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まだまだプロローグ



「ほーちゃん!ほーちゃん七時半だってば!知らないよもうあたし先行くからね!」

 まだふわふわと柔らかな空気に包まれ漂うような心地でいる、その中に高い声が反響して聞こえる。質は悪くないのだが、響きと時折引っ繰り返る声のでかさが耳障りだ。もっとこう、優しく囁くような声ならもっと気持ち良く寝ていられるのに。

 などと暢気に考えていたが、七時半、という単語の意味が徐々にじわじわと沁みてきて、一帆はベッドから転げ落ちた。先に身体が反射したらしかった。

「七時半て!!」

 それは本来、家を出る時間。

 ぱたぱたぱた、ばたん、がちゃがちゃり。しーん。

 共働きの両親は既にとっくに出掛けた後だ。そしてたった今、双子の妹が起きない兄を諦め見捨てて先に学校に行ってしまった音が。

 おおおおれのあさめし。ちゃうわ、もはやそれどころですらないわ。

 転げた体勢から更にカーペットの上を一回転、その勢いで起き上がる。散らかった部屋の中で色々踏み潰したが見ている暇もなく寝間着を脱ぎ捨て顔を洗い歯を磨き。

 帰宅も遅い両親の変わりに家事を色々とこなしてくれる妹が、今日も文句を垂れつつ整えてくれていた制服を着て、妹がダイニングテーブルに置いていってくれた弁当と朝ご飯用の握り飯を中身が殆ど空のスクールバッグに放り込んで、高校一年生の小澤一帆は家を出た。駅まで超ダッシュ。

「ダッシュスキル!!なんでないんだ!」

 あったら多分、電柱に激突していたか車に突っ込んでたと思う慌てぶりはよくある朝の話だった。


「ハナ、おはよーん」

「おはよーヨツバ、ねーねー、ブラウニー作ってきたよー」

「よーしよし、それはあれだね、TSOであたしに麻痺毒喰らわせたお詫びってやつだね」

「……えっ、あっちはあっちっていうかちゃんとあれ、解毒してその後ケーキおごったじゃん」

「だめ、気が済まないし」

「なんですとー」

「つーかあんた、もっと痛い目見てうっかりボケなくさんとー。店やるんだしさー」

「むむ」

 そう言われると確かにその通りかも、なんて思ってしまうハナこと小澤一花だった。イチカ、と読むが愛称はハナ。

 何だかんだで結局ブラウニーは食べさせるために作ってきたのだから、遣り取りに関してはじゃれ合いの域は出ていない。他の友人達も交えて昼休みのお楽しみの、おやつだ。




 男女の双子というのは似ないケースというのが多いそうだが、一帆と一花は、一見して「ご兄弟ですか」と言われる程度にはよく似ている。

 柔らかい髪質、ちょっと癖っ毛。

 全体的に色素が薄く出来ているのか、肌も白くてあまり日焼けが定着しない。目の色も光の加減でかなり茶色っぽく見えたりする。まだ16才なので一帆は特にひょろっと細く骨っぽく、肉がついていない。彼の理想とするところは、ゲーム内での理想と同じく強くて頼り甲斐のある男なので、もう少し、いや、もっとかなり肉が欲しいところ。

 一花は胸だけ欲しい、とか腹肉引っ越ししろ、とか考えている。一帆と同じく一見は細っこいのだが、骨が細くてわりと触るとぷわぷわしている。ヨツバはよく堪能しているがそこら辺は女の子同士なのでお互い様だった。


 お互い同じゲームにはまっている、というのは知っていた。が、一緒に遊んだことはほぼない。偶々擦れ違うことはなくはなかったが、基本的に誘い合わせでもしない限り同時刻同サーバの同じ街に出現する可能性は低いし、あまり兄弟で一緒に遊ぼうと考えるほどべったり仲が良いわけでもなく。寧ろ、双子だからこそあまり一緒に遊びたくないと思っていたかも知れない。

 一応、一番最初に同じゲームを始めた、と知った時にはフレンド登録はした。だが、その後数ヶ月二人してかなりのハマり振りを見せてはいるがその機能を使ったことがほぼ、ない。フレンド登録も、元々、微妙にお互い接触しないようにするため、とか、反発しているギルド同士には所属しないようにしよう、とか、トラブル回避と近付き防止のためにしたようなものだったので、使うケースもあまりないのだ。

一帆は一花のゲーム内の料理には全く興味がなかったし、一花も一帆が戦闘で拾う素材が欲しいとまでは思わなかった。興味も益もなければつるむ必要もない、お互い好きに遊びましょう、といった感じで続いていた。仲が悪いと言うことは全く無かったし、寧ろ、普通に仲は良かったが。ゲームの中というとそんなものだった。




その日は暑かった。

リアルでも暑かったし、ゲームの中でも夏にちゃんと設定されていて、不快とは思わない程度に陽射しは熱かった。

学生は夏休みに入ったばかりの、週末。

一帆も一花も毎晩のようにゲーム世界をいつもより長く堪能し、深夜まで遊んで、寝不足で起きて今度はリアルの約束で遊びに行ったりしていた。

毎日忙しかった。

楽しかった。

リアルは当然、ゲーム世界の中でも夏休みになったということで小規模大規模のイベントが用意され、目まぐるしくあちこち引き摺り回されていた。世界中に転移してこなすお使いイベ、既存モンスターのカラリングが変わったとかだけでなく、ちゃんと新しく用意されたイベントボス。攻略サイトも一気に書き込みが増える。あちこち活気づいて、盛り上がって、戦闘大好きの一帆も勿論、新しい素材アイテムを手に入れた一花も調理を試すのに忙しく。

忙しかったのだ。



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