86 脳ある鷹は面倒くさがりや
モノやヒトの価値って言うのは、一見すると判らない。
ついでに言えば、一つの側面からだけで判断するのは愚者の行い。
紙の上で語るものもあれば、外に出て実行を移すものもある。
画面の中身を形にするものがあれば、すでに存在するものを形を変えるものがある。
でも、本当に凄いヒトって言うのは表に出てこないから探すのが大変なんだな。
「メイド、遅い」
どこか憮然とした様子なのは、秋水よりかなり身長は低い。
子供と言っても差し支えないと思うのだが、何分にも獣人やら長寿族やらが跳梁跋扈する世界で外見的な判断をするのはやめた方がいいよねえ? と秋水は悩む。
「申し訳ございません、マイナ様。
滑車を使わせていただき、誠にありがとうございます」
「手間」
どこかの誰かを彷彿とさせる言葉遣いだと感じたのは、何も秋水だけではなかったらしい。
「ええ、何分にも。現在お仕えしております秋水様の邪魔となる様な可能性がございますので……手間はかかりますが安全面を考慮させていただきました。
それにしても、相変わらずの口調でいらっしゃいますね」
「文句ある?」
「いいえ、ございません……ですが、周囲の方々にはいかがなものかと……」
「ウルサイ」
「これは、失礼を致しました」
どう言う事かと目を向けたのは、どうやら秋水だけではなかったらしい。
頭を軽く振って現状を把握する努力をしているアインスを見て地味に感動しつつも、耳はキャシーにダンボ状態だ。
「以前、ドーン様がこちらにおいでになった折にマイナ様がドーン様に憧れておいででございます」
「ふうん……?」
「敬愛と言う意味では確かに好んでおられますが、あくまでもドーン様の様になりたいと言う意味でございますので。気にされる必要はないものではないかと進言させていただきます、レン・ブランドン様」
「……そう、ならいいけど?」
なんかどす黒いもの製造してますよ、この人!
頼むから散布しないで欲しいんですけど!
誰かの祈りが点に届いたのか、どこまで信じたのかは不明だがレンのどす黒い何かが製造停止になったのは喜ばしい事だ。
マイナと言う女の子も、流石に少々顔色を悪くしているのは何だか申し訳ない気分になる。
「でも……ええと、マイナちゃん。だっけ?
なんで君も、よりにもよってあんな……ドーンに?」
はっきりとアインスが言えなかったのは、レンがじろりと睨んできたからだ。
ちなみに、ドーンは相変わらずの通常運行である。天晴れと言いたいのは山々だが、いい加減に己の事なんだから少しくらい反応しても撥はあたらないのではないのではないだろうか?
「あの方は素晴らしい方だ!」
幼い女の子がきりっとした顔で怒鳴りつけてきても、やはり可愛いままなのでどうだろうと言う話もあるが。
視線を向けないだけで、レンの耳が何割かは神経的にこちらの会話を聞いていると言う点については色々と思う事も言いたい事もないとは言わない。
「うん、それは認める。世間的にも認められてるし、一応ドーンの研究室に所属するくらいは尊敬もしてる」
確かに、最初にキャシーから学園都市の説明をされた時に幾つかの事例を交えて話をされたが。その中にはドーンの研究成果やギルドの立ち位置なども含まれていたと言うのは結構古くなってきた記憶だ。
「けんきゅうしつ……?」
見かけ少女なマイナの年齢が幾つかは不明だが、とりあえず学園都市の住人と同じだけの知識があると言う見方はしない方が良いだろう。
学園都市が主に研究機関都市である様に、職人都市は工房を主体とした技術者の集う町なのだから当然だ。
「工房みたいな感じ?」
「近いか遠いかって言われたら、擬似的に想像するならやりやすいかもね?
ただ、職人都市は誰かに許可を取って工房に人を増やしたりする事ってないだろう? 学園都市の研究室には、ちゃんと偉い人に許可を取らないといけない事もあるんだ」
兄弟が沢山実家にいるだけではなく、ご近所の子供達もほとんど全員が兄弟みたいに育った環境にあったアインスにとって、小さな子とのふれあいは特にこれと言って特筆するべき事ではない。あえて言うのならば、環境から学んだ対応に過ぎない。
それでも、生活や次の環境に適して応用できると言うのはアインスの特筆するべき事だろう。
「おいマイナ!」
どすんどすん
何やら、えらく体重を感じさせる歩き方をする音がして見ると。
そこに居たのは、これまたえらく小さな綺麗な顔立ちをした男の子だった。と言う風に、見えた。
「何をぐずぐずしてやがる! こちとら暇じゃねえんだよ!」
その口調が不良のようでいて、その声がひどく野太いものであればなあ……と言う思いにかられたのが誰かなどとは、無粋な事なのだろう。
「手前ぇら! 遊びなら他所行ってくんな!」
びしっとキメ台詞を吐きながら、手にしたウォー・アックスがあまりにもヴィジュアルに合わない件については、一体どこの誰に苦情申し立てをすれば良いのだろうかと誰かが思ったとしても、それは仕方がない事だろう。
あまりにも……残念すぎる。
「やかましい」
どがっ!
然程力を入れている様には見えなかったが、マイナがくるりと回転しながら現れた男の子に延髄蹴りをかますというのは……これまた残念な光景である事は言うまでもない。
本当に、一体どこの誰に苦情申し立てをすれば良い事やら……。
「ユウナは本当に不調法だ。『夜明』様が居るのに……」
廊下の壁に顔面から、しかも手に持っていたウォー・アックスが引力に引かれたかのように後頭部に直撃をしている姿に何とも言えない感情を覚えてみたりする。
「い、ちち……手前ぇなあ!」
「ウルサイ」
がつっ!
今度は涙目の相手に踵落としですか……可愛い顔して行動的ですね。
などと言う猛者は、この場にはいなかった。
ただ。
「なんだとっ?」
がばり。
あれ、復活した?
顔の真ん中と言うか、眉間のあたりに打ち付けられた跡が残っているが復活する速度が速い……。
「技術者。ユウナ」
「「はあ……」」
そうですか。と言いたくなるのをじっと我慢しつつ、じっと見つめる。
マイナは、身長が小柄と言うには子供程度の高さしかない。ぎりぎり親方よりは若干高いかなと言う程度なので、もしかしたら長寿族なのだろうかという気もしないでもない。
秋水は外見的な部分しか判断がつかないが、一緒に見ているアインスはもう少し切り込んだ判断をしているかもしれない。外から見れば似たようなぽかんとした顔を二つ並べている状態ではあるが、中身は相当異なる認識をしている筈だ。
「お……ま、今なんて……!」
ツインテールの長い髪は、結んでいるのに腰骨の辺りまである。少し斜に構えているのが基本なのか、遠くから見ると若干髪の長さが異なるのは計算なのか、それとも。
隣に居るユウナというのは、短く刈り込んでいる髪をしている。ゴーグルをしているのは技術者だからなのだろうか? 身長はマイナよりも更に低く、もしかしたら秋水の三分の一程度もないかも知れない。はっきり言って幼児と言っても差し支えないだろう、その割には先ほどからのマイナのユウナへのあたりがきつい気がするのだが。
「技術者、ユウナと言った」
「その前!」
「ウルサイ」
「もっと前!」
なんだ、このコント……。
天然なのか計算なのか、どちらでも良いから話が進まないだろうか。
もしくは、話が進まない間はどこか他所へ行っても良いですか?
とか、誰かが思ったらしい。誰も口にはしなかったが。
「わざとかっ! 人を弄んでそんなに楽しいのかっ!」
幼児レベルの綺麗な顔とした身長の子供……と口にしたら、もしかしたらとてつもなく怒られるのではないかという気がしないでもない。
「……楽しい、のか?」
「なんで疑問系っ?」
それについては同情したくなったのが数人……いたのかも知れない?
「て言うか、お前の噂の『夜明』がいるって……!」
がつっ!
何だか、妙に恐ろしいものを見た様な気がするんですけど……。
いやいや、あれは幻、目の錯覚、ほら。俺さっきまで気絶してたし!
現実から目をそらすのは得策ではありませんよ。
などと、秋水とアインスとキャシーはアイ・コンタクトを取っていたりするが。
目の前で行われている展開に関して言えば、それは納得したくなる光景だろう。
美少女が美幼児にアイアンクロー……。
「お前、言うに事かいて『夜明』様を呼び捨てとはなあ……いつからそんなに偉くなった?
私に技術でも戦力でも勝てない程度の小物風情が、何を調子こいてるのかなあ……?」
色々と突っ込みたいところが幾つもあるのは吝かではないが、これは事態を放置するべきなのだろうか?
それとも、うっかり口を挟んで巻き込まれるべきなのだろうかと半分くらいは本気で考え込む。
しかも、外見を裏切りまくって美少女は全身黒尽くめのずるずるが基本のドーンに本気で憧憬を抱いているみたいだし、現れた美幼児はウォー・アックスを軽々と操るかと思えば声が超野太くて色々と二人ともコメントに困る。
ちなみに、美幼児ユウナの手を離れたウォー・アックスは一瞬ハリボテかと思ったがしっかり床にめり込んでいたりする……修理とかは考えないほうが幸せになれるだろう。
「あ……う、うう……」
「いい加減にしたらどうですか、マイナ。ユウナ。
二人のお遊びに、お客様方が対応に困られておいでではありませんか」
そこへ、お約束的に救いの手が現れたのは……どうやら、偶然でも何でもなく誰かが何かをしたのだろう。
誰か、などと言う無粋なことは考えてはいけないだろうが。
「ムナ……お前も邪魔するか……」
何故か知らないが、マイナは殺る気満々だ。
何故だ、一体どうしてこうなった?
「マイナのスイッチを入れたんですか……面倒だから止めてくださいってあれほど言ったのに……」
ため息をつく長身の青年は、眼鏡をかけている。
肩のあたりで切りそろえられた髪、眼鏡の奥の右目瞼が少し傷跡らしきものが見える。
手にはバインダーの様なものが携えてあり、着ている薄手のフロック・コートは質が良いのが一目で見える。
「マイナ、確か今日は貴方の憧れのギルド上級ランク『夜明』様がいらしてるんじゃないんですか?」
ため息混じりに吐き出された言葉は、何やら……重い。
いかに、この二人に苦労しているのかが偲ばれる場面だ。
が、それはある意味では杞憂なのかも知れない。
「そう……そうだな……。
申し訳ありません、『夜明のクリムゾン』様。見苦しい所を見せてしまいまして……」
そう言えば、ドーンの二つ名の『夜明』とは『夜明のクリムゾン』と言うのが正しかっただろうか?
いやいや、そう思うのならやめてあげて。
アイアンクローに飽きたと言わんばかりに絨毯が敷いてあるとは言っても床に叩きつけた上で上からぐりぐり踏みつけるの止めてあげて、ついでにユウナの持っていたウォー・アックスで背骨をピンポイントでえぐるのもっとやめてあげて。
そう思っても、言えないのが長いものに巻かれる人と言うものである。
「相変わらず、御三方とも外面に関しては完璧ですね」
「……ご無沙汰しております、情報ギルド上級ランク保持者。『女中王』様」
「現在はキャシーとでもお呼び下さい、メイジャ工房外商担当ムナ様」
説明的な会話であるが、実際の所を言えば説明の手間を若干とは言え省いているのかも知れない。
美少女は全身黒尽くめに膝をついて憧憬の目で見つめているし、それをレンが若干警戒しているのが怖い。
美幼児はマイナの攻撃で若干痙攣しつつも床とお友達だし、観察しているアインスも何か怖い。
現れた青年は、どこか腹黒そうな気配があるけれど交渉担当ならば致し方がないのだろう。
しかも、キャシーの言い方では三人とも相当外面はよさそうだ。
「何、この混沌再来……?」
アインス、ただいま海岸中……もとい、開眼中。と言うわけではありません。
と言うよりも、この程度で右往左往していると着いていけないと言う有名事実。ちなみに情報ギルドではこの程度の事は日常茶飯事どころかお茶請けにもならない日常です。
情報ギルド、怖い……。
ちなみに、商人ギルドと情報ギルドは兼任している人が普通に居ます。商売の基本は情報からと言うのがまい・もっとー。
では、次回予告。
「ちょっと!それ全然聞いてないんですけど!それって根本的に話が変わってくるんじゃありませんか、ねえカーラさん!(あれ?)」
と言う感じになったりする…には早いかも知れません。




