95 意外な才能はどこにでもある
大抵の人というのは、方向性はどうあれ進化と退化を繰り返している。
退化は進化だ、進化は退化だ。振り子の様に進んでは戻る事を「成長」と言うらしい。
そう。
方向性は人それぞれだけどね?
「確か、カーラって所属しているのって……商業ギルドだよ、ね?」
「間違いありません」
「だったら、どうして情報ギルドの僕ですら知らない事を知ってるの?」
ふむ、とカーラが首を傾げていた。
「そこで考え込む理由が判らないんだけど……」
「マイナ様、ここで一部の契約条項の公表許可をいただきたいのですが?」
突然話を降られてしまい、マイナは焦った。
焦った余り、挙動不審もかくやと言う有様で可愛いと見るべきか怖いと見るべきか少々悩む所だ。
マイナの顔のつくりが将来は楽しみな可愛いである為に、まあ見られない事もないかな? 程度ではあるのだが。
「え……ちょ、そういう事っ?」
戸惑った声を上げたのはアインスの方で、周囲には説明されなければ全く事情が判らない。
「おや……理解されたんですか?」
「人の事をバカにするのは、いい加減にしてくれないかな?」
「そう言うつもりはありませんが……話に聞くところによると、アインス様は下級ランクの保持者であると伺っていましたので。正直、疑問を持たれる事も想定外でした」
「ああ、それは良かったですね!」
不機嫌極まりないと言う顔をしたアインスに対して、カーラは素知らぬ顔だ。いっそ清々しくすら見える。
ある意味、飄々としていると言って良いだろう。
「え……全部、じゃ。ないなら、良い……けど……?」
戸惑ったままなのは、当事者の一人のはずのマイナだ。
明らかに話しについていけてない彼女に対して注がれる眼差しは、どちらかと言えば同情。
「ありがとうございます、マイナ様。
さて……私がこの様にメイジャ工房の事情に多少の知識があるには理由がございます。
私が3歳の頃に交わした初期の契約は、正確にはマイナ様の前任であるメイジャ工房の持主の方に生まれて来る後継者に対して契約を施すと言うものです。恐らく、その方法はぎりぎり邪法と認識されない程度のものとなる極めて複雑で難しい契約でしょう」
さらりとカーラは言っているが、言葉の内容は危険極まりなかったりする。
カーラはオブラートに包んでいるつもりだが、もし職人都市や学園都市で契約項目を申請すれば通るとすれば確立7割。北邦や西法では完全に邪法扱いとしてリッツ商会と言えどお取り潰しでは済まない程度の罰が、国から与えられえた事だろう。
内容の意味を理解出来た者は、確実に顔色を悪くした。
意味を理解出来なかった者達は、きょとんと平和な顔だ。
「どちらかと言えば、私は前任者を仲介して生まれる前のマイナ様をご母堂様を通じて契約を交わしたと言う事になります」
生まれる前と言うより、まだ形にもなっていない卵状態の相手に契約を結ぶというのも乱暴な話である。
何しろ、相手には自我どころか意識以前に本能さえ存在しない状態なのだから。
「逐一と言うわけには参りませんが、その為に私にはある程度の情報でしたら流れ込むようになっています。
ただし、主体はマイナ様となりますのでマイナ様が望まない限り知識や情報と言った類が流れ込む事はございません。その為に、私はマイナ様が私を。引いてはリッツ商会の力を必要としていると認識した為に丁度、怪異騒動により職人都市に訪れる事が決まっていた皆様に同行をお願いしたと言う事になります」
うわあ……なんだろう、やけに煌びやかにカーラが黒く輝いている気がするよ。
「本当に、皆様には感謝の言葉もございません。これほどリッツ商会に都合の良いパーティが派遣されるなど夢にも思っておりませんでした」
この人、なんだってこんなにこやかに黒い笑みを浮かべてるんだろう?
あれ、この人って前からこんな感じだったっけ?
性格変わってませんか?
「ええと……後は? それだけの話?」
お、邪法については無視した?
現実逃避しただけですよね。
後から考え込むのが目に見えてるよなあ……無かったことにするかも知れない。
「ちょっと皆さん! 心の声が駄々漏れですから!」
と言うより、本音を隠す気があるのか疑問な顔すらしている面々である。
誰がどの台詞を言っているかなどは、どうでも良いと言えばどうでも良いのだが。
「無論、それだけではございません。商売の基本は情報を抑えるところから始まりますから……このパーティが派遣される事に便乗出来なければ、今頃は職人都市への出入りについて頭を悩ませる所でした」
「……どういう事?」
カーラの説明によれば、すでに事は一自治都市での問題とするには大きくなりすぎている事が問題だ。
すでに一般的な海路や陸路での輸送関係については制限が始まっている事も含めて、一般的な公共機関では都市への出入りは難しくなってきているのが実情。それは、いかに世界に名だたるリッツ商会も他人事ではなくマイナから連絡を受け取っていたカーラは即時行動に出る為に利用したものがある。
貴族。
リッツ商会の伝手を辿れば大小様々な貴族の口利きくらいはしてもらえるが、かと言って時間との勝負。すでに下手すれば職人都市は平和数歩手前と言う状況にまでなっていた為にカーラはリッツ商会名義で商業ギルドを通しこの話を持ちかけられたパーティの情報を許容範囲でブーリン伯爵家へと流し協力を求めた。
「……さっきの、目に痛くて臭い姉ちゃんの事かな?」
「的確な表現であると賞賛いたします、秋水様」
お国柄にもよるらしいが、どうにもひらひらゴテゴテと飾り付けられたドレスを身にまとう系統の北や西向けの人々には入浴と言うよりも体を拭いたり香水的なもので体臭を誤魔化すと言う風習が多いらしい。東宝でも一部の地域に限られるが主に南方の方が沐浴や水浴びなどと言った習慣が多く、湯船に漬かるという習慣はないわけではない程度のものしか存在しないらしい。
秋水はどちらかと言えば生活様式が東宝に馴染みがある為に匂いの強い物には耐性がないと言う事が判っていたので、実の所を言えば秋水の住まいには本当に極かすかに鎮静効果のある匂いが漂っていたりする……当初は状況を理解出来ない秋水が混乱を起こして暴れたりする事を阻止する意味合いだったが、今は極薄い匂いならば秋水の精神に良い意味で効果を現す事が判明したからである。
緩和休憩。
「ですので……結果的に騙まし討ちの様なものになってしまい申し訳ありませんが、優先的にブーリン家の工房を案内させていただいた次第でございます。申し訳ございません」
当然、色々な意味で危険レベルの高いブーリン家が最近買い取ったという工房の商品を買い求める様な節穴な目の持主は存在しないので問題はないが、万が一にでもそう言う状況になりそうだったら助け手を出すつもりはあったのだといわれてしまえば怒る必要もあるまい。
「何より、私はこちらの工房以上の腕を持つ技術者の存在を見聞きした事はありません」
別の視点から見るのならば、最初に屑を見せて最高峰の良さを知ってもらいたかったと言うのだから……本当に、どこまでが本音なのか判り難い人物である。
「でも……契約では貸せるのは工房だけ、実際の作製は誰が?」
マイナの疑問も当然と言うもので、この中に鍛冶職人は誰一人として存在しない。
ゲームとは違って数値で測れるものではないのだが、やはり経験と言うのは大切なものだ。しかも、使わないで居るとどんどん体は使い方を忘れてしまう。
「そこからは、僭越ながら私キャシーがご案内をさせていただきます……が、恐れ入りますがカーラ様、ムナ様、マイナ様、ユウナ様はお手数ではございますが、契約の締結をお願いしても宜しいでしょうか?」
頭を下げるわけではなく、どちらかと言えば口調を裏切る大きな態度でキャシーが一歩進み出る。
それだけで、場の空気が一本糸が通ったかのように引きしまるのだから不思議なものだ。
「ご心配には及びません、これでも私は過去の経験から鍛冶にはちょっとした技術を持ち合わせてございます。
細工用の道具は一揃え用意がございますし、数年前から工房のレイアウトに変更がなければ十分使用に耐える事が出来るでしょう……幸い、手入れはなされていた様でございますし」
それは当然と言うものではあるが、そんな事を淡々とした口調で言われてしまうと安心感より戸惑いが出るというものである。
「ああ……では、作業着を……」
「私とドーン様の分は問題ございませんが、恐れ入りますがアインス様と秋水様の分をお借りできますでしょうか? 一応の用意はしておりますが、出来ましたら作業着ではなく大量の手拭をお願い致します」
「は、はあ……ユウナ、この方達を案内して差し上げてください」
「なんで俺が!」
反発する気はわからなくはない……恐らく、彼はマイナが決めた事でムナが折れた事に対して納得したと言うわけではないのだろう。
一見すると儚げな、今にも崩れ落ちてしまいそうな美少女然としているだけに……勿体無いと思ってしまうのは問題だろうか?
「私とマイナはカーラさんと契約を締結させないといけませんし、今他の皆さんを案内する事が出来るのはユウナだけなんですよ。大事な仕事ですから、ユウナに是非お願いしたいのですが……出来ないと言うのであれば……」
「うるせえな! やればいいんだろうがよ!」
癇癪玉の様な怒りの咆哮をあげたのは、同時に理解しているのだろう。
今、リッツ商会の力を借りて力を付けなければ遠からず自分達は潰される。工房だけではない、腕力だけではない、法律的に契約的に、全てが敵となって押しつぶされてしまう。今の生活を引き裂かれてしまう、失ったものはこれ以上ないくらいに大きいと思っていたのに、更なる大きな悲しみに潰されてしまうかも知れない。
そんな時に、誰かの書いた脚本の様に現れた一行を見て疑心暗鬼に駆られているのは別に悪い事ではない。
「警戒心があるって言うのは、まだ崩れ落ちないって事でもあるよな……」
「確かに」
「なんか、毛を逆立ててる動物みたいだな
「「「「「ああ、納得」」」」」
「喧しい!」
あれ、今の声多くなかった?
「……なんだお前ら、置いてくぞ」
「い、いや……」
「まさか……」
「いえいえ、皆様。考えたら負けです、感じるのです……そう、有り得ない事を期待するだけ無駄ですから!」
アインスと秋水が真っ青な顔をして居るのはともかく、どう見ても上級ランク保持者だと言うただものではないメイドは表情を変えずに態度が混乱していると言う器用な事をしていると思ったが。
何故か、5人中で3人も襲撃を受けた小動物の様な混乱状態になっている……。
「あまり気にしないでくれないかい?」
ちらりと、近づいてきたレンの顔をユウナは見る。
カーラと良いレンと良い、綺麗な顔立ちをしている者が多いとはユウナは思う。アインスも劣るとは言えそれなりだし、シュースイも方向性が違うから珍しい顔には見えるが見られないわけではない。
見られないと言えば……物理的に見えないのは一人だけ居るけれど。
「何なんだ、アレ?」
あんまり変なものをうちの工房に入れたくはない、と言う言葉の外側の意味を込めて睨みつけてみるものの、綺麗な顔をしたカーラとは別の種類の王子様顔はぴくりとも反応しない。
「そうだね……僕には対して珍しい事ではないんだけど、彼らにとっては珍しい事が起きたって認識したから驚いてるって所じゃないかな?」
「なんだそりゃ……」
とりあえず、世の中には踏み込んでも無意味な事があるのだろうと。
ユウナは、久しぶりに何かを学習した気が、した。
基本的に、ギルドと言う組織は個別主義な所があって他のギルドと関わる事はさほど多くありません。あえて他所のギルドと関わったり連絡を取ったりしようとするのは一部のギルドに限られてます。
そういえば、久しぶりにしゃべりましたね……どこまで計算なんだろう?(お前が言うな)
と言うわけで、次回予告。
「いやいやいやいや、そのあたりに関してはちょっとばかりではなく意見申し上げても宜しいんじゃないかと思うんですけど!何か間違ってますか!」
と言いたくなった人が、最低二人いるらしいです。一応。




