突然の絶望
試合終了を告げるホイッスルが響く直前、最後の力をふりしぼって投げたスリーポイントシュートが決まった。
インターハイ女子バスケットボール、奇跡の逆転優勝!
「やっっったぁ!!!」
感激しながら着地した足は、ピシッ! という甲高い世界の終わりを告げる音を響かせながら、激痛と暗闇を運んで来た。
わたしのバスケ人生は、その瞬間……終わった。
以前からずっと病院の先生から警告されてた。でも、わたしからバスケ取ったら何もない。何していいのか分からなくなる。
いつかこうなることは分かっていたけど、それは『今』じゃないと思ってた。本当はそう思っていたかっただけなのに、よりによって、たった今やってくるなんて。
「智恵!」
「田中先輩!」
「大変! 早く救護室に!」
声も出せず激痛で倒れたままのわたしの周りに集まるチームの仲間、顧問の先生。
本当ならみんなで優勝を喜んでるところなのに、わたし、台なしにしちゃった。
担架で運ばれながらうす目を開くと、客席のかなぼ〜たちもわたしのこと心配そうに見てる。
あはは……ハズかしいとこ見せちゃったな。
会場の医務室で痛み止め受けて、近くの総合病院に救急車で運ばれた。
聞かなくても検査結果は……分かってる。
「田中、大丈夫か? これまでずいぶんムリばかりしてたからなあ」
つき添いで来てくれた顧問の久保先生が、診断結果を待つあいだベッドの隣から話しかけてくる。
「何言ってんの先生、確かにさっきまでは痛かったけど、痛み止めのおかげでもうぜんぜん平気よ」
「そ、そうか。決勝までずっとおまえは連戦だったからな」
「そりゃそうよ! なんたってわたしがいないとウチのチームは勝てないっしょ!」
「今のセリフ守野と宮岡にも聞かせてやろうか?」
「あったり前よ。最後の逆転ゴールはわたしが入れたんだし、こっちは今日の試合で引退なんだから」
「勝ち逃げか。田中らしいな。ははは」
なーんてね。
モリやんにミヤちゃんがいてくれなかったら優勝なんて絶対できなかったわ。
最後のシュートだってミヤちゃんがパスしてくれて、モリやんがブロックしててくれたからできたんだもの。
先生が笑ってると、看護師さんがわたしの名前を呼んだ。
「車椅子、押してやろう」
「お願い。今日はかつがなくていいから楽ね」
「まったく。毎日動けなくなるまで練習するやつなんて、うちの学校じゃ初めてだぞ。
まあ、おかげで他の部員にいい刺激になってここまで来れたんだけどな。よくやったな田中。
二年連続全国大会優勝おめでとう」
「ありがとう先生……ご褒美に一つお願いしていい?」
「なんだ? 俺にできることなら何でもやってやりたいが、あまりムチャは言わないでくれよ」
「簡単なこと……約束して欲しいだけ」
自分で分かってることなのに、恐い……嘘だったってことになってくれればどんなに嬉しいか。
「どうした? 何を約束すればいいんだ?」
「これから聞く診断結果……しばらく誰にも話さないでおいて欲しいのよ。特にチームのみんなにはまだ知られないように」
「どういうことだ? 田中、おまえ何か隠してるのか?」
「……すぐに分かるよ、ホラ」
診察室に入ると、病院の先生が眉をしかめながら、見覚えのあるわたしのレントゲン写真眺めながら座ってる。
「保護者の方ですか?」
「いいえ、つき添いの顧問です」
先生が先生に尋ね、病院の先生は……って、ええい! めんどくさい! 病院の先生は先生、久保先生はいつもどおり朋行だからトモちゃんでいいわ!
「そうですか……学校ではこれまでどんな指導をされていたのですか?」
「は、指導ですか?」
「ご本人を前にして言いづらいのですが……」
「先生!」
先生とトモちゃんの両方がわたしを見る。
「そうじゃなくて、病院の先生のほう」
「な、何ですか?」
「わたしが隠してたんです。学校の先生にもチームのみんなにも……いつかこうなること、本当はうちの近所の病院の先生にも言われ続けてたんだけど……ずっと、隠してたの」
「何なんだ田中、隠していたって?」
トモちゃんの質問に答えないで唇噛んで首を振るわたしに、先生はため息ついてから……分かっていたこと話し始める。
「……これまでバスケットボールなんて激しい運動を続けられたこと自体、奇跡と言えるでしょう。ご本人が承知されているのでしたら、はっきり申し上げます」
来た。
死刑の宣告。
インフォームドコンセントってやつで聞いて知ってる。
患者への説明と理解って残酷よね。治るんならいいんだけど、治らないものまではっきり説明してくれるのって。
『あなたはもう現代の医学では助かりませんからあきらめて下さい』なんてこと、例え遠回しにでも言われたら絶望するもんね、フツー。
「両ヒザ靭帯の切断。足首の捻挫とその関節の軟骨がほとんどすり減っています。
また背骨に二個所の粉砕骨折があり、両足とも太ももからスネにかけての骨に過労による微細骨折が著しい。
相当長期間に渡って激しい負担がかかったものと思われます。この状態では、これから先バスケットボールどころか、日常生活にも支障をきたす恐れがありますよ」
判決が下りた……。
恐れがあるなんて言ってるけど、わたし知ってる。
スッゴい手術しても完全に治らないことも、一生車椅子の生活が待ってることも。
トモちゃんは何も言えずにわたしの顔見てる。
「……ほらトモちゃん! だから頼むわ、さっきの約束!」
「……あ、ああ、ああ……」
わたしはそのまま入院……ともかく手術に強制連行されていく。
たぶん手術受けてるあいだにチームのみんなが集まってくれると思うけど、トモちゃんったらうまくごまかしてくれるかな?
ちょっとあやしいわね。
嘘つけそうにないもんねー。
単純だし。
あははっ……おかしい。
おかしいわ、おかしいことなのに……前から分かってたことなのに、どうして涙出るの?
こんなのわたしらしくない。
涙なんか出ないで、涙なんか……。
手術台に寝かされ、口に全身麻酔用の器具があてられると、わたしはストンと眠りに落ちてく。