海と水着と擬似ハーレム 1
夏。それは男にとって楽園でもある。
夏。それは俺にとっても楽園のはずだった。……でもまさか、自分が見られる側に回るなんて。
不知火高校から4、5駅離れた、飛鳥達がよく行く繁華街など比べものにならない程の大都会。人や車が入り乱れ、都会ならではの息苦しさを感じさせる。田舎から出てきた人ならまず人の多さに驚くだろう。その中でも特に有名で、大都会のシンボルでもあるショッピングモールの最上階、水着売り場の試着室で一人の女が苦悩していた。
腰を触ってみたり、頬を引っ張ったり。頭の後ろで手を組んでセクシーポーズをとってみたり。
「……お客様、お似合いですよ! モデルさんみたいにセクシーで羨ましいです」
「確かに似合ってると思うけど……違う。違うんだよ……俺は、俺は」
「お、お客様?」
「俺がこ、こんな……水着なんて」
黒を基調に所々白いストライプの入った面積の狭いビキニ。……下着と何が違うのか男には理解できない。麗華なんて水着を見られてもなんとも思わないのに下着を見られれば事故だとしても理不尽に怒り狂う。あれは酷いね。
「あ、飛鳥君! 大丈夫だよ、似合ってるよ!」
俺の嘆きを聞きつけたのか、試着室に入ってきたかと思うと、俺の格好を見てこいつはそう言った。似合っているなんて嬉しくない、ただひたすら男のプライドを傷つけるだけだ。
「なんでお前はパンツタイプなんだよ……俺もそっちが良かった」
優希の格好は俺のビキニタイプではなく、短パンと水着を合わせた様なパンツタイプだ。
「僕に言われても……店員さんに無理矢理着せられた感じだし」
俺も店員の気迫に押され、半ば強制的にこんな水着を着せられた。
今も第二、第三の水着がやってきて、俺は目を輝かせた店員の着せ替え人形に成り果てようとしている。
「も、もうこれでいいです! 買いますから脱がさないでぇ……」
遡る事4時間前――
「海ぃ?」
「兄ちゃん、暇なんやったら行けへん? 夏休みやし、一泊二日で」
「嫌だ。今日はダラダラしたい」
「あ、聞いといてなんやけど兄ちゃんに拒否権は無いで? 兄ちゃん、参観で野球した時、ウチと結衣さんに土下座しながら言ってたやんな? 今度遊びに連れていくから許してって」
なっ、そんなこと覚えててたのか……人間、ピンチになると何を言うかわかったもんじゃないな。その場しのぎの発言は後々自分の首を絞めることになる。
「ほ、ほら。今、俺女だし……水着とか無いじゃん⁉ あー残念だなー!」
「なら、買いに行くのはどうですか? 残念、なのでしょう?」
「えっ」
はい、回想終了。なに、簡単な事だ。自分自身の失言によって、俺はこんな恥ずかしい目にあっているのだ。自業自得である。
「はぁ……散々な目にあったぜ。優希は抵抗無いのか?」
今、俺達は女用の水着を買いに来ていた。そしたら、あの店員に捕まってこのザマだ。
「ある程度は抵抗もあるけど……飛鳥君だけに恥ずかしい格好させるわけにはいかないよ」
なんて良い子なんだろう。俺だったら友達なんて放っておくけどな。
「確か、姉さん達とはバス停で集合だから……優希、先に姉さん達と合流しといてくれ。俺は友達迎えに行ってくるから」
「わかったよ。あ、知らないおじさんについて行っちゃ駄目だよ?」
ニコリと笑ってそう言う優希。舐めてんなこいつ。
「高校生だぞ? それくらいわかってるに決まってるだろ!」
強力なデコピンを優希に食らわせる。
「痛いよ……冗談のつもりだったのに……それじゃ、できるだけ早く戻って来てね?」
自分の額を摩りながら俺を送り出す優希。
そしてアリサ宅。
「教えてもらった地図にはここって書いてあるけど……あってるのか?」
一条さんと友達の時点でお嬢様だとは思っていたが……大豪邸じゃん。俺は恐る恐るインターホンを鳴らした。もしこれで知らない人が出て来たらどうしようか。
『先輩。今、兵藤がそちらに向かった。そいつについて行ってくれ、そうでないと迷子になるからな』
インターホンに出たのはアリサだった。そこまでは良かったが……兵藤って誰⁉ なんか怖いんだけど。
「アリサお嬢様のご友人でございますか? アリサお嬢様がお待ちです」
兵藤さん……かな? 入り口の門が開いたと思うと、サングラスにスーツを纏った、屈強な人が出てきた。
「私は兵藤と申します。……どうぞこちらへ」
「あ……どうも。お、俺、五十嵐飛鳥です」
正直な感想を言わせてもらうと……怖い。下手な事を言うと東京湾に沈められそうだ。
そしてその後、会話も無くしばらく廊下歩いていると、兵藤さんが口を開いた。
「……ここからは本来必要の無い私語になりますが、少し喋らせていただきます」
「ど、どうかしましたか?」
「……お嬢様はああ見えて寂しがり屋なお方です。その上、お嬢様は16歳とは思えないほど精神的に落ち着いていますから、滅多な事では笑いません」
確かに最初見た時は年上かと思った。老けて見えるとか、そんなんじゃないんだけど、雰囲気が……ね。
「そのお嬢様が笑顔を見せたのは星羅様と出会って以来です。……お嬢様はあの冷静さが仇となりご友人がそう多くありません。ですから……その、お嬢様をよろしくお願いします」
「そんな事、言われなくても……任せといてくださいよ」
「ありがとうございます。……少々、喋りすぎてしまいましたね。ここがお嬢様のお部屋です」
兵藤さんは、見た目に反していい人だった。人を見かけで判断してはいけないという典型的な例だ。
そして、俺が連れられてやって来たのはこれまた映画館でよくみるサイズの扉の前。
「お嬢様、飛鳥様がいらっしゃいました。……お嬢様を笑わせてあげてください……それでは、失礼します」
……淡白な人だったな。アリサの事はよほど大事にしてるみたいだったけど。兵藤さんは、アリサを呼ぶと、そそくさと姿を消した。
「……先輩、兵藤と何を話していたんだ?」
「いや、なんでもない。世間話だ世間話」
さっきの事は口が裂けても言えない。言ったら兵藤さんがアリサにどうされるかわかったもんじゃない。
「なら構わないが。それで、だな……せ、先輩。その……今日はよろしく頼む」
「おう、任せとけ。……友達、増やしてやるからな」
「先輩……」
「アリサ……」
「何故、良い雰囲気になっているのですか?」
うげ、一条さんだ。何を言われるか……身構えておこう。
「その、この前はすみませんでしたわ。あの後、誠也様にお聞きしたのですがお二人は交際をしているわけではないと。そして、飛鳥さんは誠哉様の親友だとアリサに伺いました。誠哉様のお友達に嫉妬するなんて……誠也様の許嫁失格ですわ」
あれ? 何か全てが丸く収まってる。……アリサが収めてくれたんだろうな。感謝、感謝。一条さんに謝られるとは思いもしなかった。
「では、早速行くとしよう。いざ、海へ出発! だな」
って、あれ? なんでアリサが仕切ってんの? そこは年上の俺が仕切るもんじゃないの?
アリサと一条さん、そして、年上なのに仕切る立場ではない自分に疑問を抱いた俺の三人は、姉さん達との待ち合わせの場所に向かった。
「えっと、アリサちゃん? 僕は城戸優希。よろしくね」
「……ふむ」
「ど、どうしたの?何か変?」
「胸のサイズでは……勝っている様だ」
優希にそんな話ししたらムキになるに決まっている。
「ムキーッ! そんな事ないよ、僕の方が大きいよ!」
「ふっふーん。二人ともまだまだや。そんなもんアイドルやってるウチの方が大きいに決まってるやろ?」
五十歩百歩、三人ともなんら変わらない。残念な体型トリオだ。
「はいはい、俺が一番だから。散れ散れ貧乳ども」
「な……酷いぞ先輩!」
「聞き捨てなりませんわ! 飛鳥さんではなく、私が一番です!」
そこかよ。まあ……一条さんとはいい勝負かな?
「胸のサイズなんて人の良さではありませんよ?バスも来ましたし、早く行きましょう」
「……はい」
この中で姉さんに胸のサイズで敵う者はいない。俺たちは姉さんに従う事しかできなかった。
バス内にて――
「うぅ……せ、せんぱい。きもちわるい、よったみたいだ」
「遠くの景色を見とけ。……俺の膝で吐くなよ」
「わかっている。せんぱいのまえでそんなしゅうたいをさらすわけにはいかない……」
「よしよし、着いたら起こしてやるから寝てろ」
「アリサは確か、乗り物に弱いのでしたわね?」
「ああ……どうもこのゆれとにおいがすきになれんのだ」
アリサはバスの後部座席で俺の膝を枕にして寝転んでいる為、自然と後部座席全体を占拠している。
「兄ちゃん、ウチも寝転びたい」
「酔ってないなら我慢して座ってなさい。麗華ちゃん、飛鳥君に迷惑をかけていると……嫌われますよ?」
「……二度と言わんから許して兄ちゃん」
前の席から頭をひょこっと出し、謝る麗華。
「それくらいで怒るわけないだろ。正直な所を言うと、今も嬉しい状況なわけだし」
役得、ってやつだ。
「あれは……誠也様?」
すると、一条さんが急に、小さくそうつぶやいた。
「あはは、何言ってるんですか。エイプリルフールは随分前に終わっ……て」
後部座席から見る俺の目に飛び込んできたのは、間違いなくあの4人組の姿だった。




