悪夢と悩みと大ピンチ
『改めてやけど、久しぶりやな優希君』
『こうやって話すのも、五年ぶり……かな?』
『最後に会ったんが私が二十歳の時やから……そうやな、もう五年になるんか』
『うん……その五年で変わっちゃったね。僕も、麗華ちゃんも』
『優希君髪の毛長なったもんな、相変わらず女みたいや。まあ私もアイドル引退したし』
『引退したのが二十一歳の時だよね。ニュースで毎日やってたもん』
『兄ちゃんがこんな状態になってもうたから、な。精神的にアイドルしてるのが辛くなったんや。っと、あんまり話してる暇も無いみたいや。そろそろ時間やから行くわ』
『時間って? もうアイドルは辞めたんじゃ……』
『結衣さんがあんな状態な以上は私が飛鳥君が目覚めるまで病院にお金を払わなあかんから』
『結衣さん……飛鳥君が寝たきりになった事に対するショックをごまかす為に薬に手を出しちゃったんだよね』
『うん、今は精神病院で生活してる。この前面会に行ったんやけど……別人みたいやったわ。目も虚ろやし、痩せこけてたし』
『そうなんだ……たった一人の家族だったんだもんね。……でも、そういう麗華ちゃんも最近疲れてない? 目の下に隈できてるし、ずっと足元もふらついてるよ』
『あはは! 何言ってんねん、別に疲れてへんよ。ちょっと寝不足なだけや』
『でも……』
『……話はここら辺でいいやろ? もう時間やし行くわ』
『待ってよ』
『……腕掴まれたら行かれへんねんけど』
『仕事って……どんな仕事?』
『別に何でもいいやろ。優希君には関係無いんやし』
『良くないよ。麗華ちゃんは……麗華ちゃんは大事な友達なんだから』
『……ごめん。いくら友達でも言われへん。言ったら優希君は私の事止めるだろうから』
『止めなきゃならない事なら、止めるよ』
『なら言われへん。これだけは……一番効率が良いんや、今の私に出来る仕事では。私、一回でも高いんやで』
『まさか麗華ちゃん……』
『兄ちゃんと約束したんや、どんな事をしてでも守るって。私がちょっと嫌な思いをするだけで兄ちゃんを助けられるんやったら私はそれでいいから』
『そんなの、そんなの駄目だよ』
『兄ちゃんは、私のやってること聞いたら私のこと嫌いになるかもしらんけどな。それでもいいんや。それじゃ、もう行くから』
『……飛鳥君は、飛鳥君はもう助からないって、今日先生から聞いたたでしょ⁉︎』
『――うるさい! 兄ちゃんは私が……ウチが助ける! 人より長い間寝てるだけで……まだ、わからんやろ……』
『いい加減認めなよ! もう飛鳥君は助からないんだよ! もういい大人なんだから……受け入れないと』
『……優希君の飛鳥君への想いなんてお医者さんの一言で綺麗さっぱり無くなるんやな、見損なったわ。どいて』
『待って! あ……行っちゃった、か。僕だってそんなの認めたくないよ。でも、無理なものは無理なんだよ。飛鳥君……僕、どうすれば良いのかな? 僕馬鹿だから……わからないや』
「っ! はあっ……はあっ……」
嫌な汗が背中をつたう。朝から最悪な気分だ。
「兄ちゃん、大丈夫?」
横を見るといつもの、俺のよく知っている麗華が心配そうに見つめていた。
「お、おう。大丈夫だ」
「兄ちゃん、なんか悩んでるなら相談してや。兄ちゃんの為なら何だってするで」
「……うん。ありがとう」
「兄ちゃんはどんな事をしてでもウチが守ったるからな! それじゃ、ウチはもう仕事行くけど元気出してや!」
そう言い残すと麗華は俺の背中をバシッと一度叩き、部屋を出て行った。
どんな事をしてでも、か。夢の中の麗華も同じような事を言ってたな。
……いや、あいつは麗華なんかじゃない。麗華があんな……苦しそうな顔をしているはずがない。
「飛鳥くん、そろそろ学校行かないと遅刻しますよ」
そう言われて時計を見ると、すでにギリギリ間に合うか間に合わないかという時間まで来ていた。完璧主義者の姉さんが薬に手を出すなんて信じられない。俺は……そこまで姉さんに必要とされていたのかな。
俺は気持ちを切り替えたつもりでいつも通り制服を着て、駅に向かった。
『――こ、これは誤解だ。決して故意にしたことではなく』
『黙れ変態! そ、それ以上こっち来んな!』
『くっ……落ち着け!』
『落ち着いて裸をまじまじ見られろって言うのか⁉︎ そんなこと出来るわけないだろ!」
『ま、待ってくれ!』
『こ、こっち来るなって言ってるだろ馬鹿!』
『ぐっ⁉︎ 目がぁぁぁ!』
『……西園寺の馬鹿――』
「はぁ。もう最悪だ」
珍しく人の少ない電車の座席に座ると、色んなことが俺の頭の中をぐるぐる回る。自分なりに切り替えたつもりだったのだが、どうもうまくいかない。
俺が男に戻って誰かが喜ぶのだろうか。
むしろ、あの夢の世界みたいに俺が皆の人生をめちゃくちゃにしてしまうんじゃないか。
俺が……男に戻らない方が、皆の為になるんじゃないだろうか。
そうこう考えている内にいつのまにか駅の改札を通っていた。慣れってのは怖いもんだ。
「俺、迷惑かけてばっかりだな」
「あの、すみません」
これまでの出来事を思い出し、自分の情けなさに泣きそうになりながら歩いていると、臆病そうな眼鏡の男が話しかけてきた。瓶底眼鏡なんてそうそうお目にかかれない。
「ん、どうかしたんですか?」
「ちょっと道に迷ってしまって……もしよければここへの道を教えていただけませんか?」
今はそんな気分ではないのだが、イマイチ学校に行く気も起きないし、案内することにした。
「ありがとうございます! えーっと……お名前を伺っても?」
「五十嵐飛鳥です。別に覚えなくてもいいですよ」
俺達は少し会話しながら歩き始めた。どうやらこの人は田舎の方から親戚に会いにここまで来たらしい。
「失礼だとは思うんですが、男の人……ですよね?」
「……男ですよ。間違えられるんですよね結構」
「ああっ! すみません、失礼なことを」
……本当、失礼だ。俺は……男なのに。余計なこと言うならもう連れて行かないぞ。
「学校は大丈夫なんですか?」
「……今日はあんまり行く気が起きないんです。余計な心配はしないでください」
「す、すみません」
しばらく歩いていると、目的地と思われる場所に到着した。
「ここ、ですよね?」
「ありがとうございます!」
男は振り切れんばかりに頭を下げた。さっきまでは乗り気じゃなかったけど、ここまで礼を言われると案内して良かったかな、と思えてくる。
それにしても、こんな人の気配もしないところに親戚が住んでいるのか? 変わった親戚だな。
「――それじゃ、また“後“で」
しかし、顔を上げた男の顔は先程までとは全く違う、別人の様な顔だった。口角を大きく上げ、餌にかかったネズミでも見る様な……そんな目をしていた。
「後で……? どういう意味で――」
俺が聞き返そうとすると、何者かに後ろから後頭部をガツンと一発殴られた。一瞬意識が飛びそうになったが、持ち直して後ろを振り返る。
相手は少し体格の良い男一人。卑怯な手を使うことにはなるが、まだなんとかなる。
そう思った矢先、また一人、また一人と男が現れては俺の体を押さえつける。流石に女の体じゃ男には力で敵うはずがなく、あっという間に身動きが取れなくなった。
「くっ、なんだよこれ! どういうことですか!」
「どういうことって、こういうことだよ」
男はポケットの中から液体の入った小さな注射器を取り出した。考えるまでもなく、明らかに危険だ。
必死に脱出しようと試みたが、複数の男に押さえつけられてはどうしようもない。
「ぅ……が……」
為す術もなく、注射をされた俺の意識は、そこで途切れた。




