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プロローグは続くよ

VRゲーム用のヘッドセットは、簡略化されたヘッドギアにゴーグルとマイクが組み合わされた形で、それをかぶって電源をつけると、視界全てが映像で覆われる。脳に直接データが送り込まれ、身体自体は眠っているような状態になる。

 開発され一般化されてからもう十数年、最初は医学分野で多く使われていたそれは、既に身体に何か悪影響があるなどと考えられるレベルではなくなっている。世の中に出てきた最初こそトラブルがあった場合目覚めなくなってしまうのでは、とか、脳に何かダメージが出るのでは、などと世論で様々取り沙汰されていたが、それも既に収まり認知されて久しい。

 まだ、だいぶ高価なものではあるが、1セット10万程度で入手できる。中古ならばもっと安い。親が気軽に買い与えられるものではないが、本人が本気で必死に金を貯めれば学生でもどうにかなるレベルのもの。昔ならパソコンや50ccバイクのようなものだろうか。

 小澤家には偶々、二台あった。一つは一帆がずっとずっと欲しくて貯金し続けて購入したもの。もう一台は、一帆が購入した一年後くらいに、親が仕事先からぽろっと貰ってきたもの。買い換えて不要になったから、ということだったらしい。購入して結構経ってからだったが、一帆は酷く複雑な顔はしていた。リビングに置かれ、基本一花が使うようになっても何も言わなかったが。

 


 リアルで遊ぶのも楽しいが、その日は何となくカズホもエーリッヒもそわそわしていて落ち着かず、お互いその理由も判っていたので、プールに遊びに行ったのだが、夕方になる前に何となく帰って来てしまった。駅前の交差点で、どちらかともなく目を見交わし、黙ったままふひ、と小さく笑う。なんだよ、お前こそ、と小突き合って、わりとそれは見た感じ、気持ち悪かった。

「七時から、だよな。なんだろうなあ、事前告知がなんもないアプデって初じゃね?」

 落ち着かなかったのは、それだった。やっぱりゲームのことだった。

「まあ、この夏休み最大規模のイベントが来るんだろう、ってのが確定の予想だけどな。ただ、それが何なのかがマジで今回流れてないっていうね」

「あー気になる」

 信号が青に変わる。

 二人は揃って呻くようにぼやき、中空を眺めながら踏み出した。

「何か食ってくかと思ったけどさ、もう帰る?」

「帰ってもまだメンテ中だから入れないんだよなー」

「メンテ中でもアップデートのインストールは出来るかもだから、早めに立ち上げるつもりだけどな」

「弁当でも買ってくか」

 弁当屋の前を通り過ぎて、エーリッヒがちらりとそちらを見た。彼はカズホより身長が高くその分一歩が広くて常に少しだけ先を歩くような感じになる。

「そーだな…ちと待って、メルする」

「あー?イモートか」

「そそ。オヤはまだどーせどっちも帰んねーしメシとかいいんだけどさ。二人分いるかもしんねーから」

『今日メシどーする?今オリジン前』

 速攻で返事が来た。『唐揚げだけ買ってきて』と。他は多分、用意してくれているんだろう。というか、唐揚げが食べたくなったんだろう。唐揚げだって、と画面を見せるようにひらつかせて、カズホは進む方向を変えた。

「イモート、可愛かったら紹介して」

「俺に似てるってもっぱらの噂だが?」

「……ごめんなさい、想像したらキモかったです」

「失敬な」



 七時前には家事は色々終わらせてしまうつもりだった。

 お風呂も済ませて、深夜帰宅の両親のために食事にも寝酒の肴にもなるような準備も済ませて。

 カズホと同じくハナも今日から始まるらしい大規模イベにはそわそわでわくわくだったのだ。

 双子の兄からのメールに返事をして、その後ヨツバともメールの遣り取りをして。アップデートは先に済ませておけるかも、そしたら七時丁度にインできるかも、などと教えられて、成る程と思ってリビングに入った。

 前夜、カズホは自室でなくリビングでゲームをしたらしく、ヘッドセットが二つ転がっている。今日はハナも落ち着かなくて掃除がいい加減だったなあ、なんて今更思ったりした。片方戻しておくか、なんて拾い上げてはみたものの、兄の部屋に勝手に不在の時に入ったりすると最近はあまりいい顔をしないのでやっぱりやめた、と転がした。

 折角凄く凄く楽しみにしていた夜なのに、つまんない兄弟喧嘩なんてすることはない。

 買ってきてくれた唐揚げを二人で食べて、何ならちよっとくらいTSOの話をして、それからじゃあねって別々に別れてゲームをするんだ。

 考えてたらまたそわそわな気分が盛り上がってきた。

 アップデートインストールか。もう出来るのかなあ。ダイニングテーブルに夕食の支度をして、リビングに戻ってきてハナはヘッドセットをかぶった。出来るんならやっとこう、と電源を入れる。

 いつものように目の前が白くなって。明滅して。慣れた仕草でゲームを起動する。インストールデータはもうダウンロードできるようになっていた。結構時間が掛かるようで、ちょっと驚く。今までにないくらい、やっぱり大規模なんだ。そういえば、ゲームが始まって、最初の夏休みだ。やっぱり特別なんだなあ、なんて思いながら、目の前というか、頭の中で、というか、視界いっぱいに広がる起動風景をぼんやり眺めていた。

「ID…パスワード…」

 10分くらい掛かって漸くインストールが終わったらしい。頭の中にぱっと新たな像が結ばれた。矢張り見慣れた窓、IDとパスワードを打ち込むところだ。その窓の脇にキーボード状のテーブルが浮かび、そこに打ち込む形になる。

 アップデート直後だから、やっぱり改めて打ち込みさせるんだな。

 そう思いながらすっかり記憶してしまったIDとパスを入れていく。クッキーが記憶してくれている場合もあるが、定期的にちゃんと打ち込みをさせるのは用心のためだろう。

 データの盗用などは昔も今も最も用心される犯罪だ。

「あ、やっぱり入れはしないか」

 時間まではまだもう少し、ある。メンテナンス終了は七時になります、という愛らしい声のアナウンスが響き、目の前の風景はまた元通りオープニング前に戻った。

 

 その後、すぐに兄が帰宅。用意した食事の支度に買ってきて貰ったおかずを一品増やし、二人で夕食を取った。

 カズホは細い身体の何処に入るのか、と言うくらいの健啖振りで配膳した大多数を平らげ、ご飯も二回お代わりをして、何かやたら気合いたっぷりの様子だった。

「風呂入っておくわ」

「あ、早めにお願い、あたしも入っておきたいから」

「判ってるって、ゆっくりなんて浸かってらんねーよ」

 なんか、踊るような足取りでカズホはバスルームに消えていった。子供みたい、と笑ったハナも、洗い物をしながら踵がゆらゆらずっとしていた。


「そういえば、アップデートのデータは先に入れちゃえば七時丁度にインできるってヨツバが言ってたけど。ほーちゃんまだしてないでしょ」

「……!!あと何分!?」

「や、まだ30分以上あるけどさ…っていうかあたしがギリじゃん、もー、速攻でシャワーだけだー」

「お前そんなあせんなくたっていいだろ、きっと討伐イベとかだよ」

「そんなのわかんないじゃん!討伐イベとかPK系ならやんないけどさー」

 言いながら、ぱたぱたと風呂場へ。

 カズホはヘッドセットを掴んで、自室に引っ込んだ。


 暑い日だった。

 夜になっても昼間の陽射しの余韻は続き、熱帯夜となった。





 七時。

 概ねインストールを先に済ませてしまったユーザー達が、次々とTSOの世界にダイブしてくる。

 活気のある街の広場はあっという間に人で覆い尽くされる。

 誰もが皆、楽しみにしていたのだと一目で判り、その光景で更に心が浮き立つ。

 誰かがインしてくると、その現れた一瞬、そのキャラクターが光の粉をまぶされたように、光る。それからすうっと光が鎮まって身体が実体化する。次々と人が現れてくる様子はそのきらきら鏤められる細かな光の粒子と相俟って、ひどく幻想的に映り、カズホがいつもこのゲームが好きだなあ、と思う一瞬だった。

 自分がインする時は、自分の姿は無論見えないが、目の前がきらきらで埋め尽くされる。

 それがゆっくりと鎮まって、目の前に町並みが広がる。実在する世界が切り替わる瞬間の間を埋めてくれるような、光。今日もその見慣れた目映くちらちらする光がゆっくりと鎮まっていくのを、緩く瞬きを繰り返し、やり過ごす。

 視界のピントが合っていく。

 つい一瞬前まで見ていた光景だけではない。慣れた自宅の匂いが街の匂いとなり、ほぼ無音の中にいた耳が、多くの人々に囲まれた街のざわめきを捉える。肌が風を感じる。リアルよりずっと涼しく、夏の夜にしては爽やかなのは湿度を低く設定してあるからだろう。

 五感全ての感覚が切り替わり、徐々に馴染んでいくのを知覚していく。伏せていた眸をゆっくりと上げた。いつもの、感覚。

 「────あり?」

 いつもの、感覚。の筈なんだけど。

 なんとなくちょっとだけ、ほんのちょっとだけ違っている気がするんだけど。気の所為か?気の所為レベルか?

 まばたきして、ちょっと身体を動かせばすぐ消える程度の違和感。

 いや待て。

 また新たに生じる、違和感。

 なんか、歩いた感じが違うような。

 というか。

「……俺、昨日こんなとこで落ちたか?」

 昨夜も寝落ちる寸前まで頑張っていたから、記憶が微妙に曖昧なのは確かだけれど。でもここ、ここんとこ拠点になってた街と明らかにぜんっぜん違うし。かなり中盤レベル用の街というか。攻略最前線スポットではない。賑わってはいるけれど…あれ?

「あれー?」

 ────。……

「……あ。あ、あ、あいうえ…お」





 俺の。声。

 声……。

 これって。

 これって。



 こここここ。これはあれじゃないですか。



 

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