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75 これはどこまでが罪ですかね

世の中には「明らかにコレって法的に駄目じゃね?」と言う物事もあったりするけれど、無かったりする事もあるものです。

ブラックではない企業とかね。

定時で強制的に帰らされる場合は、ホワイト企業とでも言えば良いのでしょうか?


 朝と言えば、どんな場所でも爽やかであると相場は決まっている。

「……凄まじいって言うべきなのかな?」

「さて、いかがでしょう?」

 秋水の側には、毎度変わらず控えるキャシーが一人。

「シュースイ、今朝も食欲ないの? ちゃんと食べないとまた倒れるよ?」

「アインスは……大分元気になった?」

「……う、うん、まあね?」

「何があったか判らないけど、お大事に」

「それはどうも」

 秋水の隣の席に座っているのは、片腕を釣って片目に掛かるように包帯をぐるぐる巻きのアインス。本人曰く「別にここまでしなくてもいいんだけど……」と言う事ではあるが、キャシー曰く「取るとラーカイル様が煩いですよ」と言う言葉に沈黙を持って了承した。何があった。

「何言ってんだか……確かに、今日は少し天候が荒れてるからって言うのもあると思うけど。シュースイが眠り続けた間はずっとこんな感じだったんだよ、ね。ドーン?」

 相変わらず、麗しい顔をしたレン・ブランドンはドーンにメロメロで。そのドーンも通常運行でレンに世話をされまくっている。

「おや、今日は皆さん揃ってらっしゃるんですね?」

「ラーカイル先生……ご無沙汰してます、でいいんですかね?」

「宜しいのではないかと思いますよ?」

 数日間眠っていたらしい秋水は、これまでにない爽やかな目覚めとともに全快をキャシーとドーンに太鼓判を押された。キャシーは応急処置程度だが、ドーンは医師になれるほどの腕前を持っているそうだ。

 で、そんなぴかぴかつるつるの秋水とは反対にラーカイルはズタボロ感満載だ。

 町の入り口で笑顔で暴れた過去を持っている人と同一人物だとは思えない程度にはボロボロだ……まさかとは思うが、何日も風呂に入らず寝食を忘れ、雪山登山を敢行した人じゃないだろうかと言いたくなる。別に雪山でなくても良いのだが。

「わたしも朝食の席に着くのは久しぶりでしてね……多少は研究が進んだものでして」

 肩をかきこきと鳴らす姿は、何やら哀愁が漂うサラリーマンのお父さんの様にも見える。

 何故だか、ものすごくこの人は周囲からみたら「不憫」の一言で済ませたら可哀想過ぎるんじゃないかと言う人生を送ってきたのではないかと言う気がする。無条件で。

「やあ、こうして食事の心配をしなくて済むのは助かりますね」

「無能を締めましたので、多少はマシな方々が残られたようでございます」

 何故だろうか、秋水曰くの「凄まじい」環境の人達以外の空気が静かに重くなった。

「その分、一人当たりにかかる負担って増えるんじゃないの? 普通?」

 アインスの疑問は、当然あるべき普通の感性だが……この場合、アインスの感性の方が異端と言うべきなのだろうか?

「お言葉ですが……アインス様、元来まともと言うにははばかる程に無能が可愛く思えてしまう程度に使えないでは済まない、メイドや執事の名誉と尊厳をことごとく踏みにじると言うのも呆れてしまう程度の方々が起こし続けてきた小事の数々。その一つ一つですら極刑に当てるには十分な事でしたのに、今もって現在も庁舎が通常稼動を行っているのは現在居残り続けて折られる皆々様のおかげでございます。

 よって、あの方々が数十年もののカビと油を足した様な汚れ的な執着心と方向違いの無謀な野望を持ってして行い続けた小汚い策略がなくなった事で水周りが良くなる事はあっても、それ以上に面倒など起きるわけがない、とだけ申し上げておきます」

 怒っていたんだね、怒っていたんですね、キャシーさん!

 と、誰もが顔に出しそうになっていたが様々な事情から顔に出ていたかと言えば……何やら顔中にすっぱいものでも詰め込まれたかのような顔になっている気がしたのは秋水だけだった。

「もっとも……呑んだくれ外交官に至っては日常がこちらにお過ごしではありませんので、当然除外の方向性で」


 どがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!


「ぐはぁっ!」

 吹っ飛ぶ巨体を見て、色々な意味で悩みが深まるのは何故だろう?

 豪奢とは言わない、どちらかと言えばポイントごとに細工がしてあるものの、全体的に見たら非常にシンプルなインテリアでまとめられた建物の壁が時々柔らかい素材で出来ているのではないかと錯覚したくなるほど、ついでに自ら飛び込んでいるのではないかと思うほど、イル=スが吹っ飛ばされている原因が何かと言えば……。

「……ところで、さっきからアレは何を鬱陶しいことをしているんですか?」

 目が覚めたばかりで状況がつかめないのか、それともこれから眠る前に腹ごしらえをするところなのかは不明だが。どちらにしても、一息入れようと思ったのだろう。

 ラーカイルの疑問は、とても建設的だった。

「ああ、あれは親方さんに投げ飛ばされてるんだよ……家に帰るなって」

 物凄く気の毒そうな目をしながら、秋水が言った。

「そうそう、さっきから何度目だったかな……落ち着いてご飯くらい食べたいんだけど」

 秋水に比べれば、若干どころかかなり他人事の視線でアインスは言う。

 目の前の食事に影響が無ければ、大抵の場合のアインスは温厚だ。別の意味でも。

「最初は、仕事もせずにお帰りになったと言う理由からイル=ス様のご息女様が放り投げて行ったのですが。そこへ、ちょうど居合わせた親方様が呑んだくれ外交官を投げるのにバトンタッチをされた、と言うドラマティックな出来事がございます」

「そこをドラマティックと言うキャシーの感性がわからないのだけど……」

「異なりますでしょうか、レン・ブランドン様? まるで惚れた男にボロ屑の様に捨てられた乙女の様に、涙さながらに追い求めるイル=ス様と、そんなイル=ス様に目もくれずお帰りになるお嬢様。たまった書類仕事を片付ける為に帰らせない様にしていた筈なのに、いつの間にかお帰りになったイル=ス様を探していた新しい男の様にイル=ス様を拘束しようとヤンデレの様な言動をされる親方様と言う、素敵な三角関係が……」

「完成しなくていいから」

 まったくだと思ったのは、どうやらほぼ全員らしい。

 ついでに言えば、どうにもキャシーの感性は秋水の居た世界の大多数の女性に含まれる感性に近いのではないだろうかと言う気がしないでもない。

「それは、失礼を致しました」

 もしかして、と秋水は思う。

「いかがなさいましたか、秋水様? おかわりをご希望ですか?」

 すちゃっと差し出されたのはお茶の入ったティーポットで、この世界にはどうやら珈琲がないらしいと判明した時の秋水の落ち込みようは結構なものがあったりしたのだが。

 ないものはないのだと、頭の中を切り替える事が出来るのは良い事だと思う事にした。

「貰う……いや、そうじゃなくて。イル=スさんの娘さん、来てたの? いつ?」

「はい、秋水様がお目覚めになった直後に。あの巨体を引きずる可憐なお嬢様のお姿が正面玄関から堂々と乗り込まれておいでになりまして……お嬢様の笑顔が周囲の方々には本日一日を持って話題となる事は間違いがないかと思われます。ちょうど、天候悪く話題にも事欠く有様ですので」

「……あれ、起きた時にずっとキャシー側にいたよね?

「はい、おりましたが何か?」

 一同は「なんで秋水の側にずっといたキャシーが、この一連の流れを知ってるんだろう? ああ、キャシーだからか」と言う自己完結に踏み込んでいたりするが。

「いえ、何も」

「左様でございますか」

「はい、左様でございますよ」

 意味不明な会話である。

「て言うより……親方さんって、力強いんだね?」

「はい、秋水様。長寿族は様々なタイプがございます。中には親方様と逆なタイプの方、あまりにも人間離れされてる方、一般人と思えばうっかり長寿族だった。などと言うバラエティに富んでいるのが特徴でございます」

「特徴って……」

「長寿である事は確かだけど、あまり前例がないからね……見た目には言われないと判らないだろう?

 だから、一時は関係のない普通の人が乱獲されて歴史に名を残した貴族なんかが居るんだ。まあ、その貴族の背後には某国が絡んでいると言う話もあったんだが……噂は所詮、噂に過ぎないからね」

「うわあ、大人って汚いんですね。ラーカイル先生!」

「なんでそこで目を輝かせるのか聞いても良いかな、アインス君?」

「何しろ情報ギルド所属なんで!」

「ああ……」

 ギルドに所属している者達は、何故か似たような性質を身に着けてくる事が多い。

 中でも、知らない事を知ると言う事に関してはどの人たちも似通っているが反応が顕著なのは情報ギルドだ。

「失礼を致しますが、アインス様。

 情報ギルド所属たる者、情報に関しては貪欲であって構いませんが駆け引きに関しては商人ギルドをお手本にするのがより良い事でございます。無論、政治ギルドを参考するのも宜しいかとは思いますが、かと言ってそれらを猿真似よろしく完全なコピーと言うのも芸がございません」

 ふむふむと頷くアインスとは対象に、現在ロックオン状態になっているラーカイル医師はげんなりした表情を隠す気はないらしい。どうやら、それほど疲労感が高まっているのか、単に目の前で何度も繰り返される鬱陶しい同じ行動に関して思う所があるのかの何れかだろう。

「ところで……なんで親方さんが自分でイル=スさんを投げ飛ばしてるんですかね?」

 確かに、イル=スは話して判らせるには時間がかかるが。かと言って、一発殴った上で言い聞かせてやれば物の道理がわからぬ相手と言うわけではない。

「ああ……きっと酔いが冷めてるのでしょう」

「……は?」

 視界の片方では、何度も投げ飛ばしている親方少年と、何度も投げ飛ばされているイル=ス。にらみ合って突っかかって行くイル=スを親方少年は目で追いつかない速度で投げ飛ばしてはあちこちに穴を開けている……耐久性と言う言葉と少々相談がしたくなる酷さだ。

 別の片隅では、アインスがキャシーの「情報ギルドの簡単講座」を開催中だ。こうしてみると、キャシーは非常にお人よしだ。とは言っても、アインスのキャラクター的に母性本能をくすぐるタイプなのかも知れないと言う気がしないでもないが、秋水には判断がつかない。

 ちなみに、レンとドーンは明後日の方向で通常運行だ。

「イル=スが呑んだくれ外交官な理由は覚えてますか? 一応、あれって医者から許可が出る程度には理由があるんですけど」

「確か、竜人族だからですかね?」

「ざっくばらんに言えば、間違いではないですね」

 結局のところ、言い訳に過ぎないのだとラーカイル医師は言う。

 まともな神経では外交官などやってられない、あの親方の下で直属など気が狂うのだと。

「酒が切れたイル=スは、話を余計に聴きませんからね。しかも怪力ですから親方くらいしか相手が出来ません。

 親方自身も、ここ暫くの鬱憤を晴らす為に付き合っているんだかつき合わされているんだかと言う所でしょう」

 すっとラーカイルがカップを差し出すと、いつの間にかキャシーがアインスに説明を続けながらもティーポットを傾けていた。

 よく出来るものだと、感心するばかりだ。

「まあ、もう暫くすれば馬鹿騒ぎも終わるでしょう。あまりにも酷いようでしたら、朝食後に運動も兼ねて私が止めても構いませんし?」

「え、あの中に入るつもりですか?」

 ざっと顔を青くする秋水を横目に、ラーカイル医師は何を言っているのだか……と言う表情だ。

 どうやら、心情を隠すつもりも余裕もないらしい。

「所でラーカイル先生、一つ疑問があるんですが……」

「なんですか? 埃や彼らがこちらに飛んでこないのはキャシーの結界のおかげですよ?」

「いえ、そうじゃなくて……この場合、悪いのって誰なんですかね?」


ちなみに、一番の悪人は親方です。

娘さんは「お父さん帰ってきたけど仕事終わってないってどういう事ー!」と言う話をこっそり町の人から聞いたので「仕事はちゃんとやりなさい!」と言う男前の事情から放り投げた男前ちゃんです。一番の被害者はイル=スです。


では、次回予告。

「壊れたアインスと非常識の自覚があった面々。て言うか、その意味判って言ってるんだよね!?」

と言う雰囲気かも知れません。

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