8 変な人の基準
基準を定めるためには全体の平均が必要だといいます。
つまり、基準=平均と言う公式が成り立ちます。
時代によって美人の基準が違うのも、そのあたりが理由みたいです。
平安時代の美人は下膨れが必須条件だったんですよ、お金持ってる人は太っているからだそうですが……現代社会の場合はいかがでしょう?
何事も大事ですよね、ほどほどって。
カーラ・リヒテンシュタインにとって、恋愛とは経験したことのない未知の領域である。
否、あった。
勿論、必ずしも胸を張って「恋愛マスターと呼ぶが良い」なんて痛い子には逆立ちしてもなれないが。
「二人だけでよく来たね、お前達……迷子になったりしなかったかい?」
愛と名の付くだけの物事ならば、理解出来ないというほどではない。
カーラにとっての愛とは、家族である。
それだけは確かだったというより、それしかなかった。
「ええと……少しだけ……」
「でも、まあ無事だったわけだし……ね?」
なまじ、近隣で名の通った「才女」と誉れ高かった事と両親がどちらも商人と研究者だった事から言えば、ある意味で「正解」であり「成果」と言えただろう。
「まだお前達は仕事を始めて間もないし、そういう意味では仕方が無いが……訪問先を調査した上で行動するのは仕事であろうとなかろうと変わらないのだから。覚えておいて損はないよ」
「「はい、姉さま」」
だが、それだけだ。
「あんまり遅いから何かあったのかと……何かあったのかい?」
「ええと……ちょっとだけだから」
「そうそう、こうこのうれい? も、ないから」
周辺の女の子達は普通に当たり前に女の子で、カーラのように数字や研究で一喜一憂するわけではない。
「難しい言葉を使うようになったのだね……誰かに迷惑をかけたりしなかったかい?」
「お店の名前に傷をつけるような真似はしないよ!」
「そうだよ」
早過ぎる色事や流行に心奪われている女の子の横で、カーラが求めたのは新しい世界への扉を開く……と言うだけならばどちらも代わらないかも知れないが、大人からと年下の女の子からの受けは非常に良かったカーラだが同年代の女性や男子からはやっかみ半分に思われることの方が多かった。
「そうじゃない……お前達が傷ついていないかって言う事だ……不安にさせてしまったのならば、すまない」
冷静沈着と言う言葉を体言しているとまで言われていたカーラだが、それは女としては評価されない部分の話でもあった。
けれど、カーラの閉ざされた世界の中ではそれだけで十分だった。
夢にも思わなかったのだ、己の世界は閉ざされていてどこにも繋がってはおらず。しかも、外の世界には研究や商売よりも未知の溢れた光きらめく世界があるだなんて。
まさか、自分自身が普通の女の子様な感情を持っていただなんて。
想像もしていなかったのだ。
あの日までは。
「本当に大した事じゃないのよ、姉さま。
ちょっと、あたしたちがからくりに間違われただけなの。本当に、ただそれだけだったのよ」
「でもね、通りすがりの怪しい人が助けてくれたんだ。
かっこよかったんだよ……すごく怪しかったけど」
「……はあ?」
カーラが年齢に似合わずクールな性格として育ってしまった最大の原因は……この双子の弟妹によるものだと事情を知っている関係者は口を揃えて言うだろう。
「最初はね、姉さま。あたしが検問を通った後に声をかけてきた見てくれの悪い奴がいたんだけど、そいつがあたしとテスを見比べてすごく嫌な顔をしたのよ……ね、テス?」
同じ服を着ていれば見分けが付かない双子の弟妹。
この双子、作ったのは両親だろうが実の所を言えば育てたのは9割以上がカーラだったりする。
「そうなんだよ、姉さま。
僕とヒルデを見てニヤニヤしてさ……ぞっとするね、どこの幼児愛好者かと思ったくらいだよ。
背筋が凍ったね、周りの空気まで変わっちゃうくらいに」
「まあ、学園都市といえど犯罪がゼロと言うわけではないからな……それで、何もされなかったのか?」
弟の方は通称テス、正式にはテールトーマスと言って研究者気質な商人志望。
「男は声をかけてきたのよね……そんなゴーレムがあるなら買い取ってやってもいいんだぜって。
ぞっとしましたわ。周りの精霊達に影響を与えるほどでしたもの……どうしようかと思いました」
「精霊に影響を与えるほど……だが、何も事件としては……」
妹はヒルデ、ヒルデガルド。商人的な素質はあるのだが冒険者に憧れていたりする……ちなみに、将来の夢は玉の輿だそうだ。なにぶんにも読んだ本が年齢層高めな夢の詰まったもの……売り物が多かった為の弊害だとカーラは思っている。
ちなみに、カーラは本を読めるようになる頃には勉強と弟妹の飼育……もとい教育で忙しかったのでラブロマンス系の本はほとんど読んだことがない。
この双子の特徴は、双子故に精霊の愛子と呼ばれる性質を持っている事である。
精霊と魂を通わせる事が出来るといわれる存在……無論、ある程度の差はあるけれど双子にとって感情により動かされた精霊が不安定になると半分以上の確率で大騒動になる事があった経験故の台詞だ。
「それなんだけど、さっきも言ったけど変な人が助けてくれたんだ」
「さっきも言っていたが……変な人とはどんな人なんだ?」
「変は……さっきも言ったけど変よ、姉さま……変を説明するのって難しいわよね……?」
確かに。
変と言うのは普通の反対であって、普通と言うのは周囲にある物事の平均を指す……つまり、平均から逸脱していれば全てが変だという解釈になるが「どういう風に変なのか」と問われて答えられるほど双子は語彙が多いわけではなかった。
「で、助けてもらったと言うがどこの誰かとかは言っていたのか?」
「残念ながら、姉さまよりもとびきりクールに風をなびかせて去っていったんだ……ちょっとかっこよかった。変だけど」
あまりにも言葉の端々に「変」と言われてしまうと、なんだか褒めている気がしないでもないが褒めていない様な気がしてならないから不思議だ。
ちなみに、これが「個性」と名前を変えるとあら不思議。
まったく持って欠点に見えなくなるから更に不思議だ。
「本当、姉さま以上にクールな人なんてほとんど見たことないわ。それだけでも十分変かも?」
ちなみに、そこへ一般的な人と言う意味であってそのほかの特殊な人たちは含まれない。
そして、何気にヒルデは同時に姉を「変」と選り分けている事実に誰も気が付かない。
「名前を名乗らずに去ったのか……テス、ヒルデ、お礼はしたのか?」
「私達の名前は名乗りましたけど……もしかしたら、姉さまをご存知かも知れませんわ。
ね、テス?」
「そうだね。僕達が名乗ったら、その人ちょっとだけ驚いた顔をしていたんだ……表通り? 広い通りを教えてくれて、その人は屑の側から離れなかったから……もしかしたら警備の人とかなのかな?」
確かに、いかにイチャモンをつけてきたとは言っても話を聞いた限りではテスとヒルデが二人で勝手に怖がっただけに見える。
つまり、話を総合すると助けてくれた変な人とやらは加害者を警備に引き渡してくれたと言う事なのだろうか……?
「立ち去ったんじゃなかったのか? 今の話だと、お前達に道を教えた後にその人物はどうしたんだ?」
「屑になった人の片足を持ち上げて引きずって、あたし達とは違う道に行ったの。
通りすがりの人が説明してくれなかったら、ちょっと判らなかったかも知れないから……そういう意味では、少し不親切な人なのかも知れないわね……?」
「助けてくれただけで十分親切だと思うよ、それに屑を放っておいたら起き上がって追いかけてくるかも知れないじゃないか」
「あ、それもそうよね。変な人に失礼だったわ……」
心中複雑そうな三人の顔は、何やら色んな意味で複雑怪奇になっていた。
「姉さま、変な人ってこの学園都市には普通にいるの?」
「なんかその言葉おかしくない?」
「仕方ないわよ、基準が判らないんだもの……」
この弟妹、普段はリヒテンシュタインの本家みたいなところに住んでいる……みたいな所と言う理由は、子供はのびのびと育てるのが基本と言っているから都会に本拠地を構えていないのだ。単に土地や利便性を考えた結果とも言えるし、育児放棄の原因の3割の理由でもある。ちなみに、7割は両親が二人とも趣味に生きる人たちだったからだが……これでも政略結婚ではなく恋愛結婚だったのだから世の中は何が起きるか判らないものだ。
「あれ、姉さま。顔を赤くしてどうしたの?」
「熱でもありますの?」
「いや、そういうわけではないんだが……」
両親や変な人と言うのを考えて、何故か想い人の事をカーラは思い出していた……レンが変な人と言う意味ではなくて「通常とはかけ離れた特別な人」と言う意味に過ぎないのだが。
両親の「普段は会えないからこそ燃え上がる愛情を爆発させる」が信条は、普段は同じ建物の中に居ても何ヶ月も会わない事がある……もしもカーラや周囲の人たちが無理にでも年中行事に引っ張り出さなければ何年も会わない事は想像に難くない。ちなみにカーラが生まれて3年会わなかったら爆発した愛情で双子が出来たというのが周囲が必死になって会うペースを速めている理由だ。
下手に子作りに別の意味で興味を持って、何年も会わずに爆発させた情熱を持って出来る子供なんてものを研究テーマにされてはかなわないのだ。色々な意味で。
再開する度に子供ができては困るのだ……本当に色々な意味で。
「まさか、姉さまに恋?」
「なんでそうなる」
「違いますの?」
「それは……」
ちなみに、同じ両親から生まれてもカーラと違ってヒルデの感性はまだ普通だ。
これには本人の元からある感性の問題もあるし興味の方向性もあるが、カーラは4歳になるまで両親に交互に育てられて研究と数字の世界漬けになっていたと言う教育のたまものだといわれている。
「本当なの、姉さま! どんな人? 僕達の義兄様は!」
「な……テス!」
「待ってよテス、気が早すぎるわ。
この姉さまよ? 我がリヒテンシュタインの長子であり長女、将来は明らかに将来を継ぐと言われている私達の誉れ高き姉さま、カーラ・リヒテンシュタインがよ?
初めての恋……初恋なのよ、それを……恋人になるどころか初恋を自覚して相手に声をかける事もなかなかままならなくて日々を書類と向き合いながら悩んでいるに決まっているじゃない!」
「そうだね、ヒルデ!」
「お前達!」
余りといえば余りの台詞に、流石のカーラも切れた。
褒められている気はする……確かにするのだが、あまりにも明け透けな物言いだ。
情緒面から言えばガラスのハートな持ち主であるカーラは意外と打たれ弱い事を双子は誰よりも知っている……数字や研究ならば対抗心をメラメラと燃やして勝つまで決して諦めない人だと判っているから、ついやってしまうのだが……カーラにしてみればいい迷惑なのは言うまでもない。
「「違うの?」」
しかも、二人そろって同じ顔と同じ表情と同じ角度で言われてしまえばカーラに待っているのは一つしかない。
「……いや、しかし……」
敗北だ。
完膚までに叩き付けられた気分だ。
確かに可愛い双子達、まさに育てたと言っても過言ではない。
しかしながら、押し寄せる敗北感に打ちのめされた気持ちは否定出来ない……かと言って、二人を嫌いになるなんて事は世界がひっくり返っても出来ない事をカーラは知っている。
無駄に残念なのは、それがほとんど表情に出ていないことくらいだろうか。
もっとも、双子には姉の気持ちなどお見通しだが。
話は変わるが、カーラと双子の弟妹であるテスとヒルデが居るのは学園都市のほぼ中央エリアにあるギルドの役所、様々なギルドでも中級以上のギルド長がオフィスを構えるギルド庁舎。
正確には、庁舎に併設されたカフェが待ち合わせの場所。
今日は商会の仕事で用事があった為にカーラが学園都市に来た弟妹を出迎えに行く事が出来ない関係で誰に聞いても判る庁舎のカフェを待ち合わせ場所にした。
これは、正しかった。
下手な店や部屋に呼び寄せたら迷子になった弟妹がどんな暴挙に出るか判ったものではない……双子は本来一つの魂を分け合って生まれてきた関係から精霊に一般人に比べると大変好かれ易い性質があると言われている。
嘘か本当かは知らないが、リヒテンシュタインの三姉兄妹は血統的にか精霊に縁があるけれどカーラよりは双子の方が好かれている率は高い。
カーラは「居る事を感じる」程度の事を普通に出来るが、双子は精霊の声を聞く事も少なくはないのだ。
「「あれ……変な人だ……」」
「へ……て、れ、レン・ブランドン様!」
最後は誰か判らないままで次に持っていった方が盛り上がるかと思いましたが、連続更新なので意味ないかーと言う判断の元であっさり暴露。
待ち合わせについては、カーラは間違っていないのですが学園都市の外れから二人だけで行動をさせると言う所にそもそも問題があると言う事に気がついていない時点でアウトです。
自分自身ではしっかりした常識人だと思い込んでいるカーラですが、周囲に言わせれば「まあ、あの人達と一緒にいる時点で……ねえ?」といわれる程度には普通ではありません。これも裏。






