一人目のプロローグ
初めて投稿します。
今までひたすらただの読み手でした、何か不手際ありましたらすみません。
読んでいただけると、そして何かあればご教示いただけると嬉しく思います。
「ハナー、お腹空いたー。なんか食べさせてー」
こんな風に、現実でもお腹を空かせた誰かに頼られて、死ぬほど満足させてあげたい。
将来の夢までこの一年ほどでなんか確定しちゃった気がする。
VRMMO。オンラインゲーム。
この世界で私は、自分が一番幸せなやりがいを見つけた。んだ、と思う。
「はいはい、今ね、シチューパイが焼けたところだよー。試作品だけど自信作。食べてくれる?」
「え、試作…ってまたオリジナルレシピ?怖いなー、あんたたまに思いきり良すぎるからな…」
「いやいやまあまあ、大丈夫、今回はそんな工夫してないから。はいはい、坐って、冷めちゃうし」
「んー」
リア友でもあるヨツバが、可愛い顔をしかめながらスツールに腰掛けた。カウンターの上に剥き出しの両腕を投げ出し、期待半分心配半分といった風情で此方を見ている。いい匂いは届いているみたいで、口の端はだらしなくなっちゃってるけれどね。ほんっとにあんたその表情もったいないぞ、可愛い顔してるのに。バーサクしている子リスみたい。
「リアでもここでもあんたの胃袋なんか鷲掴みなんだから!そーら喰らえ!」
「今回は寝込みませんように!!」
……やなこと言うな。つか思い出させるな。
ヨツバは一声叫ぶと雄々しくスプーンをパイ皮に突っ込んで鼻面も突っ込むようにして、食べ始めた。
ここは、限りなくリアルに近い感覚で遊べるという謳い文句で有名なゲーム「TransSpiritOnline」。仮想世界の中。
こつこつと頑張って三ヶ月掛かりでついに手に入れた自分の店。個人が購入できる飲食店サイズの中では一番ちっちゃくて安いやつ、デフォだと一畳分程度の厨房スペースを囲むようにして、客席はカウンターの8席だけ、って店だ。壁紙とか椅子の種類なんかもあまり選べないし、いかにも安っぽい。安っぽいなりに、でも一応白と木目でまとめて無難な感じにはしてるんだ。
勿論課金すればいくらだってセンスのいい内装には出来るんだけど、私はまだ学生だし、ゲームの為のお金なんて基本額以上注ぎ込めるわけがない。せめて、カウンターの上のランチョンマットと、飾った花を差し色っぽくオレンジと赤で揃えてみてる…んだけど。誰も何も言ってくれたことないから、自己満足でしかないのかも。いいもん。いいもーんだ。
アクションとか苦手で、RPGの戦闘もそんなに好きじゃないんだけど、素材拾いとか収集とか、それらを使っての鍛冶とか調理なんかをコツコツやってくのが昔っから超好きだったんだよね。出来たらそれだけやって暮らしたかったくらい。
「TransSpiritOnline」、TSOとかTSオンラインとか呼ばれてるこのゲームは、わりと多岐に渡るマニアックな遊び方が可能で、私みたいに戦闘より生産職に拘っている人が少なくない。勿論素材が必要だから、狩りに出て戦闘はしないと駄目なんだけど、鍛冶とか釣りとかにはまってそればっかりって人は多い。
私みたいな調理師は、実はそんなに多くないんだけどね。なんでかっていうと、このゲーム、お腹空いた気分には周期的になるし食事もちゃんと味覚ありな設定ではあるんだけど、食べなくても特にペナルティがないので後回しにされがちなのね。で、あまり繁盛しないのでした。それでも、小じゃれたカフェとか気分だけ飲み屋とか需要はあるんだよ。
効率を重んじるような攻略主義のプレイヤーの人はかなりどうでもいいぽく考えてるみたいだけど。ほーちゃんとかさ。いいけど。
「やっだ、ハナこれちょーうまいじゃん」
「でっしょ?ヨツバ好きな味だと思ってた」
「うん、好き好き、パイさくさくだしバターの香りちゃんとしてるし、クリームシチューとこう、たっぷりからめて…あんん、あふ、熱、なにこれー、キノコ入ってるのが美味しいよー」
「それよ!そのキノコがなんか凄くコク出してるんだよ!それ、初めて使ってみたのよー大成功って感じ!」
「……え、は、はじ…?」
「なんで今まで誰も使わなかったんだろう、東の『カルフの森』でめっちゃ採れるんだけど」
「……採れるのに誰も採らないってことはさ、あんた…それ」
「キノコのシチューだけじゃなくて色々作れそう。焼くのも良いし、フリッターにするとか…あ、オムレツとかもいいか、温サラダとか野菜とは基本相性良いよね」
「……。……」
「色々試してみたんだけどさ、何に入れてもけっこういけるんだよね、いっそキノコ専門店なんてどうかななんて!他で見たことないし流行っちゃうかも!」
「……────」
「……」
「……」
「あれ?……ヨツバ?」
麻痺耐性と毒耐性、私は随分前にカンストしてたんだった。料理人はある意味取っちゃいかんスキルだとか聞いたことあったけど、こーいう意味か、そうか。
カルフの森に生え放題の、シメジとヒラタケの中間みたいな、一見美味しそうで食べてもちゃんと美味しくて、そして強烈な麻痺毒が時間差でやってくるその毒キノコは、後で調べたらちゃんと攻略wikiに載ってた。
ヨツバには麻痺るほど後で怒られた。でもヨツバも麻痺と毒の耐性は取っておくべきだと思う。




