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83 これは余興ですか?余興です

人と言うのは生まれよりも育ちの方が大切だと言うのを、一体どれだけの方がご存知なのだろうか?

どれだけ文化が発達していると言っても、その方向性によっては全く人生で役に立たない場合もある。

悲しいけれど、それは現実だ。

もっと悲しいのは、どんな知識ならば人生の役に立つか。

照合する事が、実際に出会うまで出来ないと言う所だろうか?

それを楽しむ事が出来るようになれば、きっと人生はもっと楽しくなるに違いないのに。


 秋水が頭を抱えてうんうんうなっていても、状況と時間と言うものは誰かが何かをしてもしなくても流れるものだったりする。流れない場合も相応にして存在するものではあるが、大体に関しては流れる確立の方が高い。


 つまり、目的地に到着したのだ。


 到着したとは言っても、どこかの小さな船着場に到着したとか言うわけではないのは顔を出した瞬間に判った。

 船着場は、屋根があったとしても必ず外に作られる。庁舎の秘密水路などを除けば、一般市民は地面の下の船着場など想像もしないだろう……別に、わざとそうしたのではなく偶然だ。一説によると、単に最初に船着場を幾つか作った親方の真似をしたら自然とそうなっただけだと言う話もある。

 あえて他に説をあげるのならば「わざわざ地下に船着場を作る理由って何かある?」と似たような疑問を抱いた誰かが親方に聞いた時に告げられた答えらしい。確かに、各家庭に船着場が設置されているわけではない。たまに船そのものに寝泊りしている人もいるが、それが住民として認可されているかどうかは別の問題だという話もある。

 でも、あるのだ。

 地下の船着場が。庁舎にある様に。

 家庭の船着場が。公的なルートには乗っていないけれど。

「ここ……どこ?」

 キャシー、レン、ドーンと続いてアインスが出た時に出た台詞だ。

「ここは私の知っている職人の自宅の船着場だよ」

 応えたのはカーラで、呆然としているのは秋水だ。

「こういう職人都市には、実の所を言えば幾つかは残存している船着場でございます」

「幾つか……って言うと? 残ってるって事は今はない?」

 秋水は口を開けたままで「あんぐり」と言った状態だ。はっきり言って口から何かを放り込んでやりたくなるくらいの素直な感情だろう。

 そこまで広いとは言わないが、空間的には結構なものがある。

「ないと言いますか、あると言いますか……何と言えば良いものか、アインス様」

「いや、そんな中途半端な所で聞かれても」

「水没しているので、少なくとも船は着かないだろうと言うものでございまして。水中で呼吸出来る生物か乗り物でも発明されればまた、少々事態は異なるのではないかと思うのですが」

 それは、確かに船着場ではないだろう。少なくとも。

 小型とは言っても庁舎から乗ってきた船は乗客だけでも5人以上が乗ってもまだ余る程度で、そこへ動力となる部分や乗員がいる事を考えたら大型ベッドの二つや三つならべた程度の空間では技術力は天井知らずでしかないと言うのは流石に判る。

 だと言うのに、そこへ来て水没などしていたら船は入るどころか全員まとめて水中へお陀仏だ。

「水中の生物ねえ……魚でもいれば話は別だろうけど」

「あれ、この世界には潜水艦ってないの?」

「「「……は?」」」

 キャシー、アインス、カーラの声が重なった瞬間。

 条件反射とは言え、秋水は思ったものである。


「沈黙は金」


 誰が言ったか知らないが、心の底から少し前の自分自身の頭を横膝蹴りをしたいくらい叩きのめしてやりたいと思ったのは当然だと言えるだろう。

 キャシーは、徐に懐から出したらしいメモ状の物質にペン状の物質で書き物をしている。もしかしたら、何かにつけて会話に質問を織り交ぜていこうと言う腹積もりなのだろうと言う穿った見方をしてしまうのは致し方が無いだろう。

 秋水にとって、自分自身でも呆れるほど表面上でしか知っている事は多くない。せっかくあれこれと好奇心丸出しで子供の様に欲望をあからさまに全面に押し出して尋ねてきてくれるのに、ろくな説明が出来ないのは正直心苦しいとすら感じる。

 そこで「知らないものは知らない」と言って突っぱねる事も出来ただろうし。それを何となく諦めてくれる様な気もしないでもないのだが、それは個々によりけりと言うものだろう。

「シュースイの居た世界ってさあ……なんか凄い? ような?」

「ええ、とても素晴らしい技術の世界だと思いますよ」

「まあ……そう、か……な……」

 生まれ育った世界を良い様に言われて、幾ばくかの照れがあるのは本能的な意味としてどうしようもないだろう。秋水にしてみても、まんざらではない気がする。

 勿論、秋水にからしてみれば魔法も魔獣も魔族も存在しない世界。目に見えて一般の多くの人が見聞きして奇跡だと認識する現象が起きない事などを含めて考えると良い事ばかりではない事も沢山あるのは知っているし、説明もした。うまく説明出来たかどうかは別だが、こちらの世界の火薬や炎の魔法などと言ったものよりもずっと性質が悪い武器がある事も説明した。

「ちなみに、この世界での郵便事業ってどうなってるの?」

 郵便制度を簡単に説明した秋水は、少々気落ちしながらも表面上には出さないようにしてカーラに尋ねた。

 別にキャシーに聞きたくなかったのではなく、商人ならば専門的な知識もあるだろうと無意識で思っていたからだと言うのが秋水の弁だ。キャシーも、今までの面子だけではなく多少は秋水の世界を広げる事を意識しているのだろう……そうでもなければ、この少ない人数の中で更に人数を増やそうなどとは思わないだろう。

 確かに、それほど時間があるとはお世辞にも言えない状況だ。だからと言って、ここでほんの僅かな時間を惜しんでいられないほどと言うわけではない。それに「迎え」が来るまでは足止めを喰らっていると言う事実があるけれど知らない者は問いかけず、知っている者は問いかける必要がない。

「そうですね……手紙や言付けを出す人と言うのは、案外多くはありません。

 まず、識字率が高くはないと言うのもあります。シュースイ殿はすでにご存知だと思いますが、学園都市でもない限り文字と言うのは必ずしも知らなければならないと言うほど重要度が高いわけではありません。直接の商取引が必要でもない限り、実際の所を言えばモノや人の名前、数字の読み方と2桁までの足しと引きがわかれば十分郊外でならば生きる事が出来るでしょう。ですから、絵を文字の替わりに使うと言った人も居ます」

「しょ……ではなくて、絵そのもの?」

「ええ。文字は地域によって異なる事も多いですが、絵でしたら分化の違いは多少あっても大体は似たような意味や使い方をするものですから」

 なので、そう言う意味では意外と芸術性は高いらしい。

 幼い頃から自分自身の楽しみと言うよりも、第三者が理解出来るようにという意味で学ぶのであれば力も入ると言うものだ。それでも、数字に関しては2つ程度の種類を覚えておけばどちらかは使える事が多いらしい。

 確かに、アインスの様な狩猟と農耕な生活を行っているのに明細を書くのに獲物を一つずつ書くのは手間がかかると言うものだろう。

「ただ、問題は羊皮紙は需要はそこそこございますが価格が嫌になるほど高価であると言う欠点がございます」

 だからこそ、まだ平べったい石や薄く削った板などをつなぎ合わせたものに描いたり削ったりするのが一般的らしい。そうでもなければ、地面に書くしかない。しかし、地面では持ち歩く事など出来ないので、必然的に用事もない事もあって手紙を出すと言う文化が育ちにくいというのが現状だ。

「シュースイ殿のおっしゃっていた『紙』がもう少し解明出来れば良いのだが……」

「そうだなあ……繊維質の丈夫な植物を煮て砕いて磨り潰して、水っぽい糊と混ぜ合わせて薄く延ばして乾かせば出来るんだけどな……」

 さらりと説明した秋水ではあるが、別に意図した事があったわけではない。

 単に、記憶に残っていた『紙』のレシピを探していた為に無意識に近い状態で出てきたと言うのが正しい。

「はい?」

「……は?」

「……へ?」

 この反応は、上からキャシー、カーラ、アインスだ。

 流石にキャシーの反応は早かったが、カーラとアインスにそれを求めるのは酷というものだろう。

「今……取水様……?」

「多分、米とかがあれば話は早いんだけど……防水仕様にする為には俺の知識だとなあ。多分、食べられる蝋みたいなものでも薄く塗りつけてあると思うんだけど。その辺りは何ともなあ。牛乳パックが出来れば、今度はパックを切り刻んで糊と混ぜて再生利用できるんだけどな……難しいよな……。

 て、あれ? 何? どうかした?」

 ぶつぶつと呟いていた秋水ではあるが、この状況を見て顔はぽかんと言う感じだ。

 何やら呆れ返られた様な気がして戦々恐々だ、何しろ常識など欠片もないのは最初からの上。情報規制の憂き目にあっているのは今更何をと言った感じで知っているし、キャシーにも正面切って言われた事はあるが、三食昼寝どころか老後の介護まで不安要素ゼロなメイドさんをつけられている身の上で否という事も出来るわけはないのだから今更だ。


 がっこん


 現状が全く理解出来ない状態の秋水はおろおろとキョロキョロとしているが、頭上から音とともに光が差し込んでくるのを見て二度びっくり。

 そこから、逆さまに顔が降りてきて三度びっくりだ。

「おかしな事を言う奴が居る」

 天井から逆さまに頭を下ろしてじっといきなり見つめてくる様な奴に、しかも初めて聞く言葉がそんな事を言う様な奴に言われたくない。

 誰が思ったかと言えば、この場合はカーラを除くべきだろう。

「ずいぶんと時間がかかりましたね」

「慎重だから、不審人物がいる以上は相手の人となりをみるべきだろう?」

 確かに、それは間違いではない。間違いではないのだが……。

 何か腹が立つ物言いなのは、恐らく勘は間違っていないだろう。

「ええと……始めまして?」

「どうして疑問系なのです?」

「いや、もしかしたら二回目の人が居ても覚えてない顔だから」

「商人としての立場から言わせてもらえれば、それは改善した方が良いとお勧めしますよ……それで商売は成り立たないでしょう」

 こういう扱いは初めてではないらしく、カーラは多少表情を変化させている。良くない方向へ。

「その為にリッツ商会と契約しているんじゃないか、卸す先を一元化させてしまえば独占販売になってしまうけれど、代わりに管理や統制などは全て任せてもらって構わないと言ったのは、そちらだった気がするよ?」

「ええ、確かに間違いではございません……最初さえ面倒でも後は同じ作業のルーチンが基本ですからね。波に乗ってしまえばさほど難しい問題ではありません……が、後から後から問題が出てくる場合は話は別です」

 一体どんな目に合っているのか、どうやら結構面倒な目にあっているのは確からしい。

 男装の麗人は、確かに麗しい姿を憂鬱そうな姿で逆さまの顔と見つめあう。

 ……それでも憂いの表情は艶かしさを失わないのだから、これで女性と言うのが勿体無いのではないかと言う意見も世の中にはあるが、カーラのドレス姿が想像できないと言う現実の前には黙っていたほうが良いかも知れない。

「まあいいや……梯子下ろす?」

 逆さまの顔は引っ込み、ある意味にあうと言いたくなる縄梯子が降りてくるのはシュールかもしれない。

「どうやら、私共は試されていたようですね。カーラ様」

「ああ……そうだね、うん。

 私が一緒だから大丈夫だろうと思ったけれど、どうやら見識は甘かったみたいだ」

 やはり、カーラは色々な意味で今は姿を縄梯子に変えた逆さまにこちらを見つめていた顔には苦労させられているらしい。


この世界に「郵便」や「潜水艦」と言うものは存在しません。

魚や貝は存在します。船は存在します。紙は生まれようとしています。

ちなみに、紙のレシピは僕の記憶が正しければ間違っていない筈です。

和紙だけどね!西洋紙は羊皮紙→パルプと言う進化を辿っている気がします。

和紙は色々使えるんですよ、本当に。

作り方次第だってのは知ってますけどね。


では、次回予告。

「ちょっとー何度同じ事を繰り返せば気が済むんですか、それとも本当に主人公になりますか、君じゃないんだけどね!そしてちったあ己で動けよ主人公!」

と言う話にはなったりならなかったりします。多分。

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