合流するために、その6。+職業人としてのプライドの巻
そもそも、私のために、しなくていい護衛とかしてるわけで、出掛けなくていいフィールドに出て戦闘をしているわけで。
そして、そもそも私のために、早くほーちゃんと遇わせてくれようとして、なるべく短距離になるコースをセレクトしてくれたわけで。
そして、もたもたと役立たずな私を護ってくれようとして、庇ってくれようとして、咄嗟に私を押し退けようとして───空振って脇に転げちゃったわけで。
そしてその、空振った理由も、私が触られることを厭がったからこそ、そういう、アバターに触れることが出来ないような設定をしておいたわけで。
兎に角全部、今の状況は私が招いたことだ。
目の前で、よく知らないほーちゃんの友達が、少しずつ命を削られている、この、状況は。
やだ。
ぜったいやだ。
誰かが目の前で死ぬとかそんなの有り得ない。ふざけんな。
ゲームなんだから。ただのゲームな筈なのに、なんで死ぬかも、とかマジでビビってなきゃいけないんだ。そんなのダメだ、いやだ、絶対やだ。
私の所為で、私のために、目の前で頑張ってくれてる人がいる。
しかもその人、ほーちゃんの友達なんだ。多分ほーちゃんの一番仲良しの友達なんだと思う。最初に、当然のように頼ったヒトなんだし。
そんな人を、死なせるわけにいかない。
かーっと、全身が熱くなる。指先だけは冷えていくのが判る。
抜いたは良いけど地面に転がってしまっていた、剣を改めてしっかりと握る。
モンスターは、完全にこちらのことは舐めているのだろう。武器を手にとってもちらりとも視線は来ず、ひたすらにエーリッヒさんへの攻撃を続けている。
ぐねぐねとのたうつように自在に動く胴体。堅そうな鱗にびっしりと覆われている。
身の丈は、三メートルくらいだろうか。胴体は人間の胴回りくらい楽々ある。
攻撃の殆どは、二股に分かれた尾。噛み付き攻撃もしてくるようだけど、それよりも尾の攻撃の方が威力がある。短時間だけれど、麻痺してしまうことが多く、動けない間に連撃を喰らってしまうのだ。これが、怖い。
「え……えぇぇいい!」
振りかぶって、かかっていった。
しまった、スキル発動させるの、忘れてた。
ただ単に、へろへろと重力の力だけで振り下ろされた剣が、ぺちんと大蛇に当たる。全くHPが削れた様子がない。
「ばっ…!!」
「あ、あれっ…」
エーリッヒさんの慌てた声。
ガアァァァ!
威嚇だけされた、めんどくさそうに。
それから、物凄く適当にいなすように、尻尾で払われた。
「ぐ────」
吹っ飛ぶかと思った。
吹っ飛ばなかった。思わず脇を締め腕で頭を覆ったら、尻尾が当たってもダメージは受けず、その場から動くこともなかった。身体が固まっちゃっててむしろ踏ん張るような感じになってたからだろう。
にしても、ちょっと驚いた。
ほーちゃん…。これって、ほーちゃんのステータスが高いから…ってことだよね。
だから、ちよっとした攻撃程度、この身体には少しも響かないんだ。
その事実に気付いた途端、現金なことに頭が少し、冷えた。
何が何だか判らなくて、怖くて怖くてただパニックになってたけど。
そんなに、ぶつかっただけで即死しちゃうような、敵ではない…んだ。ほーちゃんにとっては。
何度も言われてたけど、頭に入ってなかった。
この時にやっと、納得できた。
「おい、カズ!何ぼーっとしてんだ、大丈夫かよ!?麻痺ッてんじゃねえよな、だから下がれって言って…」
からん。
一度拾った片手剣を、もう一度地面に投げ捨てていた。
じっとモンスターを見る。
『パラライズナーガ』。蛇だ。どっから見ても蛇。でも、よく見ると、ただの蛇じゃなくて、頭部の脇と、背筋に沿って、と、あと脇腹にヒレみたいなのがある。蛇だけど、本来は水棲なのかも。水蛇とか…そんな感じの。
きしゃあああ!
空気を振るわせる威嚇の音。
あれは。
あれはね。
でっかいウナギだ!!
ってことにする!
ほーちゃんのインベントリの中に、ナイフが入っていた。サバイバルナイフ、かな。アイテム名はスカーレットダガー+3ってなってる。
自分じゃ使わないけどそこそこレアな武器をゲットすると、何となくもったいないからそのまま持っていてしまう、って、私もそういうことあるけどほーちゃんもそうらしい。
短剣スキルいっこもないけど。
この際は、これしかない。
「お…おい、カズ!?」
よくよく考えたらカズじゃないんだけど。でもカズって呼ばれ続けるしかないんだろうか、この状況って。
「攻撃、続けててください!」
背後から回り込むとむしろ尾の攻撃を喰らうので、正面から突っ込んでいく。
こここここわくなんかないんだからね!!
ウナギだ、ウナギ、でっかいウナギ。
さあ、さばこう。私は調理人だ。
こんなに大きいウナギ、蒲焼き幾つ出来るかな!?
目打ちが出来ないが、この場合は仕方ない。
そしてこの感じからいくと、ウナギのさばき方ではなく、まずは蛇のやり方が必要だ。
首筋に回り込んで、がっちりホールドする。
食材だ食材だこれをさばくんだ。
ただ、ナイフを突き立てるんじゃダメ。
頭を落とす時には、ヒレの内側から刃を通す。そこは、鱗で覆われていない。呼吸が必要なので、ヒレも動く。
ずぶり。
ナイフの半ばまでが沈む。
大蛇が跳ね上がった。
抱え込んだ腕の中で強靱な筋肉がぐりぐりと動くのが伝わってくる。暴れる、跳ね飛ばそうとしてくる、痛みにのたうつ。
調理人が食材に負けるわけにいかない。
ほーちゃんの筋力が異様に高いのを実感して、呆れる。こんな楽に刃が入ってくんだ。肉が軟らかいとか誤解しちゃいそうだけど、全くそんなはずはない。武器が優秀な所為もあるのか…性能とか見てなかったな、そういえば。
ずぶずぶずぶ。ぶしゅうう!
噴き上がる鮮血が顎を濡らす。生臭いなー、しっかり血抜き、しなくちゃ。
ホールドして離れない私ごと、蛇は地面の上を跳ねながら這いずり回っている。目が回る、けど、絶対離れてなんて、やんない。
ヒレの下に突き刺したナイフは、ぐるっと一周させる。かなり太いから、難儀する。半周で手が届かなくなった。持ち替えて、一度引き抜いてもう片側のヒレの下から突き刺して、もう半周。威嚇の大蛇の声が、軋んだ悲鳴みたいなものへ少しずつ変化している気がする、けどどうだろう。
尾で攻撃してこようとするそれは、エーリッヒさんが防いでくれているようだった。そっちを見てる余裕がないんだけど、助かる。……何となく吃驚しているような気配がしなくもないんだけど。気の所為、だよね?
「よーしっ、皮剥ぐよ!」
蛇の皮は、ここから一気に剥がなければならない。
大変なんだけど、これが案外他の獣とかの皮よりは剥きやすく出来てるので、どーにかなるかな。ほーちゃんの馬鹿力なら何とか。
ナイフを腰に挿して、両手でがっちりと切り裂いた部分の皮を掴む。
暴れまくってる大蛇の胴体に、しっかり両脚を巻き付かせて密着してたんだけど、ぎうううっと皮を握ったまま、その脚を離した。
「うわっ!」
「ちょ、おま、なに無茶……、っ────おわあ!」
ギャアアアアアア────!!!
蛇とかウナギとか、生命力凄いんだよね。
空飛ぶ勢いで跳ね上がった大蛇は、胴体を地面に打ち付け、跳ね、飛び、右左と無茶苦茶にのたうち回る。
その勢いが激しければ激しいほど。自分の動きで。
蛇の皮が、ずるずると剥けていく。めりめりめりめり。
私も一緒にぶん回されて、何度も何度も固い地面に全身バウンドさせられてるけど、痛みなんて感じないし、もう、恐怖心さえどうにかなっちゃえば、頭の中なんて料理のことだけだ。
離すもんか。ここで綺麗に剥けるかどうか、が、調理人のテクなんですよ。
綺麗に剥けると、皮と一緒に内臓まで全部外れるんだ、これが。
一気呵成で捌いてしまうのが大事。これで味が、全く変わる。
ホントは頭を落として、生き血絞ってジュースと混ぜて出したいとこだけどね。
ワインより、りんごジュースとかが私は良いと思うんだ。お酒みたいにお腹が熱くなるよ。や、未成年だけどね!ゲーム世界だと、調理人て基本食い物に関してあまりタブーがなくなるんだよねー。
本来ならば生きた獲物を捌くのはスキルが必要なんだけど、何百と捌いてきた経験が、動きを正確になぞることで持っていないスキルを発動させてる、らしい。いや、この際多分スキルとか関係ないんだろう。
ゲームで魚捌いてニワトリも捌いて、クマまで捌いてた私は、リアルで魚は捌けるようになっちゃいましたもんよ。ゲームって凄いよね、とこればかりは思ったな。
戦闘スキルも自らの動きだけでスキルを発動させることが可能なように、生産スキルもまた、この世界では同じように発揮されるみたいだった。
まあ、そんな事、考えたのは後になってからだったけど。
するするする、ずるるんっ。
尾まで綺麗に剥けた。真っ白い肉が剥き出しになっている。
蛇って、内臓が身体に対してけっこうあれって思うくらい少ないんだよね。
よしよし、下腹部辺りから内臓がはみ出して、皮にくっついてる。
そんな状態でもまだ、元気にのたうち回ってるのが凄い。んだけど、これ。
「おわ…」
呆気に取られているエーリヒさんの声。
漸く、皮から手を離して、地面に転がっていた身体を起こして、振り返る。
「もう、鱗で跳ね返されることもないと思います、一気にやっちゃって下さい!」
「お、おおお」
エーリッヒさんの武器は、太刀だった。
構えたまま、ぼーぜんとしてたようだったけど、そこではっとして。
一閃。
大蛇の頭は綺麗に胴体から離れた。
それでもまだ、びくんびくんじったばた、しばらくしてたけども。そのうちにその、動きも止まる。
あ。蒲焼き。
と、思ったけど、倒してそのままにしておけば、モンスターの身体はドロップアイテムとコインを残して消えるようになっている。
肉を切り取って使おうとすれば出来るんだけど。
今は、ちょっと疲れた。
消えていくに任せて、私はいつの間にか、ナイフを握り締めたまま、その場にへたん、と座り込んでいた。
読んで下さって有難うございます。
ミスとか、なんかあったら教えて下さい。
…色気のない娘だなあ。




