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81 貴方は神です……重いよ

水槽の中の魚は、決して外に出て生きる事は出来ない。

何故なら、彼らには水が必要不可欠だから。

調整された水……それが、魚の世界の全て。


だけど魚の中には、それでも外へ飛び出す者がある。

決して生き残る事は出来ないと、彼らは果たして知っているのだろうか?(きっと知らない)


「レン・ブランドンの女たらし」

「……開口一番、いきなり何っ?」

 結果から言えば、アンレーズの工房から……逃げ出した。

 最初から、レンはキャシーに「何かを購入する意志はお止めしません」と言われていたが、それは同時に「勧めもしない」と言う意味だ。判っていたから、何か一つでも商品に目を向けずに居た。

 レンが「他にも見て回りたいんだ」と言えば着いてこようとするのがアンレーズとレディ・リリィではあったが「その服装では船に乗れないんだ」と申し訳無さそうに言えばドレスの女の子二人は着いて来る事が出来ない。

 アンレーズは悔しそうな顔を隠しきれて居なかったが、この都市(レイニアス・シティ)における船の規定は大変厳しく。法を守らない船舶が存在する場合は、操縦者逮捕の上で即座に船は破壊または没収だ。

 レン達にとって幸運だったのは、彼女達が「典型的な貴族の娘」だった事だろう。仮に、典型的ではない貴族の娘であるならば最低限は一般市民の様な服を用意しただろう。

 もっとも、典型的な貴族の娘でなかったとすればレンの気持ちが自分達の様な典型的な貴族の娘に向けられる事があるなどとは思わないだろう……実際、クラスメイト達は誰一人としてレンが恋愛感情を典型的な貴族の娘に向けるなどとは欠片も思ったりはしない。

 ちなみに、レイニアス・シティで船舶の法律が厳しいのは世界レベルであり。これには一応事情と言うものがあり、船舶が航行できる船の大きさと数は厳密に定められている。安全性の確認できた船以外が航行した場合、もし都市の中で沈没などをされた場合の諸々の事を考えたら最初にきつく絞めておいた方がいざと言う時が起きた場合に出来る対処が格段に違うのだと言う話しだ。

 そして、ドレスの女の子二人が生霊でも飛ばすかの様な形相……これで周囲には隠しているつもりだと言うのだから恐れ入るが、こちらにも事情がある。

「カーラ・リヒテンシュタインと申します、異世界からのお客人」

 男前にしか見えない男装の麗人は、ちゃっかり船に乗り込んでいたのだ。

 こちらは、まず彼女の服装はドレスみたいに重量も場所も取らないと言う事。あと、秋水に支給されている品々は基本的にカーラの実家が経営しているリッツ商会で用立てて貰う関係で、カーラはある程度のこちらの事情を知っているからと言うのがある。

「ああ、ええと……秋水って呼んで下さい」

「と言う事は、他に名前が?」

「ええ……例えば、コミュニティによって使い分けてるとかありますね」

 嘘ではないが、事実とも言えない台詞を秋水は吐く。

 確かに、秋水と言う名前とて全くの偽名と言う訳ではない。けれど、秋水にとって戸籍上の名前を告げる気はさらさら無かった。気分的、気持ち的な問題もあるが何より……この世界の戸籍に秋水の名前が載っていないからだと言うのもある。

「なるほど、芸名の様なものですか」

 しみじみと頷くカーラを見ていると、男でもあり女でもあり、大人でもあり子供でもある様な、そんな不思議な気持ちになるのだから気持ちの正体がよく判らなくて秋水は大いに戸惑う。

「カーラさんは、これから一緒に行くんですか?」

「カーラで構いませんよ、そちらにメイドさんと商談の話があったのでついでで申し訳ないんですけどね。私は、そこまでレイニアス・シティに詳しいわけではないしブーリン家の様に恋愛沙汰のためだけに工房一つを無作為にぽんと買う様な真似も商人としては許しがたいので」

「今はキャシーとでもお呼び下さい、カーラ様」

「……なるほど、ね」

 どう言う意味のやり取りなのか、正直な所を言えば秋水には想像と予測はつくが事実かどうかを確かめる気概は欠片もない。アインスも同意権の様であり、何度かちらちらとカーラとキャシーを見比べてはいるが声をかける様子はない。

 レンはぐったりしながらドーンにもたれかかる様で抱きしめているので、少なくともカーラと言う人物が全く問題のある人でも危険な人物でもないと言う事なのだろうと言う気はする。

「ドーン様、ご無沙汰しております」

 ただ、ドーンに対して広くはない船の中でいきなり膝をついたのは流石に目を丸くしたけれど。

「ちょっとカーラ、船の中で何やってんの?」

「これは失礼を、レン・ブランドン様。

 後回しになってしまい申し訳ない……と言う、せめてものお詫びを申し上げているだけですよ」

「不要だよ、ドーンには」

 むすっとした顔をしているレンには、僅かな疲労感がにじみ出ている。

 何でも、先ほどの二人は一時期はレンが行動パターンを解析して顔を合わせないようにしてしまう程度の存在だったらしい。最近は多少大人しくなったとは言っても、子供の頃から培われた感情と言うのは、余程の事がない限りはそうそう変わるものではない。

 でも、カーラに関しては変わったらしい。

「カーラ様、それはそれとして航行上の安全性の問題もございますので。どうぞお席についていただきますようお願い申し上げます」

「……キャシーの言う事も当然だね、申し訳ない」

 男前の男装の麗人は、引き際も鮮やかである。

 これで派手なメイクと衣装を着て練り歩いた場合、さぞかし大量の女の子達が地引網の様に数珠連なりになって魂を奪われるのではないかと思う者が居たとか居ないとか。

「それにしても、暫く会わなくてもレン・ブランドン様は相変わらずですね」

 とは言うものの、さり気なくちくりと嫌味っぽい言葉を吐くのは忘れない様だ。

 相手のレンと言えば、その腕にちゃっかりドーンを収めている以上は派手に怒り出す事はないだろう事だけが数少ない救いか。

「あれ……?」

「いかがなさいましたか、秋水様?」

「確か、前にキャシーがレン・ブランドンの態度は一部の人を除けば。特に、レン・ブランドンに恋心を抱いてる様な女の子達には絶対秘密にしているって言ってなかったっけ?」

 秋水が最初に目覚めた日、それは秋水が涙が流していた日。

 記念すべき、最初に貧血で倒れた日に現れた三人の人物。

 マルグリット・キャスレーヌは現在、学園都市で一人居残って頑張っていると言う話をお茶請けに聞いたが……残念ながら、秋水にはその人物が誰でどんな人物で、自分自身とどんな関わりを持っているのかを覚えていなかった。否、知らないと言っても良いだろう。

 何故なら、誰も彼女を紹介すらしなかったのだから。

 残りの二人、ドーンとレンは秋水の目の前に居る。

 三人が帰って、当時は案の定キャシーの予測したとおり……キャシーにしてみれば、目覚めてからモーニング・ティーを飲ませてからお風呂に入れたら貧血で倒れて、物を食べさせたがキャシーの目から見れば小鳥が突く程度の量を「沢山食べた」と満足そうに語る秋水の台詞は嘘ではないかも知れないが事実無根だろうと踏んでいたくらいだ。その時に、簡単な紹介を兼ねてレンのモテっぷりと被害にあいまくっているドーンの事を余禄として付け加えていたわけであり。

「……この人って、一部の人って事?」

「そう言う事になります、秋水様」

 キャシーの内心では、今仕えているこの御仁は将来的にどう転ぶかは想像は出来ても理解は出来ない。

 何故なら、根本的な話としてキャシーに対価を払って契約を履行しているのは秋水ではないからだ。それを差し引いても、秋水を担当しているキャシーは随分と精神的には楽をさせて貰っていると言う認識はある。夜討ち朝駆けで拉致またはサンプル奪取を狙ってくる輩は毎日いるが、それはレイニアス・シティに来てからは也を潜めている……これは、ギルドを通して正式な抗議になると踏んだからだろう。キャシーにはすでに拉致をしようと狙っている輩の正体などきっちり表も裏も存在を暴露して社会的に抹殺できる程度の証拠品は山と抑えてある。

 けれど、秋水は決して頭が悪いわけではない。だから、ストレスが溜まりそうな現状に対してほとんどワガママも癇癪も起こしたことはない。異なる世界からの来訪者ともなれば、常識や生活習慣の違いでとてつもない不安感に押しつぶされそうになっているとしてもおかしくは無いと思えるものだし、実際に秋水は隠し漏れているが時折、不安そうな顔をする事がある。夢を見てうなされている時だってあるのは普通で、静かに大人しく眠っている時は気絶している時だと見て間違いはないだろう。

 けれど、秋水は考える。考えて、そして判らない事は問いかけ、検証し、意見を口にして、事実と摺り合わせを行う前向きな言動だ。例え、それが不安から来る対応だとしても無能ではないとキャシーは認識する。

「カーラさんは、レン・ブランドンを恋愛対象としては見ていないと認識して良いのかな?

 もっとも、いっそ無邪気な行動は「子供か!」と言いたくなる時も皆無ではないが。

 外見的には成人もしていない様な子供にしか見えない、それでいて「民族的な特徴なんだから勘弁して」と言っている実年齢から考慮して見た場合の秋水の疑問点とは、キャシーにとっては寝耳に水な事もある。

 そう言う点を持っている秋水の立ち回りの仕方は、キャシーにとっては好ましいものと言える。

 もちろん、時と場合によるけれど。

「そうですね……以前は、持っていました。

 レン・ブランドン様の事を思わぬ日など無かったかもしれなくて、実家の商売を手伝う事が無ければ教室に押しかけたりなど、はしたない真似をしていたかも知れません」

 ちなみに、現在進行形でやっているのはレディ・リリィとアンレーズだ。

 以前のカーラならば、その二人を止めると言う名目で一緒についてきたものだが現在は商売や別件を最優先にしている関係で直接関わる事は皆無に近い。

「ですが……少々、ある事が起きまして。

 私の感じていた感情や行動は、決して許されるべきものではないと言う認識を致しました。

 確かに、レン・ブランドン様は大変魅力的な方でございます。将来的には領地や政治的な問題から貴族のご令嬢をお迎えする事もおありでしょう、恋愛と言う立場ですら単なる平民に過ぎない私のようなものでは……人は醜い感情を持つ生物でございます。過ぎたる幸運を得てしまうと、更なる幸運を望んでしまう。

 いえ、別にそれが悪いとは申しません。地域によっては平民と貴族が結ばれると言う夢様な現象も起きると申します。ですが……私がレン・ブランドン様に抱いていた感情は恋愛と言う名の憧れに過ぎません」

 恋愛と憧れがごっちゃになるのは、若い頃にはよくある事だと言うのは世界が違っても変わらないのだと秋水が認識してる間に、キャシーが補足説明を続ける。

「大体の場合、貴族は平民を迎え入れる事は愛人として使われる事が多いのが現状です。主に北と西での文化ですね。東にもあったと言う話ではございますが、近年はそこまで酷いものではないと言う事です」

「あれ、そうすると南は?」

「南方は、他の地域からはぐれて流れた方々が集って建国されましたので身分による弊害は基本ございません。ですが、種族間抗争でしたらゼロではございませんので、場合によっては悲喜劇も生まれる事は普通にございます」

「へえ……」

 悲劇だけではなく、喜劇も生まれる所が南方らしいと言えばらしい。

 南の国は、その気候に合わせて陽気な事が普通に生活に取り入れられているのだろう。だと良いが。

「まあ、そう言う事ってよくあるって言うよね」

「未熟な私は、今も未熟です。ですが、今より更に未熟だった私の目を覚まさせていただいたのが……ドーン様なのです。お小さい御身を傷だらけにして、私が被るべきだった精神への重圧。それらを一手に引き受けて、私を守り通してくださった……。

 私にとって、レン・ブランドン様は幼い頃の憧れの象徴であると同時に。ドーン様は、私の人生をかけて敬愛したい尊敬するべき御方となったのです」


 重い(ヘヴィ)……だ。


 誰かがそう思ったが、懸命にも口にはしなかった。

 カーラの性格からしてみると、言われたら「ええ、何しろ私とリッツ商会の将来と運命の全てが掛かっていますから。軽かったら困ります」と笑顔で言ったかも知れないが……それはそれで重過ぎる。


夢様とは、夢のような×無用なの賭け合わせです。

今決めました(おい)

人は己の極限を越えると思いも寄らぬ事となります。

この場合は、カーラが神様を求めてしまうという事。

でも己の分だけでも制御できない人の感情を他人の分まで背負おうとしたドーンは、頭の悪い子認定をされても仕方がないのですよ。


では次回予告。

「非公開話を書いていたから進みが遅れていた場合、それを書かなかったらもっと話数を稼げたのにねえとか言っている場合じゃない。相変わらず内容は亀の歩みですね!でも亀って意外と足速いと思いませんか?」

とか言う話ではないかも知れません。

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