54 味は各自で補完してください
人は成長する生き物だ。
進化と言っても良い。だが、同時に退化する生物だ。
大人と子供を行ったり来たり、振り子の様に過ごすのが人生と言うもの。
だって、人生は常に新しいもので満ちているから同じパターンが通用するとは限らない。
そんな事はないと言う「貴方」は、よく周りを見てみると良い。
同じ言動をしても違う結果が訪れた時、それはすでに進化であり退化なのだよ。
何って、自分自身と相対する世界の。
「地下から這い出てきた謎の生き物……恐らくは誰かの研究的な合成獣の様なものをドーン君とレン・ブランドン君が部位を切り落とした後、現れたシュースイ君はキャシーさんが止める間も無く喰らいついてほとんど食べてしまいました。以上」
簡単に説明すると、こんな感じなんですけどね。
ラーカイル医師の説明は、とことん簡潔だった。
ついでに「おかげで、サンプルはこの程度しか残らなかったんですよ」と非常に残念そうに語った姿は、白衣と片眼鏡を合わせても「マッド・サイエンティスト」の名が相応しいと感じたのは、もしかしたらシュースイだけなのかも知れない。
アインスは見るのも嫌だと言う顔しながら、それでも視線の隅には存在を意識に留めている。恐らくは、この情報もギルドに提出しなければならない情報の一つだからだろう。
レン・ブランドンが少し不服そうなのは、ラーカイル医師との舌戦中に水を射されたからに他ならない。射したのは他ならぬキャシーで「キャシーとでもお呼び下さい、敬称は不要でございます。ラーカイル様」と、相変わらず言っているのは懲りてないのはどちらか不明だ。
「恐れ入りますが、レン・ブランドン様及びドーン様にはお二人の目からご覧いただけた状況の説明をお願いできますでしょうか?」
キャシーの言葉に、用意をしていたのかレンは澱む事も考える事も無く言葉を紡ぐ。とは言っても、簡潔だ。
「僕はドーンの後を着いて行ったんだけど、襲われている声がしたんで辿り着いたらドーンが軽くぶった切ってたってのが正しいね。だから、僕はほとんど何も見ていないし行動もしていない。してる暇なんてドーンが居てあるわけないんだけどね」
そんなドーンの実力は欠片も出していないと言うのは、判っている者には判っている。
ついでに言えば、ドーンに説明を求める者はほとんど居ない事など判り切っている。秋水ですら、ドーンには3口以上の発言を期待してはいないのだから。
「で、軽くドーン君が正体不明の生き物を少し切り落とした時点でシュースイ君とキャシーさんが現れて。
さっきも言ったけど、地上に吊り上げられた新鮮な魚の様にびちびちと跳ね回る触手の様な部位の部分のうち。大多数をシュースイ君が喰らい着いて、ほとんど食べつくしてしまったと言うわけ。
ちなみに、これがその食べ残しなんだけどね?」
そう言ってラーカイルが取り出したのは、掌サイズの透明な。円形の平べったいプレート状の入れ物だ。
中には、僅かに震えているかの様に見える尻尾の切れ端の様な物体がある……もしかして、まだ生きていると言うのだろうか?
「キャシーとでもお呼び下さい、敬称は不要でございます。ラーカイル様。
秋水様、こちらが昨晩。ドーン様がさくっと切り落としたサンプルの残り滓となっております」
酷い言い草だね、と言いながらもラーカイルは何かを見定めようとしているかの様にじっとこちらを。秋水を見つめている。
「これ……なんか……」
思案にふけっている秋水は気が付かなかったが、室内に居た全ての人物の目が注目している。
ドーン、レン、ラーカイル医師、アインス、キャシー……合計10の目に見つめられて、それでも自分自身の中にで模索し続けているらしい秋水は気が付かない。
「アレに似てる気がする」
「あれって、何かな?」
「ええと……ナマズの尻尾? 鰻じゃないと思うんだけど」
尻尾の一部にしか見えない物体は、尻尾そのものに薄いフィンの様なものがまとわり着いている。
周囲の様子から僅かに湿り気があるので、もしかしたら水中生物か水陸両用の生物ではないかと秋水が言えば「残念ながら」とラーカイル医師は続ける。
「流石に、これだけのサンプルですとあまり判断が出来なくて……流石に、水辺の町にあって水を苦手としている生物ではないと思いますが。何しろ、天敵に囲まれるようなものですからね」
「ああ、なるほど……て、何? アインス?」
ふと気が付けば、あまり良い感情を持っていないだろうアインスの視線をびしばしと感じた秋水は居心地が悪くてたまらない。
「え、と……ホント、何?」
「アインス様」
渋面を作ったアインスを止めようと、キャシーが一声かけたが止める気はないらしい。
「何味だった?」
一瞬、世界から音が消えた。
様な気が、した。
「……え?」
「前から、興味はあったんだ」
深遠な面持ちで、アインスは静かに語る。
確かに、北邦の特徴を色濃く持っている彼は少年っぽさが残っているとは言っても白人種的な綺麗な顔立ちをしている。だから、真面目な顔でじっと見つめる姿と言うのは……スケッチをしてもいいと秋水が思える程度には整っているのだ。
「どんな味をしてるんだろうって!」
「……え?」
駄菓子菓子、付き合いが続くと何となく想像もつくものだが。
アインスは割と……生活観溢れる少年だったりする。
一応の名目は貴族の筈だが、その内情は火の車。実家で普通に育った少年はスカウトされて学園都市へ、情報が金になると認識した時点で情報ギルドに飛び入りし、生活が掛かっているためにぎりぎり入れたと言う裏情報は……教えたところで面白い事にはならないだろうとキャシーが思ったのは内緒かも知れない。
「だって考えてもみろよ! 甘いのか辛いのか酸っぱいのか苦いのか、今まで誰も食おうなんて思った奴いないんだぜ、そう言うものなんだぜ、しかも生だなんて!」
一体どこの謎スイッチが入ってしまったのか不明だが、湧き上がる好奇心は止める気がないのか止まらないのか……恐らく両方だと仮定して。実の所を言えば、その飽くなき探究心が情報ギルドに入れたきっかけだったりするのは本人には知らないほうが良い事なんだろうか。
「しかも、依頼を受けて倒した後に食べられるとしたら一食だけじゃなくて何食か浮くんだぜ!」
何故に良い笑顔で無茶な事を言うんだか……と、誰かは思ったかも知れないが誰もぴくりとも動かなかったし何も言わなかったので、やはり意味はない。否、一方にはあるかも知れない意味は当事者に知らされなければ意味は、やはりない。
「アインスも依頼で討伐とか行くのか?」
「う……それを言われるとちょっと辛いんだけどな、俺は戦闘系に特化してるわけじゃないし。そりゃ、情報ギルドの中にも色々と技術持ってる人は居るから十分討伐系に出られる人もいるけどさ、俺の場合は必要にかられてってのが主な理由だし?」
主に、生き残る為に。
学園都市だとて、何も施しや慈善事業で世界中から子供達を集めているわけではない。確かに成績優秀者には値引きした状態で返済義務の総額が免除される事もあるが、実際の所は学園都市で功績を挙げた事によって生じる賞金などを当てているから卒業後の返済が免除されるというだけの話であって。総額からすれば実際は大差ないと言うより卒業後にちまちま返した方が総額は低い。
「もうちょいレベルが上がればなあ……」
「それって、ギルドのレベルだよな?」
「勿論。受けられる依頼もランクがあるし、使える道具や武器なんかも本人のレベルで大分違うんだよなあ……たとえ金があっても使えないんじゃ意味ないし」
「やっぱり、そういうのってあるんだ?」
秋水にとってはゲームや小説、漫画などの世界でお馴染みではあるが、よく聞いてみると微妙な違いはある様だ。
「腕力もないのにハンマーとか持ってても、使いこなせるわけないだろう? 業物を持っていても、刃物を使いこなす技術が無かったら単なる荷物じゃないか」
「まあ、言われてみればそう……かな?」
秋水の知っているゲームの世界みたいに、ゲージや数字として己のレベルを判定する事が出来ると言うわけでもないらしく、やはり体で覚えるのが主流の様だ。
「そりゃ、精霊や神の加護を受けたりしていたら習得率も上がると思うけどさあ……」
当然と言えば当然の事ながら、自力でも習得するには相性と言うものがある。大人になったら子供の頃には出来なかった物事が出来るようになったり、逆もまたしかりと言うのもあるのと同じ様に、ある日突然加護を受ける事もあれば無くなる事もあるので一概に加護があれば良いと言うものでもないのだが。
結構いるのだ、アインスのように自力での成長が伸び悩んだりする者には。己の何がいけなくて成長の妨げとなっているのか理解できなくて、安易な方向に意識が傾くのは普通の事だろう。
それは、理解出来なくはない。どちらかと言えば、出来るといっても良いだろう。
「けどなあ……」
更に落ち込み始めるのは、今までの中で一番アインスの目減り具合が激しい。
「ど、どうしたんだ……?」
「ご説明いたします、秋水様」
今まで説明していた筈のアインスは、落ち込み具合が激しくなりすぎて己の世界に入り込んで出てこなくなってしまった……こう言う所は欠点であると言っても過言ではないだろうが、とりあえず今は戦闘中ではないので見過ごしても構わないだろう。こうして、自分自身の心の調整をしているのだと思えばギルドに身を置く者であれば心当たりがないわけでもない。
「アインス様はドーン様の研究室に席を置いておられます」
「研究室?」
「はい、ドーン様はこう見えても教授側からも覚えがめでたく。場合によっては教職に付く事もないわけではないと言う状況におられます、滅多にあるわけではありませんが。
学生と言えど、場合によっては教職につき研究室をいただく事もございます。そして、限られた土地に建築された学園都市で『部屋を与えられる』と言う事は大変栄誉な事であると言えるわけでございます。
しかして、ドーン様の研究室に所属する為には幾つかの条件がございまして……その中で、決して偶然以外で与えられる加護を自ら手に入れる事は禁ずると言うものがあるわけです。
要するに、偶然手に入った場合はともかく。実力もないのに高度な武器や防具、アイテムを自作以外での入手及び使用を禁じられているわけでございます。尻拭いをさせられるのはドーン様の責任下と言う事を考えれば、レン・ブランドン様がその様な事を強制されるのも納得できると言うものになりますが」
「え、レン・ブランドンが絡んでるの? なんで? ドーンの研究室って事はドーンじゃないの? 偉いの」
「まあまあ……お気持ちはわかりますが落ち着いてくださいませ、秋水様。
秋水様もご存知である様に、ドーン様は大変無口な方でいらっしゃいます。場合によっては何一つ説明する事もなく誰彼構わず受け入れると言う、後に大変面倒な事態を引き起こす事となった次第でございまして……おや、レン・ブランドン様。何か仰りたい事でもおありですか?」
秋水は単純に「へえ、すごいんだな。ふうん?」と思っていた最中だったりするのだが、キャシーの視線の先を見てみると言い合いを止めたのか終わったのか、レンが苦虫を潰したような顔をしているのが見えた。
「いいえ、特にはないですよ。
ただねえ……情報ギルドって油断ならないなあって思う程度の事は思っても、構わないよね?」
「勿論でございます、レン・ブランドン様。
情報ギルドとは、あらゆる情報を仕入れ使う為に存在しており居ます。逆を言えば、情報ギルドから情報を遮断出来るだけの実力が御ありでしたら、幾らでも遮断していただいて構わないと言う事になります」
そんないい笑顔で言われても、困るんだけどな……と思ったのが誰かは。
知らないほうが良いのかも知れない。
この世界に「科学」と「化学」と言う分類はありませんが、生物と物理的な概念と研究はあります。
それには「魔法」が関わっているからですね。
魔法は割と学問としてはマイナーではありません。補助道具を使えば魔力のない人も使えるからだと言うのもあるので、生き物同士の掛け合わせと言う概念はあります。でも、日本みたいに植物の育成とか応用とかではなくて植物と動物や動物同士と言う方向性に走る傾向があります。なので、そう言う事をする研究者は基本農家の敵だったりします。
ちなみに、キャシーが同じ台詞を何度も×2繰り返すのは嫌味合戦だからで、同じくラーカイルが敬称をつけるのも嫌味です。二人とも年齢差はあってもそれなりに良い大人なんですけどねえ……いや、年齢は秘密ですが。
この世界にはランクとかありますが、ギルドでの仕事に対する評価だったりします。情報ギルドにはギルドで受けた仕事関連での評価はしますが、たまに気に入った相手を勝手に判定する裏ランクと言う語呂の悪いものがあったりします。
では次回予告。
「今更だけど秋水がこの世界に来た直後の生活をちょっと拝見、環境が変われば心象も心情も変わります。て言うか、君は基本設定が偏りすぎですよ、基本かむばっく!」




