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踏み出す一歩  作者: 吉川明人
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現実の状況


「もう! そんなにジラさないでいいわよ! もう歩けない? 一生車椅子の生活!」

「う……」

 唸っただけで声を詰まらせる……まんまわたしが今言ったこと肯定されちゃったじゃない。

 あははは……なんせ十七年もつき合ってるから、おたがい隠せないのよね〜〜〜。

「でも智恵……リハビリをちゃんと受ければ少しは良くなるってお医者さんも言ってらしたから」

「少し? あんまり変わらないんじゃない。ちゃんと歩けるのとそうじゃないのって」

 自分で当てておいてなんだけど、どうしていいか分かんないわ。

 これからわたし、どうすれば……。

「だ、だから智恵……だからこそ責任の所在を明らかにしてだな、今後の補償をどうしていくのか、今から考えていかないといけないんだ」

「責任の所在? 今後の補償? そんなことより、わたしもう歩けなくなるんだよ。

 どうしてそんなこと冷静に考えられるの? わたし歩けなくなるんしょ? わたし……」

 二人とも黙って目をそらせる。

「二人とも……しばらく、一人にしてくれる……?」

 さすがに二人は何も言わないで病室から出ていった。

 石膏でカチカチに固められた足なでながら、何考えていいか分からない。

 やっぱショック大き過ぎよ。でも……覚悟してたからかな、不思議ともう、涙出ないわ。

 右足と……左足……。

 あんたたちさすがにムリさせたわね〜。

 使えなくなるまで働いてくれたんだもんね〜。ごめんね〜、謝っても遅いけど、ごめんね〜。

 謝って治ってくれるんだったら、わたし一万回でも謝るのに。

 ほんとにもう遅いよね……ずっと分かってたのに。

 分かってたのに。

 分かってたはずなのに……。

 固められた足見るのつらくなって、枕元に置いてあった優勝メダル手に取って眺めるうちに、去年のこと思いだす……。

 去年初めて全国優勝したとき……嬉しかったな〜。ウチの高校始まって以来だったもんねー。

 来年も優勝しようって、みんなで張り切って練習して、みんなが終ったあとも、わたし一人残って練習してたのよね〜。

 よくトモちゃんに怒られたな。

 でもあの頃からかな……足の痛み気づいたの。最初は気にせずに毎日練習するうち、どんどん痛くなってくるから病院行ったら……バスケ止められた。

 だからもう病院には行かないようにして……痛みが我慢できなくなって、違うお医者さん行ったら、すぐ止めないと手遅れになるって言われて自分でテーピングしてクスリ塗って何とか持たせてたもんね〜〜。

 今日の試合を最後に引退するつもりだったのにな……歩くことまで引退しちゃうなんて、ちょっと早過ぎだよ〜〜〜。

 みんなの書いてくれた寄せ書き手に取ると、みんな好き勝手書いてくれてるじゃない。


『私から逃げるためにケガするなんて許さないからさっさと治して退院しなさい!』

 モリやんめ、何度やっても返り討ちにしてあげるわ。ミヤちゃんも似たようなもんね。

 まったく同学年のやつらってば、病人を励まそうって気あるのかしら。

 それよりどうよ、後輩たちの可愛いこと。

『田中先輩早く良くなって、また指導して下さい』

『早く元気になってください。先輩の元気な姿が早く見たいです』

 そうそう、フツーはこうやって病人を励ますものよ。

 ……でも、もうその期待に答えられそうにないな……。

 あれ? 寄せ書きの下にもう一枚……あ! これ、か。

 今年ももらえたんだ……MVPの賞状。

 まあ、わたしの活躍からすれば当然だったんだけどね。二年連続か……両足と引き替えってとこ?

 う〜〜〜〜〜だめね。マイナス思考に走ってるわ、賞は賞、足は足よ。

 でも『歩ける』ってなんだったんだろう。

 毎日当たり前に思ってた。

 歩けること、走れること、跳べること……。

 みんな、この足ががんばってくれてたんだ。

 わたし何も思わなかった。そうなるかもしれないって言われてたのに、何も思わなかった。

 ううん。考えるの恐くて考えを放棄してた。ほんと、バカよね〜〜〜。


「田中さん、体温計の時間ですよ〜」

 後悔してると看護師さんがやってきて、体温計を渡してすぐに出ていく。

 あの人もわたしが歩けなくなるの知ってるんだろうけど、どう思ってるのかね? 若いのにかわいそうとか思ってるのかね?

 なんだかなあ……。

 体温計見ると……あら? 何これ、8度2分も熱あるじゃない。こんなにあったら体ダルダルになるはずなのに、どうなってるのかしら?

「お熱どうでした?」

 看護師さんが戻ってきた。

「8度2分っ……と」

 なんてことないように記録してる。

「わたしこんなに熱があるけど、どうして?

 体ダルくないのに」

「骨折すると体は発熱を起こすんですよ。

 だけど麻酔の影響が残っているから熱いのとか痛いのとかにニブくなっていて平気なんですよ〜」

「は〜〜〜便利ね麻酔って。痛いところどんどん麻酔しちゃえば痛みなんてなくなるわね」

 心にも効く麻酔でもあれば、辛いことなんてなくなるんだけどな……。

「どんどんすると、どんどん慣れてしまって、どんどん効かなくなるんですよ〜」

「なんだ、不便なんだ」

「不便だけど、便利なんですよ〜。そうそう、お酒なんて全身麻酔みたいなものだけど、どんどん慣れてしまうと麻酔しなければならない時に効きが悪くなって大変なんですよ。

 田中さんは未成年だから今のうちにお酒は呑まないようにしておくほうが将来病気のときに便利ですよ〜。

 はい、それじゃゆっくり休んでくださいね〜」

 一人で話してスタスタ出ていく……ちょっと不思議な人。

 名札に『高足』ってあったけどなんて読むのかしら?

 午後の体温計はかりに来た時に尋ねると、「こうたり」って教えてくれて、結婚する前(結婚してた! スッゴく若く見えてたのに!)は、高橋だったからちょっとややっこしいのよ〜〜と笑った。

 なんてやってると、看護師さんの中でも偉い人がやってきて、高足さんを見つけてしまった。

「検温は終りましたか?」

 ちょっとトゲのある言い方。これってやっぱりわたしのせい?


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