やっと合流。
あっという間に、ショーケースの中は空っぽになってしまった。
が、まだまだ客は途切れない。いや、それどころか、店が開いて、騒ぎが大きくなったのが広まったのか、むしろ客が増えている気がする。カウンター越しに外を窺おうとしても人の頭でろくに見えない。くっそ、そろそろハナ達が着くと思うんだが…。
「おい、もう無いのかよ、なんとかしてくれよ」
「ハナちゃんお願い、すぐ出来るものとかないかな?」
「ちょっと、押さないでよ!」
「何これ、何の騒ぎ?……あ、そうか、食い物か…そういや腹減ってるかも」
「なんか判らんが、並ぶか」
「いってえ!足踏むなよ!」
手伝ってくれてたリス子ちゃんが、おろおろしてこっちを見てる。そんな貌で見ないでくんないかな、こっちだってどうすりゃいいかわかんねんだよ。
「どうしよう…このままじゃ、お客さんみんな怒っちゃう」
怒るとか理不尽じゃねえのか、勝手に怒れと言いたいんですけど。食料自体はNPCショップで買えるんだし、別に飢え死にするわけでもないっつの。
なんでこんな、必死になってんだよこいつら。つか、単にストレスぶつけられてる気がすっぞ。
「くーいもの!」
「くーいもの!くーいもの!!」
「おい、なんで追加作らねえんだよ、材料とかあるんだろ?」
「いつもだったら、ぱぱっと作ってくれるじゃん。なあ、なんで何もしないんだよ」
「くーいもの!くーいもの!食い物寄越せ!」
「おい、奥に倉庫とかあるんだろ、在庫隠してるんじゃねえのか」
「冷蔵庫の中見せろ」
「くーいもの!!」
てめえら全員ぬっころすぞ身勝手言い散らしやがって。
なんで、しらねー奴らの言うこと大人しく聞かなきゃなんねんだ、ああ?
赤の他人のために何かしてやるとか、俺はそういうので歓びは感じねーんだよ!
くっそ。
めんどくせーめんどくせーめんどくせー!!
爆発しそうだった俺が、かろうじて我慢してたのは、ここは妹の店で、今は俺が妹で、妹は多分客とか大事にしてて誰かのために頑張ることが好きで、俺が暴発したら全部台無しになっちまうから。
あと、隣でおろおろしてる女の子が可愛いから。ってのも、まあ、ちょっとあるが。
「どうしよう…」
「作ってみる、しかねっか」
「ハナ?」
「ちょっと待ってて」
マジで、調理スキルの使い方がわかんねえ。だが、試してみるしかねーだろう。
ジョブスキルに関しては、一々チェックする気が失せるくらい、ハナは矢鱈めったら獲得してた。勝手に発動するようなのもあるだろう、と踏んでいる。
職人スキルはろくに使ったことがないが、一応、このゲーム自体は死ぬほどやってるわけだから…このゲームが持っている癖というか、やり方みたいなのは判ってる。
戦闘スキルと同じように、きちんと手順を踏んで、料理を自分の手でやると、それをスキルが補助してくれる、という感じなんだろう。うん、多分。
で、それだけではなく。
スキルのみを使って、時間短縮してのアイテム作成も出来るはずだ。
手っ取り早くスキル上げるのに、大量に作らなきゃならないってこともある…あったはずだし。俺、一応鍛冶スキルは取ったんだけど武器をちょっと鍛錬して、もうめんどくなってほったらかしだったんだよなー。
ええと…材料は用意しなきゃなんないのか。
ぬ…調理。料理…スキル…ええっと、何作れば良いんだ。そしてそれの材料はどうしたらいいんだ?
俺は、とりあえずカウンターとショーケースの前から離れて、奥へと引っ込んだ。戸口に扉はなく、目隠しになんの変哲もない布帛が下げられている。うーん、何処から見てもただの、のれんだ。
店の奥には店の中と同じくらい狭っ苦しいスペース。業務用のでっかい冷蔵庫が壁の一角を占めている。あとは、厨房、オーブンが四つ、物置用の作り付けの棚が一面に。中央に作業場のでかいテーブル。一人で作業するしかない、って感じだな。二人いたら多分ぶつかって邪魔だ。
背後で客がわあわあうるっせえのを聞きながら、でっかい両開きの冷蔵庫を開ける。そーいや仕入れがどーのって喚いてたなあ。こんな状態だと、仕入れの方もなんか問題出てそうな。
ふむ。卵が売り切れるとか言ってた気がするけど、卵いっぱいあるじゃん。すげーな、何個あるんだ、これ。まあ、色んな料理の材料になってそうだけど、卵とか。牛乳とか…小麦粉とか。これはなんだ、チーズの塊か。ええと…タマネギ。キャベツ。野菜もけっこうあるな。トマト多すぎねえか、これ。
がさがさと漁って、入ってるものをざっと確認してから、ウインドウを開いていく。
スキルのところに、レシピが見れたりするのがあるはず…どんな料理が作れるのかとか。あ、これか。
タップして開いたレシピ集は、何ページぶんあるのか判らないくらいだった。
最初の方は極簡単なレシピ、飛ばし飛ばしでページを繰っていくと、家庭料理から、専門的なよくワカラン料理になっていく。ジャンルごとに一応別けられているようだが、なんだこれ、あれを作りたいんだけど、って思ったレシピを探し出すだけでえっれー苦労なんじゃねーの?
「ハナ!?どーしたの、まだ?」
客を何とか宥めようとしてるリス子の途方に暮れた声が聞こえた。むむ。
えーい、とりあえずだな、レシピ集の最初の方なら、簡単そうだし時間かかんねっぽいし、ハナのレベルなら俺がよくわからんなりに作ってもどーにかなるんだろう。
じゃあ、この、レベル1のレシピの中で、使うのが卵とバター、塩胡椒とケチャップ…だけの、オムレツを。調味料は全部あるっぽいし、卵は山ほどあるから客を黙らせられるくらいの数は作れるだろう。まったく、ほんとに煩い客だ。何をそんなに食い物食い物騒いでんのかって話よ。まあ、待ってろ。作ってやっから。
冷蔵庫の中から、卵ケースをあるだけ取り出す。テーブルに並べ、その他必要な調味料も出す。こうやって、置いといて目の前でやれば、自動的に消費してアイテムに変化するんだろうな。うん。
さーてと。
レシピ集を開き、オムレツのところをタップして、と。
オムレツだけのウインドウが重なって開く。幾つ作るか、というのを設定出来るようになってる。実行ボタンもある。ふん、やっぱりな。これで、個数を決めて実行ボタンを押せば、あとは勝手に作ってくれるんだな、俺が卵を焼いたりしなくて良いってことだ。
無理だし。焼くどころか、割るのも無理だし、俺。
ざっと見たとこ、300個はありそうだ。
またどうせ客はまとめ買いするつもりなんだろうから、これくらいはあった方が良い。
一人何個まで、とかやった方が良いかもな。
んで、価格も引き上げよう。十倍くらいにしても買う奴は買いそうな気がするしさ。
よし、300個、と。
んで、実行。
「【オムレツ】300個。作成実行」
ふわ、とスキルが発動した時の感覚。目の前が白くなり、テーブルの上の卵とかの材料が光って溶け消える。ほー。こんな感じになるんだ。
そして、目の前には300個の完成したオムレツが。
オムレツが。
300個?
さ、さんびゃく…。
一瞬で。
テーブルの上を埋め尽くし、更にその上に重なり、重なり、重なり。
天井まで届きそうなオムレツの山、が。超盛りで。
柔らかいふるふるの、熱々の。
ええもう、一瞬で盛られて、一瞬で崩れました。
オムレツ、300個。
────そうだよな、こうなるんだよな。
バカですみません。生きててすみません。
崩れ落ちて床までひどい有様になっているオムレツの山の前で。
ただ立ち尽くし、茫然としている俺。
と。
ものすげえ勢いで、後頭部を鈍器のようなもので、殴られました。
吹っ飛んで、テーブルの上をスライディングして、オムレツまみれになって前の棚に転げながらぶち当たりました。
な……なになに。なにこれ、なに。何が起こったの。
痛みはない。けども。衝撃に目が霞む。つーか、顔とか卵とケチャップがべっとりくっついててそれで視界が塞がってる。
霞む目で、見たら。
テーブルの向こうに、真っ赤になって、肩を怒らせはあはあいってる男が居た。
俺だった。
────なんだ、うわ、俺だ。
つか、何したお前、今。
お兄様に手を上げ…つーか、自分自身を吹っ飛ばしたんだぞ、お前。
鈍器のようなものというのは、俺の腕でした。防具つけてるから。かてえ。
聖狼のガントレット、武器としてもいける…のか。いやそれは兎も角。
「何したバカ────ッ!!」
俺が怒ってる。
こ、こわい。なんなら多分本物の俺より、怖い。
おハナさん。ゴメンマジ許してマジ怖い死ねる。
ずるずると、床に滑り落ち、ハナを見上げる。
ビジュアルは俺だ。鏡を見ている気分…ともちょっと違うか。自分を映したビデオを観てるような…とも違う。すっげー変な感じ。
まあ、なんか、違和感を満喫できる状態でもないみたいなんだけど。
ふるふるしてるハナの向こうで、エーリッヒが見えた。こっちを覗き込んで、すげーバカ面してる。お前、何その間抜け面。
昨日振りです。えー、この度はどーもごくろーさんでした。巻き込んで悪いな。
と、声を掛けたいんだが。
立ち塞がってるふるふるをどうしようか。
つーか、オムレツ怪獣になっちゃってる俺を、どうしようか。
……オムレツは、あとでスタッフが全て美味しく頂きました。
ううっ、すみません…。
やっと会えたのにこんな事に。




