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とりあえず、合流したい。が。






 夏休みの超特大イベントが来る。

 今までに誰も体験したことのないような、血湧き肉躍る一時を君に。友と手を携え切り抜けろ、五感の全てを研ぎ澄ませ。見ろ、感じろ。これが本当の、リアルだ。


 ……なんつって。そんなよーな煽り文句だけが予告としてあったよーな。

 まさかそれが、ライトノベルなんかでもう皆様お馴染みの「リアルに戻れなくなってしまったオンラインゲーム」なんてものだとは、流石に誰も予想してなかったろう。いや、多分VRゲーマーだったら誰でも一度は口にしてるようなお約束なギャグではあって、ちょっとほんとにそうなったら面白いよななんて暢気なこと考えなくもなかったりしたりして、でもやっぱりそんなの所詮は物語世界の中でしかありえんだろ、ってそういう認識で。


 イベント告知がいつまで経っても始まらず、それらしきイベントページも見付からず、ログインしているプレーヤーが段々とざわつきだして。

 案内ページが何処かにないかとウインドウをあれこれ表示させクリックしてた何人かが、時間差で、まず戸惑い、ちょっと笑い、そのうち表情がなくなり青ざめて黙り込む。操作する指の動きだけが忙しなく動き続け、そしてついに、あちこちで悲鳴のような声が上がり出した。

 操作ウインドウやボタンというのは、目の前に浮かぶように出てきて、多窓すれば、その分ずれ重なって目の前に表示される。半透明にまず表示され、選んでクリックした一枚だけ鮮明になる感じだ。自ステータスや所持アイテム、ヘルプや告知などもだいたいその形で表示されるようになっている。他人のウインドウは、隣に貼り付いて覗き込めば覗けるようになってはいるが、基本的に覗き見はマナー違反とされていて、本人の許可がない限り隣でウインドウを開いていても見ないのが普通だ。

 だが、流石に今はあちらこちらで、自分のウインドウも他人のウインドウも開きっぱなしで見比べていたりする人が殆どだ…マナーとかそれどころじゃない感じ。覗く方も覗かれる方も。見合ってるしお互い様か。

 俺も、ウインドウはずっと目の前に開いたままだ。一番基本の操作窓。

 キャラステータスにアイテム、クエスト、ギルドやフレの情報窓を呼び出すボタン、そしてGMコールやログアウトなどの操作ボタンが並ぶウインドウだ。

 薄いグリーンに基本色付いているそれが、GMコールとログアウトのボタンのところだけ、石化したようにグレイに沈んでいて、何度指先でタップしても全く反応がない。有り得ない。そんな事は今まで一度もなかった。

 周囲の悲鳴が徐々に怒声、困惑、泣声とばらけだし、混ざり合う。ただの騒音としか聞こえないそれは、不安を掻き立て泥沼に引き摺り込もうとする人のマイナス思考をぐちゃぐちゃに混ぜて音化したそれだ。

 こんなのがイベントなわけがない。

 だけれど、実際のところ、みんなが楽しみにしていたイベントの開催時刻に、始まってしまったのが、これだった。

 

 俺が居たのは、街の中央広場。整備された石畳の上、広場を囲む店々はNPCショップとプレイヤーショップが入り交じっている。妹の店は、その中には確かなかったはずだ。

 ここから見えるような一等地に出店するには、可成りの額が必要だしな。今は一々見渡して確認する余裕もないが、こういった大きな街の中央広場に面した場所にある店というのは、NPCショップか有名ギルドの本店が殆どだ。個人出店ならまず有名人で確定。まあ、俺の妹もそう評判は悪くないらしいが…食い物屋らしいしな。そうそう売り上げは見込めないだろ。

 でも、そんなには遠くはないんだろう。インしてここに出た───つまり、前回のログアウト場所がこの辺りだったのならば。

 そのうち一回顔出そうかとは思ってたんだけど…その前にこんな事になるとはな。


 てゆーか。

 落ちれなくなるこのタイミングでうっかり取り違えたデータで入っちゃうとか、何処まで運が悪いんだよ。

 みんなパニックだけど、俺なんかそのパニックが倍なんだからな。倍になっちまってる分、なんか一周して周り見る余裕も出てきちまってるよ。

 ……あ。ごめん、やっぱ嘘。余裕なんてないわ。

 イチカ…いや、この世界だとハナか。妹とコール繋がったままなの、忘れてた。

 向こうも多分、ログアウトできないのを確認して茫然としてるとこなんだろう。さっきから全然声が聞こえないから───それで、俺も忘れてたんだけど。

「おい、生きてるか?」

『………』

「おい?イチカ…いや、ハナ?」

『……』

「ハナ?はなっち?はなち?はなぢ?ハナクソー」

『どぅぁれがハナクソじゃこのこっばげがぁぁ!!』

「……。……俺の声ですごむとわりと怖いかも?」

『……ほーちゃぁん…』

「甘ったれると超キモいかも。やべえ死にたいです」

『……』

「いや、切るな、切るなハナ!!」

 余りに予想外の状況に、現実逃避してなんかもうこのまま普通に狩りでも行ってしまいたいところだが。そういうわけにもいかず、取り敢えずハナに一度落ち合おうと持ち掛けた。

 状況はまだ全く読めなくて、もっと何かしらの情報が伝わってきてから動いた方がいいのかとは思ったが、それでも、今のままだと何をするにもやりづらくて困る。落ち合って、ちゃんと今後のことを顔付合わせて相談する必要があると思うんだ。一刻も早く。



 俺がここんとこずっと拠点にしていた街は、ハナの店がある街とだいぶ離れている。

 この世界は六つの大陸と二つの群島で構成されていて、今は、そのうち四つの大陸と一つの群島が解放されている。現在のレベルキャップは100なので、今後レベル解放と共に残りの土地にも行けるようになるだろう、という予想がデフォだ。

 大陸と大陸を繋ぐ交通機関は、ワープゲートを潜るか、船に乗るか。課金アイテムでドラゴンとペガサス、あとエアロバイクとかがあってそれを使うことも出来るが、基本超まだるっこしい移動になるので自力乗り物で大陸を越える奴はまず居ない。同じ大陸内を移動するには楽だけどな。

 あとは、ワープ魔法かアイテムを使って、登録しておいた街に一瞬で戻れるので、それで大陸越えは可能だが、何処にでも自由にというわけにはいかない。

 だいたいゲートを潜り次いで移動、が殆どになるか。

 ちなみに、今俺が居るところとハナが居るところはかなり遠い。ハナの店がある街──俺の居るところはこの世界の中で三本指に入る大きさの街なので、各大陸の主要都市へ飛べるゲートが集まっているんだが、それでも一度でハナのところには辿り着けない。

 俺は、バリバリ攻略組って程ではないけど、それでも結構前線に出てガツガツやりたい方だ。で、今の最前線てわりと辺鄙なところにあるんだ。だから、まず大陸間を飛び、それから街から街へ自力移動、そこからゲート一つ潜って、移動先の街からまた走って移動して、山沿いの小さな街に行かなきゃならない。

 かなーり、めんどくさい。

「ハナ、お前こっちに来れる?」

『こっちって…あ、そうだよね、あたしの店んとこにいるんだよね。アリージュの街までこっからだとどう…あれっ、てゆかここってどこ?』

「マップ見ろマップ。つかまずそれ気にしろ」

『うっさいな…えー、そーいや全然見た記憶ないし。うわ、ほーちゃん、耳が羽になってるNPCいるよ!初めて見たよ!────ぐふぉおわ!?何ここっ!ガザリ大陸!?どこよ!!』

「お前、攻略wikiもちょっとちゃんと見とけ…既にネタバレがどうとかいう時期もとっくに過ぎてるし。鳥翼族ってのがいんの、その国は。天の使いの末裔とかいう噂も…」

『駄目っ教えてくれないで!あたしだって全然イベクエ進めるつもりがないって訳じゃないんだから!』

「へえへえ。でもそこにいたら多分誰と話してもネタバレだぞ。いや、いっそわけわかんなくてネタバレにならんかも。……まあ、だから、お前も判るだろうけど、今の俺、お前だから、俺のレベルとクエの進行状態だとそっち行けないんだよ。だから、お前に来て貰うしかないんだよな。まあ、行けるとこまで迎えに行っても良いけど…」

『あー…うん、そうだね…そうか…』

「ハナ?」

『この街ってゲートないんだね…フィールド移動しないと駄目なのかあ』

「おお、まあ、そうだな。ちょっと時間は掛かるけどそこはなんとか」

『時間掛かるのはいいんだけど、フィールド移動するってことはさー、きっとバトルしなきゃだよね?』

「はい?……何を今更。そりゃそうだろ。まあ、そんなに厳しいのは出ないからソロでもどうにかなると思うぞ。エンカ無しでってのは無理だろ、流石に」

『むー…。バトル久々すぎて…。……あ。ほーちゃん』

「あ?」

『ほーちゃん、私、剣使ったことがない』

「!!!!!」


 俺は、大剣使いだった。自分の身体よりでかいサイズの大剣をぶん回して薙ぎ払って叩き付けて、ぶっ潰してぐっしゃんぐっしゃんにするのが快感。

 いわゆるSTR極振りの脳筋戦士ってやつだな。ほっとけや。いや、INTなんて見たこともありません。

 最初の頃ちょっと遠距離職に憧れて、弓とか銃とかやってみたんだけど、まあ、下手くそだったんだよな。アレはコツがいる、難しい。

 大剣は俺にあってる。と思う。これも、案外ちゃんとコツは必要なんだけどさ。

 TSOっていうゲームは、何の意味が?ってくらいところどころ異様な凝り具合があって、開発の趣味がモロ出てるとか言われたりしてるんだけども、バトルもそういうところが多い。

 大剣を使えるジョブは、戦士と傭兵、狂戦士。あと特殊職の獣士。俺は傭兵をやってる。

 ゲームのスキルは3種類。ジョブによるスキル、武器に付属するスキル、そして種族固有のスキル。それぞれにアクティブスキルとパッシブスキルがある。レベルアップすると勝手に覚えるのもあるし、自分で選んで覚えるものもある。

 俺は今、レベル82なので、そこそこ覚えてるスキルの数も増えている。

 膨大なスキルがあって、そこから取捨選択して、自分好みにスキルで揃えていくのが、物凄く悩ましいんだが物凄く楽しい。

 戦闘中の剣技スキルは、口で唱えて発動させると、ある程度勝手に身体が動いてくれるようになっているんだが、逆に、スキル通りの動きを正確になぞって剣を振るうと、それで唱えなくても発動したりする。その場合途中から動きに補助がつく感じになる。勝手に身体が動いてかっこよく敵を倒してくれるのは、最初は慣れなくてちょっと気持ち悪かったけど、今はやみつきだ。

 やみつきというと、このゲームはスキルコンボというのがあって、タイミングを上手く計ってスキルを発動させ、コンボを繋いでスキル技が連動している限り、延々と一方的に敵を攻撃し続けられる、というのがある。この、上手く計るというのが、スキル技それぞれ発動時間に違いがあったり硬直時間があったりして、タイミングを揃えて続けるのがかなり難しいんだな。だが、うまいこと連続発動させられると超格好良くて気持ち良いんだよな。クソでかい剣で10コンボ以上とか、もう俺自分が台風かなんかになったような気分が味わえる。

 ……まあ、そんな感じで俺は剣を振るうのが大好きで、自分なりに組み立てたスキルコンボの必殺パターンとかもちゃんとあったりして、今は基本のスキル技なんかは自力の動きで発動できるし、其処らの雑魚は全く問題なくソロ狩り出来るくらいになってるんだが。

 なんだが。

 プレイヤースキル…。

 先生…。

 そんなわけで、このゲーム、かなりプレイヤーの慣れとカンってやつ、大切なんです…。


 妹よ。

 にーちゃんは今、ちょっと寒気が。

「取り敢えず、俺の持ち金、銀行に全部預けてくれ…。あと、アイテムも出来るだけ金庫に仕舞ってから街を出てくれ…つーか、頼むから死なずに辿り着いてくれ…」

 デスペナいてえなあ。まあ、問答無用でレベル下がっちゃうとかそこまでじゃないけど。

 でも持ち金半分になるし、手持ちのアイテムが二つ三つドロップしてしまう確率が高い。

 超運が悪いと装備品まで転げ落ちやがる。いやいやいやだめだめむりむり。


 ん?

 あれっ?

 ……いや、待て。

 こういう場合のお約束が…そういえば、あったな。

 デスペナどころじゃなくて、ゲームの中の死=リアルでの死になるという。

 ライトノベルとかで読んだ。

 いわゆるデスゲームってやつ……。





「ハナ!!待て待て待て待て待てちょっと待って!街出るの待って!!」

 慌てて止めた。

 あっぷね。

 …いや、でもじゃあどうすんのよ、これ。

 こんな処で詰んでどうする。

 



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