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84 巡り巡ってまだ巡る

幸せになりたいと思う気持ちが物事の始まりだと言うのだろうか?

一人で幸せになる事、誰かより幸せになりたいと思う事。

皆で幸せになると言う事。


ただ。


幸せになった「後」の事を考えていると言う話は。

聞いた事がない。残念な事に。


 水路を使ってきたとは言っても、町の水路どころか全体図さえ「なんか形になってるなあ」程度の事しか認識していない場合では現在位置がどこかなどと言った知識に関してはまるっきり理解など出来るわけもなく。

 何故か、片隅でいきなり「職人都市常識クイズの時間がやってまいりました」などとキャシーが無表情で、どこから出したのか定番の音を奏でながらアインスに迫っている姿と言うのは表現に困る。


 どんどんどん、ぱふぱふぱふ


 微妙な空気が流れているのは判っているが、だからと言ってその状況にツッコミを入れる勇者が存在しなかったのはアインスの敗因だろう。

「あれ……何?」

 ぽつりと呟いたのは、ぴたりとくっついたまま離れず「磁石かよ」とツッコミを入れていたアインスに物陰で何かをしていたレンだ。気持ち的には風景の一部に溶け込んでいるにしては視界に痛いのだが、これは開き直らないと精神のバランスが崩れたまま立ち直れないかも知れないと言う恐怖心に打ち勝つ為の緊急措置だ。きっと日常になれば精神は自然とこの状況を受け入れて……くれるかも知れない。

「チンドン屋の真似……じゃないかな?」

「ちんどん……って、何屋?」

「宣伝屋。かな?」

 宣伝広告と言う概念も無ければ、オープンセールなどと言った概念もないらしい。

 これは職人都市に限らず学園都市にもそうらしく、特に環境や時間の流れ的な状況に合わせた商売の形態の変化と言うものが基本的にないらしいと言うのは、秋水が見聞きして想像して推測したことだ。

 基本的に売っているモノや価格は年間を通じて同じだが、商品やサービスに変化がないかと言えばそうでもないと言うのが美妙な事だ。あえて言うのならば、基本的な所は変わらないでオプションやトッピングがお客様の自由意志で変化するものと言えば良いだろうか?

 例えて言えば、ランチのメニューは基本が主食とベースのスープが問答無用で出される。けれど、おかずを入れたりスープに具を増やしたり主食に混ぜモノが入っていたりすれば値段はどんどん上がるといった感じだ。だから季節的に入手できたり出来なかったりする細かいメニューはあるけれど、それぞれの価格は年間を通して変わることはない。

「新しい店が出来たりしたら、沢山の客に来て貰いたいから少し価格を安くしたり派手な音やパフォーマンスでお店の事を知って貰うって言う……サービス。かな?」

 季節や品物に関しての価格変動が少ない理由のひとつとしては、どこの店に行っても同等のサービスが受けられると言う安定供給と言えば聞こえの良い怠惰さが上げられる。どこの店でも似たようなものが手に入るのであれば、どこの店で買っても同じでわざわざ別の店を探す必要などないし、経済的にも戦争や天変地異でもない限りは提供する側も安定の供給をされるし最低必要経費を除いた価格は基本提示されていると言うのも大きな理由。

 よく言えば安心で、悪く言えば変化に乏しいと言うよりまるっきりない。

 似たようなものしかないのならば、ある意味では好敵手ライバルと呼ぶに相応しい存在もない。

 だから、わざわざお客を呼び込もうなどと言う事をする必要もないと言う有様だ。

 良いのか悪いのかと問われたら「ぞっとしない」と言ったかも知れないが、問われないのであれば口にする必要もないだろう。

 泥沼に嵌ったかの様に決して崩れ落ちることがないと思っている人々が、今のままで死ぬまで現状が続くなんて思っているのならば。

 もしかしたら、これもまた親方の政策の弊害なのかも知れないと秋水は思う。

 ただでさえ有能で、ただでさえ一人で出来てしまう、だからこその栄光と言うべき職人都市。

 もちろん、その旨味を味わいたくて手を伸ばす者もあるだろうが、決して変わらぬ変化のない世界に飽きてしまった人も存在するのではないかと言う気が少しだけしたのだ。可能性は低いし、秋水などはいきなり放り込まれたので感じるけれど、先に来るのは「すごいな」と言う気持ちだけだし生まれた時からの環境であれば疑問を問いかける必要もないだろう。

 困っている事も、飢える事もない、安全な世界。

「サービスですか……ですが、ちんどん屋と言うからには何かものを売るべきではないのですか?」

「売ってるのは形じゃないものであって、サービスそのものだからなあ……」

「サービスを……売る、ですか……」

 問われても秋水は困るのは当然であって、サービスの違いで各店舗の個性を打ち出すのが普通の環境に育った以上は平均的過ぎると言うのはどうなのか……。

「カーラ、場所や品揃えによっては売り上げって異なるんじゃないのか?」

「それは当然ですが……ギルドに所属している関係で売り上げは一元管理されていますからね」

「じゃあ、儲かってる店と儲かってない店でも収入は一定?」

「それは勿論異なります、ですが最低限の店舗が存続できるだけの収益及び歩合となっておりますから収入は個人で異なります」

 ただ、それでは最低限の賃金に関しては努力してもしなくても手に入るという事になるのではないか……とは思ったが、それを伝えるべきか否かを秋水は迷った。

 共産と言う言葉あるが、それはあらゆる人々が同じだけの幸せを得ようと言う素晴らしい概念だ。ただし、それには助け合いの精神があるから全く働かなくても物凄く働いても同じだけの収入が得られるという事になる。

 民主と言う言葉があるが、そちらは完全に実力主義だ。働けば働いた分だけの収入が得られるが、働かなければ全く収入がないと言う事になる。

 どちらも利点と欠点はあるから、完全な歩合制でもなければ固定性でもないと言うのはどちらの良い所を取っていると言う見方も出来るが、逆を言えば頑張らなくても死なずに済むと言う事になる。それに不満を訴えるものが居なければ他人が何かを言うほどの事はないが、良いのか悪いのかと言われると勝手に悩んでしまう。

「秋水様、難しいお顔をされていますが何かございましたか?」

「ああ……うん、いや……どうなのかと思って」

「どう、と申されますと?」

「別にいいんだけどさ……それに、うまく言えない。なんだか」

 少々ため息混じりに吐き出された言葉に、余程難しい顔をしているのかキャシーはそれ以上の追及をしなかった。

 カーラは、なんとなく聞きたそうにしていたが空気を読んだらしい。もしくは、カーラ曰くの「見えない何か」と言う所だろうか? だとすれば、少々羨ましい能力……能力と言うべきか悩む程度のものらしいが。

「別にいいんじゃないか? 上手くいえなくても」

 空気を読めないのか読まないのか……それとも、あえて読まないのではないかとキャシー辺りは思う。

 アインスの良い点ではあるが、それとも悪い点なのか。

 何故なら、アインスは幼少の頃より実家では狩りなども頻繁に行っており……その獲物の報酬をピンはねされる事も少なくは無かったらしいので、もしかして手際が悪いのか要領が悪いのか、それとも子供の頃だから仕方ないと諦めるべきかは悩むが。

 つまり、気配と言うものには本来鋭敏である筈なのだ。大きくは無くても斧と罠で獲物を狩りに行くくらいであるのならば。獲物が小物であればあるほど、その気配を感じ取るには鋭敏な感覚が必要になるのだから。

「けど……」

「そいつ、何?」

 ああ、そういえばこんな奴居たなあという程度ではあるが。

 この場には別の存在もいたのだと、初めて思ったのが誰なのかは内緒の方が良いだろう。

「そいつ……て、俺?」

「いや、他にいないんじゃないか? シュースイは異彩を放ってるし」

「……褒めてないだろう」

「あ、判る?」

 ここで怒鳴り散らして暴れるのと、静かに睨みつけるのはどちらがよりダメージが大きいか秋水が真剣に考え始めてしまったとしても、それはそれで間違いではないだろう。

「で、こいつは何?」

 秋水の殺意にも似た感情を霧散させたのは、やはり先ほどと同じ人物だった。

「……こいつだって、何だって」

「ウルサイよ」

 アインスが憮然とした顔をしたので、秋水は溜飲を下げた様だ。

 理由はどうあれ、同じチームで揉め事が起きるのは困る事だからちょうど良い。

「「……て、うわあっ!」」

「なんなの、こいつら」

「「一緒にしないでくれるっ? て、真似すんなっ!」」

「見事な同調シンクロ率でございます、秋水様。アインス様」

 本当に、魂が双子なんじゃないかと思うほどのタイミングで同じ台詞を吐く二人は。キャシーが思わず無表情で手を叩く程度には言動が同じだ、特に興奮した時の対応はよく似ている。

「メイド、遅いんだけど」

「これは失礼を致しました、マイナ様」

 恭しく頭を下げたキャシーではあるが、その動作はものすごく淡々としたままだ。

 人によっては馬鹿にされていると感じるかも知れない程度には慇懃無礼ではあるが、かと言ってこの世界のメイドの全てが沿うというわけではない。これで表情でも出ればまだ話は別と言うものだろうからキャシーだけなのだろう。

 それでも、一流の技術と冒険者ギルドでのランクを考えたらメイドより冒険者をやった方が儲かるのではないかと思えるものではあるが。

 長い目で見ればメイドの方が安定している職業の様にも思えるし、若いうちならば冒険者の方が割が良いのではないかと言う気もするが……そうなると、今度は秋水が完璧なキャシーの世話になる事が出来ないと言う矛盾が生じてしまう事になる。言いたくはないが、これはいただけないと秋水が思うのは当然だろう。

 いかに人の機微に疎い、または察しても行動に移す事が出来なかった過去と言うとり現在進行形の秋水とは言ってもキャシーがただならぬメイドである事は……もう十分に見ていたのだから想像するまでもない。

「シュースイ……余裕あるな、何を考え込んでいるんだか……」

 何となく想像がつくのか、それとも思考まで似通っているのかは判らない。と言うより、判らない方が幸せと言うものだろう。どちらの結果になるとしてもアインスへのダメージは計り知れないと無意識で感じ取ったのかも知れない。

「まいな……さん?」

「これは、申し遅れた事を深くお詫び申し上げます。

 メイドとして失格でございますね……秋水様、こちらは上階にある工房のマイナ・メイジャ様と仰られます。

 マイナ様、こちらは私の現在お仕えしております秋水様。他、愉快な仲間達のドーン様、レン・ブランドン様、こちらにはいらっしゃいませんがラーカイル様、ついでのアインス様でございます」

「ついでって何っ?」

 条件反射的に答えたアインスは、即効で後悔した。更に言えば後悔したのは、言われた事に反応したのではなくキャシーに反応をした事だ。

「ほう……?」

 表情は一切変化がないとは言っても、あくまでも表情筋に関してのみと言う事だ。はっきり言って、それ以外の所……例えば口調であるとか態度であるとか言った部分は一切抑える気はないらしい。

 事情をある程度は知っている身の上としては……正直、何とも言えない。何を言った所で無意味と言う見方もある。

「ゴメンナサイ」

 どちらかと言えば……何か言われる→反応する→口では言えない事が起きる→教育的指導が生じる→後悔すると言うルーチンワークがすでに確立している事を他の面子は知らない筈だが……どうだろうか?


先に言っておきますが僕は別に共産主義にも社会主義にも喧嘩を売るつもりもなければ、そんな予定もありません。

皆で幸せになりたいと言う気持ちは大事です。一人だけでなる幸せってあんまり想像がつかないし。

一説によると最も幸福な状態と言うのは脳みそだけの環境と言う嘘か本当か判らないものを読んだ事がありますが……僕はそんなのまっぴらごめんです。

だからと言って、誰かと争うのが好きなわけでもありませんよ。

だって疲れるじゃないですか?


では、次回予告。

「なんか無駄に新キャラ登場、そろそろ書いてる方も把握が難しくなってきたのは人数の多さよりもキャラの立て方だ!てか、そっちの方向に行かれると美形少年が面倒くさくなるので勘弁してー!」

と言うにはちょっと早めなんじゃないですかね?

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