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電車と体育と男子達

 俺と優希は普段電車で学校に通っている。何回も電車に乗り遅れて遅刻した事もあって、徒歩や自転車で学校に行ける近さの奴を羨ましく思った事もある。


 そんな事もあって今日も朝の変装の準備で遅刻しそうな俺達は急いでいた。


「急げ優希! 遅刻するぞ!」


 俺は周りの目も気にせず電車に駆け込んだ。優希も頑張って追いかけてきている。


「はぁ……はぁ……もうっ、速いよ飛鳥君」


 優希は凄く息切れしている。俺は寧ろ体が軽くなって良い気分だ。そして俺達が駆け込んだ後スーツ姿の男達が次々流れ込んでくる。


「うぇぇ……男臭ぇ」


 そう、この時間帯はむさ苦しい男が多くなる。通勤ラッシュって奴だ。これだから電車は嫌いなんだ。


「飛鳥君、男臭いなんて言っちゃ駄目だよ。この人達だって頑張って働いてるんだから」


 背伸びをして俺の頭をぺしっと叩いてくる。いちいち仕草が可愛いな、こいつは……ウチの学校に男好きが多いのもわからんでもない。


「はいはい。悪かったな」




 電車に揺られること十分。ある事件が起きてしまった。


「……優希がいない」


 さっきまですぐ隣にいたはずの優希の姿が消えてしまっていたのだ。

そこで、狭い視界の中から周りを見渡していると、優希は電車の隅の四角い所にいた。なぜだか、顔が赤く染まっている。


「……ったく、何やって……」


 少し様子を見ていると、優希が少し何かに抵抗しているような気がしてきた。

さらにじっと見ていると、優希が服の上から体を触られているように見える。


「ちょっ、ごめんなさい通ります……すいません」


 満員電車によって出来る人の壁を押しのけて優希の方へと進んでいくと、やはり優希の股の間で男のぶ厚い手が伸びている。

あれは……恐らく痴漢だ。おとなしそうな優希に目をつけたんだろう。しかし……いくら女顔でも男子の制服を着てる奴の体を触るなんてこのおっさんあっち系なのか? まあいずれにせよ、とりあえず助けないと。


「ぁ……っ……や、やめてください。こんなところ触っても何もありませんよ……っ」


「……おい、あんた。何やってんだ」


「あ、あすかくん……きづいてくれたんだね!」


 涙声でそう喋る優希。こんな可愛い奴を泣かす奴は許さん!


「な、何もやってねえよ。人が多いからたまたまここの位置に手が来てただけだ」


「は? 嘘をつくな嘘を……次の駅で降りてもらうぜ――」




「なあ、優希」


「な、何? 飛鳥くん」


 少し小さめの歩幅で歩き此方を見上げる優希。可愛いなぁ。だがしかしこいつは優希。俺の友達だ。そんな目では見れない。そもそも、俺は誰かと恋人関係になるのは不可能だ。


「お前は優しすぎる。あの手の男がやめて、なんて言っても聞くわけないだろ」


「で、でも……僕が声を上げちゃったらあの人の人生にも関わってくるし」


「はぁ……ま、お前がそう思うならいいけど、また俺の目の届く範囲でお前が変な事されてたり、させられてたりしたら……俺は助けるからな」


「……うん。ありがと」


 照れ臭そうに小さくそう言った優希は、俺にとってどんなアイドルよりも天使に見えた。


「お、おう……そ、それじゃ気持ち切り替えて少し走るぞ!」


 俺は優希がついて来れるスピードで、軽く走って学校に向かった。


「ふう……ギリギリ間に合うか?」


 俺たちが通う不知火高校は8時25分になると校門が閉まる。その為、絶対に遅刻する訳にはいかないのだ。


「そうだね。僕、もうダメかも……」


 優希は200mほど走っただけで息切れしている。なんてスタミナだ。軟弱な。


「……さて、もう学校はすぐそこだ。がんばれ優希」


 優希は何かを訴えるような、小動物のような目で見てきたが、俺は目を逸らしてまた歩き始めた。


「飛鳥くんの鬼……悪魔」


 愚痴を漏らしながらでもなんだかんだでついてくるのが優希の長所だな。


 そんな事を考えながら、前を見ると一人の巨大な男がいた。


「あ、あれは……山中先生……⁉」


 校門の前に立つ2mはある巨漢の名は山中 哲治。化け物じみた強さを誇り、常に鬼のような形相をしている事と、その強さから、不知火の鬼という異名を持つ男だ。


 この男のおかげで不知火高校の生徒も比較的大人しい。


「五十嵐、城戸! あと10秒で校門閉めるぞ!」


 そ、そんな⁉ 酷い、酷いよ先生! 俺たちは最後の力を振り絞って走った。しかし、非常にもその門は閉ざされた。


「さーて、二人共遅刻だな……覚悟は良いな?」


 山中先生の拳骨は下手に喰らえば脳震盪を起こす可能性もある。それほど危険な存在なのだ。山中先生は。しかし、遅刻してしまったからにはもう遅い。


「はい……」


 おとなしく鉄拳制裁を待とう。


「大丈夫だ。お前らが女になった事は教師は皆知っている」


「せ、先生……!」


「ま、俺はお前らが男だろうと女だろうと同じ罰を与えるがな」


 やっぱり鬼畜だ。普通女なら手加減してくれたりしてもいいよね。


「ふんっ!」


 俺の頭の中に鈍い音が響く。こんなに痛かったかな? 涙が滲み出てきた。女になって涙腺も緩くなり、打たれ弱くなったみたいだ。


「うぅ……いったぁ……い」


「この痛みを忘れるな。そして二度と遅刻しないよう、精進する事だな」


 横で優希が頭を抱えて苦しんでいる。向こうも半泣きだ。


 不知火の鬼は俺たちを教室まで担いで行ってくれるみたいだ。やはり、ほんの少しだけ、山中先生も優しくなっていたみたいだった。



 教室に運ばれた俺たちと最初に遭遇したのは昨日俺を置いて先に帰った、佐藤 武。

クラスに一人はいるムードメーカーだ。


「おっす! 二人揃って遅刻か?」


 朝からこいつのハイテンションはかなり面倒くさい。


「色々事情があったんだよ、本当……色々と」


 俺は武に適当に返事を返した。


「なんか今日の飛鳥声高くないか? 髪もめちゃくちゃ伸びてるし。よく見えないけど、顔もそんな顔じゃなかったよな?」


 げっ、なんでこういう時だけ鋭いんだ。いつもは鈍い癖に。


「え、えーっと、飛鳥君は昨日のお風呂で倒れた時にもらった薬の副作用で、それでこんな事になってるんだよ! ね?」


 優希がフォローしてきた。が、副作用で声はこんなに高くはならないはず。でも今は武が信じる事を祈るしかない。


「へぇ〜……そんな事もあるんだな」


 やはり俺たち含め、不知火の生徒は馬鹿だった。


「飛鳥、今日は一時間目から体育だぜ?勘弁して欲しいよな……」


 そう。今日は一時間目から体育だ。早速鬼門だが仕方ない。よく中学校の時女子が使っていた着替え方でいく事にする。

なんで知っているかだって? ……覗いてたからだよ。


「よいしょ、と……」


 体操服を着てその後首衿から中のシャツを引っ張り出す。こうする事でこいつ等に胸を見られなくて済む。最初にこの着替え方を考えた女子は凄いと思う。


「……なんで飛鳥も優希もなんでそんな着替え方してるんだ?」


「い、一度やってみたかったんだよ、お前もたまにそういう時あるだろ?」


「ま、まあ……たまにある……のかな?」


 なんとか納得したみたいだ。やっぱり馬鹿だな。下は男用のボクサーパンツを履いてるから見られても平気だ。


 優希も同様、男用パンツを履いているから堂々と着替えられる。


「はて……? お前、脚そんなに細かったっけ?」


 こいつ、男の脚をジロジロ見るとは……どうなんだ。確かに、今の自分の脚は理想的な脚の細さだと思う。


「も、元々こんな脚だ! 悪かったな!」


 そうは言うが、そう言われると結構嬉しかったりする訳よ。


「うーん……?  何かおかしい気がするんだが」


 何でこいつ、今日はこんなに冴えてるんだ。いつもは馬鹿なくせに。俺が言うのもあれか。


 その後、体育の授業が始まり、走り高跳びをする事になった。ここで俺が普段と変わらない跳びを披露して男だってことを強調してやる。


「よし、行くぜ! 見とけよお前等!」


 俺は運動が得意な方だ。自分の身長から上の高さでもある程度この前までは跳ぶ事ができた。


「てりゃっ!」


 少し身長縮み、髪がバーに擦れたが、十分いける高さだった。


「やたー!  武、見た?  見たよな!」


 女になってから感情表現が豊かになったのか、俺はぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。だが、この行動が自分の首を絞めることになるとは、この時思いもしなかった。


「えいっ! ……ひゃぁ⁉」


 優希は運動音痴だ。今も顔からマットに突っ込んでいる。そして男子達は優希を女子の様に扱っている。その為大勢の男子が優希に駆け寄り気遣いの声を掛けている。


「あいつも大変だな」


 優希を見て同情しているとさっきの俺の行動を見て心打たれた奴らがこっちによって来た。


「な、何かさ……飛鳥も今日は可愛いっていうか、女っぽいよな……」


 おいおい。マジかよコイツら。

女っぽければ男でも良いのかよ。俺は優希の事を可愛いとは思うがそういう対象には入れられない。


「え……俺は男だぞ?  わかってるんだろ?」


「そんな事は可愛いなら問題ない! 飛鳥、俺と付き合ってくれ〜!」


「う、嘘だろ⁉ お前等!」


 こうして、不知火高校に男でもいける奴らが増加したのであった。




 その日の帰り道にて。


「ね、ねえ飛鳥くん……僕、朝に電車でおじさんに何かされてる間、なんか凄く不思議な気持ちになっちゃって、変な声出ちゃったんだけど……病気じゃないよね?」


「……今すぐその感覚を忘れなさい!」

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