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合流するために、その5。+エーリッヒくん


 ■■■



 妹なんだ、と奴は言った。


 つまんねえ、笑えもしないギャグをなにかましてくれてんの、と思ったが。

 話しててすぐに感じた違和感と、その後、中身が奴なんだと言われた「イモートさん」と話した時に、違和感を逆に感じなかったという異様さで、信じた。

 そう納得したところで、改めて奴を見ると、不思議とその、立っているだけの佇まいすら奇妙なものを感じるようになる。なんというか…今の、カズは余りに無防備に見えた。

 以前のカズの立ち姿は、必ずどちらかの足に重心の殆どを置いている感じで、膝はあくまで柔らかい。それはもう、瞬時にどういう動作にも移れるような、優れた剣士としては当たり前の、姿。

 現実では暴力行為には俺たちは縁がないし、部活も武道も特に打ち込んでいたりはしない。が、VRMMOの世界で戦闘を続けることによって、自然といつでも戦えるような、常に構えが出来るようになってきちゃってるわけだ。


 が、今。カズを脇から眺めると。

 両肩が力なく落ちている。手も所在なげに服の裾を摘んだり、意味なく胸元へ上がったり。両脚もただたらんと伸びているだけ、完全な棒立ち。心なしか、内股だ。

 後ろから膝裏を蹴ったら多分、カンタンに転けるだろう。いや、肩を脇からどついただけで吹っ飛んで転がるか。ほやんとした表情すら、力が抜けてる。唇が微かに開いて、引き結んでいたら薄い印象になるのに、小さい唇がやけに丸っこく膨らんで見えていた。

 怖じ気づいている目が、きょろきょろ落ち着きなく動いている。だから、唇と一緒で随分丸く見える。いつもの、誰彼構わずなんかちよっと睨んでいるような、上瞼が真っ直ぐ横に切れ込んで伸びている目付きと、全然違う。


 俺の知ってるカズじゃない。

 立ち姿どころか、表情まで。


 カズの双子の妹は、俺は現実で見たことはない。勿論話は聞いていたが、友達と外見が似ているらしい女、に、女としての興味を覚える奴ってそこそこやばいんじゃなかろーか。


 カズは、170センチ弱で50キロちょい。J系っていうかサトータケルぽいっていうか、まあ、そこそこイケメンと言ってやっても良いかも知れない…かな。

 目がぎょろっとでかくて、睨むとわりと威力あるっていうか、それにへらへら笑ったりしないからなめられたりはしてなかった。逞しいとは程遠かったけど。

 こんな風に、きょときょとして、力抜けまくったカッコで立ってられると。

 ……激しくこんな風に感じるのは我ながら超厭な感じなんだが。


 そんなに、気色悪くも、なかった。


 カズの友達の俺はとしては、ほんっとーに、中身が別人なんだと思い知らされるんだが、ちょっと女っぽい、もの柔らかい風情に見えても、気色悪く見苦しくはないというか…あー、ほんっとに厭だが、厭だが、厭なんだが。

 仕草とか、女っぽくてもそんなには違和感がなかった。こいつはそーいうビジュアル持ちなんだ、って改めて理解した。今までそんなしみじみ顔のことなんて改めて見たり判断したりしたこと無かったんだよ。

 あーあーあーすまん、カズ、マジでこんな風に思っちゃってゴメン!!


 イモートさんは。

 まあ、場合が場合なので、はっきり言い切れないが。

 うん。

 ちょっとこう、引っ込み思案っていうのか。

 落ち着きねーしビビりだし。

 ぶっちゃけカズのイモートじゃなかったら、あんま仲良くしたいタイプでもねかったかもな。

 いや、ほんと、こんな状況だから本来の性格とは全然違うかもしれんけど。むしろ、この状況でこれですんでるってのは、そこそこ女にしちゃハートつえーのかもしれんけど。

 つっても仲良くなれるとはあんま思えん。

 俺がどう思うかっていうの関係ねくそもそも男嫌いっぽいからな。

 大事な話をしようとして、ちよっと近付いて顔見ただけで、すげー厭そうだし、逃げるし。びくん、とか肩が跳ねる。

 びびられるの、男の方だって傷付くんですけど。

 

 ちょっと触っただけで、すげー大袈裟に厭がられたし。

 殴られたんですけど、俺。

 マジで一瞬超むかついたけど、よくよく考えたら、一応、まあ、女の胸を触ったっていうことになってんのか、って。

 こっちは男の胸触っただけだし、触ったっていうか、メイルの留金に指引っ掛けて外そうとした時に、身体押えるためにちょっと掌宛がった感じってだけで、別になんもしてないのに。

 揉んだり撫でたり摘んだりしたとかじゃないのに!

 いやすみません、ヤローの胸にそんなことしても楽しくないです、ないです、しません。しませんっていうかしてないから!今後もしねーし!

 なんもしてないのに殴られた理不尽に、正直俺のストレスはマッハだが、ここは堪えんといかん、のは判る。

 女なら、女としての感覚なら、多分男とか嫌いで慣れてないんなら、そりゃやだったろう。

 あーもう、ちょーめんどくせえ。

 でも、あっちもあっちで状況読んで、ひどく後悔してる風だったのは伝わってきたから、しょうがない。女をへこませてんのは、男としてやってちゃ駄目だろう。フォローだ、フォロー。


 てなわけで取り敢えず、今後うっかり触らないよう設定して貰った。

 ずっと一緒に居たりはしないだろうし、その、中身がカズのイモート、のとこに送り届けるまでの付き合いならいいだろう。

 

 


「────カズ……!」

 一瞬の判断、より先に動く身体。

 横っ飛びに飛んで、奴を巻き込んでそのまま脇に倒れ、それで不意打ちの攻撃から逃れよう、としたんだが。

 設定が頭から、抜けてた。

 カズの肩を掴もうとした俺の指は、スカッと空振りをして、俺の腕はそのままカズの半身を擦り抜けて空を横薙ぎに切り。

 茂みの中に転がり込んだのは、俺だけだった。

 首をねじ曲げ、視線はカズの顔を捉えたまま。

 驚いて両目がまん丸になってる。口もまん丸い。そんな顔をしてるとひどくこう、子供みてーに見えて、ちょっと笑える。

 しまった。

 まさか、こんな処で触れない弊害があるなんて。


 くっそ。

 こんな処にレアポップフィールドがあるとは。

 木立の中、なんの変哲もないところ。

 ちょっとショートカットしようと道から逸れたのは俺。

 油断していて、レアポップした「パラライズナーガ」に気付くのが遅れたのも俺。

 普通の敵より、レアポップなモンスターは数段強さが上だ。中ボスとはいわないが、ここらに沸く通常モンスターとは強さのレベルが数段違う。その上、名前の通りこいつには攻撃に麻痺が付加されており、パーティー全員が麻痺状態になったりした日には高レベルPTすら、うっかり全滅しかねない。

 俺の責任だ。

 うっかりしてた、じゃすまない。

 今回ばかりは、ここで死亡した場合、復活の祭壇で生き返れるかどうかがそもそも判らないんだから。


「……、っ、この…!」

 地面の上を半回転し、体躯を捻りブーツの底で土を捉え、蹴る。

 一瞬。

 掴み損なった肩へと戻る。

 何度も触ったことがある友達の肩、堅くて肉が薄くて関節の感触がすぐ掌に伝わってくる奴の肩。

 同時に、二股に分かれ、鋸の刃のような鋭さと硬さをもつモンスターの尾が飛んできた。

 ガキィ!

 一瞬。

「うあっ!」

「カズ!!」

 尾に強かに殴られ、カズが吹っ飛ぶ。装甲が割れて、肩当てが爆ぜ飛ぶ。

 だが、それは二股の片方部分だけで、もう一つ、より大きく鋭い方は、カズに届く前に、ギリギリで。

 ────ガキイン!

 かろうじて間に合い、俺の剣で受け止められた。赤く散る火花のエフェクト。どす黒い紫がちらちらと混ざっているのは、状態麻痺攻撃でもあるからか。

 俺のHPが、剣で受けたにも拘わらず、削られていくのが視界の端に見えた。

 戦闘中に視界端に表示されるステータスバー、緑がHP、青がMP。小さなスキル用のバー、少し離れたところにコンボ用のバー。

 くそ、つええ。

 マジか、死にたくねーぞ。

 削られたのは僅かな量、とはいえ、いつもと違うその意味にぞわりと背中が震えた。

 無理矢理それを押え付け、カズとモンスターの間にもう一度身体をねじ込ませる。

「カズ、離れろ。…すまん、俺がどうにかするから」

 庇いながら戦う余裕は、こいつ相手じゃ残念ながら、ない。攻撃範囲から逃れて貰わないと───カズのHPも、さっきの一撃で10分の1程度は一気に減らされていた。

 俺より余程、あいつの方が恐怖を味わっているだろう。


「エーリッヒ、さん…っ!」

「ぶは、カズの声でさん付けとかキモい!いやむしろ、様付けして!尊敬するエーリッヒ先生とか言って!────く、っ、下がれ、早くっ」

 真っ青になっているカズの顔をどうにかしたくて、巫山戯たことを言ってみたけど、俺にも余裕がないのはバレバレだ。かっこわるい。

 いや、カズ相手にカッコつけても仕方ねんだけど…あれ、違うか、イモートか。女だよな…ならいいのか。そうか。うぐ、くそ、痛みはなくても…この、やられた時の不快感はなんとも…、ッ、あっ、やべ────。

 逃げろと言ってももたもた躊躇っているカズ。自分だけ逃げるわけにはとか思ってるんだろうけど、今はそういうの、邪魔くせえ。…とも、言えんし。つか言う余裕が。ない。

 目端に気にしつつ目まぐるしく襲ってくる攻撃を、受け止め、或いは受け流していればいつかはミスる。HPは三割以上削られてきた。五割、になったら。……と、考えたらダメだ。身体が竦んで、止まってしまいそうだ。

 背後で、カズが見たこともないような必死な顔をしている。

 大きく開いた目が、一瞬ちらっと見ただけで判るくらい、涙で一杯になってうるっうるになってた。

 ちょ、勘弁して。


 友達で、ヤローで。

 泣き顔にぐっと来るとか、マジでないわ。



 肩口の肉を抉り突き刺さる尾の、不快な感触に顔を歪めつつ、そんなことにばっか気を取られてた。

 つーか、だからダメなんだって。



 ■■■

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