56 民族的文化は踏まえてないと自爆
どんな場所のどんな集団にも、個々で作り上げた文化と言うものが存在する。
古代には古代の、現代には現代の。
ローマの古代と現代日本の文化は天地ほど(それ以上?)離れているといっても良いだろう。
まあ、結局は文化も「その地に住まう人々に都合の良い様に色々と工夫した結果」ではあるんだが。
分析作業があると言うので、サンプルを置いて出て行くのに最後まで名残惜しそうなのはアインスだったが。流石に、直接食べるわけではないと言った。
「アインス……君、常識あったんだ?」
「あのねえ、シュースイ……君は人の事を何だと思ってるわけ?」
思わずアインスがジト目になってしまったのは、致し方が無いだろう……恐らくは。
「いや、苦労性の不幸キャラ? 大丈夫、ギャグキャラは普通の人ならば生死に関わる様な傷を負っても数秒で復活するから!」
「シュースイの世界の住人は丈夫なんですね、まるでこの町の人達の様だ……」
一応、ジョークを交えて「フィクションだから、お話の世界の事だから!」と続ける気満々だったが、そうなるとこの町の人達と言うのは冗談の世界の住人と言う事になってしまうのだが。
「まあ、魔法とかある世界だし……」
「シュースイ?」
「大丈夫だ。問題ない」
ちなみに、大抵それは問題がある時の台詞だが元ネタが判らないと「ふうん?」とあっさり言われてしまっていった方が恥ずかしくなると言うどんでん返しが起こる。
当然のことながら、秋水もどこかしょぼくれた感じの空気を吐き出し始めていたりする。
「いや……本当に、何かあった?」
「全然大丈夫、本当に……」
見ているほうが心配になってしまったのは、ある意味致し方が無いだろう。
秋水の内心としては「お願い、放置して! 優しくしないで!」の気分だったりする。
「とは言いますが、アインス様はあのサンプルをどの様に召し上がるつもりでいらしたのですか? 後学の為にうかがわせていただきたいのですが」
珍しいキャシーの救いの手は、何の事はない。単に「放っておいたら話が進まない」と言うのが最大の理由だ。
気が付いていないのは秋水とアインスだけだろう、この二人は何気にこういう所が少し似ている。
「そりゃ、話に聞いただけだからいまいち想像つかないけど……シュースイみたいに生で丸齧りなんて荒業は普通は無理じゃないかなっと……」
「当然であるかと思われます」
確かに、優しくしないで欲しいとは思った秋水ではあったが……。
別に、打ちのめして欲しいわけでもないわけで。
「固そうだし」
「問題はそこっ?」
「あれ、違うの?」
そのあたりの事に関しては、今後のラーカイル医師を待たなければ何とも言えないのも確かではある。あるが、しかし……魔力の塊とも言える合成された生き物を生で丸齧りをして全く体に問題が起きていないどころか、逆に回復をしている秋水と言うのは本当に凄いというか呆れると言うかとアインスは思っていたりする。
実際の事を考えれば呆れる程度の問題ではないのだが……そのあたりの事についてアインスは思考に蓋をする。
とにもかくにも、今は仲間として一緒に行動しているのだからと。
「火くらいは入れないと駄目でしょう、生食とは限らないし」
「そっち?」
「だって臭みとかありそうだし? 下水道とか通ってるんだから消毒くらいはしないと」
「更にそっち?」
「て言うか、考えたら生で丸齧りって風呂入ったの?」
「ええと……もう、どこからツッコミを入れればいいのか……」
「笑えばよろしいでのは?」
「って、それネタだし!」
キャシーとアインスは内心、揃って「ネタ?」と思っていたりする。
違いと言えば、キャシーは不動の体制で思考の内側だけで考えているのに対して、アインスは小首をかしげて口にしていると言う点だろう。
「秋水様が、よくご理解いただけない場合や状況を飲み込んでおられる際に苦虫を潰したような引きつった笑みを浮かべてなかったことにされているのかと思われる場合が多々ございますので、今回もそちらを採用されてはいかがかと思いましたが……どうやら、少々状況が異なると思われておいでのようですね」
珍しく「判断ミスを致しました」と呟いているあたり、どうやらキャシーのプロ根性に火でもついたのだろう。
恐らく、背後には見えない炎が「ずももももももっ!」と燃え上がっているのが見えたら精神科と目医者のどちらに行けば良いのだろうかと現実逃避をしてみる。
「もしかして自業自得ですか……」
秋水の行動パターンから推定された言葉であったりすると、もうどうしたら良いのか頭を抱えて穴に向かって吼えてしまいたい気分だ。
「笑ってどうするのさ?」
「民族的な習性なんで勘弁してください」
うな垂れる以外に、秋水に出来る事はなかった。
「ふうん?」
「そう言うものなのですね」
実際の所、秋水はあまりにも己の過去の言動を思い返して恥ずかしくてたまらない。
自分自身は、元の世界では世間で言う所の「働く引き篭り」で世間から隔絶されて平和に生きていると思っていた。確かに平和ではあったけれど、世間の喧騒からは逃げていられた。
ただ、どうやら意外と秋水は元の世界を嫌っていたわけではないんだと言う自分自身の気持ちに気づく。
「つまり、あれですね。北邦の方々で言う性に関して無節操と言うものと同じであると……」
「いやいやいや、ちょっと待って。北邦誤解してるから、それかなり誤解だから!」
「いかがなものでしょうか……私の以前の職場での伝え聞いた話も混じっておりますので、多少の脚色はなされていると思われますが……冬場の食糧貯蔵子は素敵デートスポットに早変わりと言う話も……」
「待って待って待って待って待って!」
アインスが慌てるのは当然だ、いかにここが学園都市でもなければ身内しか居ない状況だとは言ってもアインスまで同類だと思われるのは色々な意味で心が折れる。ぽきっとなんて可愛いものではなく、間違いなく「ぼきん」だ。背骨クラスの折れ方だ。
「どっかで聞いた事がある内容混じってるけど、それ本当に北邦の話だって聞いたの?」
「ええ、伺いましたよ。話のついででございますが……」
「メイドってどんな井戸端会議っ?」
と言うより、秋水にしてみればここ暫くはほとんぞずっと付きっ切りだったキャシーだ。どこでどうやってそんな井戸端会議をしてきたのかと感心してしまう方が気になるし、話の内容そのものはちょっとばかり気になるのはお年頃だからと言うより純粋な好奇心だ。
どうやったら、食糧貯蔵庫が素敵デートスポットになったりすると言うのか。
「確かに井戸端でも会議を行う事はままございますが……」
「あれ、井戸なんてあるんだ?」
と言うより、この世界に「井戸端会議」なんて言葉があるのがいっそ感動的と言えるだろう。
「ああ……学園都市とか職人都市は上下水道が割りと通ってるから、見た事ないかな?」
「はい、秋水様の行動範囲に井戸及び井戸に関連する装備は認められておりません」
どう言う意味かはよく判らないが、恐らくは安全面を考慮した上でと言う意味にしておく。
なんでも、大都市ならば最近になってようやく水道が普及した程度であり。上下水道など、ちょっとばかり地方に行けば欠片もない所がざらにある。
では、水源もない地域があるのではないかと思われるかも知れないが。そう言う所には大抵の場合で近くに川や泉があったり、場合によっては地下に水源を持っている場合もあると言う。それに、ほとんどの場合は水の加護を持っている人が居る事が多いので、よほどの事が無ければ精霊などと言った輩の助力が期待できるらしい。
どうやら、水の精霊とか言う存在は秋水がぼんやりと想像した事に変わらず穏やかな性質の持ち主で人に甘いのだろうと言う気はする。
「って、アインス……なに、その目」
男にじっと見つめられても嬉しくないと言うのが正直な意見ではあるが、こちらを見ていたかと思えば深いため息をつかれてしまうと余計に気になると言うもので。
「いや、正直……何、その過保護っぷりって思ってるだけだけど。
井戸も見た事ないなんて、今時どれだけの貴族様かって感じだよな」
別に、アインスにとっては羨ましいけど取り替えてほしいとまで思う人生ではないので、ある意味ではどうでも良い事だ。秋水が昨夜までちょっと動いただけで平気で倒れる人と言うのは知識として知っており、ついでに「気絶した同年代の男性を担がされる」などと言う平気で落ち込みたくなる状態にさせられていたのだから同情してくれても良いとアインスは思っている。
だが、ラーカイル医師はともかくレンは大貴族だし、レインは依頼人だ。ドーンは他人とは視線もほとんど合わさず会話もレンによって阻まれる事が普通なので期待は出来ない、となればアインスしか残っていなかったと言うのは言うまでも無い。ちなみに、流石にキャシーに手伝ってほしいなどとは思わない。
別に、キャシーが女性だからではない。ギルドの上位者なのだから、それより護衛に専念して貰った方が効率が良いと言うのが意見だ。
「別に井戸を見た事がないとは言わないけど、人生の中では……」
比率こそ少ないけれど、秋水の実家の墓石があるお寺には。今でも境内に井戸がある。
水を汲む場所は二箇所あるけれど、やはり井戸がある方が人気があるらしくわざわざ汲みに来る人が居るのを何となく感じていた事もある。誰も何も言わなかったから「そうかな?」と思った程度ではあるけれど。
「歴史の中で井戸の果たした役割は多いと思うし……多分? 単に、最近は滅多に見ないなって思っただけだよ」
言い訳がましいのは、うっかり言ってしまったけれど言うほど井戸など見た覚えがないからだ。
世間で有名な井戸が出てくるホラー映画だって、知ってはいるけれど積極的に見た覚えはない。
働く引き篭りの最優先は、やはり引き篭りをするだけの財力を獲得する事であって積極的に世の中に打って出る事などではない。逆に、そう言う状況に居ると何だかんだ引っ張り出されてしまう事が過去に何度もあったから遠慮なんて控えめな言葉ではなく力の限り拒絶したいものだ。
そういう感覚からすれば現状は、まあ異常事態だし。と言うのも、脳内で誰にしているか不明な言い訳に過ぎない。
つまり、今の秋水は元の世界で終始一貫にしていられた頃に比べれば常時混乱中と言っても良い。
「……別に、そんな一生懸命に言い訳なくてもいいけど」
「ですね、そろそろお時間もない様ですし」
時間? と秋水とアインスが問いかけると、事も無げにキャシーは「はい」と答える。
「ちょうどいらした様ですね」
コンコン
まるで扉の向こう側が見えているかの様なタイミングでかけられたノックの音に、何故か一歩下がるキャシー。
どかん
理由を聞こうかと思った瞬間、その扉は。
「誰だ、こんな立て付けの悪い部屋に客人を入れたのは!」
吹っ飛んでいた。
「ええっ?」
「ちょ……何……」
怒鳴っていたのは、扉の向こう側に居る人物。
なんでノックをした直後に扉が吹っ飛んだのかなど、そんな事は秋水にもアインスにも理解出来るわけもなく理解したくない。
「立て付けの問題じゃなくて、君の腕力の問題じゃないかな?」
「うるせえな、そんな細けぇ事はどうでもいいんだよ!」
どこが細かいんですか!
脳内は激しく回転している自覚はあったけれど、行動が伴わないのは単に自律神経失調症なだけだ。
「よお、久しぶりだな。メイド」
「キャシーとでもお呼び下さい」
「相変わらずだなあ、手前ぇ……」
「お褒めの言葉として頂戴しておきます」
ないない、それはないから。
静かに腰を下ろしたキャシーを見て、入ってきた人物は心底嫌そうな顔をしているあたりは褒め言葉どころか嫌味もすり抜けてしまって腹が立つのを通り越している様に見える。
「お、今回はお前さんが来てるのか。それなら楽勝だな!」
ドーンを見つけた人物は、一転して綻んだ顔をする。
こうしてみると愛嬌があるが、先ほどの扉をふっとばしたのと同一人物だと思うと何かの間違いであってほしいと思うのは間違いではないだろう。
一人自爆した挙句連爆していますが、周囲は「そのネタわかんないから」と誰かが突っ込んであげないと回復に時間がかかります。え、普通の人はそんな事ない?
キャシーが話していた内容は普通に北邦の上流階級ではある事なので下位貴族と言うよりほぼ平民のアインスには馴染みが薄いです。ないとは言いませんが正面切って言われたくないお年頃です。
では次回予告。
「新キャラ登場。お名前は次回。
てか、あんた一体誰ですか!破壊した扉の修理代の請求はどこに!しかも新キャラ乱立フラグ立ってますか!?」と言う予定です。




