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68 マッピングは苦手なんです

現実に生きている人には、RPGの様に地図を手に入れたり自力で作成したりする必要はあまりない。万が一の確率でゼロではないと認識しているのでないとは言わない。

今やゲームの世界では最初からマップが装備されたりオートマッピング機能が搭載されたりしていて大変便利になったものだ。昔は方眼紙と顔を突き合わせていた人もいたものである。

本能や感覚で地図を描く事が出来る人は、もしかしたら生きるのが少しは楽なのかも知れない。



「怪我はないのっ!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 とりあえず言わせて貰えるならば、人と言うのは極限状態に突然もたらされた変化にはパンパンに膨らんでいた風船が破裂する程度の暴発はするものであると秋水は後に語った。

 語った相手が悪かったので「その程度の事で……」と蔑んだ目で見られたりした現実があったりするが、そこはそれとして余談である。

 一つ言える事は、秋水にとっては心臓が破れるかと思うほどの衝撃的な出来事だったと言う事である。


「何やってんの、シュースイ?」

「……レン・ブランドン?」

「怪我とかしてない? シュースイに襲われたりしなかった? 変な男は視界に入ったらとりあえず潰してからもいでおくといいからっていつも言ってるよね?」

「いやいやいや……」

 過保護にも程があると毎度思うが、かと言って正面から言うのもどうかと言うのが民族的秋水の大いなるあやふや万歳グレーゾーンだ。

 信用と信頼と実力と言うのは、恐らく必ずしもイコールで結ばれる事はないと言うことなのだろう。もしかしたら、それに比例とか反比例状態なのかも知れない。

「て言うか、この状況を誰か簡潔にして判りやすく説明してくんないかな!」

 流石に、秋水もいい加減にこの状況には「ちょっとキレていいんじゃないかなあ?」と思い始めてきたりする。

 別に三色昼寝付きの生活を保障……は、いつまでかはともかくされているのだし、人体実験なども日々のキャシーの努力のおかげで回避されているのだから、ちょっとやそっとくらいの不自由は受け入れるべきだ。少なくとも、この状態で世話をされて料金が請求されていないとか、替わりに人体実験として部位提供を強制されていない以上は。

 きっと、レンの家も何らかの形で関わっているだろうし。

 だからこそ、キャシーが日々陰日なたとなって……。

「お答えしましょう、秋水様」


 にゅみん


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ほほほほほ……盛大なる歓迎的リアクションをいただき、厚く御礼申し上げます」

 ちょこんと礼をするのは、いつの間にか定位置な斜め左後ろに現れていたキャシーだ。

 秋水の記憶が確かなら、つい一瞬前までそこには誰も居なかった筈だ。

 と言うより、急に現れた事もそうだが常時展開の平常運転な超無表情で言われても怖いだけだ。

「きゃ、きゃしい……?」

「はい、お呼びでしょうか?」

 平常運転だ、明らかに通常運転だ。

 はっきり言って、キャシーが表情を動かすことなんてあるのだろうかと言いたくなるほどに平然としている様に見えてくらくらする。

「……この場合『どっから出てきたの』とか言うのは無粋かな」

 眩暈すらしそうだが、しっかりと足は地面に吸い付いている自分自身を久しぶりに発見して安心し、いまいち記憶に乏しいあの生肉っぽいものは随分と秋水の栄養として効果を発揮しているものだと頷きたくなる。

「はい、素晴らしく無粋かつオリジナリティ皆無な、アグレッシブとは程遠い秋水様のキャラクターには似つかわしくないお言葉であるかと」

「て言うか、俺ってどう言うキャラ付けされてるの?」

「いえ、それは……ほほほほほ……」

 笑って誤魔化しているつもりなのだろうかと不安が出てくるが、それでも笑って誤魔化しているつもりであるのならば放っておいてあげるのが親切と言うものなのだろう。と言うより、笑って誤魔化したいなら無表情はどうかと言う話になる。

 最近、どうにもキャシーは秋水の民族性を理解したいと思っているのか言動の端々に違和感のない程度で態度に出ている気がする……が、これが本来のキャシーであると言う考え方の判断も出来るので何とも言う事は出来ない。

「それでは、状況説明でございますが……」

「なんかもう……別にいいんだけどさ」

「はい、全無視で参ります。

 まずは、ドーン様には秋水様にお食事を取っていただく為に心当たりの店舗へとお連れ頂きました。その間のレン・ブランドン様攻略に関しましては、ラーカイル様が目を輝かせて対応を頂いておりまして……せめて、もう少し優雅かつ華麗にしていただけますと掃除の手間が省けたりもしましたが、まあそこはそれ」

 もしかして怒ってるのだろうか、とか言いたくなったが考える事が出来る秋水は口を開かなかった。

 どちらかと言えば、レンが本気で対応している所をラーカイル医師が大人の余裕を見せびらかして押さえつけて、その後片付けをやらされたストレスの方が多いのかも知れないと言う気すらする。

「アインス様を市井に、私は庁舎内のせい……調査に、ラーカイル様は調書を持って町の歴史を、レン・ブランドン様は上流階級の皆様から情報を得る為にイル=ス様と共に散会致しました」

 つまり、あの酔っ払い竜人はまたしても愛しい娘の所へ帰れなかったと言う事になる。しかし、放置すれば一気にレンはドーンを探し当てる為に庁舎を飛び出しただろうからイル=ス程度の能力がなければ抑えられないと言う事なのだろう。と言うよりキャシーは何を言おうとしたのだろうか……粛清ではないだろう、調整でもないだろう、制圧でない事を祈るばかりである。

 少なくとも、レンは場をわきまえる程度の事はする。

 こっそりと逃げたりさえしなければ、己の課せられた仕事くらいちゃちゃっと果たすことは出来るのだ。内心はともかく。

「そして、ドーン様が公益船に乗る頃を見計らいルートを逆算したあたりで現地集合と相成りました。

 どうやら、アインス様とラーカイル様はまだおいででは無いようですね?」

 皆さん、どれだけ人間離れしてるんですか……とは思ったが、それは秋水が知らないだけできっと技術や魔法があるのだと勝手に思い込む事にした。

「あ、ラーカイル先生なら来ないと思うぞ。あの人、今は研究者モードだから」

 べたべたと長衣の上から散々ドーンをいじくり倒しているレンだったが、そのドーンはレンを引きずるように先へと進みまくる。なんだか歩いてる母親にまとわり着く幼児の様な行動だが比較対比はおかしいと言えるだろう。

「研究者モード?」

「医療従事者モードとか冒険者モードとは違って、白衣が汚れるのが嫌なんだってさ」

 よくは判らないが、何か他人には決して理解したくない壮大なこだわりでもあるのだろう。

 本当に、心の底から理解出来ないが。

「ほほう……まったくもって、あの方は理解と言う言葉が欠如されておられるようですね」

「判らなくはないけどね、実際の所を言えば。ラーカイル先生の技って広域とか力技が多いし。外科モードでもない限り細かい作業苦手だからなあ、大雑把な所あるから、下手すると水路ごと俺達も潰される可能性ある」

「それってどんなお医者様っ?」

 単に、医者と教師と冒険者と研究者を兼任しているオブザーバーに過ぎないのだが。

「……そう言う事でしたら、仕方ありませんね」

 キャシーにも、多少は思う所はあるのだろう。

 もっとも、動作にぷんすかと怒っているらしい態度が出ているのが恐ろしいが。

「二つ名を持つ者の中には、人によって己の持つ力に振り回されて制御しきれないと言う方もおります。少なからず時間や年齢を重ねてこられた方はその限りではありませんが、過ぎたる能力を顕現させないだけで精一杯だという方もいらっしゃいます。一種の人柱と言っても良いでしょう。

 恐らくは、ラーカイル様の『聖なる魔剣』も広域範囲の魔剣と言う事ではないかと推測されます」

「制御できないんだ?」

「制御、と言うのも多少は語弊があるのですが……」

 幾つかのパターンがあり、それを細かく制御するのはどちらにしても難しい。恐らく、その状態になって死ぬまで付き合い続けて模索するのが二つ名を持つ者の中では幾つかあるパターンだと言う。

「キャシーのも難しかったりするわけ?」

「まさか……私のような者は大した能力を持っているわけでもなければ、私の使用する道具は全てが日用品でございます。特殊加工をしている場合も確かにございますが、かと言って日常的に使用する事も出来ない単なる武器ごとをメイドが何の意味を持って所持する必要がございますのでしょうか」

 何やら憤りすら見える気がしないでもないが、それはキャシーのメイドとしてのプライドの問題なのだろう。

 あくまでも冒険者ではなく、メイドでしかないのだと無駄に言い張っているというのはアインスが言っていたのだろうか……キャシーは本来、単なる偶然で戦う事になってしまったと言うだけで理想としては一生を出来たら一人の女主人やご一家の元で掃除したり食事を作ったり洗濯をしたりと、忙しい日々を過ごしたいものだと言うのがギルドに入った当初の希望だったそうだ。

「そう言えば、今日はハタキなんだね……」

「はい、こういう場所では良い目印になるかと思いまして」

 運命の悪戯と言うか、悪質な天のめぐり合わせと言うか……下手に腕が立ってしまった事もあって、既に仕事の半分はメイド? ナニソレ美味しいの? な状態になっているのは本人にとっては不本意らしいが。

 でも、メイド協会に所属しているというわけではないと言う意味でも貴重な存在らしい。

 だからと言って、ギルドに所属するとメイド協会に所属できないとか言う理由はないそうだが。

「明かりがついてるハタキって、遠目からみたらなんか生物みたいに見えるんじゃ……?」

 どこに凝るポイントがあるのかは判らないが、今回はハタキに虹色に光る魔法をまとわり着かせているらしい。

 場所的には、すっぽんの方が形状としては正しい気もしないでもないが。水路と言う割にはゴミなどはないし下水と言う印象があった秋水ではあるが、どうやら水道管と言った方が近いのかも知れない。

「はあ……まあいいんだけどさ……。

 そう言えば、ここって町の下になるんだよね?」

「左様でございます。先日、こちらの都市に入場したした際に庁舎専用船で入り込んだ一角であると申し上げれば想像が出来ますでしょうか?」

「うん、まあそうだね」

「時刻としては、先ほど最終便が出てしまいましたので庁舎には自力歩行で参るしか手立てはございませんが」

「え、もうそんな時間?」

 この町の細道は、本当に基本ぎりぎり人が互いにすれ違うのがやっとな道が多い。

 加えて、庁舎の一般的な巡回船は窓などは水中にしかない。外に出ない限りは外の風景など見えないので操縦者の確認も出来ないのだ。

「はい、加えて近頃は夜の遅い時刻ですと襲われる可能性が高くなっておりますので夕刻には軒並み店舗や住人が息を潜めております」

 それは、健康的ではあるが別の意味で不健康だったりする。

 不健康な人の中には、こんな風に日の当たらない場所でこっそりと集まっている人も居たりするらしいが……半分以上の確率で襲われているので今以上に人は減少の一歩を辿っているらしい。

 幸いな事に、職人達が仕事をしている状態だと襲われた話は出ていないが。それも時間の問題だろうと言うのが学園都市から来た面子の出した結論だ。

「ところで秋水様、お手数ではございますが水路の地図などはお持ちではないでしょうか?」

「え、いや俺は持ってないけど……?」

「それでは、秋水様はどちらを目指しておいでなのですか?」

「ええ? 俺はドーンの後を着いて行ってるだけだけど?」

 秋水の言葉に、キャシーは僅かに躊躇いを見せた後で口にしたのは珍しい台詞だった。

「大変、まずい状況であると断言出来ます」

 きょとんとした秋水を見てから、ちらりと視線をドーンへと向ける。

「ドーン様は、地図を見ないで超直感で動かれる方でございます」

「つまり?」

「つまり……行きはともかく、帰りは……」


キャシーが言っている超直感とは、別に某マフィア漫画の主人公げ遺伝子的に持っているものではありません。どちらかと言えばドーンは状況を整理して動いているつもりだと本人は思っているだけなので、周囲はそんな事を全く知らなかったりします。

当然、キャシーもレンもある意味では魔法を使って索敵や移動をしたりしている事もあるのですが……認識出来ない人には判らないものなのです。


では、次回予告。

「説明好きなのは性格と環境とどっちが理由ですか?と言いたくなるのはなんでですかね。気遣いな民族と異なる民族との間でコミュニケーションをとるのは意外と難しいのですよ」

意外と人って置かれた状況を忘れたりしませんか?

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