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床とお風呂と悩み事

「うー……わかんねえよぉ」


 先生に言われて勉強を始めた俺たちはまずは基本中の基本の問題を解いていく事にしたのだが、俺たちの残念な頭では問一ですら満足に解く事もできない。


「はぁ……飛鳥君は高校生ですよね、何故こんな問題も解けないのですか。中学二年生レベルの問題ですよ?」


「だって、中学の頃から勉強してなかったし……なあ優希?」


「うん。放課後はずっと麗華ちゃんと三人で遊んでたもんね……」


 中学の頃の俺は放課後は麗華や優希とずっと遊び、学校では男子達と廊下で暴れまわり、勉強なんぞ一切したことが無かった。そのせいか、名前さえ正しく書けていれば入れると噂の不知火高校しか俺に残された高校はなかったのだ。


 実際、不知火高校に入って苦労することはさほど無かった。俺よりほんのちょっと賢いレベルのエリートバカが集まる高校で行うテストなんて、俺の通っていた中学とさほど変わらない。……ちなみに俺はスーパーエリートバカだ。


「ちなみに、中学の時は誰が一番頭良かったんですか?」


「そりゃ麗華に決まってるだろ?」


「……そんな威張って言うことではないですよ?」


 麗華は性格は馬鹿そのものだが、勉強はできるやつだ。俺たちと遊び呆けていても、何故かテストでは良い点数を毎回当たり前のようにとり、わざわざ階段を上がって三階にいる俺たちに見せびらかしてきた事もある。


「……仕方ありませんね、姉さんが二人に教えてあげます」


「マジで? ぜひ、よろしくお願いしますお姉様」


「うふふ。飛鳥君がやる気になってくれたみたいで姉さん嬉しいです」


 笑顔を崩さず、参考書五冊をどさっと机に置いた姉さんは口を開いた。


「ただ――姉さんは厳しいですよ?」




 7時間後、俺たちは家の床に倒れていた。


「ぐふっ」


「あぅ」


「これで姉さんの授業は終了です。よく頑張りましたね」


 疲れた。なんか、終わった瞬間に疲れがドッと押し寄せてきた感じだ。7時間って……長くね?


「それじゃ、二人とも銭湯に入って来なさい。この時間ならギリギリ開いているでしょうし。姉さんは家で入りますから」


「うーん……そんじゃ、行くか優希」


「そうだね。今日はいっぱい勉強したからゆっくりしよう」


 そうと決まれば、話は早い。はやく湯に浸かりたいので、少し急ぎ足で銭湯へと向かうのだった。


 俺たちは最近、当たり前のように女風呂に入っている。よくよく考えると精神は男の俺達が女風呂に入るのはどうかとも思うのだが、こんな姿で男風呂に入るとどうなるかは馬鹿でもわかる。


「飛鳥君……パンツ、セクシーだね」


「へっ? あ、ああ……これは違くて! 姉さんが履けっていうからだな……!」


 すっかり女物のパンツなのを忘れていた。優希は顔を赤くして俺から顔を背けている。


 流石にこんな夜遅くに銭湯に行くものは少ないのか、俺と優希以外の姿は見当たらなかった。


「お、誰もいないじゃん。ラッキー!」


 頭と体を洗い、周りに誰もいないことを確認した俺は、浴槽に飛び込む。


「マナーがなってないよ飛鳥君。それに、お風呂に浸かっている間はいいけど、出ている時はタオルぐらいつけようよ……どこ見ていいのかわかんない」


 男の頃から優希は銭湯に行った時はタオルで体を隠してコソコソとしている。男なら堂々としろっつーの。


「……でさ、早速だけどこの夏休みで何か変わったことあったか?」


 お湯に浸かり、優希と向かい合って話し始める。


「うーん……あ、そうだ」


 何か心当たりがあるらしく、


「僕この前お姉ちゃんが僕の服を買いに連れて行ってくれたんだけどさ、もう帰ろう……ってなった時にお姉ちゃんが余計な服を見つけちゃって……そこからさらにお姉ちゃんのオモチャにされてて」


 うんうん。疲れるのも無理はない。俺だって店員さんに服を脱がされるのは嫌だしものすごく疲れる。

姉さんと麗華と店員さんとで、きゃーきゃー言いながら着替えさせては脱がし、着替えさせては脱がしを繰り返されるのはやられる側からすれば地獄だ。


「でさ、帰るのがすごく遅れたんだけど……ちょうどその時間帯に、近くで暴走した車が通行人の集まる場所に突っ込む交通事故が起こったらしいんだよ」


「……それってテレビでやってた奴か」


「うん。考えすぎかもしれないけどさ。あのお爺さんが言っていたのもこういう事だと思うんだ。男の子の時だったらそんなに試着に時間をとらなかったから……」


 うーん。女だからこそ回避できる事……そんな事が本当にあるのか。今になって、あの爺さんの言ってたことが嘘くさく感じられてきた。

しばらく考え込んでいると、優希が苦笑いしながら話し始めた。


「飛鳥君には言ってなかったんだけど、最近ね?」


「うん? なんだ」



「僕、もう女の子のままでもいいんじゃないかって、そう思うんだ」



 優希は自分の体を見ながら、俺にそう話してきた。まさか優希がこんな事を言うなんて思いもしなかった。


「僕もよくわからないんだけど、さ。女の子扱いされる男の子として生活するより、普通の女の子として生活している方が僕は幸せなのかもな……って」


「そんなこと……」


 俺も薄々気づいてはいた。優希が、男の時に比べていきいきしている事……笑顔が増えた事。俺自身の心も徐々に女に塗り替えられていってるような気もする。


「飛鳥君みたいに男らしくないし、男湯に入っても追い出されるし」


「……優希」


「だから、飛鳥君に相談してみたんだ」


「な、何言ってるんだよ。俺達は男なんだぞ? お前だってわかってるだろ、そのくらい。そんなのおかしいって」


 俺はこの時、もっと良い言葉を選ぶことができなかった。その結果、優希を傷つけることになってしまった。


「ちょ、ちょっと待ってよ……そのくらい? そのくらいって何?」


 優希の顔が険しくなる。


「だ、だって、俺たちは」


「僕が……僕がどれだけ悩んだかも知らないくせに!」


「でも、俺達は男で……本来なら女じゃないんだ! 優希も、今は精神が不安定なだけで時間が経てばきっと――」



「――飛鳥君には僕の気持ちなんてわかんないよ! バカッ!」



 優希が声を荒らげ、その声が浴場内に響く。こんな優希、初めて見た。優希の事は同じ性別反転者で親友同士、それなりに理解してるつもりだった。

でも、これだけは理解できない。理解したくない。

何なんだよ。訳わかんねえよ……俺は男で優希も男なんだ。女である方が良いなんてその方がおかしいだろ。


「……僕、先に戻ってるね」


 そう言い残すと、優希はそそくさと浴場を出ていった。


「なん、でだよ」



 一人で風呂入ってても仕方ないし、タイミングをずらして俺も出ることにした……優希とは後でちゃんと話をする事にしよう。


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