57 拳か酒で語る人達
人は語る、人でなくても語る。
物が語る事も、人でないモノが語る事もある。
でも同じ種類の存在だからって同じ言語を操るとは限らない。
人が人と同じ言葉を語っているとは限らない。
同じ言語を使っていると思っても、届かない事もあれば通じない相手もいる。だけど嘆く必要はない。
何故なら、例え違う言語方法で語ったとしても届けば「言葉」には違いないのだ。
その人物の概要を説明すると、特にこれと言った特徴はある様でいてない。
見かけはそれなりに普通の格好をした普通の人だが、片手にはどう見ても酒瓶らしきものがある。飲んでいるのかいないのか、初見で判断するのはどうかと言うのもあるので、あまりそのあたりについては追求しないほうが良いだろう。
「ドーン、知り合い?」
「お前さん……もしかして、公爵家の次男か?」
「誰」
一気にまとう空気が冷たく鋭利なものになったが、男性は特に気にした風はない。
鈍いと言うより、気にする程のものではないと感じているのか……。
「お前さんの兄貴が前に『夜明』と一緒に仕事を請けて貰った事があってなあ……うんうん、噂どおりだ」
訂正、やはり鈍感なのかも知れない。
一部の男性諸兄にも「困った目」で見られる事もあるレンを前にして、わしゃわしゃと頭をかき混ぜ撫でるなどと言った真似が出来る人物は大変珍しいと言えるだろう。
珍しく、レンが「うわぁぁぁぁぁぁ」などと言いながら半分目を回しているので大物認定をしても良いかも知れない。
「に、兄さんの知り合いなの……」
「ああ、ご紹介が遅れまして申し訳ございません。
皆様にご紹介致します、こちらは職人都市レイニアス・シティの呑んだくれ外交官と異名を取るイル=ス様でいらっしゃいます。種族としては竜系獣人族の古代系機械目が主体の担当となっておりますが、基本は酔っ払い外交官で問題ございませんので、お近くで拝見された場合は全力で逃走して逃げ切れると良いですね」
「何その紹介、て言うか紹介になってないんじゃないの!」
「アインス様……世の中には、何事も真実から目をそらしたくても出来ない場合と言うのは多々あるものなのでございますよ……」
「かっこよく真理を追究するかの様なことを言ってる割には、なんか思い切り対象相手を上から目線で突き落としてない?」
「秋水様、それは誤解と言うものでございます……私は、ただ単に真実のみを申し上げてると言うだけの話でございまして」
「この女、見かけと違って足速いんだよなあ……」
「「しかも否定しないよ、この人!」」
なんだろうか、すでにこの空間は漫才かなにかでまったりとした外とは違う時間軸の流れが生じている……と思ったのは、たった一人だけだった様だ。
「イル=ス、放っておいて良いのか? 市長の時間が無くなるぞ」
「お前、またそんな言い方を……まあ、それもそうだな。
親方がようやく時間を削り取って面会したいって言ってるから迎えに来たんだ、別に代表者だけでもいいぞ? 案内は俺達がするし」
ぐびり
うわあ、本当に呑んでるよ……! とか、半ば感動を覚えていたりする秋水だったりするが、実の所を言えばイル=スが呑んだくれには少々事情があったりする。そうでも無ければ、いかに特別行政自治区であろうと酔っ払いが外交官なんてものになれる訳がない。なった所で実益が伴わないし、外聞が良いとも言えない。
「おやおや、レイニアス・シティきっての呑んだくれ外交官がその様なパシリをするとは……明日は大時化でございますね」
「疑問系ですらないんかい! たまたま通りがかったら捕まっただけで、俺だって今朝、ついさっき帰ったばかりなんだよ、本当は家に帰りたいんだよ!」
どうでも良い事ではあるが、この呑んだくれ外交官は滅多にレイニアス・シティに帰ってくる事は出来ない。
それには独立自治区が抱える特有の問題もあるが、それだけの外交手腕を持っているからだと言うのもある。竜種と言うのも理由の一つで、竜種は基本的に全ての動物の骨を生まれた時から持っているせいか言語に精通していると言う特徴から通訳的な翻訳が不要な為に話がはるかに通常の人より早くすすむのだ。
「当然でございますね、何ヶ月も、下手すると年単位で自宅に帰る事も出来ず可愛いお嬢様はどんどん成長なさって稀に会う事が出来るといわれる台詞が『おじさん、誰?』の上に父親だと毎度認められず、ひどいと帰宅中ずっと平身低頭でパシリどころか奴隷の様にこき使われてボロ雑巾となって次の仕事に追い出される始末。
毎度変わらぬ下町劇場、いつもお疲れ様でございます」
けれど、イル=スの変わらぬ愛情はひどく有名で。
もし、イル=スが不在の間に家族に何かがあったら都市が壊滅するとまで言われている。
恐らく、件の娘とやの父親イジメに等しい対応はなかなか帰ってこられない事もそうだが。深く暗く重く、ねっとりとまとわり着くような、それでいて正面切っては本人に知らされる事もない夢にまで出る愛情の裏返しで、それが判っているからこそイル=スも深い愛情をいつまでも捧げているのだろう。
「……キャシー、イル=スさん? なんか可哀想だから苛めるのやめない?」
「この程度で撃沈でございますか……イル=ス様、その程度では呑んだくれ外交官の名が泣きますよ?
秋水様もこの様におっしゃられておいでですし、今回はこの程度で済ませて差し上げましょう……いつまで座り込んで鬱に入ってるのです? そろそろ正気に戻って仕事に復帰していただかなければ親方様にご迷惑と言うものではございませんか?」
いや、とことん追い詰めてざくざくにした貴方が言うのはどうかと思うんだけど。
秋水とアインス、レインの心が一つになった瞬間だった。
「じ、時間は有限ですし……そうですね、何ならその人置いてきてくれていいですよ。
そういえば、もうお一人いましたよね?」
「ああ、ラーカイル先生なら……」
「大変申し訳ございませんが、ただいまラーカイル様は手が離せない状態となってございます。
お話に関しては私どもに一任されておりますので、お手数ですが案内をいただいても宜しいでしょうか?」
「そうなんだ……もう出られるなら、そのまま着いてきてもらっていいですか?
……イル=スさん、そろそろ行きますよ。少し補充して切り替えてください」
「そうですね、先触れも出さずにいきなり扉をぶち壊す勢いで現れる呑んだくれ外交官と言う立場を考慮しても、そろそろ戻ってきて頂かなければ困ります」
ああ、怒ってるんですね……。
なるほど、それで先ほどから表情はぴくりともしないのにキャシーの言動に突き刺さるようなものを感じるわけである。
その家の主を怒らせてはいけないとはよく言うが、その家を切り盛りする実力者を怒らせると不幸になるとは、よく言ったものだとアインスは思う。
アインスの実家は9割以上が平民と言うか貧乏な貴族だ。屋敷的なものは大きさはまあまあだし、古いものだから丈夫には作ってあるが普通の平民の家の方がまだマシ程度だったりする。そんな中で割りと平民と貴族の垣根の低い環境にあって言われたのは「実際に作業をしてくれている人を敵に回すと自分達みたいなのは一気に食べられなくなるから気をつけろ」と言うものだった。実際、貴族とは言っても使用人はいなかったし。もしも貴族風を吹かせたりすると周囲に村八分ならまだ良い環境に落とされる。お金がない貴族は顕著なもので、そう言う人は少しはいたのでアインスにとって平民=敵に回してはいけないと言う方式が成り立ったという過去がある。
とは言っても、当時幼かったアインスに出来る事などほとんどなく……と言う、己の情報ギルドに入ったきっかけをしみじみと思い出していると。
「アインス、行かないと置いてかれるぞ?」
「あ、ちょっと待って!」
うっかり、置いてきぼりをくらいかけたのは言うまでもない。
「酷いなあ……なんで置いていったりするわけ?」
恨みがましい目で見てしまうのは、致し方がないかも知れない。
「考え事の邪魔かなって思って」
「あ、あはは、はは……」
言っている事は親切心ぽいが、内心ではあまり機嫌が宜しくないにはドーンとの仲を現在進行形で邪魔されているからだろう。イル=スはドーンを捕まえて一方的にまくし立てているが、無反応だからこそレンがこの反応で済んでいるのであって、もしにこやかな笑みの一つを浮かべていたり。いちいち応答していたらどうなったかは判った物ではない。
「俺はちゃんと声かけたぞ?」
「それは感謝してる」
仮に、秋水にはアインスが無反応のままだったとしたら放置しただろう事が判っていてもだ。
「ご命令がありませんでしたので」
「キャシー、判っててやってるのは判ってるんだけど?」
「左様でございますか? それでしたら問題はないものではないかと思われますが?」
と言うより、キャシーにとってアインスは別にどうでも良い存在になっている気がしてならない。
実際、腕っ節が必要な局面と言うわけでもないのだから言いたいことは判らなくはないのだが……この面子で、しかもラーカイル医師が不在の場合は外交的な矢面に立つのはアインスだ。それを「考え事をしていたから」と言う理由で排除するのには何か理由でもあるのだろうか?
「いや、全くないだろうな……」
「でしたら、この問題については解決ですね」
うっかり言ってしまった言葉に言質を取られてしまったのは、アインスの失態に他ならない。
もし、今この場に誰もいなかったら「俺の馬鹿ぁっ!」と叫びながら頭を抱えて廊下を転げまわっていたかも知れない。否、恐らく確実に行う。
「……ソーデスネ」
内心、血の涙を流したい気分ではあるが。
注意一秒、怪我一生、言った事場は取り消せない。
深く、深くアインスの精神に刻まれた言葉になったりする。
「て言うか、何考えてたわけ?」
秋水の台詞は、もっともだ。
その考え事のせいでアインスは深い傷を精神的に勝手に負ったのだから、興味を覚えないといったら嘘になるだろう。例え秋水に悪気など欠片もなかったとしても、好奇心はだいたいに置いて悪い事ではないのだから。
「……大した事じゃないよ」
なんとか笑みを浮かべる事にぎりぎりで成功したと思っているのはアインス一人だけで、明らかに無理していると言うのが当人を除く見た全員の台詞だ。
「では、大した事を考えていたわけでもないのに私どもは謂れのない怒りを受ける羽目になってしまったと……その様におっしゃられるわけですね」
「キャシー……」
まさしくの一撃で、アインスの心はぼろぼろだ。
秋水の様に無邪気的な無意識で裏が何もなくされる攻撃はきついが、かと言って全てを承知の上で切り込んでくるキャシーも大概と言うものだ。
そう言う意味では、方向性はまるっきりあっていない主とメイドはよく似ている。
「失礼を致しました」
まったくそう思っていないのではないかと思われるが、僅かにも表情が動かないのでふてぶてしいのか否か全く判らない。いっそ、はっきり言ってくれても良いんじゃないかと言う思い切ったことを言い出してしまいそうな気持ちを抑えるのは、なかなかに大変だ。
何しろ、キャシーは「言いたい事があるならはっきり言ってください」とか言ったら、遠まわしかつストレートに相手が「お願いですから、謝りますから許してください」と言ってもまだまだ言ってくる気がする。確実に。
情報ギルドの、下級とは言え属しているのだ。
上位者の性格に関しては、多少なりとも回ってくる。
敵に回したら恐ろしいものから、敵に回したほうが面白い人まで様々な人種が居るのだ。
「と、もうついちまったか……仕事が終わったら今度は呑もうな、『夜明』の。
じゃ、ここが俺達の親方の部屋だ」
だから、この町における人々の事も少しは知っていた。
だから、不信感を持っていたのは。
レンは基本的に、政治的な立ち位置の問題から大人や職業的に踏み込んだ相手には「笑顔で冷徹」です。あまり関係ないですね。
学生とか子供は実家や政治には関わってこない事もあって当たりはソフトですが情報を仕入れるのは気を使っているという裏話。なので、政治的な立場にどっぷり漬かってる(誤字にあらず)筈なのに下町の親父みたいなイル=スに人知れず戸惑って居たりします。良くも悪くもお上品な知り合いが多いと言う現れですね。
ちなみに、競走でイル=スに勝つにはツイッターで流れてきたRTの一部を採用して「ボル○選手並みの速度をゆっくり歩いていると認識する、マツコ・デラック○より一回りでかい」と言う相対を考えていただければ竜種の絶望度が想像出来るかも知れません。
では、次回予告。
「登場する職人都市の最高責任者、その役職名は『親方』……あらゆる意味で度肝を抜かす事が出来れば幸いでございます。て言うか、あっちが弱いのかこっちが強いのか、さあどっちだっ!?」




