合流するために、その7。+ブレイクしようの巻
少し慎重になって、その後はちゃんと、道なりに歩いて進むことにした。
勿論、戦闘後にきっちりポーションを使って体力はフル回復させてからだ。
ほーちゃんもエーリッヒさんも回復魔法は持っていなくて、その代わりインベントリには何ヶ月分だよ、ってくらいの各種ポーションが詰まってた。インベントリはアイテム一種を99コまで重ねて置いておける仕様になっているので、その手の小さいものなら幾らでも持っていられるのだった。
…でも、食べ物はあんまり持ってなかった。
丸パンのサンドイッチ(小回復)と原始肉(大回復)。だけってひどい。
そりゃあ、この世界、食事しなくても死なないけど。お腹が空いたって感覚さえなんとかできれば食べるものなんてなんだって構わないんだけど。それにしたって執着なさすぎる。
私なんて、ゲーム初めてまず、買い食いしてみてちゃんと食べ物ごとに味があって、美味しいもの不味いものってそれぞれあるのにびっくりして、食べることが楽しくなってはまっちゃって、そして自分で作るようになったっていうのに。
ご飯に興味ない男の人って……。
「────?なんだよ、疲れた?HPはフルになっただろ。MPも回復しとくか?」
「……ううん、それは大丈夫、だけど」
MPあまり使わないからたいして減ってない。スキル技たまに繰り出してた程度だから、歩いてるうちに回復しちゃってた。
でも、そうじゃなくてさ。
「疲れた時は、ポーションなんかじゃなくって、甘いものだと思うんです」
「は?」
きょっとーん、って顔して顔を見られてる。三白眼気味の目尻が切れ上がったちょっと強面系の顔が、すっとぼけたわんこみたいになってる。
いや、そんな、意外にも程がある、みたいな顔しないでほしいんだけど。
「甘いものって…なんだ?え、食い物の話してんの?え、リアの?」
「リアじゃなくて!今!エーリッヒさんもなにも持ってないの、食べるもの?おやつ、お菓子、果物でも良いよ!ほーちゃんてなんで原始肉ばっかり持ってんのよ!固くて不味くてお腹ばっかり膨れるだけで最低なのに!」
「……は…腹膨れるんだから良いじゃ…」
「いかにお腹は膨れずたらふく、そして美味しく食えるかっていうのが大事なんじゃないの!料理人舐めてんのか!?」
「……。……」
ふるふるふる。
めっさひいたらしい。黙ってかぶりだけ振ってる。ちっ。
この世界だと、肥らないからむしろ女の方が食にたいして貪欲なんだよね。
男の方が、腹一杯になればそれで、みたいな感覚の奴が多いんだ。
客にカップ麺とかリクエストされてすっかり凹んだ時のこととか色々頭の中ぐるぐる思い出しちゃって、無駄に怒りオーラ発散させちゃった。
でも、そんな、食事なんてどうでも良いみたいな顔、しないで欲しいよ。
「……そうか」
「?」
「もし、本当にこの世界から暫くログアウトできなくなったとしたら。…食事って、今迄みたいに適当に、後回しで考えて良いようなものじゃなくなる…んだな」
「うん?」
「いや、だって、ログアウトした後好きなもの食べられるから、今まで食事ってどうでも良かったわけだし…食事に金かけるのはある意味無駄だろって思ってたんだ。…いや、睨むなって。だって、食事一回でハイポーションが一つ買えるわけだからさ…俺たちみたいな、攻略組やガツガツレベ上げが好きな奴はそっちの方が大事だったんだよ」
「…それは、判ってるけど。あくまで趣味の生産職だって、ずっと言われてたし」
「うん。……だけど、これからはさ、流石に…落ちれないんだからさ、それなりに、もし、喰わなくても大丈夫なのは変わらないとしても、食事をろくにしないで生きてくっていうのは、きついよな。身体がっていうか…気持ちとして」
「────そう、だね」
「今の状況が変化するまでは、もしかしたら調理人の需要が桁外れに上がるかも、しんないな」
「えっ」
「……俺だってさ、思い出したら何となく腹へってきた気がするもん。いや、腹減ったっていうより、何か食いたい、って感じ。……そうだなあ。俺、あんま甘いもの好きじゃねんだけど、今はなんか食いたいかもなあ…」
ごはん、って。
精神的な救いになる。
ほんとだよ。
落ち込んでる時の炊きたてご飯と味噌汁の湯気。
疲れた時の、ココア。
ちょっと一息つきたい時、そっと口に入れるちっちゃい飴玉。
お腹空いてる感覚とはまた、そういうのでほっとするのは違う話なんだ。
確かに────これからは、そういうことがきっと。
大事になりそうだと、私も思った。
「よしっ」
立ち止まって、周囲を見回す。
あれは、何処にでも生えてる草だから────あ、ほら、あった。
生命力強いんだよね、殆ど雑草みたいなもんなんだよね。
「なんだなんだ、急に」
ちょっと道から逸れたところで、毟り取った草を掴んで。
インベントリから、簡易焚火セットとかろうじて持ってた小さいフライパン──ちなみにこれ、なんかのイベントでもらえるれっきとした「武器」なのでした。ほーちゃんが整理整頓下手くそで良かった──を取り出して、手持ちの中で一番味が薄い麻痺消しポーションの中身をあける。火を点けて、ポーションの中に葉っぱを入れる。それから暫く、煮込んで。
うん、これなら、大丈夫だ。
マグカップすら持ってないのか、と本気で我が弟にうんざりしてたら、エーリッヒさんが何を求めてるのか察したんだろう、怖ず怖ずとコップを差し出してきた。この人も多分、たいしてほーちゃんと手持ちの中身かわんないんだろうな。このコップ、なんかのイベントで隣の物音聞くのに使うやつじゃんよ。なんでずっと持って…いや、いいや。
「はい、これ」
「これ、って…え、麻痺ってねえけど?……つか、これなに、こうやると上位ポーションになるとかいう裏技?」
「ま、まっさか!…だって普通の水を誰も持ってないんだからしょーがないでしょ!」
本来の私なら、水魔法あるんだけどね。ないからしょうがない、ポーションで代用して。 お茶、淹れたの。ちょっとすうっとする味が、そもそもポーションについてるから丁度良い。野生のミントを千切って、煮出したハーブティーだよ。
若干不安げ、若干興味、ちょっぴり感心。
そんな貌で、エーリッヒさんはコップに口をつけた。
「あ。……うっま……」
でっしょ!?
ゲームの中でだって、お茶は美味しいんだよ!ほっとするんだよ!!
思わず漏れたって感じの彼の一言に、にかーっと笑ってしまった。
多分、かなり内心がだだ漏れた笑顔だったんでしょう。
コップ持ったまま、エーリッヒさんが顔、ぱっと背けて、小さく噴いた。
なんだよう。
同じコップから、というのに内心微妙な気分になりつつ────ううん、ちよっとだけだよ、こんな状況でそんなん気にするのおかしいもん、判ってるよ。
気にしてない素振りで私もお茶を飲んで、二人とも気力を少し取り戻して、また歩き出した。
街まであとどれくらいかな。
もう何ごともないと良いな。




