58 部下を見て上司が判りますか
子供を見れば親がわかると言う、子供は親の鏡だから。
親を見ても子供がわからない場合もある、親は子供をお手本にする事は基本的にないから。応用ならばたまにあるけど。
同じ釜の飯を食らう人々は似てくると言う、近くに居るから行動が似通うと言うのは夫婦でも親子でも師弟でも教師VS教え子でも同じ事。
あれ、なんで最後だけ対決してる?
「親方ぁ、客人連れてきてやったぞぉ!」
先程とは違い、やはり力加減している様には見えないがイル=スの一撃が扉を吹っ飛ばす事にはならなかった。
が、室内は何だか先程の扉が吹っ飛ばされた部屋より無残な状態だ。基本的な物質の容量の違いだといってしまえばそれまでだが、それはそれとして、それでも何だか見ていて痛々しく感じるのは気のせいではない。
「ったく……相変わらずだなあ?」
「こっちに埋もれてましたよ、イル=ス様」
ざっかざっかと無頓着に入り込み、あちこちの散らばって山となった幾つかの書類をひっくり返し、そのうちの一つから漸く引きずり出されたのは小さな塊。
「そんなところに居たのか……何やってんだ、手前ぇ」
レインから受け取ったイル=スは、ぷらんぷらんと左右に塊を振った。
目を点にしたのは秋水とアインスで、他は興味がないらしいキャシーとレンと、通常運行のドーン。
サイズとしては、成人男性の腰から下あたりまでの大きさでドーンの様に長衣を着ている所が特徴と言えば特徴だろう。他をいえば、ぷらんぷらんと揺らされている今は他にこれと言った特徴はない。
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「……え?」
「何の音? 音? か、これ?」
言語にする事も出来ない音が、それから二度三度と続いた後。
「お……前、いつから飯食ってないんだよ!」
「「「腹の音っ?」」」
レンと秋水とアインスの台詞が見事に重なったのは、ある意味で珍しい事だ。
「キャシー!」
「はい、秋水様。ご説明をさせていただきます」
普通ならば「なんでも知ってると思い込んで無茶ぶりするな」と思うかも知れないが、そこのあたりを意識させないのがキャシーと言うものである。ここで対応できないなど考えないあたり、秋水のキャシーに対する一種すりこみの様な洗脳みたいな信頼感は天井知らずだ。
「そちらで吊り上げられて揺らされて、呑んだくれ外交官のイル=ス様にがみがみ怒られている一般的な人類からすればお子様サイズでしかない物体にしか見えないのが、このレイニアス・シティの親方様でございます」
もっとも、当のキャシーにしてみても秋水の質問に答えるのは楽しみなのではないかと言う気がしてならないのだが。
「「「……え?」」」
見事に反応が同調している少年三人を見るキャシーの目は、意外と優しい。気がする。
普通ならば感じない程度の違いではあるが、見る者が見れば理解出来る程度の違いと言うものだ。
もっとも、その違いに気が付いたのは室内に何人いたのだろうか……。
「おい、メイド! ひとっ走り行ってそこいらの奴にどうにかしろと伝えて来い」
「拒否させていただきます」
「ああぁっ?」
イル=スの気迫と言うよりチンピラにしか見えない物言いに、即効で拒絶したのはキャシーだ。
「呑んだくれている現在進行形の上に、長期に渡る外交より帰ってきた直後に自宅に行く事も出来ず親方様のパシリとして現在、レイニアス・シティを窮状に追い込んでいる現象に対して依頼をされたくせに。とうの親方様が何度言っても聞く耳を持たずに何度も空腹のあまり書類の山に埋もれている現状で混乱されているのはわからないとは申しませんが……」
今日もキャシーの弁舌は絶好調だ……毒を含むと言う意味では。
「私は現在、学園都市のギルド使者一行の一人。秋水様にお仕えするメイドでございます。
この町のいかなる存在よりも秋水様をお守りし、お世話するのが私の役目。
はっきり申し上げまして、他の都市の呑んだくれ外交担当のイル=ス様程度の命令を聞く理由も必要も義理も人情も義務も全くもって存在しないのであると、説明させていただきます」
正論を正面からぶちまかされてしまい、流石に言われたとおり混乱していた頭も少しは考える余地と言うものが出てきたのだろう。
「い、いやな……お前ぇの言ってる事は間違いじゃあねえ、間違いじゃねえが……」
「では、これ以上は語る言葉が不要であると。当然、ご理解いただけるわけでございますね?」
「知らねえ仲じゃないんだし……」
「それで? 私が目を離した隙に起きる現象の全てをイル=ス様が命程度を賭けて何とか出来るとでもおっしゃられるつもりでございますか? はっ……そんなの、イル=ス様がお嬢様へ向ける愛情より甘っちょろくも脆い台詞でございます。さぞかし、奥方様とお嬢様は草葉の陰で腹を抱えて笑い転げる事でしょう」
とことんまで手を抜かないメイド、それがキャシーであると知っていた。
そう、秋水は知っていた。
何しろ、意識がある時もない時も的確な行動を持って側にいてくれたのがキャシーだ。表立って言わないが、どうやら秋水は色々な意味で特別と言うか特殊と言うか困った存在らしく、主に夜中になると敷地内に入り込んで秋水を連れ出そうとする輩がやたらと多い。それらも、様々な手段を駆使してキャシーによって守られているのも知っていたから、そう言う意味でも別の意味でも頭は上がらない。
「宜しいですか、イル=ス様。
たかだか職人都市の外交官風情が、契約もしていない「たかがメイド」を口先一つで動かせるなどと言うおこがましい思い上がりを持つとは不遜な事であるのですよ」
言い方は上から目線だが、言っている事そのものは間違いではない。
確かに、外交官たるイル=スを相手に不遜な態度ではあるがキャシーを初めとした一行は言わば招かれた側。室内のどこかにあるだろう通信機を遣うでもなく、大声を出せば軽く数十メートルは届くだろうイル=スのダミ声で誰かを呼ぶでもなく、いきなり客人を相手に「誰か呼んで来い」と言うのは間違っているのだ。
例え、それが旧知の仲であっても。
「……仕方ありませんね、彼女の言う事は至極当然の事です。
大変申し訳ないので、誰か呼んで参りましょう」
「あ、いや何もお前ぇさんが行かなくても……!」
「それとも、何か彼女に呼んできてもらわなければならない事情でもあると言うのですか? イル=ス様?」
レインの態度は、えらく冷ややかだ。何かに気が付いたのか、イル=スとその手にぶら下がってぷらぷらと揺れている「親方」と呼ばれた存在を見る目は非常に厳しい……。
明らかに「はい、何か面倒な事を隠しているんです」と正面切って言われている様な気がしてならない気分にさせられる。
「大方……城内に居るだろう目ぼしい相手を見てきて貰おうとか思っているんでしょうが。
情けない、貴方達はそれでも本当に自治区のトップなんですか?」
うぅぅぅぅぅぅぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
もし、下がる事が出来たらレンと秋水とアインスは確実に数歩後ろへ下がっただろう。
言うなれば、他国の人が居る前で見せるには外交問題に走ると思われる超極秘事項に他ならない。
恐らく、イル=スの家庭環境などよりよほど問題に出来るだろう。
「いや、違う! 違うとも言い切れない程度に違わないけど……」
「どっちなんですか、別にどっちでも結果は変わりませんけど」
「だから、違うんだって! 最初はそんな事は全然……!」
なんだろうか、レインの顔立ちが女性に近くみえる事も手伝って何か「浮気現場を見られた夫の画」に見えてきた気がするのは気のせいだろうか?
「れ……その……?」
ふと周囲を僅かに見回せば、似たような顔をしている面々がちらほらと見えるのでほっとしていた所。
「では失礼する」
「あ、ちょっと……」
「い……ま、の……」
「て、親方! 目ぇ覚めたのかっ?
待ってろ、もうすぐ飯が来るからな!」
一体何をそんなに慌てふためいているのか、でかい図体をしてイル=スは戸惑った声を上げている。
さきほどのキャシーが言った事が本当ならば、こう言う事は何度も行われている筈なんだがなあと思ったのが顔とか声にでも出ていたのか、秋水の顔をキャシーが見つめていた気がするので無意識ではあったが頷く。
「混乱のあまりボケておいでになるのは問題ありませんが、せっかく長椅子があるのですから寝かせてはいかがでしょう?」
いや、本来は寝室に運ぶべきでは? と思った疑問にも答えてくれるキャシーのケアはまさに「痒い所に手が届く」と言うものだ。
「本来は寝室にお運びするのが最善であるとは思われますが、日常的に使用されているわけでもなく時間のない最中に無理に作ったあげく倒れたなどと言う事を大っぴらにする事も問題ではありませんか?」
「い……や、おう。そうだな。
それより、こっちには手ぇ出さないんじゃなかったのか?」
「私が現在お仕えしております秋水様は、大変なお人よしでいらっしゃいます。これまで隔絶された地域にお住まいだった事もございまして、私の仕事の範囲を超えない程度でしたらお手伝い差し上げるようにと言う事の様でございます」
そこまで具体的に何かを指示した記憶は全くないが、それでも内心からしてみると大して間違っているわけではないので否定はしない。ただ、肯定をしないだけで。
「そ、そうか……すまねえな……」
「仕事ですので、御礼は具体的な物理的な品々もしくは秋水様に申し上げていただきたく存じ上げます」
こう言うのもドライと言うべきか、もしくは判りやすいというべきか悩むと秋水は思っていたのだが。逆を言えば、これだけ判りやすい線引きがされていれば相手の判断力の手助けにもなるのだろうと言う思考にも至る。
それが、良いか悪いかは別の問題だが。
「お前ぇさんの言ってる事は、基本的には確かに正しい。間違っちゃいねぇ……いねぇんだが、なんだろうな。 たまに、その口に拳を突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやりてぇ衝動にかられたりする気がするんだが……?」
心底「なんでだろう?」と言う顔をしながらも、吐かれる言葉は物騒な事この上ない。
悪気はないのだろう、とは思うけれど放っておいたら本気で戦闘モードに発展するのではないかと言う気がして周囲は落ち着かないことこの上ない。しかも、聞けばイル=スが呑んだくれても誰も何も言わないのは、正気を保ったままだと余計に色々な意味での制御が出来ない為の緊急措置だと言うのだから「なんだそりゃ」も良い所だ。なんだその迷惑な存在は、と言いたくなるのは本人には内緒だ。キャシーとは別の方面の理由で性質が悪いにも程がある。
とか言う前提を踏まえているが故に落ち着かない最大の理由と言えば、イル=スはどうだか判らないが竜系と言う事とこれまでの言動からパワータイプでナチュラルに強いと言う事が判っている事。キャシーもギルドの上位者なのだから下手なチンピラごときでは歯が立たない事を知っているからだ。
正直、この二人が本気で戦ったらこの都市は戦場になるだろう事が簡単に予測できる。
「どんなリーサル・ウェポン……!」
「りーさる?」
「うぇぽん?」
「いや、気にするのはそこじゃないから……言語ってどうなってるんだろう? 普通の事に関してはナチュラルに対応している気はするんだけど……いやいや、そこじゃなくて!」
「落ち着きなって、シュースイ。
あの二人が暴れそうな気がして落ち着かないのは僕達も一緒だし、その場合は何とかするから……アインスが」
「ええぇっ?」
レンの何気ない言葉に、危うく頷きかけたアインスはスピンターンをする暴走車の様に一気に顔色を変えた。
「え、アインスってそんな強いの?」
その割には不幸度数が他の人達より高い気はする……秋水の不幸度数はキャシーによって守られているのでノーカウントでも構わないだろう。
「一度くらいは出来るでしょ、人間盾とかで」
「いやいやいや、無理だから。絶対無理無理だから!」
「そうだな……吹っ飛ばされてまとめてお陀仏ってのがありそうじゃね?」
「……考えてなかった、かも」
「考えようよ!」
「「え、なんで?」」
意外と余裕のある二人である……かも知れない。
レンとアインスと秋水は、同年代です。同年代と言っても世界観的な年齢の数え方とか時間の経過の経過とか、そう言う難しい事を考えたら書いてる僕がパンクします。周期しらんし。
て言うか、コイツ等はどいつもこいつも生まれも育ちも思考も全然ちがいます。ある意味の密室空間における精神の共有って感じですかね?この場合は権力的な意味ですが。
では、次回予告。
「可愛く言っても、人間は出来る事と出来ない事があるんですが彼は人間と評してよいんですかね?メイドと執事は意外な繋がりってものが世の中にはあるんです底辺舐めんなよ!」
いや、別にメイドさんも執事さんも底辺じゃないとは思ってますけど。




