海と占いと老舗旅館 3
――さて、早速ですがここでクイズです。俺は今どういう状況でしょうか。
「あれ、あすなちゃんと……麗華ちゃん!」
「た、武さん。また会いましたね……」
正解は俺、大ピンチです。驚く事に、また馬鹿武と遭遇してしまったんですよ。
ま、もしあの時姉さんが嘘を吐いていなければ、武は親友が自分の大好きなアイドルをおぶっている、なんて最悪な状況を目にしていたわけだ。もしかすると信頼を失っていたかもしれない。いやー、怖い怖い。
「あ、確か……武君やんな?」
俺の背中に乗りながら武に話しかける。……喋るんだったら降りろよ。
「は、はい! 名前を覚えてくれるなんて……感激です」
武は厳ついサングラスを外し、キラキラした目で麗華に近づいていった。
「ていうか、あすなちゃんって眼鏡掛けてなかったら今の飛鳥に本当にそっくりだよね。……実は飛鳥だったりして!」
なんていう事を言い出すんだこの金髪は。寿命が縮まるわ。
「そんなわけないじゃないですか! えーっと……」
あすなちゃんは俺の事をなんて呼ぶんだ! ……じゃなかった、あすなちゃんは俺だった。うーん、お兄ちゃん……かな。麗華はお兄ちゃんって呼んでくれないし。
「武さん! お、お兄ちゃんと一緒にしないでください!」
演技とはいえ自分をお兄ちゃんと呼ぶのは抵抗がある。
「ご、ごめんごめん! 冗談だよ、冗談! あまりにも似てるからつい……」
「武君、兄ちゃんとあすなちゃんを一緒にしたらあかんわ。ほら、メロンが二つ」
背中の馬鹿アイドルはぐにっ、と俺の胸を手で寄せ、武に見せつける。その結果、武は砂浜に見事な赤い花を咲かせたのだった。
その後、アリサが一条さんに日焼け止めを塗ろうとしたものの、バッサリと断られ本気で落ち込んだり、優希が麗華に海に沈められて半泣きになったり、俺と姉さんがナンパされたり……この事は一刻も早く忘れたいと思う。
――そして旅館。俺以外のメンバーが泊まる部屋、夕食タイムにて。
「なあ麗華、そういえば今回の旅行の資金って誰が出してるんだ?」
「そんなんウチに決まってるやろ。立案者やし」
なにを今更、といった表情でこっちを見つめる。
「お前……どんだけ儲かってんだよ。貯金はしてるのか?」
「兄ちゃんと結婚するための資金やろ? 貯めてるに決まってるやん!」
なんでこう、変な所は計画的なんだろう。……俺と結婚するって決まったわけじゃないのに。
「では、夕食を食べたら行くとしましょうか」
「行くって……どこに?」
「お風呂です」
「…………はぁぁ⁉ 一応聞いておくけど男風呂、だよな?」
姉さんの事だから、俺達も女風呂に……なんて事を考えるかもしれない。
「そんなはずがないでしょう? 飛鳥君と優希君も私達と一緒に入るんですよ」
「い、嫌だ!」
「僕も嫌です! そんな事をしたら僕のメンタルが持ちません!」
「もう、二人とも男なんやったら潔く諦めや」
食後の緑茶でほっこりする麗華は、俺達にそう言った。
男だからこそ女風呂は嫌だというのに。武達と覗くんなら大賛成だけど、自分が入るとなれば話は違ってくる。
「姉さん達が何を言おうと俺は男風呂に入るからな!」
「む、五十嵐飛鳥の妹か。俺は西園寺誠哉、将来お前の兄となる男だ。よく覚えておくがいい」
「は、はあ……わかんないけどわかりました」
男風呂に入る。そう決めた俺だったが、なんと風呂場が男風呂と女風呂に分かれる分岐点でばったりと男共一行と遭遇してしまったのだ。……もうなんなんだよ。俺が一体何をしたって言うんだ。
「へへ、兄ちゃん、これでも男風呂に入る気か?」
麗華がにやけた顔でボソボソ耳打ちしてくる。このまま男風呂にはいるとなると……想像もしたくない。
「……わかりました。お、女風呂に入ります」
「う、うぅ……飛鳥君が入るなら……」
こうして俺と優希は左側の通路の先にある女風呂へ向かう事になった。女風呂といっても、周りを見なければ男風呂となんら変わりはない。素早く入り、素早く出るんだ。
そして大浴場。旅館に来たら入っとかなきゃもったいない所だ。本来なら男風呂でゆっくり羽を伸ばしたいんだが……そういうわけにもいかない。
なぜならここは女風呂だからな。俺と優希は露天風呂の端っこで体育座りをするしかないのだ。
「飛鳥君……お風呂ってこんなに辛いものだっけ?」
「いや、そんなはずは無い。風呂ってのはもっとくつろげる場所のはずなんだ」
今、俺達の目の前には桃源郷が広がっている……武達からすれば、この一分一秒でも目に焼き付けたい光景だろう。が、今の俺たちにとっては地獄そのものだ。
「先輩と城戸君は何を縮こまっているんだ? 折角の温泉なのに」
「アリサか……なんで俺達と普通に会話できるんだ? その、恥ずかしく無いのか?」
「恥ずかしいもなにも……先輩達は今、女だぞ? 恥ずかしいはずがない」
俺は体は女でも心は男なんだから見られる事に抵抗が無いとだめなはず。
「そうそう。兄ちゃんは考え過ぎやねん。今は女の子同士なんやから気軽に行こうや! ……て事で、兄ちゃんのプロポーション、確認させてもらおっかな〜?」
て事で、じゃねえよ。
「ふむ、それでは私も参加させてもらおう」
「姉さんも姉として、飛鳥君の事は把握していなければなりませんから」
澄ました顔だが、麗華と同じようないやらしい手つきで迫り来るアリサと笑顔の姉さん。
「星羅ちゃん、飛鳥君の変な声が聞こえるんだけど。飛鳥君、大丈夫だよね?」
「優希さんは見てはいけませんわ。あ、あのような刺激的な……」
この後聞いた話だが、俺があっちこっちを三人組に弄られてる間、一条さんはずっと優希の目を塞いでいてくれていたらしい。
「飛鳥君、力を抜いて姉さん達に身を任せてくださいね?」
「ね、姉さん。顔が怖いんだけど」
「先輩、何も怖がる事は無いぞ。少し乱暴かもしれないが」
「ふっふっふ。覚悟しいや〜?」
「み、皆……手がいやらしいぞ? な、何するつもりなんだあんたら⁉ う、うわぁぁ!」
ここから先、しばらく俺の記憶は無い。そして、気がついたときには目の前に茶色い天井が広がっていた。
「12時か……風呂に入ったのが8時だから……何時間寝てたんだよ、俺」
姉さん達はもう寝たのか? 静かだなぁ…………うぅ、強がってはみたもののやっぱり寂しい。
なんて思っていると、扉を誰かが叩く音がした。こんな時間に何の用だろうか。
「先輩、寂しそうだったから私が来てやったぞ」
ドアノブをひねり、顔を出して目線を下にやると、そこには枕を胸元で抱きしめながら威張る浴衣姿のアリサの姿があった。
「……何してんだ?」
「せっ、先輩が寂しいんじゃないかと思ってだな」
「本当の、本当にか?」
「その、だな……?」
目を逸らすアリサ。
「姉さん達が心配するだろうし、早く部屋に戻れよ? それに、お前がこっちに来たら何しに俺がこんな一人部屋にわからなくなる」
「い、嫌だ! もうあそこには戻りたくない!」
アリサは、何かを思い出したかのように震え始めた。
「……一体、何があったんだ?」
「う、それは……」
――それは私がここに来る30分前の事だ。
私達は、お風呂から出たあと、何をするわけでもなくだらだらと過ごしていたんだ。
「……暇や」
「暇だね……」
「暇だな……」
「暇ですわね……」
で、暇を持て余していると結衣さんがビニール袋を手に下げて帰って来たんだ。
「あれ、結衣さん。どこいってたんですか?」
元はといえば、この時麗華が不用意な発言をしたから事件は起きたのかもしれない。
「ちょっと外へ飲み物を買いに行ってたんです。まったく、旅館の飲み物は高すぎます。瓶のお茶が450円なんて……」
そして結衣さんはビニール袋からお酒の缶をたくさん取り出したんだ。
そこからの結衣さんの飲みっぷりは凄かったぞ。あっという間に750mlの缶ビールを5本も飲んでしまったんだからな。
「……結衣さんはお酒を飲んでますし、私達も飲み物を頂きましょうか」
「そうやな〜やる事ないし、それでいいか。んじゃ、ウチはこのジュースで」
さらに、そう言って麗華達はテーブルに置いてあった缶を手にとって飲んでしまったんだ。
それがジュースではなかった事も知らずに。
そしてどのくらい後だったか、城戸君が酔いが回った結衣さんと二人の毒牙にかかってしまったんだ。
「ちょ、皆、何するの⁉」
「可愛らしいですわ……むふふ。ほら、優希さんも」
そこからも城戸君は抵抗したんだがな。酔っ払った三人には敵うはずもない。星羅と結衣さんが手足を押さえて、麗華が城戸君の上に跨ってな。
「飲まな息できひんで?」
麗華は城戸君の鼻をつまんで無理やり城戸君にお酒を飲ましたんだ。
「はい、吸って〜吐いて〜」
城戸君は二口飲まされては呼吸、二口飲まされてはまた呼吸、のローテーションを組まれてな。
「はい飲んで〜」
「んぐぅ……⁉」
それを延々と繰り返され、遂には尊い犠牲となったんだ。
「ほぇ……何だかぼーっとする……」
「うふふ、優希さん。締まりのない顔になっていますよ。……可愛らしいですわ」
これで私以外の高校生は全滅してしまったんだ。
その後はもう、てんやわんやの大騒ぎだ。
「アイドル、須藤麗華! 歌いま〜っす!」
「ひゅーひゅー! ですわ!」
皆、ものすごく酒癖が悪くてな……何というか、酷かった。
「私だって、一番年上だからちゃんとしなきゃ、とは思いますけどぉ……たまには飛鳥君とラブラブしたいんですよぉ」
「は、はあ。結衣さん、少しお酒を飲み過ぎじゃ……」
結衣さんは欲望だだ漏れだし。
「き、城戸君。その……近い、ぞ」
「なんか文句でもあるの……無いよね? 一応言っとくけど、僕年上だよ? それに、飛鳥君よりも5ヶ月年上なんだからね」
城戸君は私の肩を掴み、いつもの癒される表情ではなく、無表情のまま話していたんだ。とても怖かったぞ。
そして、酔っ払い×4はついに私にまでお酒を飲まそうとしてきたんだ。それだけはいやだった私は一瞬の隙をついてここまで逃げ出してきたわけだ。
「……一条さんも酔ってるのか」
「うむ、残ったのは私だけだ。こほん……それで、だ。早く部屋に入れてくれないだろうか? 結衣さん達がいつ追いかけてくるかわからない」
「だが断る」
一刻も早く入れてやりたいところだが、俺はあえてアリサを廊下に放置してドアを閉めてやった。どういう反応をするか楽しみだ。
だが、5分たってもドアの向こう側から何も反応が無い。まさか、捕まってたりしてないだろうな……少しだけドアを開けてみよう。
「ひぐっ……」
「あ……アリサ?」
「うええ……! ぜっ、んばいっ、のばかぁ!」
ドアを開けると、アリサが枕を強く抱きしめたまま大泣きしていた。ちょっとやりすぎたかな?
これ以上泣かれると、周りの客に迷惑だし、なにより誤解されてしまう。
「アリサ、ごめん! アリサがどういう反応するか気になって……ほんの出来心だったんだ!」
俺、今典型的なダメ男みたいだな。いや、ダメ女か? ……なーんてな。
「……はいってもいいか?」
「それはもう! どうぞご自由に!」
「先輩、今日はもうここに泊まらせてもらうからな」
アリサを拗ねさせてしまった。頬を膨らまして俺から顔を逸らしている。
初めて会った時は、大人びてると思っていたんだけど……たまに麗華以上に子供っぽくなる時がある。
「いや、でもな? 女の子と同じ部屋で寝るのはどうかなーって」
「先輩に拒否権は無いぞ。私を泣かせたんだから責任はとってもらう。さあ、早く」
枕を二つ並べて布団に入るアリサ。なんだそれは。一体何の合図だ。一緒に寝ろ、と俺に暗示しているのか?
「……せめて別の布団で寝なさい」
「やだ。今日は一人で寝たくない」
「なら俺はあそこの椅子で寝る」
最悪、窓側の椅子でも教室の椅子に比べたら百倍マシだろう。
「なら私は先輩に向き合って抱きついてでも寝るぞ」
「それだけは勘弁してください。寝れなくなってしまいます」
そんなことをされたら、緊張と興奮で睡眠不足間違い無しだ。
「なら……早くこっちで寝よう、先輩」
「あ、えっと、うん」
「先輩の寝る場所はここだぞ」
布団をぽんぽんと叩き、俺を誘導するアリサ。くっ……行くしかないのか。
こうして俺はアリサの隣で夜を過ごすことになった。
「せんぱい……えへ……」
結局、俺は一時間しか寝れず、その上、早く目覚めた姉さん達が俺達を起こす為に部屋にやって来て、浴衣がはだけて半裸のアリサとの添い寝を目撃されてしまい、誤解を解くのに時間がかかったのだった。
……帰りのバスで惨劇が起こった事は言うまでもないだろう。……ヒントは二日酔い、とだけ言っておこう。




