日常へ、立て直そう。+たまご、たまご、たまごの巻
「スキルで自動作成されるオムレツは、卵1個で作れるの」
かしゃ。ぱし。かしゃ。ぱしょ。かしょ。ぱき。かしゅ。ぱし。
「だけど、手作業で作るオムレツは、卵3個使うんだ。バターとか、調味料だって、スキル作成で自動で減っていく量と、ちゃんと作ったときに使う分量は全然違う」
かしゃぱきかしゃぱきかしゃぱきかしゃぱき。
「私は、レシピにはないミルクを混ぜるし。手作りのオムレツなら、同じ材料でも、白身を先に泡立ててから焼くとスフレオムレツになるし、味付けだって変えられる。そもそも、具とかソースだって、いろいろ工夫出来る料理なんだよ、ゲーム内の正式なレシピはプレーンオムレツだけだけど、幾らだって色々作れるんだ」
かしゃぱこかしょぱきかしゃぱきょかしゅぱきかしゃぱき。
かっしょかっしょかっしょかっしょかっしょかっしょかっしょかっしょ。
「卵1個と、卵3個。その差だけでもわかるでしょ?…自動作成される料理ってさ。所詮単純なレシピだし。出来も単純なの。……あんまり、美味しくないんだ」
かっしょかっしょかしょかしょかしゃかしゃかしゅかっしょかしゃかしゃかしゃ。
「────自動作成で、一気に大量の料理を作ったらどうなるかっていうのがそもそも思い付けなかったほーちゃんのおばかちゃんぶりは、今更だから突っ込む気にもなれないけど。まあでも、お客様のニーズに応えようとしてくれたんだって、判るから。大量の卵をダメにしちゃったのも、テーブルの上に乗って無事だったオムレツも自動作成だから味が微妙なのも、責めないけどね?もうね?」
「……責めてるって言うんじゃないのか、それ…」
がしゅかしゅかしゅかしゅっ。
「ほーちゃん、なんか言った?」
「いいいいいってませんなんにも!!ええもう、この度は!ワタクシの!不徳の致すところで!」
説教しつつのハナの手が止まらない。
さっきから、機械のような手際で、卵を片手で割ってでかいボールに落とし、数十個一度もミスらず入れ終えると、菜箸で大きく混ぜ始めている。リズミカルな音がずっと、続いている。説教の声と共に。…説教の声が俺なんだよなあ…早く慣れたい、この変な感じ。
俺の、大失敗で。
奥の厨房がオムレツまみれになっちまって、そこに丁度ハナが無事到着して、ぶっ飛ばされて。
我ながら、完成したアイテムの量とかまっっっったく考えないで作っちまったどあほう振りにボーゼンとしちゃって、床にへたり込んだ状態の俺を尻目に、俺の姿をしたハナは、ちゃきちゃきてきぱきと片付けて。
床に落ちたり俺がぶつかって雪崩れさせたりした分は、勿体ないが仕方ない、全部綺麗に片付けてしまって。
で、かろうじてテーブルにちゃんと綺麗な状態で残っていた分のオムレツは、でっかい寸胴鍋に全部移されて、何をどうしたのか判らんが、気がついたら大量の野菜と卵のトマトスープ、になっていた。
味見したら、ハナの言うとおり、オムレツの味が違うんだろうか、とは…実は判らなかったんだが、普通に美味くて。
野菜の味が柔らかくて、卵のまろやかさが優しくて。トマト味がほっとするスープ。
ハナはそれをサービスで集まってた客に振舞い(勿論、俺のアホさは説明した。が、誰もスープは拒否しなかった。大好評だった)さっさと卵の補充に仕入れに出掛けてしまい。
俺が何も出来ず、やっと店の裏手の住居スペースに行って身体を拭いて髪だけ洗って着替えて戻った時には、もう、そこまで全部終わってた。
で、説教タイム始まったわけです。
ちなみに俺、綺麗になった床の上に正座ね。
ハナは、なんか更に作ってる。でかいボールを抱え込んで、卵を混ぜて。がっしゃかっしゃ混ぜて。そっから、そこに、なんか色々更に混ぜだした。鍋でなんかした汁?を入れたり、刻んだネギとか人参、とか。なんかキノコをみじん切りにしてる時は、この手が不器用で困る、とぶつぶつ言ってた。……すんません。
俺、リアルで包丁とか殆ど持ったことないし。武器は両手剣だぜ、繊細さなんて欠片もねー。つーか、よく俺の身体で料理できてるよな、こいつ。
んで、なんか色々細かく刻んだ野菜と、なんか多分味付けた汁を卵に混ぜてる。で、それをどーすんの。やっぱりオムレツ作るのか?
「とりあえず、テイクアウト専門で、手早く出来るものってことで。卵料理は良いと思う。でも、それなら、テイクアウトだったらオムレツより、出汁巻玉子の方が良いと思うんだー」
独白めいた口調で、呟く。
で、厨房のコンロ全部に一斉に点火して、四角いフライパンを並べて。
一気にまとめて、同時に卵焼き、作り始めた。そして。
「え…、────やば、作りづらい…!手順なんて全部判ってる、のに、思うように手が動かない…!」
作り始めて、すぐに。
焦った声で呟いた。見ると、俺の横顔に汗の珠が浮かんでいる。
もどかしそうに双眸を眇め、手許へと視線を移せば、ひどく微妙な、動き。
もし、今の俺のこの手がちゃんとハナの手で、ハナに使えてたら、もっと完璧な出汁巻玉子を作れているんだろう。
俺からしたら、あっという間に焼けていく卵を上手いことまとめて、端からぐしゃぐしゃってして、寄せて、くるってして、また新しく卵入れて、ぐしゃぐしゃってして、というのを、何個もいっぺんにやってるっていうのが信じられん神業に見えるんだが。
ハナは思い通りにいかない、と、口惜しがってる。
スキル補正もない、俺の指ならさぞほんとに不器用だろう。
本来のハナの手は、ここにあるんだけど。
……何も出来ん。
ただ、正座して見守ってるだけ。
「あのさあ…なんか…まだピンと来てないんだけど…」
恐る恐る、という感じで、リス子が俺らのところに近付いてきた。
ハナが完璧つっぱしっちまってて、友達のリス子になんも説明してなかったらしい。んで、俺も着替えたり正座だったりしてたもんで、結局、色々説明してくれたのはエーリッヒだった。…リス子はヨツバちゃんっていうんだって。ううむ、名前も可愛い。
「あれだよね、えっと、おにーさん…双子、なんだよね?ハナと?……で、えっと、ログインを、入れ替わってやっちゃったって…ことなんだよね?」
「あ、ごめんね、ちゃんと説明してなくて。うん、落ち着いたらちゃんと話すつもりだったんだけど…」
内緒にしくかどうか、という話もこの状態では吹っ飛んでた。だって、明らかにおかしかったし。もう、ハナの奴が明らかに全部頭から飛んでたし、諦めて実はと打ち明けるしかなかった。まあ、聞けばリア友だそうだし、一番仲居いってことだから、俺のエーリッヒみたいなもんで、まあ、どのみち打ち明けてたんだろうなと思うんだけどな。
でも、まあ、ハナの方もヨツバさん…ヨツバ、ちゃん。に、打ち明けて、あとは内緒にする方針ってことで、いいんかな。一人くらいは、お互い気楽に接することが出来る友達は欲しいと思うし。
「……」
ヨツバちゃんが、俺を見てる。
俺を見て、ハナを見て、俺を見る。交互に見て、物凄く複雑な顔をした。
やっぱこの子、面白い。
貌に全部出るというか。
「うー、納得できない…どうしよう、売り物にしちゃって良いのかなあ、これ」
「ん、美味しいよ?ちゃんとハナの味だよ。…ま、ちょっといつもは有り得ない程度に形が悪いかもだけど…」
「そうだよねえ、こことか焦げてるしなぁー」
「ふふー、でもさー、昔ハナがおべんと作って持ってきたやつとか、こんな感じだったよ、見た目いまいちだけど味は良いの」
「えー、いつの話だよー」
きゃっきゃしてます。あの二人。なかよちです!
寄り添うような格好で卵焼きを味見している二人を見ていると、妙にこう、嬉しくすぐったい気になる。だって、俺が可愛い女の子と仲良くしてるのを客観的に見れてんだもん。いやあ、何も知らなければこれは素晴らしきリア充の世界ですよ。
俺なのに妙に仕草とかオンナっぽいのが超キモいのでプラマイゼロな感じだけどな!
……それにしても、ヨツバちゃんは違和感なく疑わず信じてる感じだ。一度、違和感を乗り越えちゃったら、もう外見が俺でも「ハナ」と接してるって感じ。逆に、俺に対して微妙っぽい顔をしてる。
微妙っぽいといえば、俺の方も。
いや、俺の方っていうか、俺じゃなくて俺の方の友達…エーリッヒな。
「……なんだよ」
「なんだよって…なんだよ?」
ポーカーフェイス作ってるけど、動揺してんの判るんだよ。こいつ、そこそこイケメンなくせに女になんか緊張するんだよな。
中身が俺だって判ってるクセに、視線が合うと目が泳ぐ。
やっぱあれか、男の方が所詮視覚に惑わされんのか!?哀しいぜ、男っていう生き物は。はっはー。声だけで話してた時はこんなに変に緊張してなかったのになー。
まあ、慣れさせるしかねえか。
正座からは解放されたようなので、そろそろとエーリッヒの方に行ってみた。
うーん、元々ちっと身長差はあったが、ハナの身体だと更に差を感じるな。むかつく。
隣に並んで、貌を見上げると、明らかに目がうろうろっとした。
「……。……思ったよりさ」
「あ?」
「……そんなに、似てない、よな。双子だけど」
はあ。
むしろ、リアより若干簡略化+美形補正されるアバターは、俺たち双子をより似せる方向になっちゃってんだけど。
似てねーかな。
ヨツバちゃんなんかは、男女の双子なのに似てるよねーなんて感心してたんだが。
「あのカズが…ホントはこの顔、なんだよな…」
なんかしみじみしてますけど。なんだお前。




