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本日のお品書き。


 一晩寝て、起きて。

 ゲームの中で、ベッドの上で目覚めるというのは、ひどく不思議な感覚だった。

 夢中で、寝食忘れて入れ込んで、挙げ句寝落ちてしまう、というのは昔からよくある話で、VRゲームでも当然、ある程度のヘビーユーザーなら一度は経験していることだと思う。

 ボス戦、レベ上げ、生産に熱中、そんなんですっかりへとへとになって、ちょっと休もう、とベッドに転がっていつの間にか寝てしまう。私も何度もあった。

 ただ、その場合、以前なら。

 VRマシンは、ユーザーが寝てしまった、と判断すると一定時間後にログアウトしてくれる仕様に、なっているのだ。だから、ゲームの中で寝てしまっても、目覚めたらそこは、現実の、自分の部屋であったりする。

 だから、寝て起きて、目覚めてもまだゲームの中だったというのは。

 初めての感覚で、そして、現状が夢ではないのだ、と改めて認識し、寝起きからどっと気を滅入らせる事となった。


 恐らくは全ユーザーが同じ気分を味わっていたのだろう。

 それが判っていたからこそ、朝八時という早い時間に、運営からの公式発表があったのだと思う。


 目覚めて落ち込んでいた気分は、最初のうちは、運営すら事態の把握がどうやら出来ていないらしい、と更にめり込ませられていたが、ゲーム内での死亡は現実の死とはならないらしい、ちゃんと復活出来るしその後も普通にまた過ごすことが出来る、という発表が為されるに至り、気分は急上昇した。

 勿論、事態は何も変わっていない。未だ救いは訪れず、訳も判らぬ状態のまま、膨大な人数の魂がゲームの中に囚われている。だが、身近な恐怖となり、基本的な動きを封じられてしまっていたような恐怖心が、一気に取り払われたのだ。

 それならば、いつも通り、ゲームを普通に楽しんでいた時のように、フィールドに出てモンスターと戦ったり、未知の土地を手探りで進んだりダンジョンに突っ込んでみたり、出来る。

 それは、いつ助かるか判らない状況では、ある意味精神的な救いとなるだろう。

 気を、逸らしていられるのだ。少なくとも、何をするにも落ち着かず、怯え、街から出られずにいるよりは、ずっとましだ。平常心を保って、事態の改善を待つ、ということしかプレイヤーには出来ないのならば。

 普段通りにしていられるのが、一番良いのだと思う。


「よーしよしよし、じゃあ、狩りだな、とりあえず。ここらだとハナのレベルでもちっとモンスター弱すぎねーか。北の鉱山か、西の大森林にでも行くかなー」

 ほーちゃんは、浮かれてすら見える。

 光が一杯の、ダイニング。

 お店と同じく自宅もちっちゃい、一番安く出ているタイプだ。シンプルな形はいかにも中世ファンタジー、ってノリよりもむしろ、郊外都市の建売住宅って感じ。雰囲気出したいなら自分なりに家具を揃えるとか、壁紙や照明を変えるとかしなきゃなんないんだけど、私には未だ余裕がない。使ってる家具も作り付けか、一番安いやつか、だし。

 ダイニングテーブルもそんな感じ。せめて、小さい花を飾って、ランチョンマットと可愛いテーブルセットと、あったかくておいしいごはんで朝ご飯、にしたんだけど。

 この、バカ兄と来たら。

 朝ご飯のサンドイッチ──パストラミとサラダと卵フィリングを、雑穀パンに挟んだしっかり目のやつね──を口一杯に頬張りつつ、落ち着き無く今にも腰を上げて駆け出しそうだ。…一応女の子の外見なんだから、そういうみっともないの止めて欲しいんだけど、心から。マジでマジで、私の周囲の評価がどんどんだだ滑っていきそうで怖いよう。あーあー、口の周りに、卵が。レタスはみ出して、あっあっ、落ちる、零れる、服が汚れる!

 超そわそわしつつ、今日の予定を立てつつあるらしいほーちゃん。

 スープを飲みつつも気が漫ろ、果ては、ごはんの途中なのにエーリッヒさんにコールとかし始めた。

 ねえ、そのスープ美味しいでしょ?朝からクラムチャウダー作ったんだよ。ねえ、さっきから何食べても何も言わないけど、どーなのよ。

 流石にむっとして、テーブルをごん、と叩いてやったぞ。きょろっと、びっくり目がこっちをみる。はっと気付いた様子で、慌ててコールを切ろうとした。

 お行儀悪いって気付いたんだろうけど、口尖らせてこっち見てる。ガキか、バカ者。

「…あっ、わり、じゃ、じゃあまた後で!────なんだよ、ハナ。今俺…」

「今、俺さんは何してるわけ?ごはん中に見えてるんだけど、違うのかな?」

「や、メシ…うん、美味い、よ?……あの…」

「ごはんの最中に電話ってさ、現実でも嫌われると思う」

「……う……」

「みっともないし。失礼だし」

「ご、ごめん」


 ふん、と一息態とらしく吐いて、食後のお茶を淹れて出した。ミルクティー、ちょっと甘いやつ。

 大人しく、カップを抱えて飲んでる。素直は素直なんだよねー。素直すぎるというか真っ直ぐ莫迦というか。リアみたいで、良いんだか悪いんだか。

「ほーちゃん、今日はじゃあ、一日エーリッヒさんと出かける予定なの?」

「う…うん、昨日一日何も出来なかったし、正直すっげー戦闘してぇんだ。お前の身体だから、色々気をつけるつもりだけど…イイだろ、ダメか?死なないなら、良いかなって…」

「うーん」

 実は、お店に出す分の調理の手伝いをして欲しいんだけど。

 ほーちゃんの身体で作る料理はやっぱり限界がある。昨日、試してちょっと思ったこと、やってみたいことはあるんだけど。で、ほーちゃんにも私の身体でやりたいこと、やって欲しいこともある…んだけど…。

 なんでしょう、この、お預けされてるわんこのよーな顔は。こっち見てる目は。

 くそう。

「……いーよ、行っておいでよ」

「マジか!」

「あたしはデスペナそんなに気にしないから、まあ、多少死んできても怒らないよ。でも、帰った後、明日の仕込みは手伝ってくれる?それから、あたしは今日は一日、お店のことしたいから、ほーちゃんの身体でお店に立ったり、市場で買い物したりするけど、それは構わない?」

「おお、勿論!や、うんうん、頑張れよ、ハナ。今日もきっとめっちゃ客来るだろうし!」

 いや、だからこそ手伝って欲しかったんだけど。

 しょーがないか。


 さて。

 ほーちゃんが、しばらく私のステータスを眺めたりスキルを確認したり、インベントリとか倉庫のリスト(プレイヤーの自宅も倉庫屋と同じように、倉庫の荷物の出し入れが可能になる)を眺めたりしてうんうん悩んでいるようだったのを尻目に、私は家からお店に移動して、今日の分の仕込みを始めた。


 ほーちゃんの身体では、細かい作業が無理だ。

 ものっそい丁寧にゆーっくりやっても、みじん切りも千切りも綺麗に出来ない。キュウリの薄切りすら無理だった。超ショック。

 大雑把な肉の解体なんかは出来そうだけど、例えば、鯵なんかを捌いて綺麗にお掃除してっていう作業は出来なさそう。

 味付けは、スキルとか必要なくて、自分の舌が頼りってことで、同じもの食べて暮らしてきたほーちゃんの舌なら問題ないと思うんだけど。

 売り物なら、見た目も美しくなきゃ絶対ダメだし。形が不揃いの野菜で作るものは、味が均一にならない。だから、ミネストローネみたいなのすら避けた方が無難かも。

 昨日の晩と今日の朝と、自分達のごはんを作ってみて、そんな感じでだいたい把握した。

 繊細な作業とか細かい作業とかはダメだけど。

 逆に、私の身体より使えるものがある。

 力の強さだ。ほーちゃんのステータス、STR値が私の100倍くらいある気がする。自分の数値が記憶にないんだけど。本気出したら、林檎とか片手で握りつぶせそうなんですよ。おっそろしいなー。

 まあ、だもんで。

 暫くは、力の必要な作業、で作れるものに挑戦してみよう。と思います。

 

 


             【***のんの*** 本日のメニュー】


 

              ネギ味噌ゴマだれうどん……………500c

            ジャージャー麺風挽肉味噌うどん………600c


             じゃこと青ネギのチャーハン…………450c

              鮭とレタスのチャーハン……………450c


              夏野菜とチーズのパイ………………1500c

                          1piece 250c

               挽肉とキノコのパイ………………1500c

                          1piece 250c

  


            バニラアイスのキャラメルソースがけ……300c

             ナッツとレーズンのカスタードパイ……400c



             本日オールテイクアウトでお願いします

              お一人様10個まででよろしくね


             容器をご持参の方は一品につき、5c引き!


               出来たてご希望の方はお気軽に

              ただしちょっとお待たせしちゃうかも

 

 



 生地を捏ねるのに体力腕力使ううどんやパイ生地、中華鍋を振り続けるのにやっぱり体力腕力必要なチャーハン、腕力必要なクリーム類、ゴマすり、と。

 いっぺんにやってやったぜ!はーははは。

 

 私も、腕力つけよう。マジで。

 あ、リアでも。戻れたら体力作りしよう。うん。

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