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94 決断は常に一瞬で

先に言っておきますが、書いているはずの僕自身は駆け引きとか苦手です。

相手が駆け引きをしていると言う事にすら気が付かない事も、多々あります。


本当ですよ?


「カーラ、力が欲しい」

 沢山の事が、きっと複雑に絡み合っていたのだろう。

 でも、その心の中は誰にも判らない。マイナが口にしない限り。

「承りました」

 すっと立ち上がり、まるで忠誠を誓う騎士の様な仕草でカーラは膝を着き頭を下げた。

「リッツ商会は私、カーラ・リヒテンシュタインの権限の下で全力を持って対応させていただきます。

 ですが……」

 顔を上げたカーラの表情は、それまでの「絵に描いた王子様」と言った風情の笑顔を向けていたものから一気に表情を変えた。

 冷酷無比。

 まさしく、そういう台詞がぴたりと合わさるかの様な表情。

 もし、この場にどこかの侯爵令嬢や伯爵令嬢が居たら「誰これ!」と怒鳴り声を上げるかも知れない。

 それほどの変貌には、幸いにも誰も声を上げる事は無かった。

「先に申し上げます、仮にこれから先にマイナ様の決意が揺らぐようであるならば。

 私共は一切の手を引かせていただくこと、努々(ゆめゆめ)お忘れになりませぬよう」

「え……」

「ちょ……!」


 がたり


「それが、私とマイナ様の交わした『契約』である事をお忘れ無く」

 勢いで立ち上がったムナの行動を制するかのように、カーラの大きくも無かった言葉は場を支配した。

「マイナ様が揺らぎ、その価値なしと認めた瞬間に『契約』は破棄されるのです」

 膝をついた時と同じ様に、すらりと立ち上がったカーラの表情は元に戻っていた。

 これを「食えない」と感じるべきか、それとも「当然」と見るべきかで相手のレベルは知れるというものだろう。

「……判った」

「マイナ!」

「煩い、ユウナ」

「そうですね、ユウナ様……それに、とうの昔にマイナ様と私の契約は交わされているのです。契約の範疇にユウナ様もムナ様も存在はしておりません」

 ふと、思ったとばかりに秋水が「はい」と手を上げた。

「どうぞ、シュースイ様?」

「それって何時頃の話になるわけ?」

 ある意味でもっともだと誰かは思ったが、その考えに至らなかったという表情の群れがいる。

「正確に言えば、ここ10年と少し……およそ12年ほど前になるでしょうか?」

「……あれ? 学園都市ってそんな年齢から入れたっけ?」

 頭の中で「?」のマークが乱舞しているのか、表情からも思い切り見て取れる判り易い疑問の表情だ。

「お応えいたしましょう、秋水様」

 (スーパー)女中(メイド)のキャシーが、そこへ音も無く進み出る。

 とは言っても、この部屋は来客を通す部屋だけあって作業部屋とは異なり絨毯が敷かれてあるので音を出そうというのがそもそも難しいのだが。

「秋水様のご記憶にありますのは学園都市についての知識になり、それは正しいものであると申し上げます。

 確かに、カーラ様は学園都市に入られると共に商業ギルドへも加入されました。しかし、カーラ様が始めて家業での采配を外部にて振るい始められたのは3歳の頃からとなっております。一度、4歳の頃にご実家にて数年外部に出る事はございませんでしたが、それは双子のテールトーマス様、ヒルデガルド様の養育の為でございました。ですが、養育の為にご実家に留まわれたとは申しましても采配を振るう事は可能でございます。

 商業ギルドにカーラ様ご自身が加入をされておられずとも、リッツ商会は自ら商業ギルドを営んでおりますので事実上の『契約』業を行う事が出来たと言う事になります」

「へえ……」

 何故一介のメイドがそんな事を知っているか、など。

 少なくとも、この場で口を開く者は存在しない。

 キャシーがもし「なんでそんな事を知ってるのか」と聞かれれば「主人の疑問に対して答えを用意していたに過ぎません」と答えただろう。もっとも、上級ランクを保持している事を知られているので聞く者は誰もいなかったし、偏った常識を植えつけられている秋水も疑問には思わないが。

「お恥ずかしいことですね、そこまで当家の事情が知られていると言うのは」

「と言う事は、カーラは学園都市の商業ギルドに入ってるって事? それとも、ギルド扱いとなってる実家と学園都市のギルドと両方に入ってるって事?」

「確かに、秋水様もご存知の様に複数のギルドに所属する事は可能でございます。その為、ギルドとは基本的に専門職の意味がございます。また、ギルド同士にも相性と言うものがございますので対極にあるギルドに関しては基本的に入ることがかないませんが、カーラ様の場合は商業ギルドはご実家と関連のあるギルドの為に問題はございません。あえて申し上げるとすれば、半分所属と言ったところでしょうか?」

 例えて言うのであれば、名誉会員みたいな感じなのだと告げられる。

 確かに名前は登録されているが、かと言って仕事を請ける比率は実家での事が多く。さりとて実家でも学園都市のギルドと連携を取る事もあるので、一種の橋渡し的な意味合いがあると言う。

「カーラ様の場合、とても有名なお方ですので情報は大変流布してございます」

「へえ……カーラってすごいんだ?」

 純粋な好奇心を込めた眼差しを向けられて、流石に色々なものを見聞きしてきたカーラにも思う所があるのだろう。

「ふふ……そんな純粋な目で見つめられると照れてしまいますよ」

 流石に、少し顔が赤くなってみる。

「いやいや、そんな謙遜しなくても……」

「て言うかさ……」

 一瞬でほのぼのしてしまった空気に横槍を入れたのは、今まで沈黙を保っていたアインスだ。

 キャシーの表情は相変わらず笑顔で固まっているが、その背後に「何空気読まない発言してやがる、この野郎」と言う空気を読み取ってしまったアインスは一気に顔を青ざめたが……誰も気にしない。

「あのう……そろそろ、話を進めたほうが良いんじゃないかなあって……気が……」

「アインス様」


 びびくぅっ!


「は……はひ!」

 先ほど反応したムナよりも、更に大きな反応を示すアインスを見て一斉に視線が向けられる。

 アインスの心臓は現在、とてつもない衝撃で今にも止まりそうだ。

 よく見ると、どんどん冷や汗と脂汗が混じった上で涙目にもなっている。

「確かにその通りでございます」

「は……はあ……」

 心臓はいまだにばっくんばっくん言っているが、どうやら今すぐ脳天唐竹割りなどの刑に合うことはないと理解した為に全身が弛緩した。放っておけば今すぐ気絶して倒れるだろう、と思われた瞬間。

「が」

 どうやら、続きがあった様だ。

「後ほどお話がございます」

 内心、アインスは「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」と思っていた。

 思わず、倒れかけていた全身が地面に対して垂直に背筋が伸びるわ汗が全部飛んでしまう程度には緊張が戻ってきた。

「それもそうだね」

 しかし、キャシーの黒い笑顔での発言もアインスの今にも気絶して帰って来られなさそうな感じも誰も気が付かないらしく、もしくは気づいた上でカーラは話を戻す。

「つきましては、先ほどの提案に許可をいただきたい」

「工房ををお貸しする……という事ですか」

 子供達二人を外に出して、想像の限りを尽くしてもまだ足りない目に合わせられるのと工房に他所の者を入れる事のどちらかしか残されていないなどと、ムナは考えたくないのだろう。

「工房を……貸す?」

「はぁっ? 正気か、お前ら……なんで俺たちがいるのに他の職人なんかに……!」

「いえ、武器や防具の製造に関しては場所をお借りするだけでお二方のお手を煩わせる事にはなりません。

 どちらかと言えば、お二人にはその後についてお力をお借りしたいのです」

 カーラの言葉に、子供達はふしぎ顔だ。

 言っている意味が通じないというより、どうやら想像が出来ないと言った所だろうか?

「まず、お借りするのは建物と釜など移動の出来ないものに限ります」

「そりゃそうだ、俺たちが使ってる道具は俺達に馴染んでるから俺だって軽いマイナの道具は使えねえ」

「私だって、ユウナなんかのおっもい道具は使えないわよ!」

 話を聞けば、職人都市では一般的に市販されている道具は数多く存在する。

 基本、職人達は師匠からそれぞれ一つの道具を授かる事で師弟関係を結ぶのだが。そこまら先の道具をどうするかは、個々の裁量によって変わるのだと言う。

「当然そうですが、かと言って火炉や水槽などは工房に備え付けているものがございます。

 そう言った持ち出す事を前提にしていないものを使用させていただきたいと、そう申し上げます」

「ですから、他の技術者を……!」

「いえ、ですから……技術者ではございません。

 私は彼らに、彼ら自身の必要な物を用意していただくつもりで申し上げているのです」

 確かに、現行の職人都市での法律では「工房を借りてはいけない」と言うものはないし。個人であっても営利目的ではない、自分自身が使うためのものであるのならば道具を作成する事が禁じられているわけではない。

「勿論、問題が起ころうともメイジャ工房の皆様には一切の責任を問わない事を親方様より許可と共に制約をいただいております」

 どこから出したのかと言えば「懐から」としか言い様がないが、カーラが出したのは一枚の「紙」であり。


 ぴらり


「そ……それは……!」

「職人都市の許可証……」

「正確に言うのであれば、これはメイジャ攻防が武器や防具の道具を作成する為のものではなく、合成魔石の製造及び調整をする許可証になります。

 親方様曰く『成人前であっても合成魔石に関わる場合は除外する』と言う事は不文律として通ってはいるものの、他所の工房に潰される事だけは惜しいと言う事になりますが」

 青年と少女と見かけ美少女な少年の目が、皿の様に大きく。

 ついでに言えば、三人そろって「ぽかあん」と言うのが絵に描いたかの様になっていた。

「な……」

 三人が喉から手が出るほど欲しかった、許可証。

 例え本来欲しかった許可証ではないとしても、メイジャ工房そのものには許可が出ているとは言っても。

 中核を担う資格のある技術者が居ない以上、マイナやユウナ個人に出される許可証は存在しない。

「皆様はご存知なかったというより、どなたもお考えになった事がないという事の様ですが……別に武器や防具などを作成しておられる工房ではなくても合成魔石に関しては作製及び調整する事は認可されております。

 ただ、こちらの職人都市と言う特殊環境下に置いて工房が存在する事を前提として皆様が考えておられた為に、工房と合成魔石に関する条項がワンセットでなければならないと思い込まれていた様です。

 それではムナ様、マイナ様、ユウナ様」

 ここで、いっそ紙をぴらぴらをつまんで上下に下げて嫌味な顔をすれば悪役そのものではあるのだが……。

「ご決断を」

 しかしながら、何故だろうかと思う者がその場には確実に存在した。

 何だか、この場でこんな会話がされたのが。

 どういうわけか、出来の良し悪しはともかくとして芝居でも見せられている様な気がしてならない。

「一つ、聞いても良いかな?」

「……お一つで宜しいのですか、アインス様?」

「ああ、それは構わないんだけど……どうして、この二人が合成魔石についての能力があるって知ってるの?」


専門的な知識に関して言えば「餅は餅屋」という言葉があるくらいですから適う訳はありません。

でも、専門的な事についてはともかく。それ以外の事って意外と判らないのがまた、専門家の落とし穴。

何も考えずに見たままからの印象に入れたツッコミが、案外状況を回転させる事もあるのです。いや、本当。


と言うわけで、次回予告。

「漸く動き出した展開!と思いきや、アインスってば余計なこと言って話をまぜっかえさないで!進まないじゃん!て言うか、それでも話は無理やり進めるからね!」

と言う感じでそろそろ動かします。

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