88 三文芝居は味わい深い
成長とはなんだろうか?
子供とは?
大人とは?
人を人と形作るものとは、なんだろうか?
子供である事を否定するのは、子供を軽んじていると言う事だろうか?
子供を軽んじる者が子供であった事がないのならば、それは正しいのかも知れないけれど。
「情報ギルドから提示します」
いきなり雰囲気の変わったアインスに、ムナは真っ白になるほど握り締めていた手をそのままに視線をこちらに向けてきた。
「メイジャ工房は、確かにこの職人都市でも老舗と言って良い高い技術を誇る工房の一つでした。
数々の、現在は名のある工房も元を正せばこちらのメイジャ工房の暖簾分けに過ぎないと言うのも。市庁舎を始めたとして数々の歴史が証明しております。
ですが、現在のメイジャ工房は衰退の一歩を辿っています」
「何を……!」
黙れ、と言わんばかりに手を差し出したアインスの態度にムナは気圧される。
このパーティでは、名ばかりで権力など何一つ持っていないと思わされたアインスを相手に。
「技術者として登録されている二人、まだ正式な技術者としての認可を受けていませんよね」
「……技術はあります、それは私が保証します」
「貴方の保証なんて知りませんよ」
一刀両断でムナの保証を切り捨てたアインスは、あくまでも冷静だ。
「口で言うだけならば、誰にだって出来ます。
確かに、技術者としての英才教育を受けている二人には先天的な要素はあるでしょう……成人さえしていれば、また違う状態だったでしょう」
そう、このマイナとユウナは技術者としての登録はされているが単に他に技術者が存在しないから登録されているだけの話であって認可されているわけではない。
認可されていない状態で金を得る本職としてのやり取りを行う事を、職人都市では許されていない。
それは、二人が成人していないからだ。
「貴方は……随分と意地が悪い」
「そうですか?」
明らかに分が悪いのは判っているだろうが、ムナは反撃に出る事にしたらしい。
手は握られたままだが、それは己を激昂させないようにと言う自己暗示や補正の類なのだろう。
ちなみに、とうの技術者二人はいまいち判っていないのか。特に何と言うわけでもない。
「事情を知っている上で、こちらに説明させたかったのでしょう?」
「出来ませんでしたけどね……でも、善意には善意を、悪意には悪意を。
これ、私の地方の言葉です。
戦いを挑んできた者には、全力を持って退治すると言うのが慣わしなもので……無論、敗北は許されませんけどね。死あるのみですから」
なかなかに活動的かつ油断ならない教えだが、これはどちらかと言えば対人類用ではなく対狩猟用ではないだろうかと言う気がしないでもない。特に、命のやり取りが普通にあるあたりは。
「貴方は、決して嘘は言わなかった。でも、それだけの話です。
端折り過ぎた言葉は、駆け引きにすらならない。こちらの手札を読む以前に横柄な対応で挑めば、当然切り返される覚悟も必要だと申し上げたい。
気持ちは、想像しますけどね」
「想像……ですか」
「当然です。理解出来るとか言ったら嘘じゃないですか、私は貴方ではない。
貴方も、私ではない。
ですから、私がもし貴方にとって有益な情報だったり望む情報を口にしたらどんな対応を取るつもりだったかなどと言う事も想像でしか判りませんし、それが合っているかどうかも判りません」
もし、そんな情報をアインスが口にしていたら先ほどよりはマシな店を紹介されるだけで終わっていただろう。
実際の所を考えて、アインスは最初のところを言えば「うちでは事情で役に立てないから他の工房を紹介します」程度の事を言われるだろうと思っていたのは確かだ。せいぜい、このメイジャ工房に出来る事があるとすればその程度で、現在は成人もしていない技術者に認可を出すと言う事は職人都市では行われていない。
「確かに、悪意が無かったと言えば嘘になりますが……」
「貴方の事情など、私にはどうでも良いです」
更にきりつけられた言葉は、あえて言うのであれば袈裟懸けと言う感じだろう。
聞く耳も持たないと言う感じで、見ている方が痛々しい感じだ。
しかも、仕掛けてきた筈のムナが一方的にきりつけられている気がするので、途中からこの状態を見た人がいたらさぞかしアインスは悪人顔に見える事だろう。
「先代の持主兼技術者が夭逝してしまった為に、現在の技術者二人が成人する前だったのは悲しい偶然なのは同情しましょう。ええ、しましょう。
成人前である以上、認可が下りない名ばかりの技術者が作品の製作が出来ない現状に対して対症療法しか作を持たない貴方へも同情しましょう。雑用か破壊活動しか行う事が出来ず、そんな事ばかりさせる事により二人の才能をどんどん駄目なものにするのではないかと言う恐怖心に怯えている……と私ならば思うでしょう、本当に心中お察し申し上げますよ、想像の範囲内で」
誰だこれ。
そう言いたくなるほど、アインスは悪人顔で非常に生き生きとしている……。
これがキャシーの教育のたまものなのか、環境によって形成された性格なのか、それとも開かれてしまった新たなる扉の向こう側のアインスなのか、それは正直な所を言えば判らない。
駄菓子菓子……このまま放っておいて良いものなのかという疑問は当然ある。
この状態の元凶の一人ではないかと思われるカーラも、平然と見守っていると言う有様だ。
と言うより、この会話は無関係な人が聞いて良いものなのだろうか? それとも、有名事実として周囲の人達には知られている事なのだろうか?
「随分と、懇切丁寧に語られるのですね……」
「嫌味と捕らえてしまわれたら、これは大変申し訳がない。こちらにも事情がありましてね……そちらの都合の悪い事に、私共には一人ドがつく素人がいます。その人物にいちいち説明をするのも面倒ですので、こうして会話の中に盛り込みながら現状を把握していただこうと言う腹積もりです」
「それはそれは……ご親切でいらっしゃる……」
どうやら、アインスは状況的にドがつく素人の秋水の為に説明を省くつもりで語っているようだが……それは不利な立場の相手にしてみれば羞恥プレイと言うか嫌みったらしいと言うか、とにかくわざとやるには意地が悪いと言いたくもなると言うものなのだろう。
秋水にしてみれば、自分が同じ立場に立たされたら間違いなくそう思うと感じる。
アインスの小さな親切は、誤解も含めてムナにしてみれば大きなお世話様と言いたい所なのだろう。立場的に言えない為に色々と頑張って我慢しているのがありありとよく見えるのだが。
「いえいえ……貴方の同族意識に比べればまだまだ、こちらは基本スパルタなので」
若干、アインスが遠い目をしかけたのはつい数分前までの己を思い出してしまったからなのだろう。キャシーが他の人には聞こえないように「甘いですね……」と呟いたのが何やら恐怖心を感じさせてくれるのが怖い。
「どう言う意味ですか……」
「たいした意味では……ただ、血筋と言う看板を守る為だけに随分と手間隙をかけられるものだと感心しているくらいですよ」
「当然です」
と言う事は、マイナは直系の子孫か何かでマイナに後を継がせたいけれど親が突然死んでしまった為に中継ぎの店主を入れる事もなく成人するまでひっそりとしていると言う見方が出来るわけだが……。
「でも、うまいやり方には見えませんが?」
「外見的にはそう見えても、内面的にはそうでもありませんよ」
そ知らぬ顔をしているのは上手ではあるが……残念ながら、そうでもないのは丸判りだ。
確かに、ムナの笑顔は完璧だ。胡散臭ささえ感じる程度には完璧すぎて、いっそ仮面でも被らせておきたくなるのは確かだが……。
ムナ以外の人物については、ムナよりも現状を正しく認識していると言う事なのだろう。
「では、なぜ当事者二人を蔑ろにしているのです?」
「蔑ろ……何を持ってその様な事を言うのです?」
きらりと目が光ったのは、剣呑な雰囲気を醸し出している。
もし、アインスがキャシーにもラーカイル医師にも、ましてやドーンにもレン・ブランドンにも出会う以前の状態であったならば、一発で負け犬根性で尻尾を巻いて逃げる程度には鋭い視線だ。殺気すら篭っているのだから、そう言う意味では突き易い人種と言えるだろう。
「ムナさん、貴方は第一技術者だと紹介されたマイナさんがうちのドーン……いえ、こちらの『夜明のクリムゾン』に敬意を表している事をご存知でいらっしゃるか?」
「……ええ、それについては。
と言うよりも『夜明のクリムゾン』に対して、この町で好意的ではない存在はあまりおりません。ほとんどいないと言っても良いでしょう、でも僅かには悪意を持っている者も存在しますよ」
「当然ではないでしょうか? どちらかと言えば『夜明のクリムゾン』……『夜明』は学園都市では忌み嫌われていると言う状態のほうが基本なので、こちらに来て違和感を覚えていたりもしますが……」
ついぽろっと零れたのか、それともわざとなのかは微妙なラインだ。
だが、ムナが「おや?」と言う顔をしたのは本音なのだろう。
ラーカイル医師と良い、ドーンと良い、以前この職人都市で一体何が起きてどう動いてこの町に結果をもたらしたというのか……知らないものからすればちんぷんかんぷんなのは言うまでもない。
「そうなのですか?」
ちらりと、ムナがカーラに目を向けた。
優雅な仕草でティーカップからお茶を口に含んでいるカーラは「ええ」と鷹揚に頷き、動作だけならばそこいらの貴族に負けないほどだ。ちなみに、そこいらの貴族の末端であるアインスはどこまでが演技でどこからが本音かは知らないがお茶を口にする余裕も無さそうだ。
「ど……『夜明のクリムゾン』様は、学園都市を拠点としておりますが活躍されている内情は伏せております。そのため、大々的にこちらで評判となっている状態とは異なり人となりをご覧になって皆様は判断をされているのでしょう」
ムナも含めて「ああ、なるほど」と納得してしまう程度には、ドーンの姿と言うのは怪しい。
はっきり言って、これほど怪しい人物が怪しくなかったら怪しいと言う言葉に申し訳がたたないといいたくなる程度には怪しいのだ。
「なんと言う事だ……!」
「落ち着いてください、マイナ。貴方は第一技術者なのですよ?」
「だが、ムナ!」
「落ち着いてください」
マイナが暴走しかけているのは、誰の目にも明らかだが当然と言うもので理解できなくは無い。
何しろ、マイナがそれまでのライフスタイルを一切変えてしまいたいと思うほどマイナはドーンに……と言うよりも『夜明のクリムゾン』に心酔しきっている。もし、当の『夜明のクリムゾン』から一言でも声をかけて貰えれば死んでも杭は無いと言い切れる程だ。
「これほど素晴らしい御方を蔑ろにする様な奴らの為に怒りを覚えるなと、何故言える!」
「少なくとも、私の目の前にお二方ほどそう言う人物がいるからです。
故に私は言います、落ち着けと……確かに、マイナの言い分も判らなくはありません。有効的に活用できると言うのに見た目で判断して内実を見ようともしない学園都市のやり方には憤懣やるせなく思う事も判らなくはありません……ですが、マイナ。
貴方は学園都市の生徒ではなく、この職人都市が誇る古来工房の第一技術者です」
そうでしょう? と宥める視線を込めた声には、流石にマイナも少しだけ落ち着きを取り戻したようだ。
ここで吼えていても何にもならない……と言うよりも、何よりムナの方がマイナよりもずっと強く長く憤りを覚えていた事を知っているだけに立場がない。
「貴方は他の一般的な技術者とは格が違う、その事を忘れ私利私欲に走る事は許されません」
ムナに言われて、明らかに「傷ついた」と言う目をしているが、不思議と同情的な視線は向けられない。
どちらかと言えば「これは何の茶番劇だろうか」と言う冷静と言うより冷ややかな視線に過ぎない。ムナも多少はやりすぎた感でもあるのか、マイナは本音のままであるようだが。それ故に馬鹿馬鹿しい空気を感じるのだ。
「どうやら、そちらの虎の子は下がられた方が良いみたいですね?」
「申し訳ない、何分にもまだ子供なもので……」
「私は……! ……子供ではない……」
まだ何か言いたそうにはしているマイナではあったが、もう一人のユウナに連れられて行く姿はさしずめ売られてゆく子牛のごとく寂しさを漂わせている。
過去の栄光にすがると言うこと、それは己を保つ為の力となる。
けれど、それに縋るだけではいずれ腐って落ちるだけ。
過去があるからこそ、今の。そして明日へとつなぐ事が出来る。
それを踏まえなければ、全てを失うだけなのだ。
と言う事を、認識しながら生きるのって結構大変だけどね。
と言うわけで次回予告。
「すみません、フライングして先に投稿してましたー!」
(おい)




