あの時の羨望
夢の中でわたしは、悲しかったこと、楽しかったことみんなふくめてわたしの思い出の中からはぎ取られるみたいに、どんどん、どんどん……もうわたしがどこにいるのかも、よく分からなくなっていく。
幼いころ、わたしは病気がちだった。
体も小さくて運動もうまくできなくて、家でいつも一人で遊んでたわ。
あのテレビ見たのいつだったかな。
画面の中で大きな人たちが走り回って、ボールを取り合ってるの。
それだけでも勢いに圧倒されて、うわーって見てたのに、選手の一人がゴールを決めたとき、わたしはその姿に感動して目が離せなかった。彼が空を飛んだように見えたの。
そのとき、わたしはバスケットをやれば、いつか空が飛べるようになるんじゃないかって信じちゃったのよね……。
単純だわよねえー。
横にいた兄キに、これが何なのか、どうやったらできるのか聞いた。
そんなこと言い出したの初めてだったから、目を白黒させながら、バスケットボールって名前と、市の子どもスポーツ教室に聞けばいいんじゃないかって教えてもらって……あのときも、父さん大反対したのよね。
わたしや兄キのすることなすこと反対したんだから。
でも、母さんや兄キのおかげで何とかチームに入ることができたけど……現実は正直だった。
それまでぜんぜんスポーツなんてしたことなかったわたしは、メンバーどころか補欠にも入れなかったのよ。あとから入ってくる体格のいい子たちにどんどん追い抜かれていくし。
何度バスケットもうやめようって思ったかしれないわ。でも、励ましてくれたのよね……あのころ三歳年上の中学生だったチームの大嶋先輩が。
身長も高くて運動神経もよくて、チームのキャプテンだった。ありきたりだけど、わたしは……わたしだけじゃなく、みんなの憧れだったもの。そんな彼に励まされたんじゃ、がんばらないわけにいかないじゃない。
必死で練習したわ、本当に必死で。そしてとうとうチームのメンバーに抜擢されたとき……嬉しかった。本当に嬉しかった。
もう中学を卒業して高校生になってる先輩に、その嬉しさを伝えたくて、スポーツ教室の住所録調べて家まで行ったっけ?
ショックだったな〜〜〜。
大嶋先輩ったら高校中退してスッゴい恐い人になってたの。バスケットのコートで輝いてたあの頃の姿なんて、見る影もなかったわ。
だけど、わたしのことだけはどうしても伝えたくて、怖かったけど先輩にそのこと話すと……無視された。
聞きたくもないみたいに無視して、他の恐い人たち引き連れて、どこかに行っちゃったきり、もう会ってない。それっきり、どうなったのかも分からない。
ウワサだと警察に捕まったとか何とか、いっときウワサが流れたことあるけど……できることなら、そんなことにだけはなっていて欲しくない。
どんなに変わってたとしても、わたしにとって初恋みたいな気持ちを持った人だから……。
だから……もう忘れよう。すっかり変わってしまった先輩なんていない。わたしの中には、子どもの頃に見た、輝いてる姿の大嶋先輩しかいないの。
ずっと昔に、まだわたしが純粋……って言ったら聞こえはいいけど、
ようは、なーーーんにも知らなかったウブな頃のハズかしい夢と一緒に麻酔から醒めると、
あら?
何よこれ?
足から下カチカチに固められてて体動かせない。
うーん……。
うーん…………。
苦しいよ〜!
「あ、智恵起きた?」
母さんがいた。
枕元には全国大会優勝のメダルとおっきな花束、それにバスケ仲間がみんなで書いてくれた寄せ書きが置いてある。
みんな、来てくれてたみたい。
わたしのこんな姿見られたかな?
いっそ寝ててよかったわ。
「ずいぶんムリしていたらしいな。学校はどんな指導をしていたんだ? こんなことになるまで、どうして気がつかなかったんだ!」
……ふう、父さんもいる〜。
どうせわたしが寝てるあいだにトモちゃんにひどいこと言ったんだろうな。まったく、わたしの立場も分かってよね。
「あなた、病室でそんな大きな声出さないで」
「病室だろうが、どこだろうが関係ない。
智恵、わしは断固として学校の指導方針についての責任を追求してやる!」
「父さん、こうなったのはわたしが練習し過ぎただけなんだから、学校のせいじゃないよ」
「何を言うんだ、それなら練習し過ぎる生徒を放っておいた指導に問題がある。あんな久保とかいうやつじゃ話にならん!
わしは断固抗議してやる。絶対に責任の所在を明らかにしてやるからな!」
……やっぱりトモちゃんってば、何言われたんだろう。考えたくないなあ……。
「だからー、父さんにそんなことされるのが一番迷惑なんだけどな〜〜」
「智恵、お前はまだ子どもだ。ことの重要性が分かってない」
まあったく、いつまでたっても子どもだ子どもだって……そりゃあ、兄キが出て行きたくなる気持ちも分かるわよ。
わたしも……そりゃ、どこまで行っても父さんから見れば子どもには変わらないんだろうけど、父さんが思ってるみたいに、いつまでも親の所有物じゃないんだから。
ほんと、子離れしない親持つと大変よね。
「このまま、なあなあで卒業すれば、一生背負うことになる障碍に誰がどう責任を取ってくれるんだ。
社会はそんなに甘いところじゃないんだ」
「あ、あなた……」
父さんの言葉に母さんがあわて、父さんも何か『しまった』って顔した。
それってやっぱり今言ったことしか考えられないよね?
やっぱそうなんだ。
まいったな〜。
「で? もう遅いわ、わたしどうなっちゃったわけ? 父さん自分で言ったんだから最後まで責任もって、自分でちゃんと言う!」
ほんとならここでビシッと指差したいんだけど、体が動かないからしょうがない。
父さんは口をへの字にして黙り込む。
「なに? いつも誰かの責任ばっか追求してるくせに、父さんも都合が悪くなったら逃げるの? それじゃ言ってることとやること違うっしょ!」
「何だと……!」
「智恵、あのね……」
「いや! わしが言う」
話そうとした母さん止めて、父さんが一歩近寄っておっきく深呼吸。
……もう一回深呼吸、もう一回……。