80 間違ってはいないが正しくない
世の中には白とか黒とか言われているものがあったりなかったりする。
でも白にも黒にもならないもの、なれないもの、なられると困る人達がいたりする。
はっきりさせてはいけないもの……それは、人そのものなのかも知れない。
「こちらをご覧くださいませ、レン・ブランドン様!」
品が良いとは言えないドレスを身に纏った女の子……少女とも言えぬが女性とも言えぬ、どちらかと言えば少女よりの女の子なのは、恐らく雰囲気のせいだろう。
アインスとキャシー曰く、普段はここまで酷い美的センスなわけではない筈だが。それは日常が学園支給の制服だからなのだろう、そう言う意味では他の都市に来てまで基本が制服のままのアインスは平民として視界から排除されてる便利な目を持っている様だ。
アインスにしてみれば「冗談でも相手なんかしたくない」との事で渡りに船らしい。
「確かに……なかなかのものだね、アンレーズ」
「もう……本当にレン・ブランドン様ったら奥ゆかしいのだから……散々、私の事はアンヌと呼んでって言ってるのにぃ……そろそろ、次のステップに進みたいですわぁ」
「本当に、散々言っているのに下品よね。アンヌって」
「あら、レディ・リリィは文句がおありでしたら一人でお帰りになってもよろしくてよ? ここは『私の工房』であって招待した覚えもありませんのにぃ……しかも、レディ・リリィにはきちんと呼んでいただきたいものですわ、淑女のたしなみとして」
「なんですって!」
何時ものやり取りではあるが、アインスも秋水も「レン・ブランドンってよく平気だよなあ……」以外の感想が見当たらない。
「さ、お前はレン・ブランドン様に工房の作品をお勧めして頂戴!」
びしっと指し示したのは、手に持っていた安っぽい扇だ。
幾つか側に並べられたのは重武装鎧で全身鎧より尚も動きが制限される、どちらかと言えば人柱にでも使うのではないかと言いたくなるほどの鎧だ。側には備え付けなのか長い剣やら槍やらがある。
ごてごてとした鎧も、全身より大きな剣も槍も、秋水にしてみれば目を見張るだけの一品だ。
「て言うか……装飾過多?」
「そうですね……アインス様、いかが判断されますか?」
情報ギルドの先輩として、こうして後輩を鍛える事はギルドにとって為にならないわけではない。
キャシーがそう思っているかどうかは別だが、キャシーはよくこうしてアインスに状況判断を聞いてくる事がある。その真意は秋水には窺い知れないとは思うが、アインスは「あれってイジメかな? イジメだよね?」とよく遠い目をしているのは「その程度とは情けない事でございます」などと言って、たまにアインスが連れ出される事があるせいだろう。
「あれで戦おう何て奴がいたら勇者と褒めてあげますよ」
「ん? なんで?」
「身動きが取れない鎧なんて的だろう?」
アインスに言わせると、あの間接部分は溶接されているので動くことはない。そもそも、あの鎧はせいぜい兜の部分を外したり組み立てたりする事がせいぜいで人が着込む事が出来るとしたら子供が中に落ちる程度。装飾過多の割りに防御の必要な部分に関しては軽量化を測ってるのかと聞きたくなるほど脆いと算段し、どちらかと言えば芸術品的な扱いの方がまだマシだと言う。
「なかなか素晴らしい目利きです、アインス様。
加えて申し上げますと、あの剣はこの町の職人ですら振り上げるのに数人で掛からなければ持ち上げる事も適わないと思われますし、あの槍に至っては刃の部分が装飾を重点に置いたので実際に突き刺そうとしても刃が折れる事でしょう」
と言うより、人が入れない様なものを鎧と言うのが間違っているわけだが。
「とは言っても、どちらの素材もそれなりに現金に替えるとなれば一家4人が一年は遊んで暮らせる程度の価格にはなると思いますよ」
「しかも、あれって法律で禁止されてる素材が幾つか入ってるんじゃ……?」
「おや、よく判りましたね?」
「法律で禁止って……何が?」
「頭と胸のところ、肩に腰、それと肘……かな?」
「そうですね、それと足首と足と手の甲の全てと言って宜しいのではないかと。加えて、剣の鞘と槍の刃の付け根部分……ほぼ全部ですね」
よく見ると、アインスとキャシーの言った部分には丸い宝石のような石がはめ込んである。
魔力を伝達する為の石らしく、そこに魔力が入っていれば魔石と呼ばれる魔力の石だと言う。
「あれが、何か?」
この世界にある魔力石は、基本的に使いきりだ。
どちらかと言えば、秋水の想像では「魔力を伝達し易い石」であって最初から魔力が入っている石ではないのだろうと思う。例えば、泥水をろ過して真水にする様な感じで人が直接使う魔力を魔石を通す事によって組み込まれた回路を伝って道具に純粋なエネルギーとして作動させているのではないかと思っている。
「あの魔石は合成みたいなんだけど、この工房って合成魔石に関しては届出が出ていない筈なんだ」
「つまり、レン・ブランドン様や我々を使ってデモンストレーションを行い、うやむやのうちに合成魔石の権利を手中に収めたいと言うのが大部分の意見なのでしょう……あの伯爵令嬢が、どこまで危険性を認識されているのかは存じませんが」
少し、想像して考えて、僅かの後に秋水は口を開く。
「それが、何かいけない事なわけ?」
「許可を得ていない工房で作られた魔石は、基本的に調整されている認可が出ていないと言う事になります。
認可が出ていないと言う事は、勝手に使用者が使用する事に承諾をしたと言う事になります」
ここまではよろしいですか? と言う視線に秋水は頷く。
「基本的に、その場合は使用者の身に何が起きても工房は業務停止命令が出るだけで潰される事はございません。何があっても。調整されていない魔石は、場合によっては使用者の体内にある魔力を一瞬で全て吸い上げる事もございます。死ぬ事はございませんが、その代わり数時間から数十日は身動きが取れなくなる事もございます」
つまり、調整と言うのは一度に放出する使用者の魔力の流れる量を死なない程度に押さえ込むことで。ついでに言えば、そんな無調整の魔石を、これ見よがしに派手に着けまくっていると言う事は、それだけ鎧の使用者には絶対量の魔力が必要になると言う事になる。
「あの魔石が天然ものだったり、実は調整されている魔石だったりした場合は?」
普通に天然の魔石であれば、長い間に自然界に存在していたせいか放出される魔力は一定に保たれていると言う。恐らくは、世界にあって自然の流れの中で長い時間をかけて微調整をされてきたからではないかと言われているが、実際の所はよく判らない。
「それはないね、合成魔石だけを扱ってるのは工房じゃなくて魔術ギルドになる。仮に魔術ギルドから正式な合成魔石を購入したのであれば、中には魔方陣が描かれている筈だし。あの安っぽい輝きはどう見ても天然ものじゃない……恐らく、まだ合成技術に手を出してそうそうたってないひよっこが作ったんじゃないかな?」
人工的に作られた魔石と言うのは、素の天然魔石を細かく粉状にしてから特殊な加工を行う事によって容量を底上げすると言う。そこには天然の普通の宝石を使ったりするので、そこそこ良い値段はするが天然ものを使うほどではない。ただし、天然の状態から加工された影響か調整をしないとなかなか魔力が通らなかったり出そうとした瞬間に根こそぎ持っていかれる事もある。
「アインス様の見解で間違いはございませんが……その人物は、こんな所で埋もれさせるには勿体無い逸材かも知れませんね」
その為、職人都市では人の手によって作られた魔石に関しては厳重に調査と審査を行い。そう簡単には工房へ許可を出さないという法律が制定されているのだが……近年、この合成魔石が主流になってからはすっとぼけて勝手に作る工房や裏側で使用する者は結構後を絶たない。
「キャシーが認めるくらいの腕を持ってる?」
「まさか、あんな程度で?」
「昨日や今日始めた程度で、あれだけのものを作れるのであれば。いずれは調整者となる事も夢ではないのではないかと……本人のやる気次第ですが」
「あれが……ねえ?」
秋水には全く持って理解出来ない、こう言う所は専門的知識を基礎として所持している人が陥りがちなミスと言うべきか悩むミスではあるが。当然の事として存在している知識を前に話を進めてしまう、相手が「知っている」事を前提としている為に飛び石で進めてしまうために、一歩ずつ歩む人々を置いてきぼりにしてしまう。
「アインス様は、あの仕事に対してご不満でございますか? いえ、当然の事ながらマイスター級と比べれば稚拙も稚拙、児童の手慰みどころか淑女とも呼べぬ者のヒステリーの産物の方がまだマシ、と言う見方もございますが」
「キャシーも言うね……。
判断がつかないのは、あまり合成魔石と関わる事が多く無くてさ。天然ものとは幸か不幸か割りとあるんだけど、だから比較の仕様がないと言う見方もある」
「それは珍しい体験でございますね……通常であれば、合成魔石をご覧になる程度の事でしたら街中でも普通にないとは言えない程度にございますが」
「数は多くなかったけど、天然ものの魔石は鉱山に埋まってる事とかあったから……」
言葉とともに遠い目をし始めてしまったのは、何か思う所でもあるのだろう。思い切り。
キャシーはキャシーで「そう言えば、あの周辺では粗悪とは言え子供でも魔石を所持している比率の高い地域がございましたが……」などと言っているが、事情についてはよく判らない。
とりあえず、秋水の記憶の中では合成魔石の情報はほとんどなかったが天然魔石については埋蔵量と地域と効能については頭の中で想像するだけでずらずらと情報が出てくるものの。
「ところで……あれって本当に放っておいて良いと思う?」
ただ、秋水にはうまく口に出来る自信が最初からなかった。
何しろ方向と距離は何となく判るけれど、その単位を共有知識として持っているとも思えないし。何より、決定的に地名が判らないのだから説明のしようがないと言うのもある。
キャシーや周囲が、様々な思惑の元であえて秋水に与える知識を限定させているのが判るからと言うのもある。
「……ああ、放置してしまい申し訳ございません。
確かに、秋水様のおっしゃられる事も一理ございますが……あくまでも決定権は私共にはございませんので何とも」
「キャシーの言う『将来性のありそうな誰か』って言うのが、もう少し良い腕を持っていたら考慮の中に入った?」
「アインス様……ご冗談は一昨日夢の中でされるのであれば恥をかくこともございませんよ?」
「うわ、痛い一言をありがとう」
つまり「ふざけてんじゃねえよ、この野郎」と遠まわしで言っている事になる。
「それとも、アインス様はこちらのご依頼に長い時間をかけるおつもりですか?」
「無理。親方が許すわけないし」
残された期限は決して今すぐとかではないが、かと言って延々と時間を引き延ばす事も稼ぐことも出来ないだろう。
サンプルを入手した今、ラーカイルは今頃作戦を練っているだろう。もしかしたら、そのまま親方に話を通している可能性もある。
だが。
「なんか、アレは放っておいてとっとと用事済ませたほうがよくない?」
「同感。ろくな武器も防具も道具もなく、ついでにレン・ブランドンのハーレムを至近距離で見なきゃいけないのって結構来る。けっ!」
「お二人とも……お言葉には気をつけていただきませんと。
特に秋水様、現在はともかく。これより上流階級の方とお会いする事もございます。今より心がけていただくのは決して不要な事ではございません。
アインス様、お手数ですがリーダーとしての自覚を養っていただけますと私も秋水様のお世話に専念させていただく事が出来るものであると進言させていただきます」
「「……はい、すみません」」
もしかして、怒ってますか? キャシーさん?
「敬称は不要でお願い致します」
ちなみに、キャシーは家事ついでに鍛冶が出来ます。
どこまで超技術の持ち主ですか?と言いたくなりますが、実の所を言えば本人曰く「必要だったので」と言うのがキャシーの行動理由です。
それはそれとして、どんな状況だったのですかね?
では次回予告。
「そんなストレートに言った事がある人は始めてだって言う表には出てこない衝撃の事実!お坊ちゃまは所詮お坊ちゃま、だけど権力だけじゃないから性質が悪いんだってばさ」
と言う感じかも知れないですねー




