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夜と布団と枕戦争

 山中先生の拳骨をくらったあと、俺は誰よりも早く優希と男湯に向かっていた。風呂は、30人で一組。30分交代だ。


 皆と一緒に風呂に向かうとほぼ100%女だという事がバレる。それだけは避けたい俺たちは素早く頭と体を洗いはじめた。


「飛鳥君もう僕洗い終わったよ? 早くお風呂から出ようよ」


 優希がこっちに近づいてきた。呑気なやつだ。


「俺は髪が長いし、胸が大きいから時間が掛かるんだよ。お前と違ってな」


 だが、髪を切るつもりはない。俺は自分の顔には髪が長い方が似合うと思うからだ。女になっても俺は自分の身だしなみにはこだわる。


「僕だって好きでこんな変わり方したんじゃないもん!」


 俺の背中を叩く優希。中々に痛い。


「ほら、洗い終わったぞ」


 俺は体を洗い終わり、優希と共に風呂場を出ようとした際に悲劇は起こった。


 何と、他の男子達が脱衣所まで入って来たのだ。俺は優希の手を引っ張り浴槽に飛び込んだ。口が湯につくぐらいまで深く浸かり、さりげなく胸を隠す事にした。入口の扉が開く。


「おっ! お前らもう来てたのか!」


「笑顔で入ってくるのはいいけど前くらい隠せよ」


 耳に響く大声で入ってくる武。続いて他の奴らもぞろぞろ入ってくる。その中でもタオルを巻いているのは翔一だけだった。


「……どうしよう、飛鳥君」


 不安そうに俺の手を握る優希。本当に元男なのか疑いたくなる。


「どうするって……こいつらが全員出ていくのを待つしかないだろ」


 そんな会話をしていると武が浴槽に入ってきた。


「飛鳥、お前今日何時まで起きとくつもりだ?」


 こんなたわいない会話をしている武だが、まさか隣に女が二人も同じ湯に浸かっているとは思わないだろう。それを知ったらまた赤いバラを咲かせる事になりそうだ。


「今日はずっと起きとくつもりだ」


 今日、明日と一度も寝ないで少しでも危険を減らしてやる。


「へえ〜……なら、俺もずっと起きとくかな!」


 ……ま、一人で夜を過ごすよりは寂しく無い分良いか。


「そ、それよりお前はまだ上がらないのか?」


 出来るだけ早く出てほしい。それが俺の切実な願いだった。


「俺? まだまだ上がらないぜ。少なくともここにいる全員が浴槽に入って来るまではな」


 まだまだかかるじゃないか。……そういえば俺達が女になったのも風呂場だったな。何で女になったかはまだわからないけど必ず、かならず戻って見せる。


「しっかし、飛鳥君って細いよねぇ……」


 俺に話しかけてきたのは半田 俊郎。クラスでも一、二を争う嫌われ者だ。

身長は優希より低い割に体重は優希の三倍はあり、髪はおかっぱ。ついでに非常識かつ変態かつオタクである。俺も皆程では無いがあまり好きじゃない。嫌いでもないけど。


「肌も綺麗だし…」


 そう言うと俺の太ももを指でなぞった。


「……んにゃ⁉︎」


 なんか変な声が出た。すると、皆の間に流れる空気が一変した。


「半田ぁ! てめえ飛鳥に何してんだ!」


 男子達が一気に半田に詰め寄る。こういう時には頼もしい奴らだ。半田に男子達が群がっておかげで出口への道ががら空きだ。

それに、助けてもらったこいつらには悪いけどここから脱出するには今しか無い。チャンスだ。


「おい、優希。今のうちに逃げるぞ……!」


 俺は小声で優希に呟いた。


「え? う、うん」


 こうして俺達は浴場から脱出する事に成功したのだった。難関その一クリア、だな。


次は浴衣だ。あいつらが風呂から上がる前に素早く着なきゃいけない。

俺は浴衣を着ると一時間後には、はだけて浴衣では無くなっている。その時は男だったから良かったものの今は女。そんな姿をあいつらに見せる訳にはいかない。


「帯を強く締めて……サラシ巻いて……よしっ」


 浴衣を着て、先に部屋に戻ろうとすると優希が悲痛の声をあげていた。


「うー、飛鳥君……帯が絡まって解けないよ」


 優希はどうすればこうなるのか教えてほしいぐらいの絡まり方をしていた。足と手が後ろで絡まっていてなんというか……とても刺激的だ。と、取り敢えずあいつらが来る前に解かなければ。


「あ、ありがとう飛鳥君」


「はい、帯締めるから手上げろ」


「うっ……強くしすぎじゃない?」


「知らん。姉さん曰くこっちの方がいいんだって」


 優希に絡まっている帯を解き、帯をきつく締め、俺たちはとにかくダッシュで部屋に帰った。


 俺達の部屋は60人でひとつの超大部屋である。布団を部屋いっぱいに並べてギリギリってぐらいの部屋の広さだ。少し扱いが酷い気がする。


 俺と優希は何があっても大丈夫なように隣同士になるように布団を敷いた。


「はひー……気持ちいい」


「飛鳥君、こってるね。最近何か重いものでも持った?」


「姉さん」


「……殺されるよ」


 そしてしばらく優希にマッサージをしてもらっているとあいつらが帰ってきた。


「帰ってきた途端なんだこの光景は……眼福眼福」


「風呂に入った後の飛鳥は色っぽいなぁ。正直興奮する」


 俺と優希を見て個々の意見をぶつけ合う男子達。……やっぱり俺はこいつらの将来が心配だ。


「お、男の子の体を見てこ、興奮するなんて皆、変態さんだよ!」


 おお、優希なりの渾身の反撃だ。珍しい。


「ゆ、優希……もっと俺を罵ってくれ!」


 もうやだ。この学年。こいつらが怖くなってきた俺と優希は翔一の背中に逃げ、しがみついた。優希に関しては既に震えている。


「ひっ……そんな言葉言えないよ……ご、ごめんなさい!」


「君達、もうやめなさい。城戸君が完全に怯えきっていますよ。というか、二人は男ですよ?」


 どうやらこの学年に味方は翔一しかいないようだ。


「み、皆怖いよ。どうして僕にいじわるばっかりするの……駄目なところがあるなら直すからさ」


 あ、駄目だ。優希が泣きそうになっている。だが、実際優希はいじめるではなく、いぢめたいオーラが漂っているのだ。 いぢめた代償は大きいが。


「ぅぐ……す、すまん」


 そう、泣きそうな優希を前にして謝らないやつはいない。それ程に心が傷むのだ。


「ほら、皆も謝ってくれた事だし、泣くな優希! 泣かないで!」


「ぐすっ、うん……」


 なんとか泣かずに済んだようだ。危ない。危ない。優希は性格まで女みたいだ。


「そういえば半田はどうなったんだ?」


 そう、憎きあのおかっぱ野郎だ。俺の脚を触るなんて五百年早い。


「ああ、あいつ? あいつなら山中先生の部屋に裸で放り込んどいた。今頃脳震盪でも起こしてるんじゃねえの?」


「……やりすぎじゃねえか?」


 さすがにあいつが悪いとはいえ、山中先生の部屋に放り込むなんて無事では済まない。


「飛鳥の脚を触ったんだ。これくらいの代償、軽い方だ」


 おかしい。こいつらは俺を男だと思っているのに、何で女みたいな扱いをしているんだ? 本当に目覚めたのか。


「お前ら……俺は男だぞ?」


 すると、武は俺の肩に手を置き語り始めた。


「それは承知の上だ…でもさ、目の前にトップアイドルより可愛い男が二人もいるんだぜ? そりゃあもう。男だとわかっていても衝動を抑えられない訳よ。なあ皆」


 すると後ろで大勢の男子が頷く……まさか、俺が間違っているのか?


「て事で俺、布団飛鳥の隣で」


 笑いながら俺の布団の横に布団を敷く雄二。


「は? 何考えてんだ! その権利は枕投げで最後まで勝ち残った奴が手にする権利だろう!」


雄二の布団を蹴飛ばす武。


「え、俺個人としては翔一が良いんだけど」


 部屋中の空気が凍りつく。翔一ならもし寝てしまった時も安心出来る。


「え、それなら僕も久保君が良いかな」


 部屋中の空気がさらに凍りつく。優希も同じ考えだったようだ。


「何故だ! 結局顔なのか!」



 違う。安心できるか、できないかの違いだよ武。そこんとこはわかっといてもらわないと。


「それなら、こっちも決闘だ優希! 負けた方はおとなしく他の男子を横に迎える事!」


 俺は優希に宣戦布告した。


「何で勝負するの?」


 二人で枕投げは悲しいし虚しい……どうしよう。


「ん〜……色気?」


 これなら俺が絶対に勝てる。


「却下。そんなの僕が負けるのは目に見えてるよ! ジャンケンにしよう!」


 そう言って無理矢理事を進める優希。やはり相当他の男子が横は嫌なのだろう。


「ジャンケン……ポン!」


 威勢良く勝負に挑んだ俺だったが…負けてしまった。これで翔一は優希の隣だ。


 俺達がこんな事をしていた頃、向こうでは壮絶な戦いが繰り広げられていた。周りで倒れる奴らからは呻き声が聞こえる。残っているのは……


「まさかお前が残るなんてな……」


一人は雄二。もう一人はというと


「その言葉、そのままお前に返す」


 二年生にも関わらず生徒会長を務める男、西園寺 誠哉である。

顔だけみると男の時の俺並みだが……性格が少しアレな奴だ。実は、こいつだけは俺が男の頃から求婚を繰り返してきたモノホンだ。


「待っていろ五十嵐 飛鳥。この俺、西園寺 誠哉がすぐそっちに行く」


「いや、飛鳥の隣で夜を過ごすのは俺だ」


 枕を持ち構える二人。俺はどっちでもいいからとっとと終わらせてほしい。


 そして10分後、俺の隣には西園寺が陣取っていた。


「五十嵐 飛鳥……俺の、伴侶にならないか?」


 ……前言撤回。やっぱり雄二の方が良かった。


「遠慮しとく。後近い」


 で、その雄二はというと、女々しく部屋の隅で啜り泣きをしていた。


「うっ……うっ……ぐすっ」


 そして、優希&翔一は


「むにゃ……」


 優希は翔一の腕に引っ付き呑気に寝ていた。


「城戸君は男。大丈夫だ、落ち着け久保翔一……」


 そして、まさかの翔一まで優希が女に見えたのか、緊張して眠れないでいた。


「ああ、もううっとおしい! 寝むれないだろ⁉」


「はっはっは、照れるな五十嵐飛鳥。心の中では嬉しいのだろう?」


「嬉しいわけねえだろ! あ、こら、抱きつくな馬鹿!」


 ……それぞれの夜は長い。

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