。
枕元にある看護師さんの呼び出しボタンを……って、押したところでどうにかなるわけじゃないわ。
痛いから何とかしてって言われてもどうにかなるもんでもないわよね?
また麻酔とか打ってくれれば何とかなるかも知れないけど……昨日の今日でしょ? 期待できないわ。
そうだ、高足さんがきたら何とかなるか聞いてみよう。それまでは我慢よ我慢……。
で、でも……くううう……。
い、いい、いい痛い……。
時計がたった一分回るのがこれだけ長いなんて思ったこともないわ。
どうなるのよ。
こんなに痛いのどうにかなるの?
「田中さん、検温ですよ」
どれくらい我慢してたんだろう、やっと高足さんが朝の体温計を持ってやってきてくれた。
だけど、この人に言えばほんとに何とかなるかしら……。
あれ? 考えてなかったわ。
「こ、高足さん……き、昨日の手術したとこ……痛くてたまらないの……その、何とか、ならない……」
脂汗流しながら聞くと、彼女はパチパチ瞬きして二回うなずく。
何? 何とかできるの?
「もう一度麻酔すれば楽になりますけど、そのぶん麻酔に対する抵抗力が増す上、治りが遅くなりますけどいいですか?」
「いい、いい! 何でもいい! この痛みがどうにかなるんだったら遅くってもいいわ。治るより先に、気がどうにかなりそうなのよ!」
「あらあら、それなら大丈夫ですよ〜。この病院にはちゃんと精神科もありますから」
「そう言うことじゃなくて〜〜〜!」
冗談かと思ったら、高足さんてば本気……思わず痛みも吹き飛びそうになるわ。狙ってる……わけでもなさそうだし。
わたしの叫びに母さんがようやく起きて、オロオロする。
「はい、じゃあ、お薬はまだわたしの判断で使えないから少しだけこうしますね」
何がどうなったか分かんないけど、高足さんがわたしの足に向けて手を伸ばすと、手のひらが当てられたところから痛みが和らいでく。
何がどうだっていいわ。
とにかく痛くなくなりさえすれば、もうオカルトでも何でも信じちゃうんだから。
「ほら、昔からケガには手当って言われてるでしょう。昔は手を当てることでケガを治していたのかも知れませんね〜」
「だからってフツーそんなことは……」
「普通じゃなくていいですよ。これはわたしが子どもの頃から母がよくやってくれてたことなんですよ。
だから当たり前みたいに思ってました。今は娘にもやったりしているんですよ」
高足さんの母さんから……う、そうだわ、よく分からないけど、これは懐かしい気持ち。何も考えなくても、ただ頼っていれば心配なんて何もなかった……歳を取るほどに忘れていった懐かしい気持ち……みたい。
「はい。お熱計れますか?」
体温計を受け取った……って、わたし、からだ起こせてるわ。
隣に立ってる母さんが、どう言っていいか分からない顔しながら見てる。わたしにもなんて言っていいか分からないわ。
だけど、理屈じゃ絶対分からないこの感覚……高足さんから感じた思いに、記憶には上ってこない、もっともっと深いところから、ずっと昔感じた気持ちは確かに母さんからも感じていることを思い出した。
昼になって、痛みが引いて楽になったわたしは、贅沢にもヒマを持て余してた。だけど、考えてみるとこれからわたしってずっとヒマになるのかね?
ぜんぜん歩けないんだから、まともに就職……。
あ!
わっすれてたあ〜〜〜!
わたしってばバスケで就職先だけ決まってたのよね。バスケだけしてれば安心だったわたしは、他になんにも取り柄ないじゃない。
どうすっかな〜〜〜。
どうすっかね〜〜〜。
ほんと……わたしってば、バカよね……。
これまでの人生ってなんだったのかしら。
バスケに必死で打ち込んで、バスケで自分の居場所作って、バスケで一生暮らして行けるなんて考えてた。
それができなくなったとき、どうするかなんてぜんぜん考えもしないで。
スポーツって残酷なのね。
できるあいだはいいけど、できなくなったとたん、どうすればいいかぜんぜん分からなくなる……。
もしこのまま社会人チームに入社してて途中でこうなったら、どうなってたんだろ。生きてく気力もなくなってたのかも知れないわ。
だけど今は……今は……まだ重大すぎて、わたしの頭じゃ考えられないのよね。
はあああーーー。
これでわたしも鈴乃ちゃんみたいに頭が良かったりすれば、ほかの道でも見つけられるんだろうにね。
さっすがにムリだわ。