49 事前調査は必要ですか
世の中には大多数の人がそうである、と認識できる人がいるかと思えば。
どうしてそうなる! と突っ込みたくなると言う人が必ず存在する。
もし、世の中の全員を騙す事が出来れば神の御技ではないだろうかと言う気がするが。騙す……騙す?
「生きる事は簡単な事じゃないですねえ……」
ラーカイルの言葉は、何やら複雑な空気を周囲に振りまいた。
と言うのも、町の入り口では出迎えがあった。行政府の専用の小船……小船と言っても観光用や個人用の一人二人向けのものではなく十数人が平気で乗る事が出来るタイプのもので、半分以下の人員が乗り込んでいると言うのは優雅な気分に浸るか。それとも、個々持ち落ちつかなるかの二択となる。
「それは当然ってもんでしょ、ラーカイル先生」
「レン・ブランドン、難しいって思って生きてるわけ?」
「普段は考えないんだけどな、これでも色々忙しいからさ」
「あれ、でもレン・ブランドンって金持ちなんだろう?」
「金持ちには金持ちなりの忙しさってのがあるし……学校の課題とかもあるんだよねえ」
「課題……」
広さは室内にしては狭いけれど、船の中だと思えば広い部屋だ。
サロンの様に小奇麗なインテリアではあるが、かと言って装飾過多と言うわけでもない。
部屋の端には奥行きたっぷりと言うほどではないが浅いソファが並べ立てられ、反対側は軽い飲食が出来る様にブースが整えられている。先行方向には端からレン、ドーン、秋水が三人で並んで座っており、秋水の側にはキャシーが置物の様に超然と佇んでいる。
後方の椅子にはラーカイル医師が一人でカルテか何かを読んでおり、ど真ん中にはレインが特に何をするわけでもなく座っている。
これは、最初に船に乗る際に少々時間がかかるといわれた事が原因だ。
通常、行政府専用船は通常の航路とは違って地下に縦横に張り巡らされた別の航路を使って直接航行が可能なのだが、この件に限って言えば一般市民にはまだ秘密にしておきたいと言う理由から監視船と同じルートと時間で移動する事になっている。
その為、町中に流れる川は螺旋階段の様になっている。町の位置によっては高低差がある関係で、一直線に行くには地上に張り巡らされている川のルートでは巡回するには結構時間がかかる。それでも、地上の道だけで移動をしようとすればどうしても行けない道路が出てしまうので、これでも一般市民にとっては気軽に使える足。行政府の船は、日中ならば一般市民も乗り合いで使用する事も出来るからだ。
実の所をを言えば、一般市民には知られているが観光向けではない情報だ。
「あれ? なんか学生みたいなこと言ってない?」
「課題くらいあるよ、学生なんだから」
当然と言えば当然の事ながら、学園都市に所属している以上は学生か教職員の二択だ。
基本、表向きは一般的な元からの住民なども扱いとしては教職員になっている。
「え、そうなの?」
「シュースイ……」
脱力したレンは何が面白いのか、それでもクスクスと笑っている。
実の所を言えば、そう言う光景は非常に珍しい事をラーカイルは知っている。
いかにギルドとは無関係とは言っても、今の職人都市はあまり悠長にしていられる環境ではない筈だ……この町の住人の半分以上は肉体言語で会話する様な人々なので、ちょっとやそっとの環境などものともしないだろうが、それでも被害者がいないわけでもない。自治領政府は必死になって遺体の状態を一般市民に知られないように情報操作をしているが、かと言って全くバレていないと言うわけでもない。
別に、肉体言語が主な会話能力であるとは言っても愚脳というわけではない者も多数存在している。だからこそ、この町は生き残ってこられたとも言えるのだ。
「だって……ねえ? 確かに顔や外見は若いけど、なんかそれっぽくないって言うか?」
「まさかとは思うけど、それってふてぶてしいとか言う奴?」
「いやいや、まさか……ねえ、キャシー? こう言うのなんていうんだっけ?」
どこまで本気なのか判らない会話に、キャシーは横目で思案する。
この二人、こうしてみると本当に双子の様に息が合うので別の意味からするとこの先で面倒な事になりかねないと言う懸念はある。
でも、今はまだそんな事を考える必要もないだろう
「はてさて……どの様に申し上げればよろしいのでしょうか?」
何しろ、レン・ブランドンはまだ学園都市の学生に過ぎないし。秋水だって、これから学園都市に入学しようとしている真っ只中なのだから。
学園都市に所属する学生の全てにとって、実家のバックボーンは基本関係ない。その関係を持ち込んだ所で学園都市は動かない。
唯一の例外があるとすれば、ドーンやアインスの様にギルドに所属し功績を残している場合だけ。
恐らく、その点については職人都市も同じようなものだろう。この町は、学園都市の様に幼い子供の交流があり、お互いの都市に所属する子供が望んだり適性があれば交換する制度だってあるのだ。
「ほらさ、レン・ブランドンみたいに実力があって周りの空気に負けてない感じ?」
「なんか褒められていない気がするんだけどなあ……ね、ドーン?」
語りかけるレン・ブランドンの言葉に、ドーンは反応を返さない。
全く反応が返らないと言うわけではないのだろうと、至近距離で見ていればそれとなく判らなくはないが。やはり、人の大きさな黒い物体程度にしか見えないのだから一般の生徒達がぎょっとするのはどうしようもないだろう。
「そういえばさ、ドーンはなんでそんな格好してるわけ?」
ぴしり。
あれ、何か空気が凍ってはじけた?
とか誰か……主に秋水は思ったものだが、あまり気にしない事にした。この世界に現れてもう何日が過ぎた事か、確かに秋水の常識でも何とかなる程度の事はあるが、ほとんどは秋水の常識は通用しない状況がごろごろして飽きていたから気にするだけ無駄だと判断していたのだ。
「……で、シュースイは僕の事をなんていいたいわけ?」
「ああ、まあそれもそうなんだけど……前から気になってたんだよね。キャシーもドーンは着ている服でそんな風になってるだけだって言うし? でっかい眼鏡の事もあるし」
一瞬で、レンはキャシーを睨みつけ。
キャシーはどこ吹く風とばかりに素知らぬ顔をし、ラーカイルがその光景を見つめていた。
レインも、横目で見つめてきてはいるが、これはおそらくレインもそれなりに退屈だからだというだけだろう。
「シュースイが気にする必要はないよ」
にっこりと微笑んでいるのは、変わらない。
レンは基本武装が笑顔であって、それはほとんどの場合が変わらないのだ。たまにある一部を除けば。
「え、そう? でもさ、動物っぽい顔した人とかちょっと気配が変わってる人とかいろんな人がいるけど、ドーンみたいな人って見たことないし? かと言って中身はちゃんとあるってキャシー言ってたし?」
その言葉に、一瞬ではあるが確実にレンの顔はキャシーをにらみつけた。
ちなみにとうの当事者であるドーンは微動だにせず、通常運行だ。
もし、ドーンが眼鏡と長衣を脱いだらキャシーみたいになるのだろうかと秋水が思うのは、ある意味では当然と言えた。
「動物っぽいとかって言うと、気にする人いるから止めたほうがいいよ?」
「ああ、それは大丈夫。声かけたら駄目そうな人は事前にキャシーが止めてくれるから、いつもお世話になってるんだよなあ……いつもありがとう」
「お気遣いは無用でございます、仕事ですので」
キャシーは仕事熱心だよね、と秋水が言えば。お褒めに預かり光栄です、とキャシーは答える。
二人の関係は、どちらも別の人物から強制させられたものではあるが秋水にとっては必要な事ではあるし、常識が異なると言う問題以外では気遣いも出来ないわけではないのだからキャシーにとっても手間がかかりにくいと言う利点はあるのだ。
「俺も、勢い余ってつい言葉にしちゃって、ガチレベルで洒落にならない関係に発展する事は割りと普通だったからなあ……でも、今はキャシーが居てくれるし。甘えちゃいけないな後は思うんだけど」
「なんで? 甘えておけばいいんじゃないの?」
ねえ? とレンが尋ねればキャシーは特に反応を返さない。
返せないと言うより、その必要がないからだと言うのもある。
「いつまでもキャシーが一緒にいてくれるとは限らないデショ」
「それはそうだろうけど……」
「誰だか知らないけど、キャシーを俺につけてくれた人って言うのはすごい目があると思う。俺みたいに何も知らない常識も外れてると、場合によっては口先三寸で騙されてって事になりかねないと思うんだよな」
まあ、いきなりそんな目に合う予定はないんだけど。
確かに、見かけは変わってるし言動も変わっているあたり。顔の形は一般市民に紛れ込もうと思えばすうっと紛れて判らなくなりそうな所を含めて「確かに」と言いたくなる。
それは否定しない、否定しないが。
「ちなみに、キャシーは誰に派遣されてきてるの?」
「お答えします、レン・ブランドン様。
私にはお答え出来る権限がございません、としかいう事は出来かねます」
「そうだろうね」
あっさりとした秋水の言葉に、内心でキャシーは「やれやれ」と言った気持ちを隠すことに成功する。もっとも、それを誰かに気取られていたかも知れないが、かと言ってその程度の情報を知られたとしても気にはならない。
「意外と物分りが良いよね、シュースイって」
「違う、そうじゃなくて……例えば、俺でも俺みたいな胡散臭い奴は監視はして置いても閉じ込めるのはよくないって判るよなってだけの話」
だってそうだろう、と秋水は続ける。
「何か目的があって来たにしても、本当に何も目的がないとしても、身動きできない状態にしても一生飼い殺しにする程度にしかならないわけだし」
それならば、逃げ道を作らせて置いて何らかの動きを見せたほうが判断と言うものは出来る。
秋水の場合は、存在そのものが特殊な環境にある為に言い切れないけれど。研究者の観点からした場合は飼い殺しの方が都合が良いかも知れないと言うのは判っている。でも、それは危険性があると言う事も判っている。
秋水にキャシーをつけた「誰か」と言うのは、そのあたりを知っているのか想像したのかの何れかだろう。状況を見極めようとしているのか、それとも。
「シュースイさんは、何やら特殊な立場にいらっしゃるみたいですね」
問いかけではない言葉に、ドーン以外の視線が集まる。
レインは見てくれは整っている面々から見つめられても、大して気にした様子はない……そんな本人も、好みはあるかと思われるがかなり整った顔立ちをしているのは確かだ。
「ええ、田舎者なんですよ。学園都市の事も割りと最近知った程度で……鄙びた所に居たもので、こちらの常識が全然わからなくて。不憫に思われて、今は入学前の予備期間的な扱いをされてるんです」
大うそつきだ。
ほぼ全員が同時に想い、ある程度を考えたら嘘ではないのだという事に思い当たる。
モノは言い様、とはこういう事だ。
「幸か不幸か、体質とか違った環境で育ったというのが偉い人に目を留めて貰ったんですよ」
嘘……ではない、だろう。きっと。
でも、なんだろうか。
すっきりしない。
「そうなんですか……でも、宜しかったんですか? ご自宅などは?」
「ああ、大丈夫ですよ。特に一緒に暮らしている家族もいるわけではないですから、誰か心配する人でもいたら話は違っていたんでしょうけど……そう言う心当たりのある人は、もういないので……」
船の中での出来事、普通の人達はボート的な数人も乗れる様なものを使用します。ちょっとお金が出せる人は半分水面に沈んでいるキャビン(客室)タイプのものを使います。独立自治区の行政府が回遊させているのは、監視船であり回遊船でもあります。町の人にとってみたらどっちでも良いって感じですね。
ここで秋水の新たな知覚が覚醒していた事が判りました、他の人は誰も口にする事がなかったことに対して口を出せると言う事です。さて、これは?
では次回予告。
「次回で実は50話だけど誰か知ってったイベントしないと駄目!? とか言ってる間に自室から逃げ出した秋水、動き出した怪異に動き出したドーン! お前主人公なのに何を今まで超空気やってんだよって言う作者の心の声にも通常運行、この後に続く超展開前の前哨戦はいかに!」
と言うわけで、次回のサブタイトルは今更になって「恋愛ものみてえ」と思っていたりします。




