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85 メイジャ工房へようこそ

勘違いされると微妙に困るのですが……する人はいないかも知れませんが。

僕は、暴力は好きじゃありません。疲れるから。

暴力を見るのも好きじゃありません。痛いのを想像して疲れるから。

だけど、暴力をする人を止める気はあんまりありません。だって止めるの疲れるし。


結果:僕はヘタレって事なんですけどね。


「どやかましい」


 がこ


「……ぐ、ふ……」

「アインスぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ! てか見えなかったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 余程驚いたのか、秋水が倒れたアインスとマイナと紹介された逆さまだった女性を見比べながら困っている。と言うより、戸惑っている。

 別にマイナ程度の動きをする人物なら学園都市にも何人もいたのだし、加えて上位ランク者だって二人も身近に居るのだから驚く必要はない筈なのだが……。

 実際に実力を目撃したのは二度なので、それも無理からぬ事なのかも知れない。

「メイド」


 あ、これはそろそろ動かないと不味いかも。


 キャシーがそう認識できる程度には、マイナは機嫌が……良いのか悪いのか。

 問題はマイナそのものではなくて……。

「マイナ! 客人を迎えに行くだけなのに何してやがる!

 てめぇは子供の使いも出来ねえのかっ!」

 べらんめぇ口調もかくやと言う有様だが、その声は野太い門で見たお兄ちゃん達と言うよりアニメ声と言った方が近い気がする。

「ケルシュ、今行かせる為にメイドに言い聞かせている」

「……とっとしろ!」

 いったい何を思ったのか、太い声をした人物はそれだけで声が届かなくなった。

 と言うよりも、マイナが言った「メイド」の意味を知っていて言っているのだろうか? それとも、知らないで言っているのだろうか?

「アインス、しっかりしろ!」

 ここで「傷は浅いぞ!」とか言ったらいいだろうか……などと、頭の片隅で考えてしまう程度には秋水もこの状況には慣れてきていた様である。

「秋水様、お言葉ですがアインス様でしたら放置して置いても暫くすればお目覚めになるかと……ただ」

「……嫌な予感がするけど『ただ』って何?」

「はい。この場に放置して置いた場合、うっかり出口を見つける事が適わないアインス様がどの様な恐慌状態になると想像いたしますと……」

「いや、駄目だからそれ。ウキウキとした声とか出したら駄目だから」

 キャシーは表情こそ完璧な無表情が相変わらずで、ある意味では状況によってはすごく恐怖心を感じるのだが……態度や声にはものすごく、それこそ表情の分まで感情が載せられているので判断に困ったり困らなかったりする。どこまで演技か判ったものではない、と言う意味もある。

「左様でございますか……それは大変残念な事でごさいます」

「言っておくけど、こっそり観察とかしちゃいけないと思うよ?」

「承りました」

「記録もよくないと思うんだけど」

「……かしこまりました」


 やる気かよ!


 そう思ったとした秋水は、己を褒めてあげたい気持ちだった。

 別に、キャシーほどの実力となればアインスの恥ずかしいとか困ったとかネタになる様な言動は幾らでも記録する事も出来るだろう。そんな高価な趣味に無駄といわれるほど収集するキャシーが他の人にもやっているか否かはともかくとして、友と呼んでも差し支えないアインスのネタを一つ潰してあげるのは友情としては十分だろう。

「やる気だな」

「え、止まる気配なし?」

「酷い言い草ではないかと……マイナ様」

「急げ」

「……て、あれ?」

 反応が遅れたのは、あまりにも対応がナチュラルだったからだろう。

 普段ならばアインスが入るような台詞の立ち位置に、マイナが居た事に秋水が気がつかなかったのは。

「その様な者はポイして、そろそろ参りましょう。秋水様。

 ドーン様、レン・ブランドン様などポイして参りますよ?」


 ぽい


 まさしく、文字通りぎゅうぎゅうと抱きしめられていた様に見えたドーンが、どうやったのかレンをぽいっと投げ……広さも高さもそこまで無かった為に転がりながら「ひどいよ、ドーン!」などと言いながら嬉しそうな顔をするレンと言う姿を見てしまい……そっと秋水が目をそらしたのは言うまでもない。


 変態だ、変態が居る……!


 変質者ではないだけマシ、と己に言い聞かせている時点で十分問題だろうとは思うが。人の気持ちなど外に出さなければ相手に気づかれる事もないから、良いのだと言う事にする。

 正直、秋水にとっては変態も変質者も大差ないし。この世界に変態を取り締まる法律は皆無だろうと認識しているので、秋水の心の中だけの問題になるのだが。

「早く」


 ぴょん。


 どんな跳躍力だと言いたくなるほどの軽い足取りで、マイナが跳躍すると同時に天井から開いた穴より上半身だけを降ろしてくる……一体、上の階ではどういう状態になっている事やら。

 音も無く続いたのはドーンで、これまた力強さを全く感じさせない跳躍力で一っ飛び。


 忍者か、お前は……!


 ちなみに、そう思ったのは秋水だけだが秋水が知らないだけで忍者的な何かな人がこの世界に存在するか否かは判らない。

「ドーン、今行くから!」

 そういいながら、流石に運動能力が高いと言うレンでも縄梯子を使ってひょいひょい上るのだから驚く。

 秋水が知る限りだが、縄梯子は梯子の部分は木材でつなぎとなる部分が縄で出来ている以上は体重をかける事によって重心がずれる事も普通にある筈なのだが、見た限りではそうは見えないのである。

「さ、秋水様。お先にどうぞ」

「……キャシーはいいの?」

 どうしたものかと悩むのは、縄梯子の経験がないと言う純粋にそれだけの理由である。

「ほほほ……恐れ入ります、この様な姿でございますので」

 そう言って、長いスカート丈のメイド服をつまむ。

 中世の女性がやるように足を曲げて、お辞儀をするかの様な格好だ。

「……失礼しました」

 内心では「丈の問題じゃなくてスカートが翻った姿すら見た事ないんだけど、女性だから気にするのかなあ?」と言う問題であるが、実際の所を言えばそう言う問題ではないのだが……気にする必要はないだろう。

「それに、アレを回収しないといけませんので」

「せめて人扱いしてあげて」

「……考慮いたしましょう」

 アレというのは、片隅で気絶したままのアインスだ。

 どうにも、最近は職人都市に来てからのアインスはめっきり気絶する回数が増えている様な気がしてならない。

「と言うより、どうやってアインスを連れて行くの?」

 どちらかと言えば、いっそ船の中に入れておいた方がよほど楽なのではないかと言う非常に冷酷な意見もあったりしないでもないが、この工房には先ほどのブーリン工房とは異なり見るだけではない実用的な道具をそろえに来たのだから、メンバーが揃っていないのは元の木阿弥と言うものだ。

 ちなみに、ラーカイル医師は別枠で動いているから問題はないのだと言うキャシーの言葉がどこまで事実かは正直不明ではあるものの、そのあたりを秋水が考慮する必要はないと言うことなのだろう。

「はい、引きずりましてロープで引き上げようかと……元来、この場には荷物用の滑車がございますので」

「あ、そうなんだ?」

 ある意味では「それも当然か」と脳内で呟きながら、天井を仰ぎ見る。

 どうにも、以前よりこの世界に来てから身体能力が上がった気がするので本来ならば薄暗い中では見る事も適わないだろうと思えるが、今は全く何の障害もなく見られるのだから不思議だ。

 元来、軽い乱視交じりの酷い近視だったのだ。

 その点に関してのみ言えば、良かったと言うか……ここ数日はともかく、倒れまくっていたのは困ると言うべきか悩む点ではあるが。

「素材によっては職人都市の脳内筋肉野郎な方々でも取り扱いの難しいものがございますので、そのあたりを考慮されていたのではないかと。今は然程使用される事も多くはありませんが、かと申し上げましても全く使用されていないと言うわけでもないと言う状態でございます」

「つまり、使用頻度が下がったって感じ?

「はい、何分にも都市の階層が数十年前に比べれば1階層分は着実に水没しておりますので」

「……大丈夫なの?」

 今すぐに水没するという事がないのは、一応は知っている。

 それでも、暇を明かして目に入った情報から考えると近年になればなるほど水没して行く速度は上昇しているのではないかと、そこかしこで噂されているが地元民は全く気にしていないとか。別に、親方がどうにかこうにかしてくれるとまでは考えていないらしいのが少し不思議な感じもしないでもないのだが。

「はい、その点でしたらフロート技術の研究も進んでおります。海面の上昇については一朝一夕で解決できる問題とは流石に……対症療法としては現在、一部の庁舎の権限を都市ではなく陸地側中央部に移している事や現場での行動に関しては責任を各々に割り振ると言う対策をもって行われている様子でございます」

 内心では「あれ、それって職人都市の秘密事項じゃないのかなあ?」とぼんやり思ってみたが、思っただけで表に出さないようにするのは頑張った。

「まだか」

「恐れ入りますが、そろそろお願いできませんか?」

「ああ……すみません、今行きます」

 うっかり半水没状態の部屋の事を憂いていたら、マイナとカーラが上から顔を出していた。

 と言うより、パンツスタイルのカーラはひょいひょいと縄梯子を上っている姿を見て「彼女って金持ちのお嬢様じゃないの?」とうっかり聞いてしまい「彼女は金持ちのお嬢様で納まるのではなく、世界を足蹴にする商人になるのが夢の様でございます……その事も、彼女が聖性されてしまう理由の一つではないかと言われております」などと言う会話があった事は、カーラには内緒にして置いたほうが良いのだろうか?

「メイドの立場から申し上げますと、主人を急かす等愚の骨頂ではございますが……」

「まあまあ……あの二人はメイドさんじゃないんだし?

 そういえば、カーラは商人だって言ってたけど。あのマイナって女の子は? メイドでもなければ商人でもないよね?」

 秋水が、縄梯子を引っ張って強度を確かめてから足をかけ、重力にしたがってぷらんぷらんするのをどうしたものかと悩んでいる最中。視界の隅ではアインスの片足を掴んでずるずると引きずるキャシーの姿を半ば見慣れながらシュールだと思うのは、すでに気分的に慣れているからだろう。

「ああ……マイナ様は、このメイジャ工房の……」

 秋水が「身体能力が上がったなあ」と思うのはこういう時で、以前にテレビで見た時に縄梯子を上ると言うのは本やテレビで見た様にすいすい上る姿ではなくて重力と引力の法則に従ってブランコの様に揺れる上に足元が覚束なくて、どちらかと言えば悲鳴を上げられない若手芸人と呼ばれる人のわざとらしい叫び声を上げながら派手に揺れる姿だった。と記憶しているが、まともに見たわけではないのであまり自信がない。

 けれど、今の秋水は多少の揺れを感じるものの大した恐怖心を覚えるわけでもない。足元が覚束ないのは当然だが、かと言って叫んだりするほど揺れると言うわけでもないのだからテレビ効果を狙って若手芸人が大げさに言ったのか。それとも、秋水の身体能力が上がって揺れないようになっているかの二択だろう。

 ちなみに、秋水は即効で後者だと判断したが。

「うん、この工房の?」

持主(オーナー)でございます」


 ずるり


 ここで、キャシーの言葉と同時に足を踏み外して膝小僧まで突っ込んでしまったのは。

 言葉でのツッコミが出来なかったフォローなのだろうか……と、うっかり平和的な事を秋水は考えてしまっていた。


キャシーのスカートが翻らないのは、世界の謎の一つです。

この世界に「忍者」と言う形式の職業は存在しません。ちなみに、トルコでは主婦の人とかが忍者学校でエクササイズぽく忍者修行をしているので2万5千人ほど居ると推定されているそうです。日本より多いね!


では、次回予告。

「次回出てくる新キャラは三人……あれ、一人はもう出たんじゃないの?って貴方はちょいとお待ち下せえ……ほら×2、出てきたじゃああ~りませんか。ね?」

な感じでお送りしたいと思います。

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