71 過去の遺産と言うには嫌すぎる
※ 今回は表現的に人によっては不快に感じる戦闘場面がございます。「うお、勘弁して!」と認識される方に限りましては前画面にお戻りいただきます様、お願い申し上げます。
お前、ドーン以外の事を忘れてなかったのか。
そんな風に秋水が思っていたとしても、別に責められるべき事ではないだろう。
逆に、立場が対等ならば飛び蹴りの一つでもかましながら怒鳴りつけても許される……筈だ。実行はしないが。
「おやおや、レン・ブランドン様。ドーン様に色ボケよろしく夢中になるあまり地図情報もそっちのけでドーン様にいちゃつこうとして華麗なスルーを数えるのも馬鹿らしいほど受けておりましたレン・ブランドン様が取水様にお気づきであらされるとは……ちなみに147回までは数えましたが」
「数えたんだ……」
「そ、そんな事はないよ! ドーンが僕を避けるわけないだろう!
……キャシー、何を視線をそむけている」
一気に声のトーンを落としたレンを前に、キャシーは何かを堪える様に瞬きをする。
「いえ、私のような一介のメイドが何か物申す必要など……」
表情が全く変わらず、ボディ・ランゲージだけでここまで言いたい事が判るのだから。
これはもう、キャシーがすごいのかメイドがすごいのかどっちでも良い様な気がする秋水だ。
「構わぬ、許す」
「いえいえ、ご遠慮申し上げますとも……ええ、謹んで倍返しにさせていただきます」
しゅっ
「……ええぇぇぇぇぇぇぇっ?」
つい今の今まで、キャシーは完全無表情だが上半身を下げた状態で居た筈だ。
レンとて、仁王立ちになってこちらをみていた筈だ。
ついでに言えば、ドーンは相変わらず正面だけを向いている完全通常モードだ。
「おっと」
ひょい
「うぇぇぇぇぇぇぇっ?」
あっさり避けるレンというのも、もしかしたら実は金持ちのお坊ちゃま以外の部分もあるのかも知れない……などと、秋水は初めて思った。同じ学校や同じ土地で育った人達の間では有名だが、レンは学力も運動能力も並みの中ではトップクラスだ。もしギルドに入って鍛えたら結構良い所までのし上がる事も出来るかもしれない……が、レンにはその予定は過去も現在もない。未来に関しては不確定要素が皆無ではないので何とも言えないが、だからと言って可能性は限りなく低いと言っても良いだろう。
ざく
「え?」
秋水の目で捉えたのは、頭を下げていた筈のキャシーが頭を上げながら手の中にあったハタキを構えながら投擲を行ったように見えた。ちなみに、投げたのはステーキ用の肉切りナイフとフォークのセットが5分人ばかり。
投げられたレンは、それを常に腰に差している剣を抜きざまに弾き飛ばしていた。
弾かれたナイフとフォークはランダムな放物線を描き、一定で幾つかの場所に向かって飛び……。
「お下がり下さい、秋水様」
「大当たりって所だね……ドーン、準備は良いか……って聞くまでもないか」
通路は、そこまで広くはない。だが、水路と通路の二本に渡っているし通路は人が一人ずつくらいならば行き違える事が出来るだけの広さを誇っている。他の水路と繋がっているこの場所は、そう言う意味からすれば水路部分が他よりは若干広さがあると言っても良いだろう。
「な、なんか来たっ?」
「甘いと申し上げます」
不意に持ち上げたキャシーの手には、ハタキ。
書棚や家具についたほこりを払う為の手動な道具であって、先についているのは布などの柔らかい布地である以上は今、秋水が見た様に「何か」を弾いたりする事は出来ない。普通は。
「な……」
「触手の様なもの、と言う感じでしょうか?」
「吸盤みたいな感じもしねえ?」
ぞぞぞぞぞおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
「触手っ? 吸盤っ?」
「あくまでも印象ですが……とりあえず、切り落としてみますか」
「たこ焼きにでもするつもり……?」
うっかり、そんな言葉が口から出てしまう程度に秋水は混乱している。
秋水本人はうっかりしていたのと、聞かれていなかったことや比較したわけではないので気が付いていないが、暗闇の中で遠くまで光の当たらぬ空間に居ると言うのに秋水の目はかなり精巧に中を見渡す事が出来る。距離も結構遠くまで見えるので、以前はかけていた眼鏡をかけていなくてもモノが良く見えるのを大変喜んでいたのだが……うにゅうにゅとうごめく物体を見るのは精神的に結構きつい。
しかも、さくっと吸盤つきの触手だと言っている二人はどうだか不明だが秋水の目には触手と呼ばれているものは数十センチの太さと見えないくらいの距離を越えて現れている事。レンは吸盤と言ったが、恐らく仮に見えているとしても大きな部分だけで一つ二つと言ったところだろうが秋水には触手の表面上にびっしりと敷き詰められているかの様な大小様々な吸盤が見えて気分が悪い。
「うわあ……鳥肌チキン肌こけこっこー!」
言われなくてもじりじりと下がっている秋水は、混乱のあまり自分自身で腕をさすっている。
秋水の目には、キャシーやレン以上のモノが見ているのだ。
つまり、触手の先が割れて歯のようなものがあり、そこから粘着性が高いと思われるけれど音をたててしたたり落ちる液体……口なのか? そして涎なのか?
何より、全容が見えないと言うのが恐怖心を増加させる。
色はほんのり赤い紫なので、もしかしたらびっしりと詰まっている吸盤が紫色なのかも知れない。もしくは、吸盤は黒で皮膚が赤い色だから紫色に見えるのか?
「秋水様!」
うっかり現実を逃避していた秋水は、キャシーの声と一瞬後になってもたらされた衝撃により地面に顔を打ちつける事で現実へと帰還を果たす。
「へ……!」
そして、転がりながら秋水が見たのは縦横無尽に走る細い光によって秋水に向かっていた触手が侵入を阻まれ、時に吸盤を剥ぎ落とされ、先の方が鋭利な刃物で切り落としたかのようになっていた、と言う所だ。
「……なに、これ?」
むっとするのは、一体何の匂いだと言うのか。
そこいら中に飛び散っているのは、一体なんだと言うのか。
「申し訳ございません、秋水様。お怪我は?」
「いや……一応、大丈夫?」
飛び蹴りを食らわされたらしいというのは、ドーンがすっくと立ち上がった状態で何となく想像した。
それを除けば、確かに秋水への怪我は皆無だ。
「遠くから……声?」
「魔物の鳴き声の様ですね」
それを声として表現するのは、少しばかり出来ないだろうとぼんやり思ったのは秋水が現実逃避に再び入りかけたからだ。
確かに目の前の脅威は去ったが、かと言ってこれが全てではなく。せいぜいが第一陣というところだろう。
しかも、この感じからすれば下手をするともっと大量投入とかありそうだ。
「ちょっとキャシー、なにやってんの!」
「申し訳ございません、お詫びのしようもありません」
「れ、レン・ブランドン……?」
レンはレンで触手に対抗していたらしく、少しばかり剣を振り回しているのは刃についてしまったらしい魔物の体液を振り飛ばしているのだろう。流石に、こちらへ飛ぶ様に振り回す無作法は真似はしないが、それはドーンにあたる可能性があるからかも知れない。
「シュースイを守るのがキャシーの役目なのに、それが守りきれないってどう言う事なのかって話だよ」
「言い訳のしようもございません」
「当然だね」
冷たく言い切るレンの姿は、まさしく貴族と言って良いだろう。
緊急時だから仕方ないとかメイドの範疇を超えているとか、そう言う事ではない。
典型的な、嫌われるタイプの貴族だ。
「いや、ちょっと待てよレン・ブランドン、今の無理だって!」
「無理? はあ? 何言ってんの?」
「確かにキャシー強いけど、相手が何者かもわかってない状態で戦ってるんだから無理だって言ってるんだよ」
「あのねえ、シュースイ。じゃあ言うけど、お前もなんできちんと守られてないわけ?」
「え?」
思わぬ展開に、秋水の全身ががきりと固まった。
「今も言ったけど、キャシーの役目はシュースイを守る事なのに。その当の守られなくちゃならない本人が、守ってくれる人の側を離れたら守るに守れないでしょうが」
「あ……ああ……と、ええっ?」
そう言う話だっけ? と秋水が思うのは仕方がない。
そもそも論として、こういう状況になった場合の秋水の対応の仕方を誰も教えていなかったと言う初歩的なミスが発端だ。いかに秋水が本来は庁舎から出る事なく単なる物見遊山的に守られているだけが最初の計画だったとして、変更が起きたのならば対応するのが基本なのは言うまでもない。
だが、守られるべき秋水はわざわざ現場に現れて。
そして、守るべきキャシーは臨機応変に処理する事が出来なかった。
尻拭いにフォローをしたのは、ドーンだった。
ただ、それだけの話だ。
「いやいや、その前に下準備もなくこんな所にろくな装備もないんじゃないの? 特にドーンも装備をそろえてる感じなかったし?」
「大丈夫だ、問題ない」
「いや、あるだろうっ?」
内心では「どこの死亡フラグだよ」と言いたくなったのは、判る人だけにしか判らない事だ。
うっかり頭を抱えて暴れたい衝動にかかったが、それでも状況を考えれば出来る筈もない。
「恐れ入りますが秋水様、ドーン様の現在の武器から考えれば汎用性は高いと判断されたのではないかと」
「ドーンの武器……?」
「はい、お見受けしたところ『鋼糸』ではないかと」
「こうし……?」
うっかり、脳内変換で「子牛」となったのは責めてはいけない。
秋水は、この世界に来て動植物やら分布図やらを見ることはあった。けれど、世界地図はこの世界で作られている様子はないし、武器や防具。魔法に関係した事柄は疑問には答えるが積極的には教えないと言う方向性だったのだから知らないのも無理はない。
「細く編みこまれた金属製の糸の武器、暗器のひとつですね」
「今回はね」
暗器と言うのは、通常では武器として見えなかったり使えなかったりする品物だ。
例えば、仕込み杖なども暗器と言って良いのかも知れない。この場合、糸状になった鋼鉄を服等に仕込んでおけば身に着けられるという事になる。
騎士や戦士、闘士などは通常の剣や槍などを使うが、そうとも限らない者も存在する。
「来ます」
「うわっ!」
秋水が視認をする前に、キャシーは秋水を抱えながら転がった。
その間に、秋水が居た付近に向かって触手……先ほどの三倍ほどの太さのものが飛び込むように飛んできた。
が。
「甘い!」
ドーンも、反対側で同じ様に転がっている。
反対側と言う事は、間に存在する何かがあるわけで。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
縦にした剣を構えて、支えているだけだった。
状況から客観的に見たらそうかも知れないとは思うが、よく出来るものだと感心も同時にする。
レンが構えたちょうど真ん中を、触手は飛び込んで真っ二つに切られていたのだから。
「レン・ブランドン!」
思わず声をかけていたのは、縦真っ二つに切り裂き続けているレンが勢いに耐え切れず膝をついたからだ。
「舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
それでも、その状態になってからのレンは微動だにする事なく。そして、ある程度まで行ったところでぐいっと剣を真横に向ける。すると、ぶちっと音を立てて触手は切り取られていた。
「古代生物……でしょうか?」
「いや、兵器じゃないかな? サンプルにはこれくらいで十分だろう」
「兵器って……生きてる、生きてるよっ?」
何気にバトルモードです。
あれ、もっと先じゃなかったっけ?
では次回予告。
「次回も続くバトルモード。表現方法としてはグロく無い方向に走ったつもりだけど人の感覚は十人十色と言う事で」
まさか、こっちの展開になるとは書いてる本人が一番思ってませんでした。いや、常に超無意識だけど。




