合流するために、その4。+頑張る道々
風が、髪を巻き上げ奔放な流れで通り過ぎていく。
少し乾いたその感触が、リアルだと感じさせる。
現実の空より、ラベンダーとピンクのグラデーションが昼間でもほんのり混ざっている空の色。白い月が進む方向に、見えていた。
風の音が耳許で微かに唸る。
全体的に、緑が少ない茶色っぽい風景だった。連なる山が周囲に多く、その殆どが草木の少ない岩山だ。岩山の向こうに雲に幾重にも纏い付かれ、朧に霞んで見える更に標高の高そうな山脈が確認できる。どれだけ高いか、は、頭頂部が完全に覆い隠されてしまっているので判らない、が、恐らくは最前線攻略ルートが今、あの高山なのだろう。
耳の位置に小さな翼がある翼人──人外種と、その、リアルでは世界中の何処にもないような高い山のある風景は、ちょっと冒険心を刺激するものではあった。とはいえ。
街から一歩出たところで、私は知らず立ち止まっていた。もう、動きづらいということはなくなっていたんだけど────目の前にある道の脇、そこかしこでもそもそと蠢いているモンスター達に、怯んでしまっていて。
「どーした?このまま道なりに暫く行けば、隣街だから。……?」
隣で、訝しげに覗き込んでくる顔。
芸能人の誰某に似てる…とかはないかな。アスリート系、っていうか。にしては細いけど。その、ほーちゃんの友達のヒトが、気遣ってくれているのに気付いて、慌ててかぶりを振った。大丈夫です、と言葉でなくて、表情に対して、返した科白。
「えーと、なんか心配しているとは思うけど、まず滅多に死ぬことはないから大丈夫。な。カズももうそこそこつえーし。ま、俺も同じくらいにはイイ感じだし?こんなとこの雑魚、いくら殴られたってどってことないから」
繰り返し、安心させようと言ってくれる。
後になって思えば、本当はこの時エーリッヒさんも怖かったと思う。幾ら彼にとっては安全圏レベルのモンスターしかいないフィールドとはいえ、この世界の死とリアルの死が結びついてしまっているかもしれない、と思わせる状況ではそれだけで、一歩外に出るだけで全くいつもとは違う恐怖が絡み付いて離れないはずだった。
でも、この人は、この時精一杯私を気遣ってくれていたのだ。
ほーちゃんもそういうところがあるんだけど、凄く、判りづらく、気遣ってくれるんだ、男の子って生き物は。
ぜんぜんわかんなかった。
ほらほらこんなに大丈夫!とばかりに、独りでさっさとタゲ取って、わざと二、三発殴らせて見せてすらくれたエーリッピさんに、私はただ目を丸くして、タフだと思うと同時、なんてこんな状況なのにこの人って暢気なんだろ、あほっぽいガキっぽい、とすら思ってしまっていた。
暢気で大バカなのは、私だった。
「剣、構えて!いや、剣先もっと上げて、片手剣なんだから片手で持って!重い?アホ言え!そんな気がするだけだから、カズのステからいってそんな剣、爪楊枝とかわんねーから!…いや、構えないとスキルそもそも出せないし!」
「だってホントに重い、ぎゃーっ!こっちくる、くるっいやああ!あれなに、あれ、タコみたいなのに毛むくじゃらでーっ!!目玉がスイカくらいあるーっこわいっこわい────!!」
「バカ、こっち来たら寧ろモンスターに近付…、ちょ、まて、立ち塞がるな、どけ、攻撃できね、おわっ」
「もおおおやだあああ目が血走っててこっち見るうううわあああんっ」
もう、大騒ぎです。先生。
強引に無茶にがむしゃらに、気持ちねじ伏せるように必死で頑張って、やるしかなかった。
たかが、雑魚モンスターとの戦闘で大袈裟な、と思われても仕方ない。
私も、他人事ならきっと思う。
でも、その時は、これっくらい必死で頑張ったのなんて生まれて初めてだ、と思った。
剣を、構える。
本当は両手でしっかり握って構えたい剣を、片手で構え、斜に敵と相対して。
踵から幾度となく湧き上がり、腰から背筋を震わせる恐怖心から来る痺れにはもう、慣れてしまうしかなく、グロテスクな、よりリアルから掛け離れることでより非現実で、凶暴で意思の疎通などできないと思わせるモンスターと、視線を合わせなければならなかった。
無理矢理に睨み据えないと、モンスターがどう動くか判らない。
呼吸も自然に合っていく。そして、立ち合いが決定的になる、その瞬間に。
「ふ、ふーふふふ、ふ、【ファイアブレード】っ!」
一番簡単な片手剣初期スキル。焔の力を剣に宿し、敵を斬る能力。
中段から構え、技名を叫びながら真っ直ぐ振りかぶれば、後はスキル発動により、身体がちゃんと動いてくれて、敵に向かっていってくれる。
初期のスキルとはいえ、ほーちゃんのステータスであれば、充分に敵にとって脅威の技となり、そして近接戦闘素人の私にも、かろうじて形が取れる使い勝手の良い、というかほぼこれしかない、という技。これを懇切丁寧に根気よく、エーリッヒさんに教えて貰い、実践で覚えながら、道を進んでいた。
「【ファイアブレード】!」
剣を退くと同時、崩れ落ちたモンスターがゆらゆらと揺らめくように光ると同時に粒子が粗くなり、パズルが壊れるように線が解け崩れ、消えていく。
あとに小銭と、ドロップアイテムが残った。
「────まあまあかな。あと二つ三つ覚えられると楽なんだけどな」
「え…む、むりっぽい、かも、まだ…」
「うーん」
そうだろうな、と言いはしなかったけど、それ以上どーにかしろ、とは言われなかった。
見てても無理があると判ったか。それはそれで哀しいものがあるんだけども、まあいいや。
アイテムと小銭を拾って仕舞う。
…疲れたよう。




